4月15日⑤:秘密とか普通にあっておかしくないんだよ?
あの後、俺たちは部活のことを軽く話し、それぞれの門限が来る前に解散した。
廉と尚介は駅方面に。
藤乃と吹田は商店街方面。
そして俺と羽依里は病院方面へと別れていく。
「ねえ、悠真」
「どうした?」
「ほんの少しでいいから、寄り道したらダメ?」
「んー…」
羽依里のお願いはなるべく叶えてあげたいが、時間はどうだろうか。
腕時計を確認してみると時間は…門限の三十分前を示していた。
「何か欲しいものでもあるのか?」
「うん」
「今からだと門限ギリギリだ。明日じゃだめなのか?」
「明日じゃ、ダメ」
「んー…」
「ちょっとで終わるし、場所は病院に向かう途中にあるスーパーだから」
「そうか」
それなら、時間的には問題がないだろう。
ギリギリで焦ることはないと思う。順調に行けばの話だが。
「何を買うんだ?」
「内緒」
「俺が買ってこようか?その方が羽依里は疲れないし、早くて済むだろうから」
「それじゃあ、意味がないでしょう?」
「意味?」
「これは、その…頑張ったで賞みたいな…」
ふむ。頑張ったで賞か。
いい響きだ。嫌いじゃない。
しかし何に対しての「頑張ったで賞」なのか。全く見当がつかない。
「頑張ったって、俺が?」
「うん」
「何を?」
「何をって、そりゃあ…シャトルラン完走に決まっているでしょう?」
「別にいいのに」
「凄いことでしょう。それにあの時の悠真はギリギリだったんでしょう?」
「ああ。羽依里の応援がなかったら…」
絶対に完走できていなかった。
頑張ったね、と言われるのはいくつになっても嬉しいことだが…今回はまだまだ、何もかも足りていない。
「応援だけで、完走できるものじゃないよ」
「まあ、そうだけどさ」
「あれは、今まで悠真が頑張っていた結果だよ。凄いね、悠真」
「…ありがと」
ストレートにこう、褒められると照れくさい。
笑顔を浮かべて褒めてくる彼女から目を反らしつつ、歩いていく。
「昔は悠真、体力全然なかったのに。今じゃ真逆だね」
「言われてみればそうだよなぁ」
昔の俺はよく風邪を引いていた。
それこそ今の羽依里みたいに、布団の中で過ごす時間が多かった。
正直、昔の俺に今の俺の話をしたって信じてくれないと思う。
それぐらい、身体が弱かったのだ。
逆に、羽依里は病気が見つかるまで、普通の子供らしくよく外で遊んでいた。
活発な女の子だった。皆の人気者で、優しくて、太陽みたいな女の子。
そんな彼女の陰りは…。
「どうしたの、悠真。何か気になることでもあった?」
「あ…」
こちらを向くと同時に、彼女の柔らかな髪が宙で揺れる。
そして羽依里の「それ」もまた、視界に映った。
ふわふわな髪の中に隠された、一束だけ短い髪。
あの日切られた髪は今もなお、それ以上伸びなければ、短くなることもない。
時が止まったように、そこへ存在していた。
すべての始まりは、あいつが羽依里の髪を切ったことだった。
事情は理解している。
けれど、筋はきちんと通すべきだと思う。
たとえ羽依里から「当日の記憶」が抜け落ちていたとしても、だ。
だからこそ俺は「あいつ」とは表面的な付き合いしかできないままでいる。
「悠真?」
「なんでもないぞ、羽依里。さ、早く買いに行こう」
「う、うん」
いつもどおりを取り繕いながら歩いていく。
けれど、何年も一緒にいる羽依里だ。
流石にその違和感には気づかれる。
「なんでもない顔をしてる感じじゃないけど、深くは聞かないほうがいい?」
「そうしてもらえると助かる」
「わかった」
「俺が聞くのも何だけど、なんで詳しく聞かないんだ?」
「悠真が話したくないことなら、別に話さなくていいと思う」
「いいのか?」
「いいんだよ」
服の袖が引っ張られる感覚を覚える。
ふと、袖元を見てみると、羽依里がそこを控えめに摘んでいた。
「私達は、お互いのことを何でもかんでも知っていないといけないわけじゃない。隠し事とか、秘密とか普通にあっておかしくないんだよ?」
「そうだな。けど、気になったりしないものなのか?」
「するよ。けど、いつかその隠し事が解決した時に話してくれるでしょう?」
「確かに、いつもそうだな」
「それに、私に話すことで解決する話なら、きちんと話してくれる。何年一緒にいると思っているの?それぐらい、知っているんだから」
「知られちゃってたかぁ」
「うん。知っちゃっているんだよ」
十七年間、一緒にいるだけあって…互いのことは大体理解している。
流石に、互いが隠していることまでは把握しきっていない。
けれど、話すべきだと思ったら…互いに打ち明けている。
「羽依里も同じだよな」
「そうだね…」
「…」
この歯切れの悪さ。羽依里も何かあるらしい。
まあ、俺も同じように…詳しくは聞かない。
互いが話したいと思う時を待つだけなのだ。
「羽依里、もうすぐスーパーに到着するけど」
「う、うん。ついてきてくれる?」
「ああ」
話している間に、目的地に到着した。
それから俺は彼女にある場所へ連れて行かれる。
そこは———。
「———お菓子コーナー?」
「うん」
昔はここに買い物に来たら、会計前に寄らせてもらっていた。
羽依里と二人、互いに分け合えるようなお菓子を選んで一緒に食べていた。
母さんと、円佳さんは「本当に仲良しねぇ」と笑いながら、いつも予定を合わせて一緒に買物に行ってくれていたっけ。
母さんと円佳さんが仲良しなのもあるけれど、一番の理由は二人がお菓子を一緒に選んでいるのが見ていて可愛いからという理由だったな。
それは俺たちが小学四年生…円佳さんの海外勤務が決まるまで、続いていた。
「昔はよくここに連れてきて貰って、一緒にお菓子を選んだよね。私が入院する前まで」
「そうだな」
「でも、最後の方は素っ気なかった気がする」
「そりゃあ、一緒にいるのが照れくさいというか」
「なんかわかるかも…」
「別に羽依里と円佳さんと一緒に買物に行くのが嫌だったわけじゃないぞ。楽しかったし、あれは俺たちにとっての「いつもどおり」なんだから」
「うん。小さい頃から変わらないことだった。それに、あの時の私が悠真と一緒に入られる貴重な機会だったから。大事にしたかったんだよ」
「それは申し訳ないことを」
小学三年生の羽依里には、沢山の友達がいた。
人気者という言葉が似合う彼女。
その隣に、俺みたいな凡人がいるべきじゃないとか、言われたこともあったっけ。
「あの時は本当にすまない。けれど、どうしてもクラスメイトに遭遇したらと思うと…」
「そうだね。あれは嫌だったなぁ。悠真は私の大事な幼馴染なのに、羽依里ちゃんの隣にはふさわしくないー…とか、勝手に決めて。私が、私自身の側にいて欲しい人をなんで他人に決められないといけないのかな」
「子供らしい嫉妬だ。忘れてやってくれ」
「そうだね。どうせそんなことを言っていた人も、私のことなんてもう忘れているだろうし…」
少しだけ落ち込んだトーンで話を締めくくる。
…申し訳ないことをしてしまったと思いながら、彼女の背中を見つめ、何を買おうとしているか静かに見守る。
しばらくすると、羽依里は目的の物を見つけたのだろう。
嬉しそうにしゃがみこんで、見つけたものを俺に見せてきてくれる。
「今日の目的はこれ!悠真、これ好きだって言っていたでしょう?」
「あ、ああ。好きだよ。作業のお供だ」
羽依里が手にとったのは業務用キャンディセット。
様々なフレーバーが大量に詰め込まれているこれは、作業のお供だったりする。
…レタッチ作業の時は、これがないと集中できないんだよな。
「話は戻るけどね、最後は暗くしちゃったけど、小学生の頃なんて、私にはもうどうでもいいんだよ」
「そうなのか?」
「うん。だって、戻りたくないから。今が一番楽しいのに、戻る必要なんてないでしょう?」
「そうか」
そう言えることが、今の羽依里にとっては凄く大事なことだと思う。
少し波風が立ったけれど、彼女の幸先はきっと良いものになるだろう。
…いや、俺がいいものにしていかないと。
羽依里がとても楽しかったと、幸せだったと言える高校生活を作るために。
「羽依里、そろそろ病院の門限だ」
「本当?じゃあ会計済ませるね」
「本当にいいのか、貰って」
「うん。これを食べて、これからも頑張ってね」
「ああ」
会計を済ませた羽依里は、俺に飴を手渡してくれる。
よく頑張りました、なんて今日日聞かないような言葉を添えて、だ。
それから門限に間に合うように病院へ向かい、そこで明日の約束をする
「じゃあな、羽依里。いつもの時間に迎えに来るよ」
「うん。また明日ね、悠真」
いつもどおりの挨拶を交わし、今日の学生生活を終える。
明日もいい一日にできるよう、頑張らないと。
そう考えながら、俺は一人で夕暮れの帰路を歩いていった。




