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春来る君と春待ちのお決まりを  作者: 鳥路
卯月の章:今までから変わる春
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4月6日:駅前に大きな広告が張り出されるからよろしくね!

今日はバイトの日

遊び盛りな高校生。趣味は写真撮影

レンズや本体は、高校生には優しくないお値段設定

金はいつでも入用なのだ


お小遣いは「俺はバイトで稼げるから、俺の分は朝に回してやりな・・・」とか、格好つけてしまったのでなし

流石にノートとか必需品は出してもらえるけど、趣味に関するものは自腹だ


そんな俺の稼ぎどころがこれ。撮影スタジオのアシスタントだ

身内のカメラマンだけではなく、知り合いのカメラマンにも声をかけてもらい、アシスタントという形で、現場に参加し・・・技術を学ばせて貰っている


「よっすよす〜悠真。お疲れ〜」

「お疲れ、千夜莉ちよりおば・・・」

「お・ね・え・さ・ん」

「・・・千夜莉お姉さん」


今日のバイト先は、母さんのお姉さん・・・五十里千夜莉いかりちよりの現場

うちの母さんは五十里家の三女と聞いている

千夜莉お姉さんは次女で、父さんと同い年らしい

それから上にもうひとり、千重里ちえりおばさんがいる

この三人で、五十里三姉妹

母さん以外の二人は、カメラマンとして活躍している


「そういえば、姉さんから聞いたよ」

「何を?」

「最近、姉さんと慎司、他の人にも声かけてバイトたくさん入れてるらしいね」

「まあ、うん」

「どんなレンズを買いたいんですかねぇ、悠真さんや。望遠か?望遠だろ風景専門」

「今回はレンズじゃないよ」


来春発売予定の上位モデルのカメラはちょっと欲しかったけど

発表されたばかりの望遠レンズもめちゃくちゃ欲しかったけど

今は・・・我慢だ


今は、買いたいものがある

やりたいことがたくさんある

そのためには、沢山お金がいる


「ますます謎だね。そんなにバイトを詰め込んで、青春を浪費する。それを代価に悠真は何を得たいのかな?」

れん。今日はこのスタジオだったのか?」

「うん。隣のスタジオだけどね」


ふと、俺の肩を叩いた彼は藍澤廉あいざわれん

青みのかかった黒髪に、中性的な容姿を持つ穏やかさが全面に出された彼は、フリーのモデル

仕事を選ばず色々なモデルをしてくれるらしい

顔がいい。体格も理想。注文にはしっかり答えてくれる

それでいて、どんな現場でも理想を叩き出してくれる

千夜莉お姉さんを始め、様々な現場で重宝されているそうだ


そんな千夜莉お姉さんが気に入っている彼は、俺の同級生

学校から依頼された入学案内パンフレットの撮影がきっかけ

けれど仲良く慣れたのは、千夜莉おばさんの縁だといえるだろう

そうして彼と関わる様になり、今ではいつもつるんでいる


「それで、なんでそんなにバイトしてるの?」

「内緒だ」

「ずるいなぁ」

「で、廉は大丈夫なのか?仕事」

「うん。僕も終わりだからね」

「・・・今日は何の仕事だ?」

「色気を出す仕事かな」

「なるほど、化粧品な。口元を見る限り、今度は口紅らしい」

「そうそう。流石悠真。今度、駅前に大きな広告が張り出されるからよろしくね!」


そんな廉の仕事はなかなか切れることがない

彼がいる広告は、必ずどこかで見かける

街中でも、新聞広告でも、テレビでも


「ああ。必ずどこかで見るよ」

「駅前の大きな広告を見てほしいなぁ」

「行く機会があればな」

「うん。お願いね。君の刺激になればいいんだけど」


廉には、俺が人物写真を撮ると具合が悪くなる事情を話している

最初・・・それで揉めたこともあるからな


まあ、その話はいつか詳しくしようと思う

今は無事に和解して、仲良くやっている

事情を理解した上で、それを改善する手伝いもしてくれている

もったいないぐらい、いい友達だと俺は思っている


「じゃあ、僕はそろそろ行くよ」

「帰りか?どうせなら昼飯・・・」

「今日は先約がね」

「彼女か?彼女かぁ?」

「彼女だなぁ?」

「悠真も千夜莉さんもおっさんみたいな顔しない・・・違うよ。そんなんじゃないから。またね。悠真。千夜莉さんも」


少し駆け足気味でスタジオを出ていった廉の背中を見送る

そして千夜莉お姉さんは・・・


「で、悠真は何を買いたいのかな?」

「その話に戻るのな・・・」


廉が来るまでしていた話から逃げられると思ったのに、千夜莉お姉さんは逃してくれないらしい

内緒にしたいのに。びっくりさせたいのに・・・


「・・・羽依里に、プレゼントを買いたくてな」

「プレゼント?」

「うん。この前、羽依里が好きなぬいぐるみブランドのシロクマが発売決定して・・・予約したんだ。発売前にはお金、ちゃんと用意しておかないと」

「た、確か羽依里ちゃんが好きだって言っているブランド・・・ぬいぐるみ一体だけでも十万ぐらいしてなかった?」

「ああ」


羽依里はぬいぐるみが大好き

ペンギンのペンちゃんもそのブランドの子だ。ご両親から、八歳の誕生日プレゼントで贈られたものだと聞いている


「流石、外交官と建築会社の社長ってところか・・・。ご令嬢に十万のぬいぐるみを八歳には買い与えるとはね・・・」

「今は二人共海外だろう?連絡は取っているとはいえ、寂しいだろうから・・・」

「ぬいぐるみね。ちなみにそれ、いくらぐらいなのよ」

「五十万」

「今なんて?」

「五十万だ。等身大シロクマぬいぐるみだからな」


羽依里はペンギンと同じぐらいシロクマが好き

けれど俺は・・・羽依里の手作りなシロクマのぬいぐるみ

俺は、アイツのことが心底嫌いなのだ

眠たげに開かれたぼんやりとした目

羽依里に抱かれている時は、勝ち誇ったような

普通に置かれている時は、何かを見透かしているような・・・

そんな目が心底嫌いなのだ


「新しくてお気に入りブランドのシロクマがいれば、あいつを手放してくれるだろうからな・・・!」

「羽依里ちゃんのシロクマ・・・あ、シロマちゃんのことか。こいつ気がついてないのか・・・?」

「どうした、千夜莉お姉さん」

「ううん。多分その五十万、無駄になるから早めに予約キャンセルしときなさい。てか今この場でしなさい」

「えっ・・・」


スマホを強奪されて、そのままパスワードを入力されるよう命令される

それを入力したら、メールボックスの中に保護しておいた予約確認メールを開かれて・・・


「サイト経由でしてるのね・・・キャンセルは、このフォームで・・・よしよし。はい、おしまい!」

「あぁ・・・」

「あのシロクマに勝てる存在はいないんだから。他のを用意しようなんて思わないことね」

「・・・」


スマホは無事に返却されたが、予約はしっかりキャンセルされていた

なんだよ、皆して

あのシロクマに勝てるシロクマはいないって・・・

なんでそんなこと言えるんだよ・・・!


・・


「ふんふんふ〜ん」


裁縫道具を動かして、今日もこの子の手入れをしていく

長年一緒のぬいぐるみだ。綿の追加や外れかかったパーツの修理もよく行なっている


「シロマ、これで大丈夫だよ」


ぼんやりとした目は、あえてオレンジ色の刺繍糸で作り上げた

悠真はこのぬいぐるみを心底嫌っているようだけど・・・

私からしたら、この子と悠真は同じなのだ


「・・・最近、色の深みが増した気がするよね」


黄色じゃなくて、濃いオレンジの刺繍糸を悠真に買ってきてもらおうかな

裁縫店のサイトを見ながら、次に買ってきてほしいものをリストアップしていく


「これでよし」


一仕事を終えた後、悠真から電話がかかってくる

丁度いいや。買い物のお願いを・・・


「もしもし、ゆう」

『そんなシロクマより、俺の方が羽依里の事が好きなんだからな!』


勢いよく告げた後、電話は切られる

・・・どうしたんだろう。何かあったのかな


「シロマより、悠真の方が・・・か」


私からしたら、二人共一緒だ

悠真もシロマも・・・一緒

だってシロマは、悠真をイメージして作ったぬいぐるみなのだから


髪と同じ、白銀の体毛

目は普通のシロクマが持たない夕焼け色

悠真の特徴と同じなのに、どうして嫌っちゃうんだろうな

シロマは悠真をイメージして作ったって言えば、好きになってくれるかな?

逆に嫉妬しちゃうかな

それとも引かれる?そうだよね。むしろその方が・・・


「・・・言えないよね。悠真が来れない日、寂しさを紛らわすためにシロマを作っただなんて」


メールで買ってきてほしいものを送信した後、今日も横になる

学校に行けること、ちゃんと顔を合わせて話したいのになかなかうまく行かない


新学期が始まるのは明後日


「明日は、来てくれるかな。悠真・・・」


明日に願いを込めながら、目を閉じる

話したいことを、何度も小さな声で練習しながら・・・誰も来ない病室で一日を過ごしていく


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