訪問者M
「お帰りなさいませ! 妹子お嬢様!」
「ああっ、もう! 執事喫茶じゃないんだから!」
屋敷にてお出迎えされたこの道尾家令嬢・道尾妹子はいつもの癖で恥ずかしげに答える。
「いやお嬢様……」
「……ごめんなさい。」
随行執事の女性の突っ込みたげな視線を受け止め、妹子も恥ずかしげに答える。
執事喫茶では確かにないが、いい加減自分が本物の令嬢という自覚を持つべきだろ、と妹子の随行執事にあたる女性・塚井真尋は突っ込みたくもなるがこらえる。
大学を卒業し、就職先に選んだのがこの良家執事という職。
苦節三年、しかし中々このお嬢様は変わってくれないものだなと思う塚井であった。
さておき。
「おほ、おほん! ……ゲホッゲホッ! ……塚井。明日の予定は?」
先ほどの失態を取り繕おうと、咳払いのつもりが本当に咳になってしまった妹子は、それでも何とか取り繕い塚井に尋ねる。
「明日は……社会勉強でございます。」
「ああ、社会勉強ね……何ですって?」
妹子は塚井に聞き返す。
「……お父様の主水様より、お嬢様は恐れながら世間知らずだ、直せ! ……との直々の命を賜りまして。それで、このプランを。」
「ああ、なるほど……いや、酷くない!?」
妹子は口を尖らせる。
世間知らずとは心外な、と言わんばかりの顔だ。
「お嬢様、恐れながらここはこの家の長が言っておられること。何卒、おとなしく社会をお勉強くださいませ。」
「……ちぇっ。何よ、お父様なんて! そもそも名前が、はぐれやすいデカかっつうの!」
「いや、それは中の人が同じだけのまったくの別物でございます。」
「……し、知ってるわよ! でも、そっちの方が有名でしょ?」
一体何の話なのか分からなくなっているが。
何はともあれ、これで予定は確定した。
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「お帰りなさいませ、お嬢様!」
「ああ、もう、執事喫茶じゃないんだから!」
「いや、お嬢様。ここは執事喫茶です!」
「……ごめんなさい。」
翌日、塚井に妹子が連れて来られたのは。
事もあろうに、執事喫茶だった。
「お嬢様は、まずお嬢様呼びに慣れることから始めねばということで、このようなプランになりました。」
「……はあい。」
妹子はすっかり拗ねた口調で、答える。
しかし何はともあれ、一行は執事喫茶に入る。
「あーら? 道尾さんじゃなくて?」
「なっ! 江手リリカ!」
妹子は驚く。
そこには大学の同級生(友達とは言っていない)・リリカが。
「執事のいらっしゃるあなたが……執事喫茶なんて! どうしたの?」
「あ……えっと」
「あ、それは」
「塚井、あんたは黙ってて!」
妹子は言いかけた塚井の口を手で塞ぐ。
社会勉強などと、恥ずかしい。
「おーっほほほ! どうしましたの?」
「な、何でもないわよ! むしろ、あんたこそどうしたの?」
「ああ、ここはパパが経営する執事喫茶でしてね〜!」
「……くっ!」
妹子は塚井を睨む。
何故よりによって、そんな場所を選んでいたのか。
しかし塚井は、目を逸らしている。
「まあ、来てしまったものは仕方ありませんわね? ……さあ、お頼み申し上げて!」
「……はいはい。」
リリカの変な言葉遣いに、妹子は面倒くさそうに席に着く。
妹子はリリカの、こういう所が特に苦手だ。
「まあ、さておきお嬢様! さあ、注文しましょう?」
「……うん、じゃとりあえずコーヒーを。」
妹子は注文する。
もうこうなったら、破れかぶれだ。
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「ほう。さすがは妹子お嬢様。」
「ええ〜? それほどでもお!」
しかし、そんな妹子のわだかまりも、数時間も経てば氷解していた。
一番人気の執事・ジョニーの手にかかれば、初心な女子大生などお手の物という訳である。
「あ、申し訳ありませんお嬢様! 私、少々お手洗いに。」
「うん、行ってらっしゃい!」
席を立つジョニーに、手を振る妹子である。
「お嬢様。」
「……ま、まあ! わ、悪くないんじゃない?」
塚井のにやけ顔に恥ずかしくなりつつ、妹子は素直ではない受け答えをする。
「あら、道尾さん? 楽しいでしょ、私の執事喫茶は〜!」
「……まあ、そうね!」
隣テーブルのリリカが聞いて来たので、妹子はつっけんどんにあしらう。
と、その時だった。
「……うっ!」
「!? え?」
妹子や塚井、リリカが驚いたことに。
リリカの接待をしていた執事が、倒れる。
「き、きゃああ!」
「む、ムラサメ! 大丈夫か!?」
妹子が悲鳴を上げ、執事仲間たちは倒れた執事・ムラサメに駆け寄る。