5月8日①:うん。前から興味はあったから
「ふんふーんっ」
「どうした、羽依里。楽しそうに登校なんて・・・今日は小テスト山盛りなのに」
「そうだね」
ぐう・・・凄く余裕な笑みだ
羽依里は昔からとても頭がいい
通信授業時代だって、俺は全然聞かされていなかったが、かなりいい成績だったと先生たちが言っていた
羽依里はコツコツ努力をしていくタイプだし、物覚えもいい
少し、羨ましい
「ほら後ろ。藤乃なんて地獄に向かう罪人みたいな足取りじゃないか」
「ううう・・・真っ赤な世界が見えるよぉ・・・。ぺけぺけだよぉ・・・」
「あそこまでじゃないか、正直俺も気が重い。けど、羽依里は凄く楽しそうで気になるんだ」
「ふふん。それはね、昨日玲香ちゃん達とお昼の約束をしたの」
「そうか」
今日のお昼に弓削達とお昼か
・・・それはつまり、俺と中川さんの打ち合わせには付いてきてくれないということでは?
「・・・打ち合わせ、付いてきてくれないのか?」
「露骨にショックな顔をしない。私が付いてきても意味はないでしょう?」
「・・・そりゃあ、そうだけどさ」
「実際に撮影するのは悠真なんだから。打ち合わせ、頑張ってきてね?」
「あ、ああ・・・」
「そこまでしょんぼりするなんて思わなかった」
「ここ最近、ずっと羽依里と行動するのが当たり前だったから・・・」
「確かに、そうだね」
家でも学校でも、羽依里と一緒にいるのが当たり前
この生活になってからたったの一週間と言われるかもしれないが、小さい頃はこんな感じだった
その時は、寝る時も風呂も一緒だったけど
・・・大きくなったら、流石にな
あの時は事故だったから仕方なかったけど、自分から誘うというのはまだ何というか・・・
羽依里側にも負担を与えそうだし、何よりも俺の精神が持たない
「私は付いてくるだけでいい悠真の精神安定剤かなにかなの?」
「かもしれない。羽依里がいるとリラックスできてな・・・話すのも上手くいくんだ」
「それは、将来の事も考えて直したほうがいいと思う」
「・・・わかってる」
「仕事の時も私が一緒ってわけにはいかないからね?」
「ああ。そうだな」
仕事の時に羽依里がいないとまともな会話が出来ないかも・・・
そんなことは決してあってはならない
しかし、一つだけ。
一つだけ羽依里が仕事の時にも俺と一緒にいられる可能性というものは存在している
「・・・羽依里がカメラマンになれば完璧じゃないか?」
「夫婦でカメラマン、または私が悠真のアシスタントっていうのは少し憧れるけど・・・ってなんでそうなるの!」
「してくれないのか?」
「・・・カメラは趣味の範囲なら」
照れ混じりで告げた言葉を、俺は聞き逃さなかった
確かに羽依里はこういった
「趣味なら、いいのか?」
「うん。前から興味はあったから」
「でも、なんで興味を?そんな素振りなかったじゃないか」
「悠真、いつも楽しそうだったから。悠真はないの?」
「ないって何が?」
「だから、その・・・好きな人の好きなことを、好きになりたいって思うこと」
確かに、羽依里の趣味・・・ぬいぐるみ収集と裁縫は好きだ
収集したぬいぐるみは羽依里に全てプレゼントしているから、実績は羽依里の病室や五十里家の客間に反映されていると思う
裁縫は・・・まあ、ぬいぐるみを買うことだけに満足ができなくなり、更に言えば病室で暇を持て余していた羽依里の貴重な趣味だ
「確かにあるな。好きな子の趣味をやりたい心境。羽依里の裁縫がいい例だ」
「ほ・・・」
「今も作ってるのか?」
「うん。今もしろくま、だけど」
「あの眠そうなしろくまか?俺、あれあんまり好きじゃないんだが・・・」
羽依里の一番お気に入りのペンちゃんといつも一緒なしろくまのしろまくん
ネーミングセンスがあれすぎる彼女のぬいぐるみの中でも比較的まともな名前を持つ、常に眠そうな顔をしたそいつが俺は苦手だった
というか、嫌いの領域に入っている。何というか、こいつが誰かに似ている気がするからだ
しろまくんに似た知り合いは俺の中にはいなかった
・・・だからこそ、なぜ嫌いなのかもよくわかっていない
「そっか・・・悠真をモデルにしてるからかな。同族嫌悪的な」
「どうした?」
「なんでもない。でも、私はしろくま好きだから。これからもたくさん作るかも。今は、きぐるみにも挑戦してみてるんだ」
「・・・きぐるみ?」
「うん。完成したらしろくまキグルミ着てね、悠真?」
「なんで」
「悠真に似合うと思うから・・・」
前言撤回。しろまくんに似ているやつを理解した
俺だ。間違いなく俺
眠そうな顔は面倒くさそうな顔ともとれる・・・なんてことだ
「羽依里」
「なあに、悠真」
「小さい頃から俺のことめっちゃ見てくれててありがとうございます・・・今日も大好きです・・・」
「当然でしょう?同じぐらい、好きなんだから」
羽依里からこうして返事をもらえるようになったのも数日前
少しあたりのきつい時代も好きだったが、今のこう告白をストレートに受け取ってくれる羽依里も好き
「羽依里のことはめちゃくちゃ好きだし、お願いもある程度は叶えたいと思う。けど、しろくまきぐるみだけはちょっと躊躇する」
「私の手作りでもだめ?」
「・・・眠たそうじゃなければ、考えるかも」
「えー・・・眠たそうなのが似ていていいところなのに」
「やっぱり俺モデルなんだな・・・しろまくん」
「うん。可愛いでしょう?」
羽依里とは長い付き合いだが、彼女の「可愛い」はよく理解できない時がある
それでもその「可愛い」を理解して、一緒に可愛いと言い合って楽しみたいと思えるのは・・・きっと彼女と同じ感情を共有したいからだと思う
彼女とは色々とやりたいことがある
けれど、今の彼女には制限が多すぎる。楽しめることは一握り
どこにでもいるような恋人同士の付き合いなんてまだ難しい話なのだ
彼女の心臓へ負担をかけたくない
だから色々なことを躊躇してしまう
仕方のないことだ。だから今はできる範囲のことを彼女としていけたらと思う
俺自身、羽依里と色々とやりたいことがあるのはまだ内緒だ
・・・病気が治ったら、歯止めが効かなくなるかもだけど
それまでは我慢ができる子を演じておこう
けれど、たまに思うことがあるのだ
羽依里は俺の対応を不満に思ったりはしていないかと
・・・時間がある時に聞いてみないとな。我慢していることはないか、と
「そこの前二人―?惚気けないでくれないかな。独り身の藤乃さんにはぐさぐさダメージが入るというか・・・」
「ああ。すまん藤乃。忘れてた」
「全く、忘れないでほしいよ。羽依里ちゃん、よくこれと付き合おうと思ったね」
「お前もこれ扱いか」
「昨日もたくさん聞かれたけど、理由は単純に「好きだから」。小さい頃からいつも寄り添ってくれて、私のことを考えてくれる優しい人。そんな悠真が私は大好きだから」
「羽依里・・・」
彼女は少し照れくさそうに笑って、昨日の言葉を俺にもう一度教えてくれる
それは何度聞いても、嬉しいの一言で表現しきれるものじゃない
なんというか、その・・・自分の語彙力のなさが申し訳なくなるほど嬉しくなる
「・・・悠真」
「どうした藤乃。俺は今、羽依里の素敵なお言葉を脳内に刻み込んでいるところなんだ。邪魔するな」
「こんな優しい女の子、よくも私に八年近く隠してたなこの野郎!悠真より羽依里ちゃんと小学生の頃からお近づきになりたかったやい!」
「そんな小さい頃から藤乃を近づけると悪影響がでそうだしな・・・」
「もう。二人共、変な言い合いはしなくていいから早く学校に行こう?小テストが待ってるよ」
「「そうだった!」」
藤乃は慌てて通学路を駆けていく。おそらく吹田と尚介に助けを求める気だろう・・・廉と共に
「悠真は大丈夫?」
「登校中に確認したらいい。手伝ってくれるか?」
「もちろん。私も少し復習しておきたいから」
二人でのんびり歩きながら小テストに向けて復習をしていく
その後、登校した時に、先についていた藤乃に「重役出勤!」と笑われたが、そんなことは言われたって気にしない
「おや、悠真さんやい。無反応ですかい?」
「反応してる暇があったら勉強する」
「そうですかい」
それからは羽依里と二人でテスト対策をしつつ、ホームルームを過ごし
始業のチャイムが鳴るまで、同じように対策をしていく
一時間目は数学・・・だったよな
チャイムがなると同時に、先生が教室に入ってくるが・・・まず第一声は「小テストやるぞー」だと、俺達は身構えていた
そう、身構えすぎていたのだ
「穂月―藍澤―、悪あがきは終わったか?小テスト始めるぞー」
「「なんで名指し!?」」
「このクラス、穂月と藍澤以外成績上位組だからな。心配するのはお前たちだけでいいんだ」
「「なぁ!?」」
藤乃と廉の情けない声が教室に響き渡る
まさかの始まりに、クラス全員の気が抜けたのは言うまでもないだろう
「一応クラス替えの時に「普通科で国立大と難関校を狙ってる子」を集めたからな。そうするとお前ら写真部の中では吹田、笹宮が対象になる」
「ハードル上げんな悠真!」
「無関係なんだが!?」
「絵莉ちゃんは責めらんないから」
「おい」
「勉強したらいいんじゃないの?私でも三位ぞ、藤乃?」
「尚介そっち側だったの!?」
「俺は、廉に「アホ側」だって思われていたんだな・・・一応、四位なんだが。たまに絵莉と順位交換するけど・・・」
「まあ、なんだ。写真部はひとまとめって条件があるから、お前たちは専門学校・就職組でも自然と国立大組に混ざることになっちゃうんだな。上に合わせる仕様でな」
「「そんなぁ!」」
「さて、そろそろ勉強した内容も吹っ飛んできた頃だし、数学の小テスト始めるぞ?」
「先生の鬼!」
「ありのままな実力が見たいんだよ。特に穂月と藍澤」
「せっかく勉強したのに!そんな事言っていいと思うのか!」
「藍澤、静かにしような。ほら、テスト後ろに回せ?」
「ひんっ!」
笑顔で小テストを渡された廉は、しょんぼりしつつテストを後ろに回してくれる
・・・この後の二人の小テストが全て惨敗だったことは、言うまでもないだろう
ちなみに、俺は・・・
「悠真、英語相変わらず苦手なんだね。それと相変わらず小さいミスが多い・・・」
「そういう羽依里は全教科満点か・・・」
ケアレスミスばかりの俺の解答用紙と、綺麗な円が並ぶ羽依里の解答用紙
見比べるだけでも、目が痛い
「ちゃんと勉強したから」
「俺もしたんだけどな」
「悠真は細かいところをちゃんとしたら大丈夫」
余裕を見せた笑みを浮かべた彼女
しかし対称的に俺の表情はものすごく硬いものになっていただろう
次の中間テスト、自分の矜持の危機が目の前まで迫っているのだから




