4月23日①:うわ、こいつ私の時と全然態度が違うぞ
遠足の翌日
俺の体調は無理したことも相まって全然良くなる兆しがなかった
むしろ悪化してないか、これ
腕を折った影響もあるのだろうか・・・
「むむむ・・・」
部屋で一人唸っていると、扉が小さく叩かれる
この叩き方は・・・本来なら今、この家にはいない人物のものだ
「返事ないけど開けるね・・・あ、おにい起きてるし、喋れるようになってる」
「朝・・・部活は?」
「流石に病み上がりのお父さんと現在進行系で寝たきりのお母さん。そして病気のおにいのことばっかり考えて集中できないから早く帰らせてもらった」
「試合近いのに・・・申し訳ない・・・」
「むしろ家が大変だねって同情された。で、帰ってる途中で・・・」
「よっすすー悠真!体調どう?」
扉の先から顔を出す藤乃はいつもと変わらず騒がしい感じで俺の部屋に乗り込んでくる
ぼおっとした頭にはキンキン響く声だ・・・勘弁してほしい
「うるさい・・・頭痛いからやめてくれ・・・」
「あ、それは申し訳ないね。朝ちゃん、帰りはよろしくね!」
「任せて、藤乃ちゃん」
「藤乃・・・何しに来たんだ?」
「付き添いだよ。同伴者がいないと外出できないでしょう?」
「・・・?」
俺が真っ先に浮かび上がるはずの答えは、熱に浮かされた熱で上手く出てこない
当たり前だからこそ、出てこないのだ
藤乃の同伴者の正体が、一番大好きなあの子の名前が
「・・・まだきついかな?」
「え、あ?・・・羽依里か。いらっしゃい。そうだよな同伴者なしじゃ・・・さんきゅーふじの」
「うわ、こいつ私の時と全然態度が違うぞ。熱更に高くなってるんじゃ・・・まあいいや。後は若いお二人で楽しんでくださいな。それじゃあね、羽依里ちゃん、朝ちゃん」
「ありがとう、藤乃ちゃん」
「またねー」
どこかおせっかいなおばちゃん風になりつつあった藤乃は帰り、朝も気を遣って自分の部屋に戻る
そして布団を敷いていることで余計に狭くなっている部屋には俺と羽依里の二人だけだ
「・・・少し、元気になった?」
「ある程度は・・・?」
部屋に残されたのは俺と羽依里だけ
あーなんだろう。更に頭が回らなくなる
「やっぱりきつい?お薬飲んだ?」
「・・・飲んでない」
「いつも人には飲め飲め飲んだか?記録したか?って聞くのに・・・ご飯は?」
「食べてない。食欲ない」
羽依里は近くにあった袋を手に取り中身を確認する
錠剤タイプもあるけれど・・・ほぼ粉薬
残念ながら俺は粉薬が苦手
それは昔から変わらない。全く、進歩すらないほどに
「悠真、飲みたくないから食べたくないは駄目だと思う」
「粉薬嫌い」
「我儘言わない・・・そういうと思って「お薬ごっくん」を買ってきてるから」
「なにそれ」
「オブラートのお友達」
「理解した」
最近テレビでよくCMを見かける。苦いのが嫌な子供向けに開発された服薬ゼリーのはずだ。イチゴ味とか、オレンジ味とかチョコレート味とかあったはず
・・・おかしいな。俺、羽依里から手のかかる子供扱いされてないか?
「悠真、昔から粉薬嫌いでしょ?服薬ゼリーがあれば、ちゃんと飲めると思ったから帰りに買ってきたの」
「流石羽依里。俺のことをしっかり理解してる」
弱々しい手を叩くと、彼女は困っているのか呆れているかわからない表情で俺の額を撫でる
程よく冷たい手が熱を冷ましてくれるのはありがたい
「褒めなくていいから。ほら、少し体起こせる?」
「起きました」
片腕が使えないのは不便だが、それでも工夫したら一人で起きれることぐらいはできる
問題は・・・この若干暑くなってきた気温の影響で、腕が蒸れることぐらいだ
・・・気持ち悪い。今すぐ剥ぎ取りたい
けれどそんな元気すらない。悔しい
けれど、羽依里のお願いを実行する体力だけは身についている
素早く体を起こした俺に、羽依里は若干引いていた気がしたが気の所為にしておこう
「早っ・・・少し元気出てきた?」
「羽依里と話すだけで元気もりもりだ」
「それはよくない。遠足のときみたいに無理しちゃうでしょ?・・・ご飯食べさせたら帰ろう。悠真に無理させるから」
「それは困る・・・もう少しだけ、頼む」
「・・・ちゃんと寝るならね」
「ん」
「ご飯食べれそう?」
「食欲はまだないからなぁ・・・」
「それでも胃に何か入れないと、負担になるから・・・ゼリー食べる?桃のゼリー好きでしょう?」
「ああ。あるのか?」
「あるよ」
袋の中から、小さい頃からよく買う果物ゼリーを取り出してくれる
当時からパッケージが変わらないそれは懐かしさを覚えさせてくれた
「懐かしいな」
「そう、だね。久しぶりだから、このメーカーで合ってるか不安になった。合ってるよね?」
「ああ。いつものだ」
羽依里は安心したように蓋を開けて、一緒についていたプラスチック製のスプーンでゼリーを一口掬う
そしてそれを俺の口元に近づけてくれた
「はい。あーん」
「・・・いいのか?」
「怪我もあるし、持って食べれないでしょう?だから・・・特別。口、開けて?」
いつもは変わり目風邪を引く度に季節を呪っていたが、今回ばかりは呪えない
ありがとう風邪。ありがとう骨折
「あああああああん」
「・・・悠真、顔にやけてる。ちょっとキモい」
「そりゃあ、羽依里からこんな事してもらえるなんて思わないだろ」
「この前したばかりでしょ」
「人の目がある場所と、二人きりというのはぜんぜん違うものだと思う」
「・・・まあ、そうだけど」
少し目を逸らした彼女の頬は多分俺と同じぐらい真っ赤だ
熱と照れでその原因は異なるが・・・少しは俺にも照れが混ざっているかもしれない
「・・・やりたいこと、たくさんあるんだから」
「これも?」
「これも。他にも色々とやりたいこと、書き足したんだから」
「沢山叶えることになりそうだ」
「うん。だから、早く風邪治してね」
「ああ」
あのノートに更に追加された羽依里のやりたいこと
その内容はとても気になるが・・・それは元気になってからのお楽しみだ
「じゃあ、そろそろ、いただきます。早く元気にならないと」
「うん。じゃあ、ど、どうぞ・・・」
差し出されたゼリーを一口
しばらく話していたこともあるのか、若干ぬるいような・・・
まあそれでもいい。食べやすくなった気がするから
それから羽依里にゼリーを食べさせて貰った俺は、全て完食した後・・・布団の中に戻る
もちろん、薬は飲んだ上でだ
「・・・苦くなかった」
「よかった。残りは冷蔵庫に入れてもらっておくから、明日も使ってね」
「ありがとう。助かるよ」
「どういたしまして」
「・・・眠くなってきた」
ふと、眠気が襲ってくる
腹が満たされたからか、薬の効果が早速出たのかはわからない
ただ、眠くて意識を保つのが難しくなってきた
「お腹いっぱいになったからかな。ほら、そのまま寝ちゃって。私のことは気にしなくていいから」
「ん」
「・・・おやすみ、悠真」
羽依里の小さい手が俺の頭を撫でてくれている
誰かが近くにいる安心感もあったのか、そのまま俺は眠り・・・朝まで爆睡してしまう
その頃には熱も引いていて、健康そのものになっていたのだが・・・
「あ、ああおにい!おはよ!」
「おはよう、朝」
「げ、元気になってよかったね!それじゃあ私部活あるから!」
「・・・?」
なぜか、朝がめちゃくちゃ挙動不審なのである
いつもみたいにゆるく「おにい〜教育テレビにチャンネル変えて〜」とも言わないし・・・
むしろ、見てはいけないものを見てしまったみたいな変な反応だ
なぜ、朝がそんな反応を見せるのか
その答えへ俺はまだ辿り着くことはない
けれど「彼女」は知っている。その答えを・・・
 




