【門出】
「エルメック、あなたも良いですよね?」
エルメック将軍は私とシャルロッテ様のやり取りを黙って聞いていた。
「一つだけ問題がございます」
「なんですか? 転属ならお父様に言えば、たぶん問題ないですよ」
エルメック将軍は首を振る。
「シャルロッテ様はくだらないと思うかもしれませんが、宮中には〝身分〟〝家名〟を重んじる者たちがいます。家名が無いまま、ローラン殿を近衛にしては貴族共が難癖をつけるでしょう」
貴族共、というあたりエルメック将軍も貴族のことを好きではないようだ。
確か、エルメック将軍は平民出身の初の将軍だ。
もしかしたら、そこにもシャルロッテ様の口添えがあったのかもしれない。
「家名ですか……そうだ! 確か、お母様の親戚で断絶した家系はあったでしょ? そこの家名をもらいましょう」
シャルロッテ様はパン、と手を合わせた。
…………えっ?
「ちょ、ちょっと待ってください! シャルロッテ様のお母様って、国王様の妃で、名家の出身ですよね!?」
「そうですよ」
それって私が貴族の家名を名乗るってことか!?
「さすがにそれはどうなんですか!? 私は元戦争孤児ですよ!?」
「あなたは偶然、王女の危機を救った。そして、その結果、物好きな王女があなたのことを気に入って、側近にすると言い出した。で、感謝の意味を込めて〝レリアーナ〟という姓を与えた……これくらいの我儘なら通ります。レリアーナ家は断絶して50年以上が経ちますし、人々の記憶からは消えています」
だとしても、いや、もうよそう……
多分、何を言っても押し切られる気がしてきた。
「後日、あなたに正式な辞令と賜姓の書状が届くようにしますね。もし、希望するなら私のお父様や大貴族の方々の前で形式に習った賜姓式を行いますけど、どちらが良いですか?」
「賜姓式は謹んでお断りします」
そんなところに出て行ったら、いよいよ胃に穴が開きそうだ。
ひっそりと貰えるなら、そうしたい。
「そう言うと思いました。全部、こちらでやるので安心してください」
色々と聞きたいことはあったが、多すぎるので諦めた。
ここまで来たら、後は成り行きに任せよう。
私の思い描いていた英雄像とはかけ離れてしまったが、今よりは良い。
心の整理が出来たら、少しだけ余裕が出来た。
出された紅茶とお菓子をもう一度、口にする。
今度は味がした。
「美味しいですね」
「良かった。今度は本当に味が分かるくらいの余裕は出来たみたいですね」
シャルロッテ様は笑う。
「あっ、ちなみにあなたと話している間、一度も開心魔法は使っていませんよ。使わなくても分かるくらいあなたの表情はコロコロ変わっていましたから」
やっぱり油断できない王女様だ。
でも、そこに悪意がないことは分かる。
私に英雄願望があることが問題、みたいなことを言っていたが、シャルロッテ様だって十分問題だ。
普通にしていれば、不自由のない生活が出来るのにこんな危険な橋を渡ろうとしている。
「あれ、ローランさん、もしかして、失礼なことを考えています?」
「どうですかね? あっ、それから私はあなたの臣下になるのですから、ローランとお呼びください」
「分かりました。これからはローランと呼びますね。あなたも別に私のことをシャルと気軽に呼んで頂いて良いですよ」
「それは遠慮します」と私は即答した。
三日後、私は本当に第二王女シャルロッテ様直属の近衛隊へ転属になった。
「お前、何をしでかした? 第二王女の近衛なんて終わったな」
レアード先輩が私を馬鹿にしに来た。
「どういうことですか?」
「知らないのも無理もないか? 世間じゃ知られていないが、第二王女は奇行が多くて、問題だらけらしい。俺の父上が言っていた。どうだ? 今までの非礼を詫びれば、俺が父上に頼んでお前の転属をなかったことに出来るぞ。何しろ、俺の父上はあの大貴族『ルードシュバイク家』に気に入られているからな」
それは初めて聞いた。
それでなくてもシャルロッテ様の世間の評価は低い。
体が弱く二十歳を迎えられない、という噂だ。
しかし、実際に会ったシャルロッテ様にはそんな様子は全くなかった。
曲者には間違いないが、愚か者ではない。
ルードシュバイク家……門閥貴族の筆頭で、その権力は国王すら凌ぐ存在だ。
もしかしたら、いずれ敵対するかもしれない。
「おい、聞いているのか?」
レアード先輩が私に手を伸ばす。
その手を私の胸に向かっていた。
「いたた……何しやがる!」
私はレアード先輩の腕を掴んで捻った。
「ためにならない助言、ありがとうございます。今までお世話になりました、と社交辞令を言っておきますね」
私は吐き捨てるようにそう言って、私は五年余りいた第七中隊を去った。
翌日、私はシャルロッテ様の屋敷を訪ねた。
「ローラン・レリアーナ、到着致しました。今後はシャルロッテ様の盾となり、槍となり、働く所存です」
私はシャルロッテ様の前で跪く。
「よく来ましたね。あなたが忠誠を尽くすに値する者であるように、私も励みましょう」
そう言って、シャルロッテ様は私の前に右手の甲を持ってくる。
私はシャルロッテ様の手を取り、口づけをした。
するとシャルロッテ様は私に抱きつく。
「ローラン、私は卑怯で卑屈な人間です。まだあなたに言っていないことがたくさんあります」
「考えあってのことでしょう」
「いずれ、全てを話したいと思っています。それは信じてください」
「ならば、それだけの信用を勝ち取るために私は励みましょう」
今度、リスネに会ったら、どこまで話そうか。
全部を話したら、まずいよな。
でも、真実と嘘を混ぜて話すような器用なことは出来ないし、リスネはすぐに気付くだろう。
…………そうだな、あいつに言う言葉は一言で良い。
「私もやりたいことを見つけたよ」
と、それだけ言えば、あいつは「そうなの。良かったじゃない」と素っ気なく、答えてくれるだろう。
さて、リスネに手紙でも書こうか。
読んで頂き、ありがとうございました。
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また、この小説は『カードゲーム世界王者、ヒロインと召喚盤とモンスター頼りの異世界冒険譚』に登場するヒロインの過去の話にもなっています。
ローランやシャルのその後が気になりましたら、『カードゲーム世界王者、ヒロインと召喚盤とモンスター頼りの異世界冒険譚』もよろしくお願い致します。