元魔王様は挑戦さえしなければ良い料理人のようです
「いらっしゃいませー。ってマオじゃないか」
「お久しぶりですね、魔王様」
「『元』な。今の魔王はお前だ」
日がすっかり昇りきったとある日の午後。
魔王城から徒歩5分の位置に建てられた一軒の喫茶店に珍客が訪れた。
誰であろう、魔王である。
そして、そんな奇妙な来客に軽く驚いたような様子を見せつつも喫茶店の店主は至って冷静に魔王を席に案内する。
「いえいえ、今でも俺なんかよりよほど貴方への信頼の方が厚いですよ」
「どうだか。四天王やセレンはすっかりお前に懐いてるんじゃないか?」
「バクとかアイズは仲良くしてくれてますけど……セレンなんか毎日のように怒ってますよ」
「あいつなりの愛情表現だろ」
「だといいんですけど……。まぁ、みんな俺なんかの為に頑張ってくれてはいます」
「だろうな」
さも当然とでもいった風に店主は魔王にそう返すとそれを最後に席に備え付けられているメニューに視線を移す。
「そういえばお前は店に来るのは初めてか? 今日まで来ないなんて随分と薄情じゃないか」
「無茶言わないでくださいよ。俺がどれだけ必死になってここに来るための時間を作ったと思ってるんですか。今日なんて仕事放り出してきたんですよ?」
「必死の意味を調べてこい」
そもそもの話、魔王が仕事を放りだして遊びに行くのなんて割と日常茶飯事なので本当に何一つ魔王は必死になっていない。
もっともここに来るための覚悟という意味ではある意味必死になっているのかもしれないが。
「……それで、何しに来たんだ?」
「酷い言われようですね……」
「他意はない。けど、お前はなんの意味もないことはやらないだろ? そんな奴が来たってことはそういうことだ」
「信用されてるんだかされてないんだか……」
店主の言葉に魔王は曖昧な笑みを浮かべたあとメニューに目を向ける。
「とりあえず何か頼んでからで良いですか? セレンから逃げてたせいでお昼御飯食べ損ねちゃって」
「別に構わないが……お前殺されるぞ?」
「…………おすすめとかありますか?」
「現実から目を逸らすな」
どこか遠い目をしておすすめを尋ねる魔王に店主は呆れたような眼差しで指摘を入れる。
それに対し魔王も理解はしているのか気まずそうに視線を泳がせやはりもう一度「……おすすめ」と小さく一つ呟いた。
「まぁ、お前がそれでいいなら止めはしないが……そうだなおすすめか……」
そんな魔王の様子にもはや何かを言うことは無粋だと感じた店主は何かを考えるように顎に手をやり目を閉じ唸る。
そして、少しそのまま考えたあと「あ、そうだ」とこぼすとにやりと笑みを浮かべそのまま奥へと下がって行った。
この喫茶店、『ディアブロ』はとある二つの理由から魔族の間で有名である。
その一つとして店主であるディロが元魔王であることがあげられる。
マオにボコられて魔王の座を譲り渡すことになるまで歴代最強の魔王として魔族領に君臨していた彼の知名度と彼が厳選し尽くした極上のコーヒーと洗練されたスイーツによってこの喫茶店は開店当時は大変繁盛していた。
しかし、それが今では時間帯が時間帯とはいえ客が魔王以外一人もいない閑古鳥が鳴いている有様である。
そして、その原因こそがこの喫茶店が有名なもう一つの理由である。
ディロは好奇心が強すぎるのだ。
魔王として国を治めていた頃からそれが原因となりたびたびトラブルを起こしてきた。
例えば、魔王城を水蒸気爆発で木っ端みじんにすると同時にセレンの胃に大穴を開ける。
例えば、体に炎を纏った状態のバクに爆薬を投げつけた場合バクはダメージを受けるのかを知るために魔王城が炎上する。
例えば、何となく気分で雷を纏ったバロンに水をかけて周囲の魔族達をもれなく感電させる。
いやほんと誰だよこいつを魔王に選んだ奴。
「ククク……最近は誰も来ないせいで『新作』が試せてなかったんだよなぁ!」
そして、そんなディロの周りを思いきり巻き込む好奇心はこの喫茶店でも存分に発揮されていた。
すなわち料理で。
断っておくがディロの料理の腕はたしかである。
魔王時代は時折配下の者にその腕を振るい料理長のプライドをズタズタに引き裂いていたレベルだ。
しかし、彼の好奇心という名の暴力は時と場所を選ばないために料理を食べるつもりが劇物を口に運ぶはめになった者も多数いた。
想像してほしい。
基本的においしいけれど時折シェフの気まぐれで劇物が出てくる店に逝きたいだろうか?
閑古鳥も鳴くわけである。
「よし、できた……!」
そうこうしているうちにディロの劇物、もとい料理が完成した。
幸いなことにそれを食すのは現魔王。
大概なことでは死なないうえにたとえ死んだところでそこまでの被害はないので完璧な人選と言えるだろう。
「お待ちどうさまー。『マンドラゴラのカルパッチョ~断末魔を添えて~』だ」
「死ねと?」
「食べる順番さえ間違えなかったら美味いかもしれないぞ」
「死ねと?」
マンドラゴラは絶命するときに断末魔の叫びをあげる。
そして、それを耳にした者は死に至ると言われている。
魔王が如何に常人離れしているとは言えどまともにそれを浴びれば命の保証はない。
とはいえ浴びたことがないだけで実際は案外大丈夫なのではないかと魔王は思っていたりするのだが。
「つーか、なんでこんなゲテモン出すんですか! もっと普通の料理にしてくださいよ!」
「普通の料理なんか出して何が面白いんだ?」
「客商売にこんな悪質な面白さ求めないでくれる!?」
「バカ言うな。さすがにここまで危ないものはお前くらいにしか出さねえって」
「なお悪いわ! 何なの、やっぱりボコって魔王の座奪ったこと根に持ってるんですか!?」
「誰がそんなこと根に持つか! 大体あれはこの国の取り決めなんだから根に持つ理由がないだろ! ただ、あの時は城に爆薬仕掛けてたから早速仕事作っちゃうなって思っただけで」
「あの時の爆発あんたのせいかよ!」
「あっ」
身を乗り出す魔王。
揺れるテーブル。
落ちていく皿。
発せられる悲鳴。
流れる走馬燈。
弾ける断末魔。
その日、魔王と元魔王は皮肉にもこの世界で最高強度の結界を作り出すことに成功した。
八月からは更新を週一の金曜日に固定させていただきます。
よろしくお願いします!