5月11日⑤:ありがとうを、伝えたいから
準備を終えた私と俊哉さんは穂月さんや藍澤君の案内、それから写真館の中で待っていた白咲さんと吹田さん・・・なおちゃんのお友達に道を案内してもらって、実際に撮影を行う場所にたどり着いた
「尚美お母さん」
「なおちゃん、それ・・・」
なおちゃんの手には大きな花束が握られている
赤い、カーネーションの花束だ
「絵莉から持ってきて貰ったんだ。今日、母の日だからさ」
「それ以前に、なおちゃんの誕生日だと思うんだけど」
「それはそれ。これはこれ。今日はちゃんとありがとうを、伝えたいからさ。はい、尚美お母さん」
「いいの?」
「いいって。いつもありがとう。今回は困らせてごめんなさい。これからも、お母さんでいてくれると嬉しい」
「ありがとう、なおちゃん」
「だからなおちゃんやめろって・・・もう」
感謝の言葉と一緒に花束が私に手渡された
ねえ、姉さん。知っている?
なおちゃんはね、毎年何か母の日にプレゼントをくれるんだよ
今年はカーネーション。去年は新しいおたま。一昨年は怪我で自分がしんどい中、貯めていたお小遣いで新しい掃除機をプレゼントしてくれたっけ
今日は自分の誕生日なのにだよ?
本当に優しくていい子に育ってくれて、私としては凄く安心しているんだ
でもね。一つだけ思うことがあるんだ
私はその光景を、隣で見たかったんだ
別に、なおちゃんから何かを貰うことが嫌だってことではないんだよ
ただ、なおちゃんから花束を受け取って笑う姉さんを、その横で見ていたかったんだ
・・・なんで、姉さんはここにいてくれないのかなぁ
「尚介、二つ目即興だけど出来たよ。何にするの?」
「あ、助かるよ絵莉」
花屋さんの娘さん・・・吹田絵莉ちゃんが撮影スペースに顔を出してくれる
その手には小さなカーネーションの花束が握られていた
「おじさん、資材ありがとうございました」
「いえいえ。使えるものあったかい?」
「はい。問題なく!ほら、尚介。渡してあげて」
「ああ」
小さな花束を受け取ったなおちゃんは周囲をキョロキョロしている
どうしたのだろうか
五十里のお母様に?それならお父様の方にお声をかけるよね・・・
じゃあ誰に?
「尚美お母さん。尚子お母さんの写真取りに行ってくれたんだよな?」
「うん。あ、もしかして・・・姉さんに?」
「ああ。尚子お母さんにもあげたくて。今まであげられなかったけど、今年からはちゃんと用意したいなって思ってさ」
「ありがとうね。姉さんも凄く喜ぶと思う」
「そうだといいんだけど・・・あ、やっぱりご飯とかのほうがいいかな!?」
「なおちゃんがくれたものなら何でもいいと思うよ。姉さんそんなところあったから」
「そうなのか?」
「うん。なおちゃんがくれたからって、そのへんの石も大事に保管してるような人なんだよ。綺麗な葉っぱは綺麗に加工して、今も俊哉さんがくれた婚約指輪と一緒に入れてるんだから」
姉さんは、なおちゃんだけでなく、俊哉さんや私があげたものを大事に保管する箱を持っていた
これからも埋まるはずだったそれにはもう、何も埋まることはないと思っていたけれど・・・いつか、きっと満たされることになるだろう
亡き母の記憶を思い出した、姉さんの大好きな息子の手によって
・・・私はその加工のお手伝いをしようかな
このカーネーションもとって置けるように。写真もいいけど、それだけじゃ味気ないからドライフラワーとかに加工してさ
「婚約指輪と石を一緒に入れているたのか尚子っ・・・」
「だ、大丈夫だよ俊哉さん。ちゃんとケースに入ってるから。指輪は無事!」
ケースは・・・ちょっと傷ついていたけど。石についていた汚れとか、ちょっとした砂が付着してたけど・・・それは言わないでおこうっと
「・・・まあ、尚子らしいと言えばらしいが」
「そうそう」
「・・・尚子母さんって割と変人気味だったんだな」
「そうだよ。しっかりしてるし、ここぞという時は格好いいんだけどね」
姉さんの話をしながら、私達は五十里さんに促されてカメラの前にそれぞれ並ぶ
あの日、腕の中にいたなおちゃんはいつの間にか私だけじゃなくて俊哉さんの身長も追い越していて、成長をしみじみと感じさせられる
撮りますよ、という声に合わせて私達はそれぞれ「らしい」笑みを浮かべた
「しかし、いいのか?俺で」
「いいんだよ。絶対喜ぶから」
「ああ」
私は赤いカーネーションの花束を二つ
俊哉さんは私となおちゃんの肩を抱くように真ん中に
そしてなおちゃんは、姉さんの遺影を持ってそこに立つ
なおちゃんの十八歳の誕生日
久しぶりに撮った家族写真は、皆が晴れた笑顔を浮かべたもので完成することができた
・・
一方、撮影中の写真館・・・ではなく、五十里家の自宅スペース
うちのベランダには物置が二つある
一つは家の物に関する物置。もう一つは写真館に関する物置だ
「いやぁ、楽しかったね。藤乃持ち込み「極悪半生ゲーム」。まさか僕が大敗とは」
「廉はギャンブルと女に狂うからだよ・・・」
「妙にそのへんの表現が生々しかったよな、あの半生ゲーム」
「それに、ゲームの進行もそれぞれの性格がめっちゃ出るよね。今度尚介入れてやろうよ」
「いいね。尚介君は堅実に進みそうなイメージあるけど、どう思う、絵莉ちゃん」
「なんかわかるかも。でもゲームだからってことで少し賭けに出たりして」
尚介が写真を撮っている間、俺達は羽依里の部屋で藤乃が持ち込んだボードゲームをやっていた
それを終えて一息つくためにリビングへお茶を全員で取りに行っていたのだが・・・
「・・・」
「あれ、母さん?」
「おばさん、こんなところで何しているんだろう」
「なになに?どうしたの?」
「悠真のお母さんがそこにいておかしい理由とかあるの?」
「ああ。母さんがいる物置は、写真館に関する物置でな。俺と父さんは良く立ち入るんだが、母さんは嫌なのか近づかないんだ」
なぜか五人そろって物陰に隠れつつ、様子を伺う
・・・表情が暗い。母さんは確かに表情の変化が乏しいからわかりにくいけど、かなり落ち込んでいると言うか
・・・少し、恨めしそうなのは気のせいか?
「・・・あんな母さん、見たことない」
「そうなの、ええっと、悠真」
「ああ。絵莉は美容室の常連だよな。あの母さんはよく見る感じなのか?」
「うん。特に写真の話とか・・・後、お姉さんの話をする時とか、一瞬だけあの顔になる。常駐したのは始めて見たけど」
写真の話に、姉さん・・・千重里おばさんと千夜莉おばさんに関すること?
仲のいい姉妹だと思っていたが、実際は違うのか?
「理由は流石にわからない」
「・・・そっか。ありがとな、絵莉」
「う、ううん・・・気にしないで。あんまり力になれていないし。けど、私としては智春おばさんのこと、好きだから・・・その、何かできることあったら協力させてよ」
限界を迎える前にさ、と絵莉はそう告げて、母さんの動向を静かに見守る
「・・・たら」
「っ・・・!」
「どうしたの、悠真」
「い、いや・・・なんでもない。俺がお茶取ってくるから、全員部屋に戻っていてくれるか」
「う、うん・・・」
羽依里にそう声をかけてから、四人が部屋に戻るまで俺は廊下で母さんの後ろ姿を見守る
薄っすらと聞こえた声
「・・・「五十里」さえなかったら、真弘は取り戻せるのかな」
母さんの悲痛の声は、俺の耳にしっかりと届く
本来届くべき父さんの元には、届くことのないそれは
この時点で、母さんは十七年我慢していたすべてに対して限界が来ていた
そして俺は母さんが限界を迎えるとともに、俺に五十里の現実と、これから自分が収まらなければいけない場所
そして両親が抱えていた問題を、俺と朝は知ることになる




