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春来る君と春待ちのお決まりを  作者: 鳥路
雪笹の章:今までを取り戻す感謝の花束を
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5月10日⑧:9歳になる春。金の束はその手の中に

小学四年生に進級前の三月の話だ


「へえ、お向かいにお店ができるんだな」

「そうよ。呉服屋さんだけど、貸衣装もするそうだからうちにもお向かいさんのお客様が撮影に来るかも」

「そっか。ごちそうさま。ご飯終わったし、俺、学校行くなー?」

「ああ。気をつけろよ、悠真」


父さん達に見送られて、俺は家を出る

藤乃の家が越してくる前だったな。けれど椿さん・・・藤乃のお母さんは先にこの街に来ていて、お店の調整をしていたよ

だから何度か面識というか、話をしていた


「あら、五十里さんの・・・悠真君だったかしら」

「おはようございます。穂月さん」

「おはよう。今日は学校?」

「う・・・はい。今日は修了式で」

「そう。もうそんな時期なのね・・・藤乃、大丈夫かしら」

「ふじの?」

「私の娘。今は別の学校に通っているけれど、四月からはこっちの学校に通うの。悠真君と同い年だから、しばらくは一緒に学校へ行ってあげてもらえると助かるな」


椿さんは、とてもしっかりした人だ

藤乃は厳しい厳しいというけれど、かなり娘思いの人だと思う

同じような人を俺はもう一人知っているし、自然と打ち解けるのは早かったほうだと思う


「藤乃ちゃんは、俺と羽依里がきちんと学校まで案内するし、馴染めるように、俺達も手伝う・・・ます」

「ありがとう。気をつけてね」

「はい」


椿さんに小さく手を振りながら、俺は隣の家の門まで歩いていく

いつもどおりのリズムでチャイムを鳴らしたら、待ってましたと言わんばかりに羽依里が玄関から出てきてくれていた


「おはよ、悠真」

「・・・おはよう、羽依里。学校行こう」

「うん!」


いつもどおりさりげない感じで羽依里の手は俺に繋がれる

けれど、昔のようにこれが当たり前であるとは俺は思えなくなっていて

嬉しさよりも、照れが強かったと思う


「なあ、羽依里。もう小さくないんだから手を繋ぐのは、恥ずかしくないか?」

「・・・してる子、いるんだからいいでしょ?」

「けど、してる子もさ・・・なんか付き合ってるとかそういう感じじゃんか」

「・・・でも」

「俺なんかと手繋いでたら、羽依里が誤解されるぞ?」


当時は友達が多くて、俺と関わっている方がおかしかった羽依里

俺にとって彼女は幼馴染というカテゴリーにはあるし、お隣でよく遊ぶ間柄ではあったけど・・・それを学校では見せていなかった

片方は変人、片方は人気者

羽依里が気にかける俺を疎んでいる存在がいることぐらい、小さい頃の俺でも理解できていたよ


「私は・・・」

「もう少しで人、多くなるから」


無理やり手を離して、一人で登校を始める

小学校に繋がる大きな道に出たら・・・あとは自然と彼女の近くには人がやってくるから


「悠真」

「おはよう、羽依里ちゃん」

「宿題やってきた?」

「おはよー」

「・・・おはよ、皆」


あっという間に輪の中心になってしまった羽依里を置いて、先に学校へと向かう

羽依里が側にいない俺は普段一人ぼっちだった

けれど、俺の唯一の話し相手と言っても過言じゃなかったのは・・・


「おはよう、悠真君」

「おはよう、絵莉。今日も一人かよ」

「悠真君には言われたくない」


それが絵莉

今みたいに堂々とした様子ではなく、猫背で三編み、黒髪で大きな瓶底眼鏡をかけていた「地味」を体現したような彼女と俺は普段、いつも一緒だったんだ


・・


「しかし、人気者の庇護がある俺と、そうではない絵莉の位置は全然違った」


俺を疎むまではできるけど、実際に手を出したら羽依里からどう思われるかわからない

けれど絵莉はそうじゃなかった


「あいつ、小学生の頃は虐められていてさ」

「そうなのか?」


小学生のいじめなんて、軽いものだと思うだろうけど・・・全然違う

漫画とかドラマとかで無駄に蓄えた知識を披露するかのように、えげつないものを容赦なくしてくるんだ

しかもご丁寧に誰も見ていないところでだ


「俺も羽依里も最後まで気が付けないし、気がついた日が・・・あの日だったから」


俺は、あいつを恨んでいるわけじゃないけど、それでも俺にとってあいつが羽依里に危害を加えた日だし、俺だってそこそこの怪我を負った

朝だって、かなりのトラウマ抱えるようになってさ・・・本当にあの日のことは最悪だったよ


・・


あの日は三月のこと

修了式を終えた俺は、校門である人物と待ち合わせをしていた


それが朝。来年から小学校に通う朝は、風邪を引いて学校見学をしたことがなかった

先に校内を見ておきたいという妹の要望を叶えるために俺は先生に交渉し、三年生の時に担任だった先生と朝、そして俺の三人で校内を回っていたんだ


職員室に帰る途中の階段で、それは目の前で起きていた

そこにいたのは、羽依里と吹田。それからクラスの中心人物ポジションにいた三人組

まあ、ここでは「吹田をいじめていた三人」と言えばわかりやすいだろう


「どうして私が邪魔なの、絵莉ちゃん・・・」

「・・・」

「なにか言ってよ。言ってくれなきゃわからないよ」

「本当はわかっているくせに」

「あんたの幼馴染が好きなんだってよ、この子」

「あんたがいるから、あいつの興味はあんたにいって絵莉にいかないの。後はわかるよね?」

「・・・悠真が誰と一緒にいようなんて、悠真の勝手でしょう?皆にも、私にも制限する理由はどこにもないんだから。好きなら直接悠真に言えばいいでしょう?なんで私に言うの?わからないよ、その行動の理由が」

「ホント生意気だよね、白咲って。ほら、絵莉。わからせてあげなきゃ」

「・・・」

「・・・なに向けてるの。なにするの、絵莉ちゃん。いっ・・・離して・・・!」


それを聞いた俺達は慌てて階段を下る

そこには髪を一束掴まれている羽依里の声と、一瞬だけ日に照らされたなにか

それがハサミだと俺と朝が理解した瞬間はほぼ同時

少しだけ、朝のほうが早かったが


「おねえになにしてるの!」

「なっ・・・」

「あ・・・」


朝の飛び込みは吹田には予想外だったみたいで、彼女の手には力が入り、向けていたハサミで掴んでいた羽依里の髪を一房切り落としてしまった

それから引っ張られていない羽依里は支えがなくなり、階段の方へ落ちていく

掴むものも何もなかった彼女は、自分の両腕で頭を守った

それを止めようとした朝も、羽依里と共に階段を落ちていく


「朝、羽依里!」


呆然としていた吹田と、パニックになっている三人を押しのけて俺は自分が怪我をすることがわかっていても朝と羽依里と同じように階段から落ちていく

朝を抱きしめて、腕を伸ばしてくれた羽依里をこちらに引き寄せる

そして最後は・・・俺は下敷きとして朝と羽依里を受け止めた


しかし羽依里はここで軽く頭を打ち付け、俺は全身に加えられた衝撃で意識を失ってしまった

朝の泣き叫ぶ声には、何も答えてあげられなかった


・・


「それから羽依里は頭を打ち付けたから、きちんと入院して検査しないとって話になって・・・その時に病気が見つかってそのまま入院し続けることになる」

「悠真と朝ちゃんは、大丈夫だったのか?」

「俺は奇跡的に全身打撲で済んだけど、あの一件以降、朝は家族以外の誰かが後ろにいる状態で階段を降りるのが苦手になってな。酷い時は意識を失ったり、吐いちゃうから学校側にも配慮を頼んでる。外出する時も、俺が気を遣ってるな」

「そっか・・・自分にとって大事な人が一気に階段から落ちて、怪我をしたんだからな・・・当然といえば当然だろうけど。ここにいる時は俺も気をつけるな」

「助かる。でもまあ、これからのことも考えて、治していければと思うけど、なかなか難しいだろうな」

「トラウマって案外消えにくいもんな・・・」

「それが、俺の知るあの日の一部だ」


「悠真的には、今、どう思ってるんだ」

「まあ、別に吹田も被害者側だから。けどさ」

「ん?」

「謝罪の一つぐらい、したほうがいいんじゃねえのとは思う」

「まだ、なかったり?」

「一度もないな。別に俺は謝られることはされてないからいいけど、せめて羽依里には一言なにか言ってほしい」


チャンスはいくらでもあった

小学四年生になったあの春から、今の春まで・・・何度だってあったのだ

それでも彼女は、一度もあの病室へ訪れたことはない

羽依里が忘れているからと言っても、何か違うんじゃないかと思うのだ


「お前自身さ、羽依里になんの一言もないの怒ってるだろ」

「いや、俺は・・・」

「態度に出てる。それがわかって、絵莉自身も少し距離を置いている・・・俺にはそう見えるし、藤乃と廉も同じ感想持つんじゃねえかな。な、羽依里」


尚介が彼女の名前を呼んだ瞬間、俺の部屋の扉が少しだけ開かれる


「・・・話、聞いていたのか」

「うん」


俺の隣にちょこんと腰掛けた羽依里は、尚介と一緒に小さく笑う

ああ・・・この流れ、尚介が作ったのか

まんまとはめられたな


「かなり態度に出てたよ。体裁とか、本人の前じゃないだけいいと思ったけど・・・」

「すまない」

「そういうの、よくないんだから」

「・・・」

「ま、これで羽依里の知りたいことも大方わかったわけだ」

「うん。まさか朝ちゃんも見てたなんて思ってなかったけど・・・記憶、少しでも取り返せたや。ありがとうね、尚介君」

「どういたしまして」


「少し、複雑だ」

「「だって、悠真は聞いても教えてくれなさそうだし」」

「そりゃあ、まあ・・・言いたくはないけれど」

「ほらな」


それから一晩、なぜかだらだらと話を続けて・・・一晩を過ごす

気がつけば寝落ちして・・・三人同じ部屋で眠るのはまた、別の話


・・


次の日の朝

朝四時半。寝る場所が変わっても、いつもどおりの時間に起きた俺は一度背伸びをして身体を起こす


隣でまだ眠り続ける友人二人の姿が目に入る

・・・あの後帰ることなく寝落ちしちゃったもんな


子供の頃みたいな

そんな表現が似合う年より幼く見える寝顔を浮かべるくるくる寝癖の悠真と年相応に大好きな人と一緒に眠れて嬉しそうな羽依里


少しだけ色気が混ざっている気がするのは、俺の気のせいとしておこう

悠真にじろじろ見たことがバレたら、あいつを一瞬で不機嫌にさせるだろうし


その表情の違いは小さいけれど、悠真のようにカメラマンだからとか、表情を見ることが大事な仕事だからとかそういう理由じゃなくてもわかるレベル

一緒にいて、感覚が近くなったのか

否、そうではないだろう

その違いが、違和感だからだ


「こいつら、本当に付き合ってるんだよな・・・?」


学校では見えていない問題は、いつかきっと彼らの間に亀裂を生むだろう

その時は今日の恩もあるとか云々の前に、友達だから

何かある前に、亀裂が出来て喧嘩とかする前に阻止してやりたいが・・・


「こういうのは二人の問題だから下手に俺が首を突っ込んで事態を混乱させたくないし、だからといって、喧嘩してるところを見たくないし、あああ俺にできることって本当に少ないんだな!?」


頭を抱えながら、眠る二人の横で問答をする

少し騒いでも、隣の二人が起きる気配は全くなかった

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