5月10日⑤:どれだけ待てば目的のものが出てくるんだか・・・
「ただいま、母さん」
「ただいま、お母さん」
「ただいま、おばさん」
帰ったことを、表にいるはずの母さんに伝える
まだ仕事中の母さんだが、今日もまたお仕事中らしい
もっとも、接客中ではなく後片付けの最中みたいだが
「おかえり、悠真、朝、羽依里ちゃん。百合ちゃんと、笹宮君はいらっしゃい。ゆっくりしていってね」
「はい。お邪魔します!おばさま!」
「・・・」
「どうしたの、笹宮君」
「いや・・・その、急に押しかけるように来てしまって。申し訳ないです」
「気にしない、気にしない。けど、事情だけは聞かせてほしいな。悠真からは「家に帰りたくない理由」があるとだけ伝えられてるけれど・・・詳しく話せないなら、言わなくていい」
「・・・」
「けど、笹宮君自身も「このままでいい」とは思っていないでしょう?私にできることなんて限られているけれど、相談ぐらいには乗るから」
「ありがとうございます。けれど、今はお仕事中ですよね。後で、時間をいただけると」
「うん。晩ごはんの後にでも」
「はい。お願いします」
尚介は同時に俺と羽依里にも小声で「一緒に来てくれ」と声をかける
もちろん、それを断る理由なんてどこにもない。俺と羽依里は静かに頷く
「それと、お父さんが「笹宮君が来たら地下に来てほしい」って言っていたの。悠真、後で笹宮君と一緒に地下に行ってくれる?」
「ああ、わかった」
それで伝達事項は終わりらしい
俺達は家の方に進んで、それぞれ部屋に向かい荷物をおきに行く
俺の部屋に荷物を置いた尚介と共に制服のまま店に戻り、地下の撮影スペースの方に向かう
扉を開けようとすると、その先で凄い物音が聞こえてくる
なにかあったのだろうかと、慌てて扉を開けると・・・
「兄貴はさぁ・・・ダンボールに入れれば整理整頓が成り立っていると思ってる人?」
「・・・ごめん」
「昔っからそうだよな。袋に入れればOK。箱に入れればOK。その中身が乱雑だろうがなんだろうが、入って収まればOK。はい、整理完了。整理整頓上手だねってよく言われてたな」
「・・・はい」
「探すの手伝うって言った手前、文句言うのは辞めておこうと思ったけどさぁ・・・いい加減にしてくんない?整理整頓下手すぎなんだけど」
様々な書類らしきものが床を染める撮影室
その中心には父さんと慎司おじさんがいた
「この度は大変申し訳ございませんでした」
「なあ、悠真・・・これなんだ」
「父さん、整理整頓だけは壊滅的なんだ」
「ああ・・・確かにこれは苦手みたいだな。一つの箱に日付順とか関係なしにとりあえずぶち込まれてる感じ・・・」
「ぐう・・・」
書類の一つを拾い上げつつ、尚介は小さく笑う
それを見た父さんが何故か心臓付近を抑えて苦しんでいるのは・・・わかっているけれどやめてほしい
「図星だな、兄貴。こうして適当に入れ込むから、探すのに一苦労するんだろうが」
「あはは・・・二年前から探してるんだけどな」
そんなに長い間探していても見つからない探しものって・・・
いや、こう必要な時に出てこないこともあるし、灯台元暗しってワードもあるし、見つからないのもあるあるかもしれない
・・・まあ、父さんの場合は違うと思うが
「倉庫にでも直しこんだんじゃないのか?それとも邪魔になって智春の実家に持っていったのか?・・・本当に、どこまで探せばお目当てのものが出てくるんだろうな」
「父さん達、何か探してるのか?」
「ああ。母さんに笹宮君が来たらここに来るように伝えてほしいと言ったが・・・まだお目当てのものが見つからなくてな」
「・・・兄貴が探しているのはどうやら家族写真らしいぞ」
「尚介を呼び出して、家族写真ってことは・・・」
「うちの写真ですか?」
「ああ。君が三歳の時に「せっかくの機会に」って君のご両親が予約をいれてくれてね。俺が写真を撮ったんだ」
「撮影者のデータだけはしっかり間知りてるだろ。パソコンの中に撮影したって記録は残ってたけど、撮影データは外付けのメモリーに入れてしまっていてな」
「で、それを探しているってわけか」
「そういうこと。呼び出してすまないが、もう少し待っててくれ」
「どれだけ待てば目的のものが出てくるんだか・・・」
父さんと慎司おじさんは再びダンボールの山をどんどん開けていく
「あ、悠真。お前は倉庫」
「片腕でできるとお思いか?」
「俺が手伝うから・・・」
「倉庫のダンボール、かなり積まれてるんだ。両肩使うんだから尚介には・・・」
怪我が、影響するんじゃないかと言おうとすると、そんなこと気にするなというように彼は俺の肩を叩いてくれる
「投げ飛ばすわけじゃないんだから、ある程度はな。それに日常生活がこなせるぐらいに動かせるようになっておかないと。荷物運びとか」
「済まないな。あまり無理しないでくれ」
「ああ」
それから俺達は階段を登り、一階へ戻る
「あれ、悠真、尚介君もお話は終わったの?」
「ああ。これから探しものだけど」
「流石に着替えてきたほうがいいんじゃない?制服で倉庫は」
「そうだな」
「俺ジャージしかねえよ」
「服ぐらい貸すって。着られるだろ」
「身長は誤差程度だが、何故かちっせえからなぁ・・・」
確かに、身長は誤差程度
しかし、体格は全く異なるのだ
柔道から足を遠ざけてもう二年ほど経過しているはずなのに、彼の体格は当時から全然変わっていない
「筋肉がなぁ・・・がっしりだからな」
「まあなぁ」
それから俺達はなんとなくジャージに着替えて、倉庫へ向かう
しかし、なんでだろう
「羽依里、なんで付いてきているんだ?」
「ダンボールの中を探すだけなら私でもできるから。人手は多いほうがいいでしょう?」
「確かに。ありがとう。羽依里も身体に触らない程度にな」
「うん。二人共、頑張ろうね」
三人で倉庫の中に立ち入り、夕飯の時間まで探すのを頑張ろうと意気込みつつ、最初のダンボールを開くと・・・
「うん?」
「うん」
「んんっ?」
代表して俺がそれを持ち上げる
外付けのメモリーかと思ったが・・・どうやらこれはアルバムのようだ
「笹宮家って書いてあるよな」
「ああ」
「・・・開ける?」
「ここまで来て、見ずに父さんに渡すのもどうかと思わないか?」
「た、確かに・・・」
「とりあえず、開くぞ」
尚介が代表して、そのアルバムの中を開ける
その中には若かりし頃の尚介の両親と誰かわからない中学生ぐらいの女の子、それからお母さんらしき人に抱かれた小さな男の子が写っていた
「この人が、俺の母さん・・・」
「笹宮家。五月十一日撮影・・・」
「笹宮俊哉と笹宮尚子夫妻・・・娘の尚美さんと息子の尚介君。尚介君三歳の誕生日にて」
どうやら・・・この写真は尚介が三歳の頃に撮影したものらしい
少しだけ進んだ、記憶の辿り道
それは更に尚介に混乱を与える情報の一つでもあった
「・・・なんだよ、これ」
「尚美さんが、娘ってことは・・・」
「今までお母さんだと思っていた人は、尚介君のお姉さん・・・・?」
娘と書かれた尚美さん
それはつまり、尚介にとって「姉」にあたるということになる
「どうした。見つけたか」
「こっちにあったんだな・・・」
「父さん、慎司おじさん・・・あのさ、この写真」
「ああ。笹宮家の皆さんの家族写真だ。完成したら引き取りに来ると言っていたんだが・・・この時期、朝が産まれる直前だったこと、それから悠真がおたふくと水疱瘡と普通の風邪を引いた時期でな。奥さんにも謝って、受渡日を伸ばしてもらったんだ。けど、結局渡しそびれてたなって。連絡つかなくなってさ・・・」
確かに朝の誕生日は六月二日。その間に俺の病気が挟まったら・・・母さんがいない状態、一人で店を切り盛りし、俺の面倒を見ないといけない父さんはバタバタするだろうな
しかし・・・
「しかし社会人としてそれはどうなんだ、父さん」
「しかも直しこむってどうなんだよ、兄貴」
「それは本当に自分でもやべえなって思ってるよ・・・だからこそ、笹宮君の名前を悠真から聞いた瞬間、思い出して探すようになったんだ」
父さんはそのまま写真片手に座り込んだ尚介の前に座り、小さく笑った
その笑顔の中には申し訳無さの方が強く出ているような気がする
「その写真は君のものだ。ご両親は元気かい?」
「いえ・・・その、母は、いなくて。父さんも俺を怪我させて選手生命を断ったからって理由でふさぎ込んでいて・・・」
「・・・言いにくいことを聞いてしまったね。あ、でも尚美ちゃんは?どうなんだい?」
「あの、尚美って人が何故か俺の母親をやっていて・・・もう全然意味がわからなくて。娘って表記何・・・」
「それで、逃げるようにここに来たってわけか。で、更に混乱する情報を与えられたと」
慎司おじさんの言葉に尚介がコクコク首を縦に振ると、慎司おじさんが珍しい行動を見せてくれた
「大変だったな」
「・・・すみません。なんか」
「いいって。ま、兄貴。さっさと説明してやれ、その表記理由。言い方的になにか知ってんだろ?」
「あ、ああ・・・」
そう言って慎司おじさんは仕事を終えたと言わんばかりにふらふらと帰路を歩く
それを俺達は呆然と眺めた後、話をしてくれる
三歳になる年の五月、笹宮家の家族写真を撮った時の話を




