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プロローグ①

俺は死んだ。どうやって死んだかは覚えていないが、死んだという事だけは分かる。というか死因なんてどうでもいい。トラックに轢かれたでも通り魔にナイフで刺されたでも雷にうたれたでもなんでもいい。豆腐の角に頭をぶつけたでも構わない。この俺、田中六郎(享年25歳)が死んだという事実は変わらないから。

 

 生前を振り返って見ると俺はダメな奴だった。勉強も運動もできないし、得意なことも好きなことも特にない。友達や彼女もいない。夢もないし努力もしたことがない。何もないが時間だけはあるものの、今までの貴重な時間はすべてニート生活に費やしてきた。つまり何もしてこなかった。

 いや俺だってがんばりたかったよ。勉強だってやれば俺は世界で最高峰の大学だっていける頭を持ってるよ。だけど環境が悪かった。ゲームとか漫画があったからね。俺はゲームとかがない時代に生まれていれば勉強を頑張っていたと思うよ。勉強しかやることがないから。

 

 彼女とかもそうだ。もし中学の頃の俺が「女なんていらねえよ」とかイキって男子校の高校を選んでいなければ彼女とか絶対にできてたさ。多分、50人くらいはできていたさ。

環境が悪かった。


 だけど今更そんなことはどうでもいい。もう死んだから。死んだらすべてが無になるんだ。そう考えたら俺はこれでよかったんじゃないか? 俺には何もないけれど当時の俺はそれなりに楽しんでいたじゃないか。努力とか辛い思いをしなくて済んだじゃないか。

 「アリとキリギリス」のアリみたいな生き方をしろと昔言われたことがある。まじめに頑張っていれば将来そのがんばりは役に立つ、的なことを言われた。確かに正論だが、どうせ死ぬんだったら楽しく生きたほうがいいじゃないか。努力とか嫌なことをしなくていいじゃないか。

そう考えたら俺は楽しく生きて、辛いことをすることなく死んだ勝ち組だな。

 よし。

 で。


 ここはどこだ。

 周りを見た感じ一面雲の地面が広がっていて飛行機から窓の外を眺めたような景色だ。どうやら俺は白い雲の上にいるようだ。いや雲の上にいるなんてすごいアホっぽいけれど事実なんだから仕方がない。ふわふわの雲の上に二本足で立っている。

 死んだら無になるとか言っちゃったけど何で俺はいるんだよ。全然無じゃないじゃないか。

 そうだ、天国かここは。天国なんてあるんだな。じゃあ地獄もあるんだよな。よかった、地獄に落ちない

 で。まあ俺は悪いことなんてしてないから地獄なんて無縁のところだけどな。


 ……まあ、いいこともしてないけどね。

 来世がんばればいいか。天国があるんだから来世くらいあるだろう。

とりあえず寝るかと腰を落としたところで下から何かがせり上がってきた。白い饅頭かマシュマロか分からないが大きくて白くて柔らかそうなものが雲から現れた。

いやよく見たら。


 「あの、何してるんですか?」

 それは大きなマシュマロでも饅頭でもなく人の尻だった。土下座している姿勢で俺に尻を向けている。

 「ひゃあ、えっ! こっちか!」

 

 尻の持ち主はバッと顔をキョロキョロしたのち俺の方に向いて頭を下げた。

 「この度はすみませんでした!」

 「あ、あの……何がですか? 顔を上げてくださいよ」

 

 そいつはおずおずと顔を上げる。顔を見て俺は驚いた。

 美少女だった。歳はおれよりも若そうだ。長い金髪に碧眼。肌は透き通るほど白い。小顔に反して大きな目をうるうるとさせて涙を浮かべている。

 よし、お前の罪を許そう。という気がしてくる。

 涙を目に溜めるばかりで何も言わない。俺はもう一度聞いてみた。


 「なにをしたんですか?」

 「す、すびばせん! あなたを殺しちゃいましだぁ!」

 「俺を? 君が?」

 俺が訊くと彼女は泣きながら何回も頷く。

 別に死んだことに怒りは感じないが理由を知りたくなった。

 「何でこんなことを?」

 「うう。本当は他の人が死ぬ予定だったんです。死ぬ予定だった人は、5歳の男の子なんですけど、その子が言ったんです。『神様、なんで僕にこんなことをするの? もっと遊びたかった。もっと生きたかった。もっといろんなことをしたかった。大人になりたかった。神様は悪い奴だ』って。だから助けたくなってどうでもいい人間から寿命を貰ってその子にあげちゃったんです」

 

 ああ、なるほどそれなら納得……するわけねえだろ。

 つまりどういうことだ。

 死にかけの子供に俺の寿命を全部あげたから俺が死んだってことか?

 

 「その子供は助かったの?」

 「はい……おかげさまで元気です」

 「というか君、神様なの?」

 「はい……神様です」

 「神様だったらちゃんと誠意を示そうよ。土下座なんてしないでさ。もっとあるんじゃないの?」

 「し、しかし……ど、どんなことをすれば……?」

 

神様は小首を傾げる。かわいい。俺はその様子を見ていじわるしたくなった。

 「俺と性行為をしろ」

 「は? ……え?」

 「俺と性行為をしろ」

 「な……!」

 

顔を赤らめてびっくりしたように目を大きくさせると俯いてしまった。

 「む、無理です……」

 「無理? 君、神様だよね? 人間の願いをかなえさせるのが神様の役目だよね? 確かに子供の願いを叶えて助けたけど俺、死んでるよね? なに、俺なら死んでもいいんだ? 俺なんてどうでもいいんだ? ひどいなー、神様は。悪い奴だ」

 「う、うう……うう」

 彼女は俯いたまま拳を膝にのせて震えている。

 よし、こんなもんで許してあげよう。俺はやさしいからね。別に怒ってないし。

 「なんてね。冗談――」

 「分かりました!」

 「え?」

 

神様は顔を上げるとまじろぎせず俺の目を見ている。

 「やりましょう。せ、性行為」

 「は? えええ!」

 いや冗談で言ったんだけど。やるのか本当に。

 神様は屈辱に必死に耐えているのか服の裾をぎゅっと握り唇を差し出す。

 

「……いや、やる気になっているところ悪いけど冗談だよ」

 「な、なんなんですかっ!」

 「やるわけないじゃん。俺死んでるんだよ。性欲なんてないよ」

 「まあそれはそうですが。生前の記憶が残っているのでよくにまみれた人間は死んだ後も性欲は残っていることもあるのでね。あなたは童貞だから性欲があるのかと」

 「うるせーわ」

 まあ童貞だが。

 

「そんなことより性行為をしろって言ったら叶えてくれようとしたよな。もしかして他の願いでもかなえてくれたりすんのか?」

 「できますよ。まあ私は神様なのでね」

 神様は言いながら小ぶりな胸をそらす。

 「じゃ、じゃあさ……異世界転生なんてできたりする……?」

 「できますよ。もう2万人くらい別の世界に送りましたよ」

 「まじで⁉」

 

というのも俺は異世界に憧れていた。死んだら異世界に行って人生をやり直すと決めていた。2周目の人生はダラダラとしたニートでは終わらせない。努力に努力を重ねて最強の勇者になるんだと決めていたのだ。

 努力の嫌いな俺だが異世界なら努力したら努力した分ステータスに反映される。ゲームのレベリング感覚で俺が強くなる。楽しいに決まっているじゃないか!

 

「じゃあ俺を異世界に連れて行ってくれ!」

 「いいですよ。異世界って言ってもいろんな世界がありますけど。よくあるファンタジー世界や人間界の鏡の世界とか核により荒廃した世界とか。核により荒廃した世界は楽しいですよ。モヒカンとかがいっぱいいて。どんな世界に行きたいんですか?」

 「よくあるやつで!」

 

 誰が核により荒廃した世界なんて行くかよ。

 「核により荒廃した世界はいいんですか? みんなムキムキですよ。あなたもムキムキになれますよ。いいんですか?」

 「いや核により荒廃した世界はいい」

 「核により荒廃した世界では肩パッドつけられますけど」

 「そんなに勧めても行かねえよ、核により荒廃した世界なんて」

 「じゃあよくあるやつでいいんですね。難易度はどうします?」

 「難易度? 難易度なんてあるのか。本当にゲームみたいだな」

 「イージーモード、ノーマルモード、ハードモード、エクストラ地獄ハードモードがあります。どれにしますか」

 「エクストラ地獄ハードってなんだ⁉」

 「超高難度のモードです。敵がものすごく強いです」

 そんなの誰が選ぶんだよ。マゾかイキってるやつしか選ばないよ。

 だが。

 「さあどうします」

決まっている。

当然――

 

「エクストラ地獄ハードかなーやっぱ」

 「え⁉ 正気ですか⁉」

 「うん。別にイキっているわけじゃないよ。俺はもうダラダラと過ごすのは嫌なんだ。異世界に行ったら俺は努力しまくろうと決めたんだ。半端者にはなりたくない。やるんだったらとことんやる!」

 「そうですか。分かりました。後悔しないでくださいね。難易度はクリアできるまで変えられませんからね」

 「ああ! それと転生じゃなくて転移にしてくれ。さすがに赤ん坊からやり直すのはめんどくさい」

 「じゃあやりますよ。転送まで3、2、1――」

 カウントダウンがゼロを迎えると同時に俺は意識を失った。


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