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悪夢ゆえの行動で悪意は一切ないようです

 床を濡らす夥しい量の血液。

 それが誰のものかなど本人が一番よく分かっていた。

 

「……なんで……」


 何故。

 そんな問いかけに意味などあるわけがないこと口にした本人が一番よくわかっていた。


 間違えた。

 これはその結果。

 間違えたから失った。

 ただそれだけの話。


 ただ、それでも……


「なんで……なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……ふざけんな……」


 口から血が溢れるのも気にしないで。

 内から崩壊していく自身に気も止めないで。


 それ(・・)は狂ったように繰り返す。


「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなァッッッ!!!」


 目から、鼻から、耳から、ついには体中の毛穴から血が漏れ出す。


 それでもそれ(・・)は叫ぶことをやめない。

 やめられない。

 全てはおよそそれの前では些細なことだった。

 気に止めるまでもないことだった。

 どうでもいいことだった。


「返せよ……なんで……ふざけんなよ……頼むから……返してよ……!!」


 それ(・・)の目から涙が零れ落ちる。

 血を伴った赤くきらびやかでおぞましい雫が頬を伝うことなく垂直に人の上に落ちる。

 人だった(・・・・)モノの、今となってはただの物質の塊の上に落ちる。

 

 全てはうまくいくはずだった。

 しかし、運命はそれを許さない。

 そんなつまらない(・・・・・)結末を決して許しはしない。


「こんなのってないよ……何もないよ……もう、何も……」


 何もない。

 何もないとは一体何を基準に何もないと言い得るのか。


 着る物を失うことか。

 住む場所を失うことか。

 食べる物を失うことか。

 友を失うことか。

 想い人を失うことか。

 自分が何者かであるかを失うことか。


 であるならば。

 それらを基準に何もないと位置付けるとするのならば。


 ――もはやそれ(・・)には本当の意味で何もなかった。


★★★★★


「それで? 何か申し開きはありますか?」


「いや……最近熱いしさ……こういうクールビズの取り入れ方も案外ありなんじゃないかなーって思うんだよね」


「……なるほど。つまりこれは魔王様にとっては計算し尽くしたうえでの行動で一切問題はないと?」


「…………まぁ、そういうことになるかな」


 無残にも消し飛んだ壁を前に魔王はベッドのすぐそばに立つセレンにそう言った。

 当たり前の話ではあるがこの壁は決して狙って壊されたものではない。

 たとえクールビズだとしても自室の壁に大穴どころか一面を吹き飛ばすイかれた人間はどこを探してもいやしない。

 風通しが良いどころかそもそも遮蔽物がないのだ。

 クールビズってなんだったっけ?という話である。

 

「では、今現在全く風が吹いていない、それどころか豪雨で魔王様の部屋が荒れ放題なのも全く問題ないと?」


「……うん……めっちゃ計算通りぃ……」


 問題ないわけがない。

 仮に魔王にとっては問題なくてもこの部屋を掃除する者にとっては問題大ありだ。


「……知りませんよ? このことがとどめになって謀反を引き起こされても」


「俺の人望ってそこまですれすれのところにあるの!?」 


「他は知りませんが少なくとも私は今転職を考えていますね」


「ごめんなさい! 寝ぼけてやりました、めっちゃ反省してます!! だから出て行かないで!!」


 セレンの返しを聞くや否やプライドやらその他もろもろ一切合切全てかなぐり捨てて魔王は泣きつく。

 魔族を統べる王がこれとかほんと世も末である。

 

「……はぁ。まぁ初めからそんなところだとは思っていましたから別にいいです。それで……これはどうするつもりですか? まさかとは思いますけどこのまま、なんてことはありませんよね?」


「…………クールビズ」


「はい?」


「……速攻で片付けます」


「そうですか。では、頑張ってくださいね」


 満足げに一度頷くとそのまま部屋を後にするセレン。

 魔王は言うまでもなく悲壮感溢れる顔だ。


「……うへぇ」


 別に直せないわけではない。

 直すこと自体は可能だ。

 けれど魔王がやると途中で壁を壊したりしてどうにも時間がかかるのだ。


 だからできることならやりたくない。

 とはいえここでサボろうものなら本気でセレンが出て行きかねない。

 

 そんな強迫観念が魔王を嫌々ながらも動かしていた。

 当然、セレンは今更その程度の事で愛想を尽かしたりはしないのだが魔王はそれに気付けない。

 セレン自身あまり期待はしていなかったがこれが思いのほかうまくはまった。

 

 のちにセレンは作戦がうまくいったことを喜べばいいのか主が予想以上にバカだったことを嘆いたほうがいいのか悩むのだがそれはまた別の話だ。 

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