4月22日②:頭の中で老後のことまで考えたか?
「いやー・・・春ですなあ。もう夏っぽい気候になりつつあるけど」
「慎司おじさん」
ベンチに腰掛けて休憩していた代役カメラマンこと慎司おじさんに声をかける
悠真の師匠でもあり、彼の父親である五十里真弘さん・・・小倉真弘さんを兄に持つ慎司おじさんは、幼少期の私たちとよく遊んでくれていた存在だ
大きくなっても面倒を色々と見てくれていて、今も交友関係がある
「羽依里か。お前が悠真と一緒にいないとなると・・・あいつやっと起きたのか?」
「うん。今病院に」
「全く。お前の虚弱体質もアレだが、あいつの環境適応力の弱さも大概だよなあ・・・まあ、そうなると思ってスケジュールを調整しておいてよかったよ」
「色々とありがとうね、慎司おじさん」
「いいってことよ。弟子の面倒をみるのも師匠の務めだし、叔父の役目だ。しかし羽依里。お前、兄貴と智春から聞いてはいるが、出歩いて本当に大丈夫なんだろうな?」
「うん。手術までのんびり学校生活を楽しむよ」
「お前、つい最近まではいつ死ぬかわからないから・・・って後ろ向きに物事を考えていると聞いていたんだが・・・ここ数日、大きく考えを変える出来事があったのか?」
「おじさんには隠し事できないなあ」
昔から、私も悠真もおじさん相手だと隠し事ができない
そもそもおじさんの勘はかなり鋭い
それに、親ではないから・・・別の視点で私たちを見ているから、気づけることもあると、彼は言っていた。きっと今回もそう
「勘は鋭い方だと思うし、さっきまでの羽依里は女の顔をしてたからな」
「女の・・・?」
「まあ、好きな奴と一緒に入れて幸せーって感じの顔だよ。よく、智春の奴が兄貴相手にしてた顔だから、覚えてる」
「・・・」
おじさんは昔、悠真の母親である智春さんに恋心を抱いていたらしい
もちろんお兄さんの真弘さんも
そんな二人は互いに蹴落とし合うのではなく、公平に智春さんへ同時に告白したらしい
同じ女を好きになってしまったのは仕方ない。ここは兄弟同士争うんじゃなくて公平に勝負をしようという考えのもと、今も商店街で語り継がれる小倉饅頭の長男次男の同時告白が果たされたそうだ
結果は言わなくてもわかるだろう。おじさんの惨敗
ちなみにふられた理由は「慎司は饅頭が作れない。真弘は作れる」と、智春さんが饅頭を頬張りながら述べたそうだ
彼女らしい理由だったと、商店街の奥様方の間では未だに語り継がれているとかなんとか・・・
「まあ、俺が饅頭作れない関係の話はいいんだよ。今も作れないし」
「心を読まれた!?」
「そんな顔してたから。で、話を戻すけど。お前、悠真と付き合い出しただろ?」
「なんでわかるの・・・?どこかで見てたの・・・?」
「図星かよ・・・絶対ないなって思ってたからからかってやろうと思ったのに」
おじさんは若干衝撃を覚えながら、精神統一も兼ねてカメラのレンズを拭き始める
「でもまあ、やっとか。そこはおめでとう。お前も悠真も露骨な好意隠してなかったし、やっと収まるところに収まったって感じがする」
「ありがとう、おじさん」
「しかしまあ、お前らも遅かったよな。何歳の頃から将来結婚するんだなんだの子供は三人欲しいだの言ってたくせに・・・で、入籍はいつだ?明日か?それとも今日か?まさか昨日か?」
「そこまで予定立ててないから・・・!」
昔の話と将来的な話を矢継ぎ早にされても、相談する彼はいないし・・・
そもそも!私たちはまだ十七歳。結婚できる年齢ではないのだ
早くても次の誕生日・・・それからめぐるめく未来の想像・・・頭が白くなったら、縁側でお茶飲んで笑い合いたい・・・って私は何を考えているんだろうか?
「どうした羽依里。頭の中で老後のことまで考えたか?」
「そこまで考えてないから!」
「そこまで、じゃあどこまでよ?」
「・・・もういいでしょ。ところでおじさん、悠真の代役は終わったの?」
「ああ。あいつが呑気に寝ている間にもう遠足も終盤だしな。俺もそろそろ引き上げるよ。部活の連中はそろそろ来るんじゃないか?」
「そう、なんだ・・・」
「まあ久々の遠足が悠真のせいで潰されたのは災難と思うから、おじさんから一言・・・ここの遠足、現地解散らしいな」
ベンチから立ち上がり、自分の荷物を抱えたおじさんは去り際に一つ呟く
「え?」
「終わった後も、遠足をしてはいけないとは・・・言われてないんじゃないか?早く帰れとは言われるかもしれないけれど、昔から優等生のお前だから、事情説明ぐらいできるだろ。説得してみろよ、教師をさ」
「・・・」
「悠真は兄貴の反対を振り切ってでも、自力でここに来るだろうな。俺は先に帰る。じゃあな。今度は結納の食事会にでも呼んでくれ」
「そこまで話は進んではないから」
「進める気はあるんだろ?五十里の家、お前は大丈夫だと思うけど結構お堅いから、今のうちに座布団と友達になって、三時間連続で正座できるようにはなっとけよ!」
そう言いながらおじさんは駆け足気味にその場を立ち去っていく
「・・・おじさんなりのアドバイス、か」
昔は変なこと吹き込んで遊んでいたおじさんも、今じゃちゃんとアドバイスをしてくれる大人になったというのだろうか
後で皆に確認してから、先生に聞いてみよう
一時間を目安に帰るから、少しだけ遠足の続きをさせて欲しいと・・・
・・
「腕、折れてますね」
「そうですか。え、折れてる?」
「ええ、折れてます。綺麗に折れていますよ。手首は捻っただけのようなのでしばらくしたら元どおりになりますよ」
先生から病院に連れていかれ、そこで連絡をもらった父さんと合流してから俺は内科と整形外科の両方を受診する羽目になってた
内科の方はすんなり終わった
しかし整形外科の方がかなり厄介だ
痛いとは思っていたが、まさか折れていたとは
幸いにして右。俺の利き手は左だから問題なく過ごせるが・・・
「カメラは流石に、持てないよな・・・」
「落ち込むな悠真。見るのも勉強になるぞ」
カメラを持てないことにショックを受けるより、別の不安が俺の心を占めていた
父さんと母さんが回復した矢先に今度は俺が怪我をする
この連鎖が朝にまで続かないことを祈るばかりだ・・・
「そうだけどさぁ・・・」
「固定して、またしばらくしたら様子を見せてください。鎮痛剤も出しておきますね」
「ありがとうございます・・・」
それから看護師さんに腕を固定され、三角巾で腕を吊す
一応、今日の俺は早退扱いになっている。学校への報告は明日以降でいいと言われていた
だから家に帰っても本来ならばいいのだが・・・
「これからしばらくカメラを撫でる以外禁止な」
「うん。それはいいけどさ、父さん。俺、戻らなきゃ」
「いや寝ろよ。熱あるんだから」
父さんの言い分は最もだ
しかし、それ以上の存在が向こうで待ってくれている
俺が駄々をこねてでも会いに行きたい人物が、行きたい場所にいるのだから
「羽依里が待ってる。連れて行ってくれないなら自力で行く」
「・・・わかったよ。お前の我儘は本当に羽依里ちゃん関係のものばかりだな」
「助かるよ、父さん」
「今回だけだからな」
「わかってる。ありがとう」
父さんに連れられて俺は再び遠足を行うはずだった運動公園へと向かう
そこで待っていてくれている彼女の元へ
・・
おじさんが帰った後、入れ違うように藤乃ちゃんたちが私のところに来てくれた
「あ、ここにいたんだね、羽依里ちゃん!」
「藤乃ちゃん。皆もお疲れ様」
「お疲れー!あ、やっと悠真起きたんだ?今病院?」
「うん。でも終わったら戻ってくるって」
「微熱あったのにご苦労だな・・・」
「白咲さんのことになるとキャラ変わるよねー」
それぞれ一言ずつ話していくが、絵莉ちゃんの様子がおかしい
何やら挙動不審というか・・・
「絵莉ちゃん、どうしたの?」
「小倉次男どこにもいないよね・・・」
小倉次男は慎司おじさんのこと
慎司おじさんと真弘さんは、商店街にある小倉饅頭店の息子さんだからだ
商店街の間では、昔から二人のことを小倉長男と小倉次男と呼んでいるらしい
そう呼ばれると婿養子に行った真弘さんはかなり不機嫌になるので、慎司おじさんの呼び方だけを引き継いでいるらしい
絵莉ちゃんの家は、悠真の話だと商店街にある吹田生花らしい
だからだろうか。その呼び方が浸透しているようだ
「慎司おじさん?もう帰ったよ?」
「それならいいや。私さ、あの人すごく苦手で・・・」
「あー・・・人は選ぶかもね、慎司おじさん」
「あの人、色々と見透かしてくるからさ・・・まあ、いないならいいや。ところで、これからどうすんの?バスで帰る?」
「そうだね。疲れたし早く寝たいというかなんというか・・・」
もう帰る話の流れに入っていく
思っていたことを口に出そうとするけれど、上手く口が開かない
「汗かいたしなぁ・・・あ、三脚どうしよう」
「私が持って行こうか?重いだろうけど、少しなら平気だよ?五十里家まで宅配してしんぜよう、尚介!」
四人の話の中に上手く入っていけない
会話の中に入るのが、なぜか怖い。昔はこんなことなかったはずなのに・・・
「っ・・・」
「羽依里ちゃんは?」
「へ?」
ふと、藤乃ちゃんから声をかけられる
会話の中には入れたが・・・会話の主導権は私にはない
ただただ、流されるだけ
「羽依里ちゃんはどうするの?病院まで送って行こうか?」
「あ、あのね・・・私、もうしばらくここに残ろうかなって」
「残るの?」
「うん。悠真が、戻ってくるって言ったから・・・きっとを信じて待ってみようかなって」
「そっか。でもごめんね。私この後お母さんに付き合わないといけなくて。一緒にいられないんだ。本来なら一緒にいた方がいいんだろうし、残りたいけどさ・・・」
藤乃ちゃんは何度も頭を下げてくる
私が続きを提案していても、家の事情があるから断られていただろう
言わなくて、よかったかもしれない
それに、私の為に残る選択を考えてくれたことの方が嬉しかった
「ううん。気にしないで。そう言ってくれるだけでも嬉しいから」
「・・・私も、家のことあるから今日は無理。廉と尚介は?」
藤乃ちゃんに続いて、絵莉ちゃんが事情を話してくれる
そして話は藍澤君と笹宮君へ渡される
「僕単独だと悠真からどつかれそう。尚介が残るなら残る」
「俺は残れるぞ。それに三脚返さないといけないし、一人にするのもなんだからな」
「決まり。俺も残るよ。なんだか面白そうだからね!」
「尚介はともかく廉付きか・・・尚介、羽依里ちゃんに何かあったら頼んだよ」
「ちょ、藤乃ちゃん?僕は?僕には頼んでくれないの!?」
藍澤君の抗議を横に、藤乃ちゃんと絵莉ちゃんと別行動を開始する
姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた藤乃ちゃんと、その横でため息を吐く絵莉ちゃんを見送りながら私たちは三人並んでベンチに腰掛けた
それから数分間
私たちは無言のままで、座り続けていた
「・・・何を話せばいいんだろう」
「・・・何を話せばいいんだ」
「いい加減何か話そうよ、二人とも。何話す?オーソドックスに今更自己紹介?」
藍澤君がいなければ無言が続いていたであろうこの待ち時間
今まであまり関わりのなかったメンバーでの遠足延長戦はまだ始まったばかりだ




