4月20日⑥:私もいつか、こういうの作りたいなぁ・・・
手芸店にやってきた羽依里は、目を輝かせながら歩いていく
「悠真、悠真。見て!欲しかったファー生地、半額セール中!」
「おねえのテンション凄いね・・・」
「ああ。初めてだから。手芸が趣味になってから、こういう店に来るの」
「あ、そっか・・・元はと言えば、入院中の暇つぶし」
「そうそう」
趣味になってから初めて訪れる「好きに囲まれた空間」
いつも以上にキラキラとした目で周囲を見渡して、目についた物の元へ歩いていく
「・・・おにい」
「どうした、朝」
「私が他に買う予定の物を買ってくるから、おにいはおねえとここにいて」
「流石にそれは」
朝がそう提案してくれる
けれど、今日は五月から一緒に暮らす羽依里に必要な物も買う予定だ
揃えないといけないものはたくさんある
「いいって。少しでも負担減らせてたら、後が楽でしょう?」
「それはそうだが、朝にも負担が・・・」
「これぐらい平気だよ。私、体力には自信があるし」
「でも・・・」
「買うものはメモしているよね?」
「あぁ・・・!」
朝は俺からメモと財布が入った鞄をひったくるように奪ってくる
「朝、お前なぁ・・・」
「うん。これぐらいなら平気。商品は指定されているし、私一人でも買いに行けるよ」
「・・・本当にいいのか?」
「勿論。任せてよ、おにい」
「ありがとうな、朝」
「気にしないでよ」
「しかし、別にこの後でもいい話じゃないのか?時間はあるし、急ぐことなんて」
「まあ、さっきも言ったとおりおねえの負担を減らすこともあるけどさ・・・あれみたら、ここにしばらくいさせてあげたいじゃん」
朝と俺の視線の先には、はしゃぎながら商品を見ていく羽依里
「私は・・・おねえに好きなことを沢山していて欲しい」
「朝」
「・・・私ね、おねえのこと大好きなんだよ。小さい頃から一緒で、お父さんとお母さんの代わりに面倒を見てくれて、遊んでくれて。お姉ちゃんがいるなら、おねえがいいなって思うぐらい。おにいと同じぐらい、大好きなんだ」
さり気なく俺も好きと言われて、少し照れくさく思える
慕ってくれているとは思っていたが、そう・・・大好きと言ってもらえるとは
「でも、おにいに対することはどうかと思ったよ」
「それが今朝の態度に関わることか?」
「うん・・・申し訳ないけどね」
「ああ。今回は上手く纏まったけど、ああいうのは本当に良くない」
「気をつけるよ」
「そうしてくれ」
「・・・でさ、上手く纏まって、今は幼馴染で友達な関係、やめたんでしょ?」
「関係性としては、うん、そうだな」
確かに今は幼馴染で友達という表現が一番ではないな
・・・幼馴染で恋人、になるのか?
そうだよな。もうそういう関係なんだよな
ついさっきの出来事だからな。なんか、夢見気分で、実感がわかない
「これはある意味デートだよ、おにい。妹はついてきてるけど」
「別にいいじゃないか」
「良くないよ!バス待ちしてる時も、羽依里ちゃんはおにいと一緒にお出かけが良さそうだったじゃん!どこ見てんの!」
「そうだったか?」
「そうだよ!ちゃんと見てよ!何年一緒にいるの!それぐらい気づけ!」
朝がぷりぷり怒りながら俺に抗議してくる
流石に妹の攻撃だ。痛くもいたっ・・・かゆいたっ・・・
「・・・超痛いんですけど、朝さんや」
「痛くしてるもん。無自覚なおにいに鉄槌は当然だよね」
「・・・そこまでいうか」
「一緒にいてあげてよ。好きなことを一緒にしてあげてよ。これまで言えなかったことがある分、おねえはおにいに、遠慮してる部分が沢山あったと思うから」
「・・・朝」
「それじゃあ私は買い物に行ってくるね〜。後は若い二人でごゆっくり〜」
どこか年寄りくさいことを言いながら、朝はバックと財布を片手に店を出ていってしまう
・・・遠慮している部分、か
ないことが一番だけど、あっても羽依里は何も言わないだろう
「悠真」
「ああ、羽依里。どうした?何かいいものがあったのか?」
「うん。これとこれ」
「他には?」
「・・・ううん。いいや。予定、まだ残っているでしょう?」
決して、まだ見たいとは言わない
遠慮がちに笑いながら、もう大丈夫と表面的に告げてくる
「朝が、代わりに買い物に行ってくれている」
「そんな。早く追いかけないと。悠真、これ会計してくるから・・・」
「まあまあ、落ち着け羽依里」
「だって、代わりに・・・悪いよ、朝ちゃんに」
「朝が提案してくれたんだ。だから気にしなくていい」
「提案・・・?」
「ああ。自分が代わりに買い物に行くから、羽依里に好きなことをたくさんしてほしいって。今まで入院生活で、こういうところに自分で来るのも初めてだろうからって」
「朝ちゃんが・・・」
「だから、羽依里は朝の要望通り、沢山好きなことをしてくれ。他にも行きたい所があれば連れて行くから」
「ありがとう。悠真、朝ちゃんにも後でお礼を言わないとだね」
「ああ」
「とりあえず、ここを見て回っていい?他にも見てみたい物があって」
「勿論だ。羽依里の好きなように」
はしゃぐ彼女に手を引かれながら、店内を歩いていく
朝の気遣いのおかげで、羽依里は思う存分手芸店を楽しんでくれているようだ
・・・後で、朝にはご褒美をあげないとだな
布やリボン、フリルにパーツ類。他にも手芸用ねんどやら色々な物がある
俺自身、こういうものに興味はないし、うちは家庭用ミシンすらないようなご家庭だ
小学校中学校の家庭科授業でやるようなことしかできないし、頑張っても破れた服の応急処置とボタン付け程度しかできない
「これ、楽しそうだけど、病室ではやれないなぁ・・・」
「レジンクラフトか・・・時間は空くが、五月なら一時退院してるし、うちでできるんじゃないのか?」
「あ、そっか・・・でも、一式揃えると・・・むむむ。また今度」
「羽依里、これならどうだ?」
「これ?」
「初心者向け一式セットのお買い得パック。予算に収まるか?」
「・・・収まる!」
「では?」
「買っちゃう!」
色々とやってみたいことがある
けれど、彼女にはやっぱりまだ制限が多くって
でもやっと・・・ほんの少しだけだけど、その制限は緩くなる
「楽しみだな。何作るんだ?」
「とりあえず、練習で何品か作ってみる」
「そっか。あ、材料が足りなくなったら言ってくれ。またここに買いに来よう」
「うん!」
「・・・今度は、二人で」
「う、うん。二人で!」
それからしばらく見て回って歩く内に、両手に収まる程度の買い物は、カゴが必要な程度に変化していた
「・・・調子にノリすぎた」
「ま、まあ久しぶりの買い物だからな。それだけ興味のあるものがたくさんあったってことで・・・これはこれでいいことだと俺は思うぞ」
「うん。そういうことにする。けど、今度から気をつけないと・・・」
大袋二つ分。予算オーバーどころの話ではないだろう
貯金を少し崩した、と小さな声でぼやいていたし・・・なかなかの買い物だと思う
しかし、なんだ
彼女の買い物を通して改めて認識させられた
こうして色々とやりたいことがあるんだな、と
「次はどこか行きたい場所は?」
「もう大丈夫かな・・・朝ちゃんと合流・・・」
「どうした?」
朝と合流をしよう。そう言い切る前に羽依里はなにかに興味を惹かれたようでその場に足を止めてしまう
何があるのか確認するために、俺も羽依里と同じ方向を見ると・・・
「凄いね、悠真」
「そうだな。しかし、なんで手芸店にウエディングドレスが・・・」
「店員さんの手作りだって!わぁ・・・」
キラキラとした目を、その純白のドレスに向かわせる
・・・そういえば、羽依里はあの「戯言」を忘れたことはないって言っていたよな
つまり、小さい頃にした結婚の約束を忘れていないということだ
やっぱり、憧れがあるのだろうか
憧れ、憧れか・・・これまで、そういう話を聞く機会は一度もなかったな
結婚式へ撮影補助に行ったことは一度もない。参列は一度だけ
俺が産まれてから結婚したのは、父さんの下の弟こと槙乃おじさんぐらい
そんな槙乃おじさんも神前式で結婚式を挙げていたから、凜花さんは白無垢だったな。ドレスではなかった
別撮りもしていない
凜花さんは槙乃おじさんに「白無垢がいい!ドレスは絶対に嫌!」と宣言していたらしいから。白無垢だけで済ませたはずだ
槙乃おじさんが「ドレスを着てほしかった・・・」と嘆いていたし、それは間違いないだろう
後、参考になる存在は・・・父さんと母さん
二人は槙乃おじさんの結婚式の時に質問を投げかけたことがある「お父さんとお母さんは、どんな結婚式だったんだ?」と
その時二人は・・・結婚式を挙げていないと言っていたな
思えば、結婚しようなんて約束している割には・・・全然知識がない
・・・今度こっそり勉強しよ!
「私もいつか、こういうの作りたいなぁ・・・」
「た、確かに羽依里は手縫いで服を作っているよな。ドレスも作れるかも」
「けど、工程が大変そう・・・」
「ミシンは?」
「うちにはないよ」
「奇遇だな。うちもだ」
うちの母さんも、円佳さんも・・・ハンドメイドとは無縁の存在だと思う
幼稚園の頃からシューズ入れとか、周囲が手作りを用意する中、俺と羽依里は既製品だったし
まあ、それでもいいけど・・・ちょっとした憧れはあったな
しかし、自分の母親が多忙だということぐらい幼い頃から理解していた
憧れがあったことも、我儘も言えないまま・・・ここまで来てしまった
困らせたくなかったから
・・・ただでさえ、小さい頃は
「悠真?」
「あ、ああ・・・どうした、羽依里」
「大丈夫?少し、重い表情をしていたから。悠真こそ具合が悪いとか」
「大丈夫だよ、羽依里。なんともない。ちょっと考え事」
「何を考えていたの?」
「んー・・・」
正直に言うと、昔のことで色々と心配をさせてしまうだろう
だから、今ははぐらかしておこう
「羽依里が自分で作ったウエディングドレスを着て、俺と結婚してくれるとか最高にも程があるなぁって考えてた」
「なっ!」
「これ俺がミシン贈らないとだよね。どれがいいのかなぁ・・・あの刺繍ができるミシンかなぁ・・・」
「わ、わかったから・・・それと、もういいから・・・。人、見てるから・・・」
「あ、せっかくだしパンフ貰っとこう。参考資料」
「わ、わかったから・・・」
周囲の人に若干生温かい視線を向けられつつ、俺は照れる彼女とともに、ミシンコーナーにさっと立ち寄り、なかなかいい値段をしているミシンの製品パンフレットを数点回収してくる
ふむ。基本的なものがセットになって二十万程度か。ちょっといいレンズより安いじゃないか・・・
これなら「あれ」の貯金をしながらでも十分貯められる金額だ
・・・新しいレンズは、我慢しないといけないが
店を出て、朝に買い物終了の連絡と居場所の連絡をするようにメッセージを送る
するとすぐに「一階のフードコートにいる。席取ってるから」と、メッセージがアイスの写真と共に返ってきた
「悠真、朝ちゃんは?」
「一階のフードコートにいるってさ。ちょうどお昼時だし、何か食べようか」
「もうそんな時間なんだね。今日はなんだかあっという間だ」
時刻は十二時。
お出かけの折返しに入る前に、少し休憩をすることにした
 




