【イヴの騒動】
「クリスマス、クリスマス」
「嬉しそうだな」
「そりゃちひろちゃんとの初めてのクリスマスだぜ?テンションも上がるって」
「うまくいってるのか?」
「なかなかに。尻に敷かれるのがたまらんのよ。いつも俺のことを叱ってくれてさ」
だめだこいつ。手遅れすぎる。それは付き合ってるというのか?ちひろに確認するほうが良さそうだ。図書委員会の部屋に行くと、ちひろはいなかったが希がいた。
「あ……」
本をテーブルに置いてこちらを見る希。本をカバンに仕舞って部屋を出ようとする希。すれ違う時に俺は希の腕を咄嗟に掴んだ
「あのさ!なんでそんなに避けるんだよ。依存してるのは事実だけど、そんなに避けることはないじゃないか」
「……」
返事はない。だけど、腕を振り解いて立ち去ることはしない。
「あのね、三瀬君。私ね、あなたと居るとだめになるの。色々と頼られて、その頼みを聞いて。あなたに頼られないと何も出来なくなるの。だから私は私であるために自分で行動しなきゃいけないの」
「じゃあ、俺が何も頼らなきゃ済むって話じゃないのか?」
「できる?」
正直、できる自信はない。きっと俺は希に頼ってしまう。それで再度の別れが訪れたら二度と戻れない気がする。
「分からない。でも……!」
「でも?」
「あ……」
希が腕を引いて俺の方を向いた。久しぶりに見る希の笑顔だ。でもどこか物憂げな感じがする。
「ほら。私からの返事を待ってる。そういうところよ」
そう言い残して希は去っていった。俺は千載一遇のチャンスを逃したのかも知れない。
「あんた、何してるの?こんなところで。もしかして希にまた振られたの?」
「振られるまでの話はしてないよ」
「そう?」
「ああ。それよりそっちはどうなんだ?楠原がクリスマスって騒いでたけど」
「私ももう諦めたわよ。それになんだかんだ言って懐いた犬みたいで可愛く思えてきちゃって」
犬……いいのか楠原。犬だぞ。でもまぁ、うまく行ってるのならそれでいいか。忍たちはどうなんだろう?とか考えるけど、なんで俺は他人のことばかり考えてるのか。自分のことは考えないのか。さっきの出来事ですっかり自信がなくなってしまった。
「クリスマスかぁ。希とのクリスマスって何をやってたっけなぁ」
思い出すと、行くとことも希に「行きたいところはあるか?」とか「欲しいものはあるか」とか自分が主導的に動いたことがない思い出ばかりだ。頼られてるというよりも子供のお使いみたいな感じになってる。そりゃ嫌気もさすってものかも知れないな。お風呂で天井を見上げながらそんなことを考える。
「クリスマス。いつも治樹と一緒だったから何をすればいいのか分からないな」
希は洗面所で髪をタオルで拭きながら呟く。ちゃんと話をしなくちゃいけないのは分かってるんだけど。この前のように自分から突き放してしまう。どうしたらいいのか分からない。私はどうすればいいのか。Hazukiとしてなら話せるのに。いっそHazukiとして会ってみる?でもそれじゃ希として会うのと同じだし。
「あの。Hazukiさんは今どこに居るんですか?」
「あのね。近くには居るんだけど、やっぱり会えなくて」
クリスマス。私はHazukiとして会うことを約束して待ち合わせ場所の近くまで行ったのは良いんだけど、やっぱり踏ん切りがつかない。結局、実際には会わずにクリスマスを一緒に過ごすという変なことになってしまった。近くにいるけど会わない。お互いにツイッターで感想を言い合う。こちらは治樹君だって分かってるからバレないように。見つからないように。彼は書き込みを見て、どこに私がいるのか探してる。でも見つかるわけにはいかない。
「希?」
「あ……」
見つかってしまった。
「三瀬君、こんなところで何をしてるの?」
「希こそ何をしてるのさ」
「私?私は……ちょっと待ち合わせ」
待ち合わせ?誰と?咄嗟に嘘をついたけど、このあとどうすれば良いのか。
「そう。待ち合わせか」
クリスマスの夜に誰かと待ち合わせ。これは新しく彼氏が出来たのかな。色々考えていたのがバカみたいだ。彼女はもう独り立ちしてるんだ。俺も独り立ちしないといけないな。心の中では悔しい思いと悲しい思いが入り混じる。でも決して祝福する気にはなれない。
「Hazukiさん、すみません。ちょっと友人と会ってまして」
「そうなんですか。良いんですか?」
「良いんです。なんか誰かと待ち合わせって言ってましたし。邪魔しちゃ悪いかなって」
「そうですか。その人って三瀬さんにとって特別な人だったんですか?」
「わかりますか?ってか、見てましたか?」
「ええ。まぁ。その」
「なんか恥ずかしいですね。Hazukiさんは好きな人とかいるんですか?」
好きな人か。私の好きな人って誰なんだろう。治樹君?でも……。