4月24日:普段はいつも誰か近くにいる気がするから
朝、普段どおりに羽依里と合流し、学校へ向かう
基本的に何ら変わりのない一日なのだが・・・
「・・・」
「羽依里?」
「あ、いや・・・その、なんでもない」
「なんでもない顔じゃないだろ。風邪うつっちゃったりしてるのかな・・・」
少しだけ頬が赤くなっている羽依里の額に、左手をあてる
うん。熱はない。至って普通だ
「だ、大丈夫。風邪とか引いていないし、体調はいつもどおりだから!」
「・・・本当に?」
「本当だよ?」
「嘘ついてない?無理してない?」
「してないってば・・・」
「ならいい」
少し目を閉じて、気持ちを切り替えようとする
するとその閉ざされた世界の先で、羽依里が小さく「あ・・・」と呟いた
「どうした?」
「にゃんでもない・・・」
口元を抑えて、先程よりも頬を赤くしていた
・・・一体何なんだろう。この反応
まあ、羽依里があわあわしている姿は見ていて可愛いと思うから、別にいいのだが
それが、俺の顔を見ることで行われるのはちょっと解せない
視線をそらしたと思ったら、俺の顔を見ようとする
しかしその後すぐに、なにか思い出したかのように目をそらす
見るならずっと見ていて欲しい
「俺の顔に、何かついているのか?」
「ち、ちかい・・・」
「近づけているんだから当然だ。さっきから俺の顔をチラチラ見ては目を反らす。何かあるとしか思えない」
「そ、それは・・・」
「言えないことなのか?」
「・・・言えないこと、かも」
片手で胸元を押さえ、もう片方の手で俺の服を引きつつ、上目遣いで彼女は告げる
言えないこと。何が彼女にとって「言えないこと」なのか俺にはわからない
けれど、悪いことではないと思う
「・・・少なくともそれは、俺と羽依里にとって将来的な不都合になってしまうような隠し事ではないんだよな?」
「うん」
「なら、聞かないでおくよ。羽依里が言いたくないなら、そのまま言わないでいいし、俺もこれ以上は聞かない」
「ごめんね、悠真」
「いいって。謝る必要もないから」
「うん」
変な話はこれでおしまい
この先は普段どおり。今度こそ普段どおり
・・・そう、思っていた
「ところで、悠真」
「ん?」
「悠真は、その・・・キス、してみたいとか思ってる?」
「んっ!?」
話が一段落したかと思いきや、彼女はいきなりぶっ飛んだ話題を提供してくれる
周囲に人や藤乃がいないことを確認してから、先程より小さな声で羽依里へ問いただす
「急にどうした」
「・・・一応、聞いておきたくて」
「聞いておきたいって・・・なぜ今」
「誰もいないから、聞くチャンスかと。普段はいつも誰か近くにいる気がするから」
「じゃあメールとか!」
「直接聞きたいの!・・・ダメ?」
我儘で俺を翻弄してくる彼女は、決して俺をからかっているわけではない
彼女自身もどこか真剣に考えているような気がするのだ
・・・俺からしたら「そんなことか〜」感はあるのだが、彼女にとっては「特別なこと」なのだろうか
ここは適当にはぐらかすマネなんてしてはいけないだろう
俺自身も、きちんと向き合わないといけないのかもしれない
「まあ、そうだな。二人きりの時ならいつでもとは思っている」
「どっちが先か、とかは考えたことある?」
「どちらでもいいかな。でも、羽依里からされるっていうのはアリだと思う」
「そ、そうなんだ。理由とか、あったりする?」
理由、理由かぁ・・・
まさかそこまで聞かれるとは。想定外すぎて何も言えなくなる
ただ自分に湧き上がった欲へ忠実に従った・・というのはドン引きの解答だろう
ここはもっともらしい理由を用意して安心させるべきか
「そうだな・・・まあ、俺がいきなりやるよりも、羽依里がしてくれたほうが、羽依里自身もきちんと心の準備ができているってことで、びっくりさせないで済むかなと」
「・・・身体を気遣って?」
「そういうことだな。と、いうわけで是非ともその方向でお願いしたい。俺は人前でなければいつでもウェルカムだ」
「そ、そっか・・・」
「羽依里はその、そういうの、興味があったり?」
「あるよ。やりたいことの、一つだから」
「そうか・・・」
「でも、してもらうのも夢。私も、いつでも大丈夫だから・・・ちゃんと来てね?」
そう言われても、流石に突然なのは嫌じゃないか?
色々とタイミングを見計らうことになりそうだが、彼女からのお許しも出たことだし・・・積極的に狙っていこう
そう決めたけど、そういう空気に持っていくところから苦労しそうだな・・・
「・・・善処する」
「悠真の善処は信用できないな?」
「・・・頑張る、から」
「うん。頑張れ、悠真」
「それは羽依里にも言えるだろ」
「確かに、言えるかもだけど・・・今の悠真よりは一歩前に進んでるから」
「どういうことだ?」
「さあ、どういうことだろうね、悠真?」
上機嫌で前を進む彼女が、一瞬だけ大人びて見えた
一歩先に進むって、精神的な意味で・・・ということなのだろうか
「どこまでも一緒だと思っていたけど、流石に内面までは同じじゃないらしい」
「悠真?」
「なんでもない。さ、早くしないと遅刻するし、どんどん進もう」
「そうだね」
いい返事をしれくれた彼女は、普通に歩いてくれるかと思っていた
しかし俺の読みはかなり甘くて、その想定外にまた息を飲む
「は、羽依里さん?」
「何かな、悠真」
「なぜ、普通に手を繋いでくれないのでしょうか」
「それはですね、悠真さん。私は恋人繋ぎというものに興味があるからです」
敬語には敬語を、といった感じで、珍しく俺も羽依里も互いに敬語を使って話をしてしまう
最も、俺は本気で、羽依里は冗談交じりと差は多少なり存在するが
「・・・凄く、積極的ですね」
「うん。積極的に行きたいから」
「本当に色々我慢していたんだな」
「そうだよ、悠真。やりたいことがたくさんあるけれど、身体がついていかないから我慢ばかりしていたの。けれどもう、我慢はしないことにしたんだ。今はできる範囲で、色々とやりたい。これもその一環だよ」
「左様で・・・」
「悠真は、その・・・ずっと好きだって言ってくれていたけど、私とその、こういう関係になったら、やりたいこととかなかったの?」
言われてみれば、羽依里に好きと言い続けて早数年
受け入れられることよりも、最後の方は伝えることを重視していた気がする
その先のことなんて考えていなかった
ただ、明日のことばかりを考えていた
その先のビジョンを、得ていなかった
この心の差は、結構大きな差だよな・・・
「・・・正直に、言うぞ」
「うん」
「最初こそ、受け入れられた後を考えていたんだが」
「うんうん」
「・・・最後の方は、受け入れられることを、心のどこかで諦めていたと思う」
「あ・・・」
「今こうして受け入れられた後の変化に、俺自身の気持ちが追いついていないと思う。それに、その・・・言い訳みたいに聞こえるが、風邪や怪我のこともあって、今はちょっと、心の余裕がない」
「そうだよね。ごめんね。色々とバタバタしていて落ち着いて考えられる環境でもなかったよね。少し性急すぎたかも」
しょんぼりしながら、手に込めていた力を緩めてしまう
そのまま手をほどこうとした彼女の手を、今度は俺がしっかり握りしめた
「悠真?」
「けど、嬉しいのには変わりない。気持ちの整理はまだ時間がかかるし、余裕を作るのは、もっとかかると思う。それでも、俺はきちんと「羽依里とどうなりたいのか」
「何をしたいのか」きちんと考えるよ。それまで待っていてくれるか?」
「勿論。待ってるよ」
「ああ。約束だ」
二人、しっかり手の力を込めて前へ進む
流石に、通学路に他の生徒がちらほらと見えるようになってからは普通に手を繋ぐことにしたのだが・・・
「・・・やっぱり名残惜しい」
「俺もかな。あれはなかなかにいい。また今度やろう。今度」
「今度があっていいの?」
「何度でもあっていいと思うぞ?」
「そっか」
嬉しそうにはにかんだ彼女と共に、今日も学校生活を過ごしていく
なんだかんだで、関係が変わってから初めて過ごす「普通の学校生活」
今日も羽依里にとって、いい一日になってくれますように
そう心の中で願いつつ、一日へ踏み出した




