5月11日④:全くよ。私にはよさが全然わからないわ
落ち着いた頃、悠真は俺達を写真館に案内した
家族写真をサービスで撮らないか・・・
俺達三人とも最初こそ恐縮していたが、せっかくの機会だからと受け入れてみた
久々の家族写真。再出発の記念で撮るのも悪くないだろう
しかし、衣装はしっかりしたい
そんな考えの俺達は、時間をとってもらって少しの間、準備に奔走することになる
俺は制服で・・・
尚美お母さんはきちんとした服と尚子お母さんの遺影を持ってくると一度家に戻った
そして父さんは・・・
「んー・・・この色とかいいんじゃないですかねぇ」
「ええっと、流石に、柄物は・・・」
「こっちの無地で、深い色の背広がよくないかな、藤乃ちゃん」
「お、いいね廉。うちのお父さんよりセンスがいいよセンスが!」
藤乃の家に向かい、背広を選ぶことになった
尚美お母さん曰く、父さんの背広は四月に確認したら虫食いにあっていたらしい
そんな状況を聞いた藤乃が、貸衣装を提供すると声をかけてくれた
藤乃の家は呉服店がメインなのだが・・・一部のスペースを使って貸衣装屋もやっている
店主は穂月道隆さん・・・藤乃のお父さんだ
父さんには藤乃と廉がついて衣装を選んでくれている
そして俺は、写真館で「それ」を抱え、悠真のおじさんと軽く話してから一人、両親の帰りを待っていた
そんな俺の元に、悠真のおばさんがやってくる
仕事が一段落したらしい。様子を見に来てくれたようだ
「あら、尚介君。それ・・・」
「あ、おばさん・・・昨日と今日はありがとうございました」
「いえいえ。特に何もしてあげられなくてごめんね」
「いえ、急な泊まりを受け入れていただいて、更には色々と世話を焼いて頂きありがとうございます。今日、きちんとあるべき形に戻りました」
「それはよかった」
「これ、お礼にしては少ないですが・・・貰ってくれますか?」
「あら、カーネーション?一輪貰っちゃっていいの?お母さんにあげるんじゃ・・・」
「おばさんも「お母さん」でしょう?本当のお母さんだけでなく、お世話になったお母さんに感謝を伝えてもいいじゃないですか」
実のお母さんにも、育てのお母さんにもあげるから
お世話になったお母さんに渡すのも、同じことだと思う
・・・こういうのって自分のお母さんだけじゃないとだめだったりするのかな
まあいいや。
「・・・そう。じゃあありがたく。ありがとう。しかしいい子ね、尚介君。うちの悠真はこんな事一度もしたことないわ」
「そうなんです?」
「本当本当。花なんて買うお金があるのなら、新しいレンズを買うお金にするのよ。あの子・・・らしいけどね」
「悠真、しょっちゅう新調しているイメージあるんですけど、レンズって高いんです?」
「諭吉さんが一人あれば買えるのもあるらしいんだけど・・・基本的に三人とか、四人とか、大きいのは二十人ぐらい使うものあるらしいわ・・・」
「げぇ・・・カメラって大変ですね」
「全くよ。私にはよさが全然わからないわ」
「写真館の奥さんなのに?」
「ええ。全然わからない。先代オーナーの娘なのに、写真やカメラのよさなんて全然わからないの。興味すらないわね」
へえ・・・じゃあ、おばさんが五十里の娘さんで、おじさんは婿養子ってやつか
しかし、そんな家の生まれなのに興味がないって、凄いな・・・
そんなことあるんだな
「写真家一家でも、写真やカメラのことがわからないことってあるんですね」
「興味がないことは、興味がないまま。無理やり覚えろって言われても覚えきれない。そんなもの。たとえ家族でも、わからないことはたくさんあるわ。理解できないことも、沢山・・・」
「おばさん・・・?」
「・・・カメラなんて、写真なんて、大嫌いなのよ。私から全部奪っていくんだから」
「・・・え」
それは、この家の奥さんとしてはかなりまずい発言だと思った
聞き間違いじゃ、ないよな・・・?
「智春、機材の準備を」
「私、そういうのはわからないわ。悠真呼んでくる」
「少しは協力してくれてもいいんじゃないのかー?」
「協力しているでしょう?悠真を呼ぶ形で」
そういっておばさんはのんびりとした足取りで上に向かっていく
家族というものは、意外と脆いのかもしれない
毎日どこかガタが来て、傷が生まれる
一つ修復したら、どこかでまた傷が生まれて・・・いつかは取り返しができなくなる
その時が来るまで修理を何度もしていかないといけない
互いに摩耗しながら、それを全うしなければならないのかもしれない
修理を諦めたその日は、どうなってしまうのだろう
・・・世話になった人たちだ
けれど今の、ここにいる俺に、彼らに対してできることなんて殆どない
手を差し伸べてくれた人に対して、何の助力どころか干渉すら許されない
俺にできることなんて、ただ一つ
その日が訪れないことを祈ることしか、できやしないのだ
・・
笹宮一家と廉と藤乃が移動してからしばらく
今度は俺と羽依里と吹田の三人でリビングを陣取っていた
話すことはただひとつ
俺達の関係が止まってしまった「あの日」のことだ
「絵莉ちゃん」
「・・・なあに」
「私、まだ上手く思い出せていないんだけどね、あの日の事。聞いたんだ」
「そっか」
「・・・私は、全てを理解したわけじゃない。思い出せたわけじゃない。それを前提にして話を聞いてほしい」
「うん」
「・・・辛かったね、なんて私が言っていい言葉なのかわからない。私は当時の絵莉ちゃんに何も出来ていないし、傍観側、もしくは加害者側に回っていた可能性もあるんだから」
「「そんなことはない!」」
吹田と俺の声が重なる
羽依里は加害者側でも傍観者側でもなかった
いじめっ子に生意気だと、言われるような立ち位置だったのだから
「羽依里は、羽依里ちゃんはずっとかばっててくれたんだよ。その恩を返すことなく、仇で返したのは私で・・・髪だって」
「だからこそ標的に選ばれた。絵莉をからかう事ができて、自分たちがムカつく存在に間接的に加害を加えられる存在として」
「私はずっと謝らないといけないと思ってて、でも、どうしても足が動かなくて。怒っていたらどうしようって、髪、伸ばしてたの知っていたから・・・」
「当時の私がどう思っていたかはしらない。けれど、今の私の考えを伝えるね」
羽依里は彼女の前に立って、そのまま優しく抱きしめる
優しい声音で、諭すように語るのだ
「私は怒ってない。むしろ申し訳なく思う。当時の私は絵莉ちゃんをかばってはいたけれどきちんとした形で救えなかった。そして今の私はそれを忘れて初対面のように振る舞った・・・他にも、あると思う」
「そう言ってくれるだけ救われる。ありがとう。私をかばってくれて、守ってくれて。本当にごめんなさい。髪を切って、忘れたことをいいことに初対面に接するようにしたこと。私自身が弱かったことで招いたこと・・・全部、ごめんなさい」
「じゃあ、これで仲直りね」
「・・・」
握手は羽依里の仲直りの印
さりげなく手を差し出された吹田はそれに対して一瞬驚くが、安心しきったように表情を綻ばせる
「小さい頃から変わらないんだね」
「そうなの?」
「うん。全然変わらないね、羽依里ちゃん」
「普段どおりでいいよ、絵莉ちゃん」
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・甘え過ぎかもしれないけれどさ」
差し出された手を取り、互いに力を込める
あの日の時間はその瞬間に進み出した
何もかも正しい形になり、上手く行っている
この時の俺はそう思っていた
・・・その影で、ある人物が限界を迎えていたことなんて想像すらしていなかった




