表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お引越し中  作者: 芳田文之介
1/1

 動かぬ笑顔




甲斐性のない亭主おっとだった。ほんとうにごめん。


いまさらのように、オレは、おまえに深々とこうべを垂れる。


「なんだか、最近、やけに体がだるいのよね」


そういって、おまえが浮かない眉をひそめたとき、オレは「いまの仕事が落ち着いたら、温泉にでも行くか」とのんきに答えてしまった。


オレがもし甲斐性のある亭主おっとだったら、「そいつは心配だ。いますぐにでも病院に行って、ちゃんと検査してもらおうよ」となにを措いてもさしあたり、そっちを優先させていたはず。


だというのに、オレは結局、そのときも仕事にかまけて、おまえのことをゆるがせにしてしまった……。


まったく、自分勝手な人間だなあ、オレは。


つぶやいたオレは、いっそう背中を丸めて、おまえに、こうべを垂れる。


でもおまえは黙って、写真の中で動かぬ笑顔を、ただ、浮かべているだけだ。


いまさら、なによ。まったく、身勝手な亭主ひとね。


そんなふうに、なじってくれて、昔のように両の頬をぷくっと膨らませてくれたら、どんなに気が楽か……。


そう思ったら、そこなのよ。そういうところが、あなたの身勝手なところなのよ、そう指摘された、ような気がした。


やっぱりオレってヤツは、なんにもわかっちゃいないんだなあーー自分で自分をつまらなさそうに笑ったら、思わず頬に含羞の色が浮かんだ。


その表情のまま、ちょこんとこうべを挙げる。


仏壇の写真の中で動かぬ笑顔を浮かべているおまえと、改めて、向き合う。


「君のところは、なかなかできた奥さんじゃないか」


生前、おまえはもっぱら評判だった。


一方で、オレは、おまえとはあまりに不釣り合いな、そんなろくでもない亭主おっとだったのにちがいない。


こうしてみると、オレには、もったいないくらいの奥さんだったんだなあ、おまえはーー。


ただ、あとになってから、そして何より、すべてが手遅れになってから、それにオレはやっと気づく。




〈了〉


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ