氷妃はすこぶる運が良いようです
「むむむ、たぶん……これとこれ! あ、おしい!」
「……じゃあ……私は……あ、揃った……」
「おぉ、一発で引くとか運良いな」
「……私……運には……自信あるよ……ほら……」
「また!? いや、でもここからだからね」
「……また……」
「え、ちょっ、アイズさん……」
「……魔王樣……なに……? ……あ……また当たった……」
「……嘘だろ……」
魔王は仕事を放り出して神経衰弱を楽しんでいた。
いや、厳密に言えばこれは少し違う。
正しくは楽しむつもりだった。
「……次は……これと……これ……」
「…………」
運がいいなんてちゃちなものではない。
対戦相手からしてみればそれはもはや悪夢でしかないであろう。
「……えっと……これ……」
「……アイズさん」
かすれた声で魔王は部下の名を呼ぶ。
「……なに……? ……魔王様……」
「あの……もうちょっと手加減の方を……」
魔王正座である。
部下に正座で神経衰弱の手加減を頼んでいる。
「……うん……いいよ……」
とかなんとか言いながらまた一枚トランプをめくるアイズ。
「……えっと……たぶん……これをめくると揃うから……」
そう言って一枚のトランプを指さしたアイズ。
そして、そこから少し離れた場所にある別のトランプをめくる。
情けない上司を勝たせてあげようとする優しさ。
部下の鏡である。
魔王は情けないのでそろそろ魔王をやめた方がいい。
「……あ、あれ……?」
「アイズさん!?」
ぺらりとめくられたトランプは見事に揃っていた。
魔王涙目である。
「……ご、ごめんね……次はちゃんと間違える……」
「……いや、なんか自分がクズに思えてきたからいい……」
結局その後もアイズの強運の独壇場で魔王は一度たりともペアを手に入れることは叶わなかった。
そして、魔王は二度とアイズ相手に神経衰弱はしないと決めた。
「……じゃあ……次はババ抜きでもやるか」
「……ババ抜き……?」
ババ抜きをしたことのないアイズに魔王はルールを教える。
とはいえ至極単純なルールなので教えるほどの事でもないのだが。
ババ抜きはどう考えても本来二人でやるゲームではない。
とはいえさすがの魔王もトランプ初心者のアイズに頭脳戦を挑むほどの人でなしではない。
ゆえにルールが比較的簡単で覚えやすいババ抜き。
そして何よりババ抜きは一見これも運の要素が強いように見えるが、その実相手の表情から相手の持ち札のどの位置に何のカードがあるのかを推測しジョーカーを避ける極めて戦略的なゲームなのだ。
前言撤回。
魔王マジで人でなしである。
「よし、じゃあ配るよー」
魔王は小躍りでトランプを自分とアイズの二つの束に分けていく。
そして、それから数分後。
「……魔王様……なくなった……」
「…………うん」
両者一度も互いからカードを取ることなく試合終了。
アイズの勝利だ。
配り終えた段階ですでに魔王の敗北が決定していた。
さすがにここまで来ると魔王が憐れだ。
「……次は、ポーカーにしよう……!」
魔王は半泣きでルールも知らないアイズ相手に頭脳戦を挑んだ。
全く憐れでもなんでもない。
ド直球に残念な奴である。
そして、ルールを説明すること五分。
役を理解するのには多少の時間がかかりそうだがアイズは大方のルールを理解した。
トランプという物は極論いくら頭脳戦であっても超人じみた運の持ち主には決して勝てない。
魔王はそれに薄々気付きながらも負けず嫌いゆえに抜け出せない。
その結果、先にチップを全て失った者はなんでも一つ相手の言うことを聞くという取り決めをしてしまった。
しかし魔王、実はこの勝負には多少自信があった。
魔王とて間抜けではあるがバカではない。
まともにやりあえば成す術なく負けることなど誰よりもよく理解している。
ゆえに悪魔の手法に手を染めた。
そう、『イカサマ』である。
先のババ抜きによる敗北のあと、魔王はカードに細かい傷をつけた。
相手が相手ならばバレてもおかしくはない。
しかし、アイズはド素人。
当然、そんな汚いことはされたことがないし気付けるはずもない。
あとはその傷をつけた五枚のトランプが自分の手下に来るようにうまくシャッフルするだけ。
そんなテクニックがあるならもっとうまく使えよという話なのだが魔王がそれに気づくことは無い。
前言撤回。
やはり魔王はバカである。
「クククッ……」
魔王、勝利を確信し思わず笑みがこぼれる。
こんな魔王にはなりたくないランキング堂々の一位だ。
「……魔王様……楽しい……?」
「へ? あ、うん……」
小首を傾げ尋ねるアイズに魔王は当然どうしたのかと同じように首を傾げつつとりあえずそう返す。
「……そっか……よかった……負けばっかりで……嫌かなって……」
分からないなりに答えを返した魔王に対してアイズはそう言って微笑んだ。
どうやらアイズなりの気遣いだったらしい。
「………………生きててすいません」
魔王、良心の呵責により瀕死だ。
ちなみに傷をつけた五枚はものの見事にアイズの手札に入った。
ロイヤルストレートフラッシュ、アイズの完勝である。
「覚悟しなさい魔王ッ!! 今日こそはあんたの最期よ!」
良心の呵責とイカサマに手を出してもなお負けるという事実のダブルパンチに死にかけている魔王の下に一人の少女が現れた。
誰であろう、最強と名高い『勇者』の才能を持った少女ユウキである。
魔王相手に全く歯が立っていないが最強と名高い才能を持ったユウキである。
「……ん、ユウキ! 最近来ないから風邪でもひいたんじゃないかって心配してたんだよ!」
魔王の体力は全回復した。
どう考えても立場が反転している。
もっとも魔王に回復魔法は使えないので「フフフ……体力を全回復させてやろう。さぁかかってこい!」的なことはどのみち無理なのであるが。
「ゆ、勇者は風邪なんかひかないわよ!」
「…………魔王様……誰……?」
「ん? アイズは会ったことなかったっけ? 勇者のユウキだよ。将来の俺のお嫁さんでもある」
「ないわよ! 勝手なこと言うな!」
「…………ふーん……」
場の空気が急激に冷え込んでいく。
「あ、あのアイズさん?」
「……なに……魔王様……?」
「いや、ちょっと寒いんだけど……?」
「……うん……」
「いや、「うん」じゃなくてね」
「……魔王様……あの子と私……どっちが大事……?」
直球。
あまりにも直球な一言。
これにはさすがの魔王もこの事態がどうして起こったのかを理解する。
「……あー、そんなの考えるまでもないよ。俺にとってアイズは大切な存在だよ!」
「……そっか……」
部屋を包んでいた冷気が消える。
幸せそうに微笑むアイズ。
見る人が見なくても魔王は一度爆殺されるべきである。
「もちろん、ユウキも大事だよ。というかバクもバロンもセレンも皆同じくらい比べようがないくらいに大事だよ!」
「……ふーん……」
辺り一面が凍りついた。