動かぬ笑顔
甲斐性のない亭主だった。ほんとうにごめん。
いまさらのように、オレは、おまえに深々とこうべを垂れる。
「なんだか、最近、やけに体がだるいのよね」
そういって、おまえが浮かない眉をひそめたとき、オレは「いまの仕事が落ち着いたら、温泉にでも行くか」とのんきに答えてしまった。
オレがもし甲斐性のある亭主だったら、「そいつは心配だ。いますぐにでも病院に行って、ちゃんと検査してもらおうよ」となにを措いてもさしあたり、そっちを優先させていたはず。
だというのに、オレは結局、そのときも仕事にかまけて、おまえのことをゆるがせにしてしまった……。
まったく、自分勝手な人間だなあ、オレは。
つぶやいたオレは、いっそう背中を丸めて、おまえに、こうべを垂れる。
でもおまえは黙って、写真の中で動かぬ笑顔を、ただ、浮かべているだけだ。
いまさら、なによ。まったく、身勝手な亭主ね。
そんなふうに、なじってくれて、昔のように両の頬をぷくっと膨らませてくれたら、どんなに気が楽か……。
そう思ったら、そこなのよ。そういうところが、あなたの身勝手なところなのよ、そう指摘された、ような気がした。
やっぱりオレってヤツは、なんにもわかっちゃいないんだなあーー自分で自分をつまらなさそうに笑ったら、思わず頬に含羞の色が浮かんだ。
その表情のまま、ちょこんとこうべを挙げる。
仏壇の写真の中で動かぬ笑顔を浮かべているおまえと、改めて、向き合う。
「君のところは、なかなかできた奥さんじゃないか」
生前、おまえはもっぱら評判だった。
一方で、オレは、おまえとはあまりに不釣り合いな、そんなろくでもない亭主だったのにちがいない。
こうしてみると、オレには、もったいないくらいの奥さんだったんだなあ、おまえはーー。
ただ、あとになってから、そして何より、すべてが手遅れになってから、それにオレはやっと気づく。
〈了〉