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アオハル  作者: PeDaLu
5/9

【一夏の騒動】

「生徒会長殿。これが何か分かりますでしょうか?」

 楠原が何か封筒を差し出してくる。

「当選したんだよ!コミックマーケット!」

 楠原と三条が小躍りしている。コミックマーケットに当選って何を出展するつもりなのか。その辺を聞いたけど、大真面目な顔で、何もない!と帰ってきた。なんでも当選するとサークルチケットなるものが三枚配布されるらしく。あの大行列に並ばなくても先に会場入りできるらしい。でも体裁上、何か作らなくちゃいけない、ということのようだ。

「忍は何か作れるものはあるのか?」

「私?私は何も??ないけど?」

 若干目が泳いでいるのが気になったが、何か頼まれるのが嫌だったのだろう。こういう時に希に相談できれば……あいつなら何かアイディアを出してくれる気がしてならない。ちひろに聞いてみるか。

「ちひろ、希に連絡って取れるか?」

「なんで私がメッセンジャーにならないといけないのよ。それになんの用事?」

 本を読んでいる途中に声をかけたからか機嫌が悪い。それに俺が希に会いにきたのが気に入らないと言った感じだ。

「実はこの前の年末に行ったコミックマーケットってあっただろ?あれに楠原たちが申し込みして当選したらしんだよ。で、何か創作物を出展するんだけど、何かないかなって。希ならそういうの得意そうだと思ってさ」

「何よあんた。希に思いっきり依存してるじゃない。それでフラれたんじゃないの?」

「うぅっ!痛いところを突いてくるな」

 実際にそうだから何も言えない。

「そうね。会長は作文とか書けるでしょ?小説なんて作文の延長なんだからなんか物語でも書いてみればいいんじゃないの?本を作るなら、私も少し手伝うわよ。書きはしないけど」

 読んでいた本を机に置いてから、ちひろはそう言ったけど。作文の延長で物語?そんなの自分に書けるのだろうか。生徒会室に戻って、ちひろに言われたことを皆に伝える。

「物語ねぇ。なかなか難しいわね。かと言って誰もイラストとか描けないんでしょ?」

「無理だな」

「私もできないな!」

「だからなんでこの発端のお前たちはそんなに無責任なんだ。なんかないのか?」

 八方塞がり。これじゃただのチケット泥棒じゃないか。ネットで調べるとダミーサークルなんていう言葉も出てきたが、そんなのは避けたい。出るからには何か作りたいじゃないか。


『誰かに依頼してみれば?』

 その日の晩に希からリンク付きメッセージが届いた。返信してみたけどもなんの返事もなかった。付いていたリンクをタップすると、そこは投稿小説サイト。様々なジャンルの小説が山のようにある。このサイトを参考に俺に物語を書けというのかな?

 翌日にそのサイトをみんなに見せたら、楠原がとんでもないことを言い始めた。

「この中の誰かにさ、頼んでみないか?同人サークルで書籍化しないかって。費用は俺たちが持つならオーケーしてくれる人もいるかも知れないじゃん!」

「おお。楠原先輩いいアイディアじゃないっすか!それじゃ早速探すっすよ!」

「なんか盛り上がってるところ悪いんだけど、表紙とかどうするの?誰か表紙のイラストとか表題なんてデザイン出来るの?」

 忍が呆れ気味にそう言ってきた。まぁ、確かに。本文が出来上がっても本にはならない。表紙も表題も必要だ。なんならそれも頼んでしまうか?そんな提案をしてみたら楠原が自分の神と呼んでるイラストレーターに頼んでみたいと言い始めた。本文も表紙も全部頼むって、それは自分で作成した同人誌と言えるのだろうか。ダミーサークルよりは良いかも知れないけれど。

「だめっす!また断りの連絡っす!」

「こっちはメールでイラストの依頼を頼んでるんだけど、小説の依頼はなかなか難しいって返答だ。理由は内容を読まないと描けないから時間がかかるって事らしい」

「完全に断られたのか?」

 なぜかまだ脈ありみたいな口調でいうものだから楠原にそう尋ねてみる。

「あらすじだけ読んで、表紙キャラクターの委細を伝えてくれる、ラフのリテイクは一回だけなら受けてもいいって返答は来ている。ただし!金額は五万円だ」

「たっけ!」

「俺の敬愛する『へきる』先生ならそのくらい出しても俺は本望だ!」

 高校生の俺たちには五万円という金額は高いが、楠原にとっては、自分の憧れのイラストレーターにオリジナルのイラストを描いてもらえるなら安いものだ、ということのようだった。こっちの予算は楠原に任せよう。問題はその小説だ。まだ、見つからない。頼むにしても書き上げる時間とか必要だろうし。締め切りが短い依頼は誰も受けてくれなくなる。急いで見つけないと。そんな中でふと目に止まった作者が出てきた。完結済み小説更新のトップに「Hazuki」の文字。なんかピンときて、アップされた小説を読んでみた。

「これ、いいぞ。この作者、いいかも知れない。頼み込んでみよう」

「なんだ会長。惚れた作者でも見つかったのか?」

 楠原がバイト雑誌を見ながらそう言って来た。ってか今からのバイトで間に合うのか。

「ああ。このHazukiって作者の文章、すごく良い。頼めるならこの人に俺は頼みたいな」

「じゃあ、聞いてみるっす!」

 三条が勢いよくスマホを操作し始めるが、その手を止めさせた。これは俺が送りたい。多分だけど、本文を読んだ人間にしか分からないものを伝えた方が良いと思うんだ。そう考えた俺は作品の感想と共に、コミックマーケットに作品を提供してもらえないか?というメッセージを送った。

「どうっすか?」

「そんなにすぐ返信は来ないだろう?」

 そう思っていたのに、返事はすぐに来た。

『実際に会ったりしないのなら作品の提供は構いません』

 オーケーが出た!これで本は作れそうだが。作者への代金はどのくらいが妥当なのだろうか。全くもって想像がつかない。メールアドレスを聞いてやりとりをして金額の話になったが、相手は無償で構わないという。自分の作品が本になるのなら、それで良いとのことだった。

「えー、それ本当に書いてくれるの?バックれたりしないの?」

「無料だし、お金持ってどこかにってのはないんじゃないのか?」

「いや、締め切りに間に合わなくてドロンってやつ。そうなったら本なんて出せなくなるでしょ?ダミーサークルで出展するの?最低」

「そんなことはしないと思う。この作品の作者なんだけど、読んでみてくれよ」

 図書委員会室に行ってちひろに相談したらそんな返事だったもので、実際の作品を読んで貰えばそんな人じゃないことをわかってくれると思ったんだ。

「どうだった?」

「うーん、もうちょっと待って。良いところだから」

 吸い込まれてるってことは良い作品って判断でいいのかな。読み終わった後にちひろは、この作者なら大丈夫じゃない?と返事をくれた。最悪、この作品の書籍化でもいいんじゃない?とも言ったけど。

 そこからは大変だった。何も分からないのだ。イラストレーターにはあらすじを渡さなきゃいけないし、でも作品の書き上げはまだ時間がかかるし。頭を抱えていたら忍がプロットという言葉を教えてくれた。小説を書くときは、物語の骨子を書いたプロットを先に書くことが多いとのことだ。そのプロットで大枠のあらすじはわかるから、それをイラストレーターさんに伝えて、キャラクター設定を小説本文を書く作家さんに聞けば良いとも。

「なるほど。そういう依頼方法があるのか。詳しいな」

「そりゃ私も関係者になっちゃったんだから調べるわよ。それより、イラストの締め切りは伝えたの?」

「まだだな。ってか、まだ決めてない」

「決まってないの!?うっそでしょ!?イラストって描くのに何時間もかかるのよ!?」

「そんなにかかるのか」

「そうよ!ちょっと大枠のスケジュールを組むから、ちょっと紙を貸して」

 忍はそう言って、工程表を書く。全然スケジュールがないじゃないか。逆算したらすぐにでも締め切りを伝えないと間に合わなくなる。急いで伝えなきゃ!

「な、なぁ、本を作るのってこんなにお金かかるのか?作家さん、どのくらいのボリュームで書いてくれるって言ってるんだ?」

 俺は、印刷会社の料金表を見ている。当たり前だがページ数が増えれば増えるほど金額が上がってゆく。予算を考えなきゃいけないから先にその辺が分かると助かるものだが。あと、入稿方法も分からない!作家さんからどんなフォーマットで納品されるのかによってやる作業が変わる。イラストレーターさんにも本のサイズを連絡しなければならない。

「私はちょっとやることがあるから暫くは手伝えないから会長たちでなんとかして下さいね」

「了解した。色々調べてくれてありがとう」

 忍はそう言って生徒会室を後にして小走りで廊下を走っていく音がした。

「あーもう!なんであんなスケジュールなのよ!こっちはこっちで原稿があるんだから!落とせないのに!」

 『へきる』こと忍はそんなことを呟きながら自宅へ急ぐ。すぐにでもあらすじとキャラクター委細は欲しいものだけど、あの調子じゃもうちょっとかかるに違いない。まずは自分の原稿だ。新刊は絶対に落とせない!


 Hazukiは考える。自分の作品が本になるってどんな感じなんだろう。どのくらいの文字を書けばいいのだろう。あらすじは考えてある。プロットももうすぐ上がる。先にあらすじとプロット、登場人物のキャラクター設定が欲しいって言われてるから、それを先に連絡しないと。頭の中を色々なことが巡る。本当に自分の作品が本になるって信じられない。一生懸命書かないと。

「Hazukiさんから連絡来ないなぁ。そろそろプロットの期限だろ?大丈夫かな」

「来てもらわないと困るな。へきる先生に受けてもらえなくなる」

「そんなこと言ってもなぁ。相手がネット先だし、こっちが頼み込んでるものだから無理は言えないし……って来た!」

 届いたデータには物語の展開の設計図みたいなものとキャラクター詳細が書いてあった。キャラクターはそんなに上手くはないがイラストが添えられてた。これでへきる先生にイラスト作成の依頼ができる。

「送ったか?」

「ああ。送った。イラストがあったからイメージしやすくて助かったってさ」

「そうか。よかった。あとは、こっちの作業だな。本にするには印刷所を決めて、本のサイズ、文庫本にするのか新書サイズにするか。考えなくちゃいけない。表紙イラストも上がってきたら位置決めをしなくちゃ……」

 何か忘れている気がする。そうだ。タイトルだ!タイトルデザインを決めないと!それくらい自分たちでできるか!?本屋に行って商業小説を見てみたけどもとても自分たちでできるようなものではないと分かった。これも誰かに発注するのか。どうすればいい?タイトルデザインを考えてくれる人なんてどうやって探したらいいんだ?

「忍、なんか忙しそうにしているところ悪いんだけど、タイトルデザインって誰にどうやって頼めばいいか分かるか?」

「なんでいつも私なの?まぁ、いいけど。ツイッターとかでタイトルデザイン作ってる人を探すのが早いんじゃない?それかそういうのを募集してるサイトとかあるから」

「そうか。悪かったな。助かった」

 生徒会室前で捕まえた忍から情報を手に入れて言われた通りに検索してみたら出てきた。これは制作依頼サイトからの方がいいかな。値段が書いてあるし。ここまできたらもう一息だ。

「なんだかんだで色々あったけど、入稿する準備は整ったな。バタバタだったけど。あとは……」

「何部作るか、だな。これは賭けだな。たくさん作れば単価は下がるけど、売れ残ったら地獄だ。ネットにはなんて書いてある?」

「それが分からないんだよ。二十〜百ってところみたいなんだけど、どう思う?

「百部か……でも、へきる先生のイラストならそのくらいは売れるかも知れないな。小説の中身を立ち読みなんてたかが知れてるだろうから。表紙買い。これでしょ」

 楠原イチオシのへきる先生ってのはそんなに人気のイラストレーターさんなのか?ネットで調べるとなるほど、という感じだった。確かにこの人のカバーイラストなら売れるかも知れない。思い切って百部刷るか?まぁ、印刷部数は上がってきた本編の長さ次第と言ったところかな。

 結局、最終的に上がってきた本編は文庫本丁度一冊に収まる長さだった。上手く長さを調整してくれたのか、そうなっただけなのか。内容も良い。これなら売れそうだ。俺はそう確信……したのだが。


「どうだ?売れたか?」

 サークルチケットを手に入れた楠原と三条は目的の本を抱えてサークルスペースに帰ってきたのだが……。

「五部だな。午前中がもう少しで終わるから、同じペースで売れて全部で十五部売れたらスゴイってところだ」

 足元の段ボールに詰まっている在庫。これがこのまま残るのか?残酷な現実ってのはこういうことなのか。

「そうだ。笹原見なかったか?へきる先生のイラスト本を買ってくるように依頼しておいたんだけど」

「なんだ一押しの先生なのに、自分で買いに行かなかったのか?」

「有名な先生だからな。用意している部数が多いんだ。だから並んでいれば買える、と思う」

 忍は困り果てていた。自身のサークルで自分の本を買うことになるとは。すぐに持っていけばいいんだけど、並んでる時間を考慮しないとバレるし……。

「へきる先生?どうしたんです?」

「えっと、その。学校の友達に自分の本を買ってきてって言われちゃってて。秘密にしてるからどうしようかなって」

「笹原さん?」

「え?」

 サークル側で頒布物の整理をしている時に不意に声をかけられた。聞いたことのある声だ。恐る恐る振り返るとそこには希先輩がいた。

「お手伝いですか?」

「まぁ、そんなところ?ほら、このサークルって忙しいじゃない?だから私もお手伝い〜、みたいな?」

「ふぅ〜ん。そうなんだ」

「へきるせんせーい!スケブの申し込みがあったんですけどどうしますか?」

「へきる先生?」

「あー、っとその。あのですね……」

 希先輩には他の面々には黙っておいてほしいってお願いしたけども。代わりに会長のところで頒布している小説を買ってきて欲しいと頼まれてしまった。どうしたものか。ここはなるようになれ、だ。

「楠原先輩、これ。頼まれていたやつです。一応、サインも貰っておきました」

 正直、自分の熱狂的なファンだという楠原先輩のような存在が嬉しくてサインまで書いてしまったのだけれども。まぁ喜んでくれてるし書いたかいがあったってものかしら。

「あと、頼まれごとで、こっちの小説を一部欲しいんですけどいいですか?」

 自分の描いた表紙の小説を買う。なんだか変な感じだ。本来なら挨拶とかして頒布物の交換とかするんだろうけど。今回はそういうわけにも行かないし。

「千円だな」

「え、お金取るんですか」

「当たり前だろ。タダじゃないんだ。作るのに結構お金かかってるし」

「何部刷ったんですか?」

「百部!」

 ええ……初参加で、しかも小説で百部って。売れるわけがない。段ボールには在庫がたくさん残ってるし。っと、とりあえずはこの本を希先輩に渡さなきゃ。自分のサークルに戻って待っていた希先輩に本を手渡した後にスマホを手に取った。

『私が表紙を描いた小説があるんだけど、よかったらそっちもよろしく!』

 ツイッターにそう書き込んで、表紙を投稿する。これで少しは売れるでしょ。そう思っていたら、希先輩の姿が消えていた。本当にあの人は謎が多い人だなぁ。


「で?結果はどうだったの?」

 正直気になる。自分の宣伝でどのくらい売れたのか。自分が表紙を描いたのだ。売れてもらわないと格好がつかない。

「それがさ。午後になってからお客さんが次々にやってきてさ。完売とまでは行かなかったけど、ほとんど売れたんだよ!へきる先生が宣伝してくれたみたいで!」

 思わずニンマリしてしまった。

「そうなんですか?よかったですね!在庫の山に囲まれなくて。この部屋が狭くなるところでした」

「ああ、本当にな!へきる先生には感謝しかないな!でもまぁ、肝心の中身にどれだけ興味を持ってくれるか、ってところは一番気になるけど」

「巻末にツイッターアカウントとか書いたんですよね?感想とか来てないんですか?」

「いくつかは来てるけど、表紙についてばかりなんだ。中身の感想は少なくて」

「そうなんですか……」

 その頃、Hazukiは買ってきてもらった小説を見て驚きを隠せなくて、タイトルとかツイッターアカウントとかでエゴサをしていた。まさか自分が作品を提供したのが洋介君たちのサークルだったなんて。流石に驚きを隠せない。自宅のベッドに座って思わず自分の作品を読み返してしまう。直したい部分がたくさん出てくる。でも自分の作品が本になったという実感が湧いてきてそっちの方が気持ちの上書きする。

 それからHazukiの名前で洋介君たちのサークルアカウントとのやりとりは続けるようにした。自分から距離を取っていたのに。


「冬もサークル出店されるんですか?」

「いや。流石に受験があるから参加は難しいかなぁ。今も夏期講習で一杯一杯だ」

「高校生さんなんですね。私もそうなんですけど、受験は再来年なのでまだ大丈夫です」

「高校二年生か。いいなぁ、受験は大変だから今のうちから勉強しておくほうがいいぞ」

 他愛のないやりとりが懐かしい。このHazukiという人物、なぜか希とのやりとりを思い出す。

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