訪問者M
「お帰りなさいませ、妹子お嬢様♡」
「ああ、もう! メイド喫茶じゃないんだから!」
「いや、お嬢様……」
「……ごめんなさい。」
道尾家屋敷にて。
帰宅し、メイドたちのお出迎えを受けた妹子に、またいつもの癖が発動してしまった。
ここはメイド喫茶ではなくても、本物の令嬢の屋敷なのですよ、と言いたげな塚井の痛々しい視線を感じる。
あの執事喫茶(実はメイド喫茶)での事件からかれこれ一週間は経つ。
しかし、未だ大勢の使用人によるお出迎えには全く慣れない主人のこの有様には、ため息が出てしまう塚井であった。
「ところでお嬢様。今週末の、名画お披露目を兼ねた社交会への参加ですが。」
「……へ?」
「……え?」
塚井の言葉に、妹子は固まる。
塚井も、妹子のこの反応に事情を察して固まる。
「もしやお嬢様……お忘れだったということは?」
「あ、あはは……な、何言ってんのそんなこと!」
「は、はははそうですよね! すみません、私としたことが。」
「そ、そんなこと……あるに決まっているじゃないの!」
「ははは……ええっ!?」
笑って流していた妹子と塚井だが、妹子は容赦なく爆弾を投下して来た。
笑っている場合ではなかったか。
「ええっ!? お、お嬢様……」
「で、でも安心して! ど、ドレスはちゃんとあるし。び、美容院だって!」
「し、しかし……ダンスのお相手は?」
「あ、あはは……だ、ダンス!?」
「はあ、お嬢様……」
塚井はまたも、頭を抱える。
まさか、それも失念していたとは。
「はい。社交ダンスのお相手となる男性を、見繕っておくようにと……お父様から釘を刺されていましたが?」
「だ、大丈夫よ! わ、私こう見えても結構モテるし! だ、ダンスのお相手の一人や二人」
「……本当ですか?」
「うっ……」
そんな妹子に塚井は、容赦なく迫る。
「も、もし……いや、百万歩譲っての話よ? ……私がダンスのお相手を見繕えなかったら何か……あるの?」
妹子は恐る恐る尋ねる。
「ああ、御安心ください。私も鬼ではありませんから。」
「そ、そうよね……」
うん、その通りだ。
塚井はこう見えて、すごく優しいのである。
と、思っていたのに。
「その場合は、リリカ様というご親友の元でメイド修行をしていただくことになりますから。」
「……つーかーいー!!」
妹子は阿鼻叫喚となる。
なるほど、塚井は鬼ではなく閻魔大王だったか。
「お嬢様、恐れながら男にも女にも二言はございません。何卒、その時はおとなしくメイド修行をなさいませ。」
「……ふんっ! いいわ塚井。そっちがその気なら……そんな死んでも嫌な罰、全身全霊を持って回避させていただくっつーの!」
何やらやる気スイッチの入り方がおかしな気はするが。
何はともあれ、これで妹子のパーティー参加への道筋は開かれた。
しかし、やる気はともかく。
日がない中、どうやって相手を探すのか?
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「お嬢様。まもなく、会場に到着いたします。」
「そ、そう……さあ、行くわよ!」
妹子は、隣に乗っているお相手に、声をかける。
「う、うん……い、いいのかな? 私なんかで……」
「っ……! ……お願い礼! 男言葉で!」
「あ、ああそうだった……お、おっほん! い、いいかね妹子君? 私なんかで。」
「い、いいに決まっているわ!」
妹子が笑う。
しかしこのお相手は、何やら女性らしい言い回しをしている。
そう、この人は。
「はあ、お嬢様……私は男性と申し上げたはずですが?」
「し、仕方ないでしょ! み、見てよこの某ヅカ歌劇団の男役のようなイケメン振り!」
「は、恥ずかしいよお!」
「はあ……」
塚井はため息をつく。
この人は妹子の大学の同級生(こちらは友達も友達、大親友である)恩上礼である。
普段は可愛らしい女性であるが。
結局相手が見つからなかった妹子の穴埋めとして、男装の上参加することになった。
「まあ、九衛さんを巻き込まれそうになったので……仕方なく譲歩した結果ですけど。」
「そ、そうよ! そ、そもそも塚井が九衛門君を巻き込むことに反対しなければ」
「……お嬢様?」
「うっ……ご、ごめんなさい……」
塚井の痛々しい視線に、妹子は目を逸らす。
元はといえば、あなたが相手探しをしていなかったからでしょと、塚井は言ってやりたい気分である。
さておき。
「……着きました。さあ、お嬢様。……礼さん、不束でわがままでひねくれ者のお嬢様ですがどうぞ、よろしくお願いします。」
「あ、は、はい!」
「いや酷くない!?」
謙遜にしてもやりすぎな塚井に、妹子は口を尖らせる。
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「あーら、道尾さん! ご機嫌麗しゅう。」
「ああ、あんたもいたのね……」
やはりと言うべきか、パーティーにはリリカも参加していた。
江手リリカ。
妹子の大学の同級生(友達とは言っていない)である。
妹子と同じく、お嬢様だ。
「あらその方は……道尾さんのお相手?」
「え、ええ……そうよ。」
言いながら、妹子はしまったと思った。
記憶の限り、リリカと礼には直接の面識はない。
しかし、同じ大学ならば見かけたことぐらいはあるかもしれない。
妹子はそれを恐れた。
「お相手さん、お名前は?」
リリカは探るように礼に視線を投げかける。
「わ……いや、僕は……お、大神礼矢といいます!」
「(!? れ、礼!)」
礼は若干緊張しながらも、偽名を名乗る。
「へえ、大神さん。」
「そ、そうよ! れ、礼矢君。よ、よろしくね江手リリカ」
「はっ!」
「うわっ! ……え?」
リリカに近づこうとして突然乱入してきた者に目の前に立ちはだかれ、妹子はビクリとする。
「リリカ様に、何をなさるおつもりですか?」
「えっ、えっと……」
「ああ駄目じゃない絵麻。お客様なんだから。」
「も、申し訳ありませんリリカ様!」
絵麻と呼ばれた髪の長い彼女は、リリカに頭を下げる。
「ああ、失礼。彼女は伊武絵麻。私の執事なの。」
「はい、リリカ様。」
絵麻は妹子に向き直り、また頭を下げる。
「僕と書いて僕。僕はリリカ様の僕です。」
「よ、よろしく……」
妹子は戸惑いつつ、絵麻に頭を下げる。
なるほど、彼女は所謂ボク女性らしい。
まあ、ボク念仁よりはましかと思う妹子であった。
さておき。
「そ、そんなことより! 江手リリカ、あんたのお相手は? まさか、その執事さんじゃないでしょうね?」
「おーっほほほ! まさか。彼なら」
「HEY! リリカちゃーん!」
「……ん?」
突然聞こえたのは、何やら妹子には聞き覚えのある声。
これは――
「!? な、ノブ長君?」
「!? ま、マイコちゃん……」
それは、妹子の従兄弟であるイギリス人とのハーフ・ノブリス=ビショップ=道尾=オーヴォだった。
あだ名はノブ長。
さておき。
「な、なななんで!? え、江手リリカなんかと」
「はい?」
「あ、いや伊武さん。そんな……」
江手リリカなんか、という妹子の発言に絵麻は妹子を睨む。
妹子はビクリとしながら弁解する。
「まあまあ、絵麻。……まあそうね、ノブリス君のお相手としては私道尾さんとは初対面だったもの。ご挨拶が遅れて申し訳ないわ。」
「イ、Yes。」
「お、お相手……」
妹子は混乱する。
ノブリスとリリカが?
いつの間に?
「あ、ああ……」
「お嬢様、すみません遅れまして……お、お嬢様!」
何かと忙しく、ようやく妹子の元に戻って来た塚井は、丁度卒倒しかけた妹子を受け止める。
◆◇
「だ、大丈夫? 妹子。」
「え、江手リリカが……私の義理の従姉妹に? ……嫌だ嫌だ、絶対嫌だ!」
「はあ、お嬢様……」
控室にて。
急に卒倒した妹子を介抱する礼と塚井だが。
妹子の台詞に、塚井は頭を抱える。
「お嬢様、御安心下さい。まだ、そこまでは行っていませんよ。」
「ま、まだ……? い、いえでも! し、将来はそんなことに……ああ……」
「ま、妹子!」
「お嬢様!」
また卒倒しかける妹子を、礼と塚井で必死に支える。
と、その時。
「失礼します。……塚井さんはいらっしゃいますか?」
「! あ、はい……」
ドア越しに声が聞こえる。
主催者だ。
「すみません、先ほどの件で少しお話が……」
「し、承知しました! ……すみません、礼さん。お嬢様を少しよろしくお願いします。」
「あ、はい……」
「ああ……り、リリカ=ビショップ=道尾=オーヴォ……嫌だ嫌だ、絶対嫌だ〜!」
未だありもしない、ノブリスとの結婚後のリリカの名前を呼んで嘆く妹子を礼に任せて、塚井は出て行く。
まあ、厳密にはビショップはミドルネームなので、リリカには付かないのだがさておき。
しかし、妹子の頭の中が今そのことで一杯なおかげで、先ほどの件などという主催者の意味深な言い方も彼女には勘繰られずに済んだ。
塚井は、今はあまり妹子には知られたくない案件を抱えていた。
『今夜、名画を頂きに行く。
############################怪盗 ダンタリオン』
この文面の予告状が、先ほど突然会場に届いていたのだった。
何だかんだ再開しました。
更新は少ないかもしれませんがまたよろしくお願いします。