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闇帝は苦労人のようです

「うぅ~、生き返る……」


 全身を氷漬けにされた後に入るお風呂。

 これの気持ちよさを知っている人はいるだろうか?

 

「この氷が熱でじわじわ解けていく感じがヤバいんだよなぁ……」


 知っているというそこの君。

 今すぐ病院に行ってきなさい。

 こうなったらもうおしまいだぞ。


「魔王様、お背中お流しします」


「いや、さっきやったばっかじゃん」


「……そうですか。では、のちほどさせてください」


「……まぁ別にいいけどさ……」 


 常人には到底理解できないお風呂の楽しみ方をしている魔王に声が掛けられる。

 声の主は魔王が自らの申し出を断ったことに最初こそその人工物なのではないかと思うほどに整った顔立ちを曇らせたもののすぐに気を取り直し代替案をだした。


 名はテネブル。

 闇帝の異名を冠する四天王最強にして黒髪黒目の美男子である。


「……それにしても……今日は結局全然仕事が片付かなかったな……」

 

 そんな美男子には目もくれず魔王は魔王一人で入るには明らかに大きすぎる浴槽のなかでポツリと呟いた。


 この日、魔王がやったことと言えば神経衰弱とババ抜きとポーカーのみ。

 なんで魔王をやっているのか不思議なレベルのだらけっぷりである。


「絶対明日セレンに怒られるじゃん……」


 分かっているならやれという話なのだが分かっていてもできないから魔王なのだ。

 自分でもそれが分かっているだけに魔王は大きくため息を一つ吐く。


「どうやったらうまく誤魔化せるかな……」


 そしてこの発言である。

 反省など皆無。

 一度性根を叩き直されるべきだ。


「お手伝いしますよ」


「さすがテネブル! その言葉を待ってた!」


「お任せください」


 ほんとにこの魔王救いようがないほどにカスである。

 全く悪びれず満面の笑みで部下に仕事を擦り付けている。


「そーいや、お前ここ最近城に居なかったよな?」


「えぇ、騒がしい連中が居たのですがもう大丈夫です」


「……生きててすいません」


「……? なぜ魔王様が謝られるのですか?」


 部下が汗水流して働いている間にトランプで遊んでいたなどとはいくら魔王が魔王であるとはいえ口にできない。

 挙句の果てにその間にたまった仕事をしてもらおうと考えていたなんてこと言えるわけがない。


「……やっぱり仕事は俺一人でやるよ。このままだとほんとにダメな奴になりそうだし」


「さすが魔王様です。余計な気をまわしてしまい申し訳ありませんでした」


 すでに誰がどう見てもダメな奴なのは間違いないのだが魔王の自己評価は無駄に高い。

 

「……それで?」


「……と、おっしゃいますと?」


「いや、まさか俺の背中流すためについてきたわけじゃないだろ?」


「…………」


 浴槽の端に腕を、そしてその上に顎をのせ魔王はテネブルに尋ねる。

 しかしそれにテネブルがすぐに答えることは無く浴場に沈黙が流れた。


「……お体の方は本当に大丈夫なのですか?」


 それを破ったテネブル。

 その声は先ほどまでとは違いどこか重く暗いものだった。


「はぁ? お前まだ言ってんの? 大丈夫に決まってんじゃん。心配しすぎだって」


「ですが……魔王様のその体は……」


「…………まぁ、たしかに気持ち悪いとは思うけどさ。普通に大丈夫だからそんな心配すんなよ」


 言いづらそうに言葉を紡ぐテネブル。

 それを遮るように魔王は自身の体を触りながらそう言ってのけた。

 赤黒いグロテスクな血管がミミズのように這いまわっているその左半身を。


「……気持ち悪いとは一切思いません。たとえどんな姿であろうと魔王様は魔王様です。それに魔王様の体に這うそれはあの方の……」


「――それに関しては話してあげられない」


「……はい。分かっています」


「悪いな」


「……いえ、誰にでも話したくないことの一つや二つはあるものですから」


 テネブルは魔族の中でも特殊な目を持っている。

 所謂『魔眼』というものだ。


 それが持つ能力は多岐にわたるがその一つとして視界に入れた存在を構成する物質を見ることができる能力がある。

 同じ種族であれど一人一人構成する物質やその量に多少の差は生じる。

 この能力の本来の使い方はそれを生かして幻やだまし討ちを無効化することだ。

 

 しかし、テネブルは魔王を初めてその目に収めたときその異様さをこの能力によって理解してしまった。

 魔王の体には魔族が居た。

 

 かつて経種族よりも力の無い人間は魔族をその身に取り込むことで魔族の強さを得ることを目的とした実験を行っていた時期がある。

 そしてその実験の結果、人間の体ではどうあがいても魔族の力には耐えきれず激しい拒絶反応を示したのち死んでしまうということが判明した。


 考えてみれば当たり前の話。

 だが、魔王はその当たり前を覆した。


 どんな手を使ったのかテネブルが知ることはできない。

 それを魔王が自ら話すときまでテネブルはまたそれを誰かに他言することもない。


 それを知れば魔王を慕う者が自分のように心配するから。

 それを知れば魔王を疎ましく思う者が騒ぎ立てるから。


 魔王はそれを望まない。

 ならばテネブルにそれを他言する理由はない。


「……背中流すよ」 

 

「い、いえ! 魔王様にそのようなことをして頂くわけには」


「いいからいいから」


 部下の気遣いにすら気付けないほど魔王とて愚かではない。

 もっともどうすればそれに応えることができるのか分からずそんなことしかできないわけではあるが。


「……ありがとうございます」


「気にすんな。なんならこれから一緒に入ることがあったらそのたびに背中流すよ」


「そ、そんな申し訳ない……!!」


「はいはい。やりづらいから前向け」


「す、すいません」


 テネブルと比較すればゴミみたいなレベルの技術しか魔王にはないであろう。

 しかし、それでもテネブルは始終笑みを浮かべていた。


 四天王の中でも特に何か決まりがあるわけでもないのにいつの間にかリーダーのような役回りをさせられていたテネブルにとって魔王が自分を労わってくれることは何よりも大きなことだった。

 たかが背中を流されただけでまた明日も頑張ろうと思えるほどには。 


「……そういえば魔王様」


「ん? どした?」


 そして、そんなリラックスムードゆえにテネブルは浴場に入る前のちょっとした出来事を思い出した。


「セレンが魔王様の部屋に入って行くところを見たのですが大丈夫なのですか?」


「…………」


「……魔王様?」


「…………テネブル」


「はい?」


「お願いだから仕事手伝って!!」


「……はい。お任せください」


 できる人物というのは無能な上司を持つと苦労するものである。

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