第3話
宿屋に着いたころにはすっかり日がおち、辺りは暗くなっていた。
あのクソ野郎に騙されてからというもの俺は街を歩き回り自力で宿屋を見つけ出した。
『はじまりの宿屋』という名前の宿屋だ。看板には『はじまりの町唯一の宿屋です』と書いてある。これが本当ならこの宿屋を見つけ出したのは奇跡だろう。この町――はじまりの町というらしいがネーミングした奴の顔を見てみたい――は結構広い。多分、イタリアぐらいの大きさはある。イタリアに行ったことがないからどのくらいの大きさなのか知らんけど。
「ごめんください」
宿屋の両開きのドアを開けると中から店主らしき女性の声がした。
「いらっしゃい」
40代くらいのおばさんだ。表情が暗く声にやるきが感じられない。
「一晩泊まりたいんですが」
「はい、一晩コイン10枚ね」
「コイン?」
「お金がないんだった帰りな。うちは貧乏人を泊めるほどお人好しじゃないんでね」
しまった。お金のことを全く考えていなかった。そういえば金なんて持ってないぞ。この世界の通貨はコインらしいが。
ポケットに入ってないか探るが当然、入ってなかった。
なんだよ、あの神様。クソじゃねえかよ。金くらいくれよ。
おばちゃん店主は迷惑そうな顔で睨んでくる。
どうすればいいんだ……。野宿なんてしたくないぞ。どうすれば……。
そうだ! 閃いた。何気なく見た深夜アニメで自分の服を売っていた。しかも高額で。
異世界の物はこっちの世界にはない。珍しいから高く売れるはずだ。
俺のユニクロで買ったTシャツとジーパン(合計3000円)だって10万コインくらいになるかもしれない。
「おばちゃん。俺の服いらない? 珍し――」
「いらないよ、そんな汚い服。早く帰れよ」
くそ。そんな食い気味に言わなくても……。というかそんなに汚くねえよ俺の服。
「そこをなんとか。俺は異世界から来たんだよ。来たばかりで右も左もわからないんだから一晩だけ! 頼む! 一晩だけ泊めてくれ! 金は後で払うから」
「訳の分からないことを言ってんじゃないよ! 殺すぞ!」
おばちゃんは恫喝すると後ろから巨大な斧を取りだした。大きく振りかぶる。
「ちょ、ちょっと待って! 分かった、出て行くから、殺さないで!」
「ふん。なら早く出て行きな」
ドアに手をかけた所で、
「金がないならギルドに行って働くことだよ。今日はもう遅いからしまっているから明日行ってみることだね。金ができたら来な。そのときは泊めてあげるから」
情報をありがとう。二度と来ねえよババア。
俺は逃げるように宿屋を後にした。