第10話
口の中がじゃりじゃりして目が覚めた。草が口に入ったようで唾と共に吐き出す。
「どこだここ……?」
俺はちょっとした丘の上に寝ていたようだ。遠くに町が見えた。
頭痛がする。後頭部を手のひらでガンガンと殴っていると頭の中の靄が晴れていき、何が起きていたのか次第に思い出してきた。
ああ、そうだ。俺はさっきまで天界にいたんだ。で、ここははじまりの町の外にある丘だ。死んだから時間が巻き戻り俺が異世界に来たばかりの時に戻されたんだ。
あのときと何も変わらない。
頭をさするが全然痛みが消えない。頭の痛みも変わらない。
あのときと変わっていることといえば――
「いたたた……」
俺の隣で神様が頭をさすっていた。
「なんでお前もいるんだよ」
「だってあなた簡単に死ぬじゃないですか。死んだら天界に行くんですよ。で、私が生き返らせる。手間でしょ、どう考えても。だったら私があなたの残機を増やすまで死なないようにサポートするのがベストです」
神様は目をキラキラさせながら力強く言った。
その様子を見るとただ一緒に来たかっただけのような気がするけど。
「というか何で神様も頭さすってんの?」
「しょうがないでしょ。上から落ちてきたんだから痛いのは当たり前です」
ああ。やっぱり俺は上から落ちてきたのか。だから頭が痛いのか。
それで納得するわけないだろ。なんでもっと丁寧に転移させないんだよ。いや転移じゃないか。天界から突き落としてんのか。天落か。
まあ俺だけじゃなくて神様もいたがっているから許すけど。
「さあ。早速街に行きましょう! お腹すいてるんでね、ご馳走をいっぱい食べましょう」
*
「ぜえ……ぜえ、はあ……はあ。なんで、こんなに……遠いんですか……」
町へつく頃には辺りが暗くなっており、神様は息を切らしていた。
最初は意気揚々と鼻歌まじりで歩いていたが、だんだんと口数が少なくなっていき、泣きごとを言いはじめそしてこのざまだ。
神様だから全知全能だと思っていたが体力は人間以下らしい。俺も体力には自信がないが神様よりはつかれていない。
「そんなんで大丈夫なのか? ゴブリン戦車も倒せそうにないけど」
「だ、大丈夫です……地上に降りたばかりだから力があまり出ないだけです。宿屋でおいしい物を食べてあたたかい布団で寝れば本調子を取り戻しますので」
「そうなのか」
それならいいが。
というか宿屋に泊まれる金はあるのか?
何となく嫌な予感がしたが騒ぎ出しそうなので指摘はしないでおいた。
*
「お金がないんだった帰りな。うちは貧乏人を泊めるほどお人好しじゃないんでね」
宿屋に着いたが案の定神様はお金を持っていなかった。神様はこの世の終わりみたいな絶望した顔で俺を見ている。俺を見るな。
「お願いです! 心優しきものよ! 私は飢えて苦しんでいるのです。慈悲を! 少量のパンと一滴の水でいいのです! あ、やっぱり普通に一人分のパンと水をください! それと暖かい布団を!」
「帰りな! いい加減にしないと殺すぞ!」
ババア店主は斧を持ち出して言った。
まあそうなると思ったよ。このババアに慈悲の心はないからね。
ああ、それと神様よ。ひとり分のパンって言ったけど当然、俺の分だよな。自分だけ助かろうとしてないと信じていいんだよな。
「神様。もう出よう。いい加減にしないと殺される。このババア結構レベルが高そうだ」
俺が言うと神様はハッとした顔をした。
「そうです。私は神様なのですよ。神を信じないものはどうなっても知りませんよ。今私にパンと水と布団を与えなければあなたに必ず天罰が下ることでしょう!」
欲しいのはやっぱりお前の分だけなんだね。
「フン。あんたが神様だって? 笑わせるんじゃないよ。神様は空にいるもんだろ。空で輝くお天道様が神様だよ。お前は神じゃなくてゴミだよ」
「な……!」
神様は怒りのせいかプルプルと震えだした。
「今に見てなさい! あなたに天罰を与えてやりますよ! この宿屋も一瞬にして消し炭にしてやりますよ!」
「へえ。どうやって?」
ババアは斧を肩に担いだ。殺意をむき出しにしているのがわかる。大気が震え肌がピリピリとする。殺せるものなら殺してみろということらしい。相当腕っぷしには自信があるようだ。
「うう……くっ……」
神様は気おされて言葉を口にできない。
「うう」とか「くう」とか数秒の間、口から洩れる。そうしてやっとの思いで言葉を口にした。
「この男がこの宿屋を消し炭にしてやりますよ!」
俺を指さしながら言った。
「は?」
「へえ。それは楽しみだねえ。私はねえ、楽しみはすぐに味わいたいんだよ!」
ババアが斧を振りかぶる。どう見ても俺に攻撃しようとしている。
「わあああ! 待て待て待て! 違うんだよ!」
ババアは斧を振り下ろす。俺の頭の上でぴたりと止めた。
助かった……? 助かったのか?
恐る恐る目を開けて上を見る。その瞬間、頭の中で爆発したような感覚があり一瞬にして俺の頭が飛び散った。
また俺は死んだ。