少年は勇者と出くわしたようです
これは死ぬ。
マオは背後から掛けられた声に悟った。
「……いやぁ……はは」
「そんなところから、一体どこに行くつもりですか?」
「ちょっと……外に?」
「……」
振り返ると幾度となく死の直前に見た笑顔があった。
それだけで吐き気が催す。
それをおさえてとにかく何か返さなければと返したマオの言葉に、聖女は張り付けたような笑みをまるで崩すことは無かった。
それが一層マオに死を覚悟させた。
死にたくない。また、あの痛みを味わうなんて冗談じゃない。
そうは思えど、どう足掻いてもここから状況を打開できるとは思えなかった。
これまでの経験がマオにそれを悟らせた。
「……まぁ、いいでしょう。戻りましょうか。もちろん異論は許しませんよ?」
「……っ」
しかし、それでも諦めようとは思えなかった。
諦められるはずもなかった。
諦めればその先にあるのは間違いなく死でしかないのだ。
諦められるはずもない。
ついて行ってはいけない。
ついて行けば、もう外に出るチャンスは二度とない。そのままあの時間が訪れて殺されるだけ。
だから、ついて行ってはいけない。
「……あの、聖女様」
では、一か八か全力で窓をくぐって逃げてみるか。
背中から穴をあけられて終わりだろう。
せめて一瞬でも良いからこちらから目を逸らさせないと窓をくぐることすらできない。
ただ一つ、マオにとっていいニュースがあるとすれば、今まだマオが死んでいないこと。そのことから分かる聖女が心を読むに近い能力を持っている可能性はあっても指輪の能力のように心を読むことが出来るわけではないということ。
だから、マオは足掻く。
一瞬でもいいからこちらから目を逸らさせようと足掻く。
「なんですか?」
「実は、トイレに行きたくて」
「……嘘は良くないですね。戻りますよ。こちらに来なさい」
さすがに無理がある。
無理があるけど、諦めるつもりはない。
「その……あまりにもトイレが見つからないものですから、外で済ませてしまおうかと」
「……」
苦笑いを浮かべてマオは言う。
聖女の整った表情が微かに汚物を見る様な目に変わった。
「さすがに廊下で垂れ流すのはちょっと……臭いとかも、ね?」
「……」
もちろんマオは尿意など催していない。
自分をこの短時間で何度も殺した者を前に吐き気を催してこそいるものの少なくともトイレに行ったところで何も出るものはない。
狙いは窓。そして、トイレという聖女が入ってこない場所。
「お願いします」
「…………はぁ。仕方ありませんね。ですが、もし少しでも怪しい動きをすればその時点でこの話はなしです。本当は陛下への謁見が終わるまでは誰も部屋の外には出てはいけない決まりなんですから」
深いため息をついて聖女はそう言った。
「すみません。ありがとうございます。……えっと、どこにありますか?」
「ここをまっすぐ行って右に曲がってすぐです」
「ありがとうございます。すぐに済ませてきますね」
マオはできるかぎり自然な笑みを意識して表情を作る。
それから小走りで言われた場所へと向かう。
これで聖女が待ってくれていたらマオにとってこれ以上に都合の良いことはなかったが、そんなことはもちろんなく、マオの後ろをゆっくりとしかし距離を空けることなく聖女はついていく。
「……ふぅ」
トイレの中、マオは窓を開けた。
「……たぶん、出れないよな」
外に出る為ではない。
そんなことは当然聖女も警戒しているはず。
だから、ここから外に出るのはどう考えても自殺行為だ。
では、どうするか。
「……そろそろいいかな」
扉から再び廊下へ。
トイレ前で待っていると言っていた聖女は居なかった。
おそらく外で待ち伏せでもされているのだろう。
「今のうちに……っ」
マオは走った。
聖女の現在地はおおおそ掴めている。
マオが窓から出てくるかもしれないという可能性が聖女の足止めをしている。
この隙にできるだけ距離を取って別の窓から外へ。
それがマオの計画だった。
「……よし……っ。このまま敷地内からも……!」
「貴方、どうして私が聖女だと知っていたのですか? まだ、私は貴方方の前には姿を見せていないはずですが」
「……っ。――グァッ!?」
窓から外へ。そのまま敷地外へ。
走るマオの右腕に激痛が走る。
左斜め後ろ。城の中からかけられた声に絶望が走る。
右腕の感覚がなかった。痛みすらなかった。なぜか煙があがっていた。
「……っ。く、そっ……!」
すぐ側にあった角を左に曲がる。
もう後ろは振り向かない。
そんなことをしている間にもう一発貰って死ぬのが目に見えていた。
「わっ!? 何ッ!?」
「……っ」
ろくに確認せずに曲がった角。
そこに少女は居た。
「ちょっ、大丈夫!?」
かわせるはずもなく、しかし無意識下で少女をかわそうとした体が腕からの少なくない出血も手伝って大きくふらつく。
それを見て、酷く驚いたように少女はマオに近づいた。
「酷い怪我……一体何が……? 大丈夫? ……じゃないよね。すぐに治してあげるから」
「……っ」
逃げないと。こんなところで無駄な時間を使う余裕なんてない。
そんなことは重々承知していた。
しかし、体が動かない。
この世界で、何度も死んで初めて向けられた善意に体が動かない。
「……助け、て」
気づけばマオの目からは涙が頬を伝っていた。




