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氷妃は魔王に気があるようです

「…………寒い」


 朝、魔王はあまりの寒さに目を覚ました。

 すると周囲は一面凍りついていた。


「マジか……」


 魔王は泣きそうな顔でそう一言呟く。


「ついに俺に対する不満がこんな暴動を起こすまでに至ったってことか……?」


 魔王領には多くの魔族が住んでいる。

 むしろ魔王領には魔王を除けば住んでいるのは魔族だけだ。

 そんな魔族達の中には当然ながら人間である魔王が魔王領に住まい、挙句の果てに魔王となっていることを非難する者もいる。

 そんなこともある為魔王は今の部屋の惨状は自分に不満があるものの不満が爆発した結果だと考えているのだ。


 現在室内の温度は軽くマイナス100℃をも下回っている。

 魔王だからこそ寒いで済んでいるがこれが常人なら間違いなく氷漬けにされていることだろう。


 そんな訳で魔王涙目である。

 これまで彼なりに努力してきたつもりではあるものの住民たちの凍りついた心が解かされることは無くむしろ自分が氷漬けにされかけているのだ。

 いくら魔王が部下に迷惑かけまくりの色ボケ野郎でも傷つくときは傷つく。


「うぅ……いっそこのまま冷凍保存されてやろうか……」


 パキパキになったベッドに再び横たわりながら魔王は呻く。

 そして、ふと窓から外を見て気がついた。

 凍りついているのは自分の部屋だけではないのだと。


「……これもしかしてマズイ?」


 自分にはこの程度の気温大した問題にならない。

 四天王クラスにとってもそこまで大きな問題にならないだろう。

 だが、それ以下の者にとってはこの環境は些かまずいかもしれない。

 

 魔族は屈強だ。

 とはいえ当然限度がある。

 なかには変温動物のような存在も居る。


 そんな奴らがこの気温の中にいるとすれば……

 魔王から血の気がサッとひく。


「ちょっ、ヤバいじゃん! 溶かさないと!」


 慌てて凍りついた室内を解凍しだす魔王。

 それ自体はほんの一瞬で終わったがもちろんそれだけで終わりではない。

 他の部屋、しいてはこの魔王城全体を解凍しなければならないのだ。


 となるともはや外に出てやった方が早い。

 これをやらかした者の目星も魔王はついていた。

 

「つーか、こんなことができるのなんてあいつしかいないよな」


 なぜその人物がそんなことをしたのかまでは分からないがこの近くにいるならさっさとこの氷を溶かさせないといけない。

 魔王自身が溶いてもいいのだがそれだとやりすぎでどこかが燃えるなんてことにもなりかねないのでできることならこれをやった張本人に溶いて欲しいのだ。


「……あ、やっぱり居た」


「……魔王様……おはよ……」


 城の外に出てきょろきょろと周りを見渡した魔王は一人の少女の姿をその目に映す。

 魔王やユウキと同年代の真っ白な肌や髪が特徴的な少女。

 魔王軍四天王の一人、『氷妃』アイズ。


 彼女はその名の示す通り強力な氷魔法の使い手だ。

 氷魔法は水魔法を超えた先に存在する魔法なのだが、アイズの使う氷魔法はその他の使うそれとは比べ物にならないほど優れたものである。

 これは他の四天王にも言えることでそれぞれの異名が冠する属性の魔法に関しては全種族で彼らより先に存在する者はいない。


「アイズ、これ何とかしてよ。俺はともかく死んじゃう奴が出るかもだし」


「……ん……魔王様……綺麗……」


 アイズの姿を確認して安堵しつつも多少の焦りを見せたまま魔王は魔法を解くようにアイズに頼む。

 しかし、それに対してアイズはその整った顔をどこか不満げに歪め城を指さす。


「…………いや、まぁ綺麗だけどさ」


 魔王とアイズはそれなりに長い付き合いだ。

 魔王もいい加減アイズの言いたいことくらいは理解できるようになった。

 というよりは大体で予想できるようになった。


 魔王は予想した。

 つまりはこういう事なのだろうと。

 アイズは城を凍らせたら綺麗なのではないかと思い凍らせたのだと。


「とりあえず溶かして!」


「……綺麗……?」


「綺麗だから!」


「……よかった……」


 そんな問答の末、城にかけられた魔法は解除される。


「よし、それじゃあ俺は中の様子を――」


「……大丈夫……仮死状態だから……温めればいい……」


 それを確認して一目散に安否確認にするために城に入ろうとする魔王。

 それを遮りアイズは魔王の腕をとりそう言った。


 つまりはこういうことだ。

 凍死という概念すら飛び越えて彼女は寒さに耐えきれない者達を凍らせた。

 今、仮に中で動けない者がいたとしてもそれは仮死状態に過ぎず温めることで再びその者の時間は動き出す。

 言い換えれば彼女は時間すら凍結させたとも言えるだろう。


「……アイズ、前にも言ったけどこういう危ないことはもうやめような」


「……?……危なくないよ……それに……綺麗だったでしょ……?」

 

 いくらアイズが類稀なる氷魔法の使い手であるとはいえもし間違いがあれば簡単に命が失われかねない危険な行為。

 だから、魔王はアイズにしないように言うのだがアイズは本気で理解できないと言ったような風に首を傾げる。


 彼女にとって命とは他が考えるそれとは多少意味が異なるのだ。

 彼女は特性として死なない。

 どれだけの攻撃を受けても体が雪になって受け流してしまう。

 殺す方法がないわけではないがまず死なない。


 ゆえに命という物の価値感が他者とは分かり合えない域までずれてしまう。

 そう簡単に失われるものではない。それほど価値のあるものではない。

 それが彼女の命に対する価値観だ。

 それが分かっているだけに魔王もアイズに強くは言えない。


「アイズ……」


「……何……? ……魔王様……」


「えっとな……俺が死んだら嫌?」


「……そんなの……絶対嫌……」


「それはなんで?」


「……魔王様……好き……」


「…………」


「……どうしたの……?」


「……いや、そういう意味じゃないのは分かってるんだけど思いのほかクリティカルヒットした……」


「……?」


 命の尊さを教えようとする魔王だったが思わぬ凶弾に身悶える。

 魔王死ねばいいのに。


「……えっと、俺もアイズの事が大事だし他の奴の事も同じように大事だ」


「……うん……一番は私……?」


「いや、一番とかそういうのを決めるのがバカバカしくなるくらいに皆大事だ」


「……そっか……」


「……? どうかした?」


「……ううん……」


「……? まぁ、えっとな。つまりもし誰かが死んでしまったら俺にとってそれはアイズが死んでしまうのと同じくらい悲しいことなんだ。俺が死んだら悲しい?」

  

「……殺した奴……絶対殺す……」


「なんで殺されてるのが前提なのかは後で問い詰めるとして……つまりはそういう事なんだよ。アイズが俺に綺麗な景色を見せるために誰かが死んでしまったら俺は景色を楽しむどころか悲しくて苦しくなる。……だから、こういうやり方はもうしないで」


 魔王とて命の価値なんてものは絶対的には理解できていない。

 どうしようもなく死ぬべき存在もいると考えているし全ての命が平等なんて立派なことを言えるほどできた人間じゃない。

 それでも少なくとも自分の周囲の大切な存在の命がどれほど尊いものであるかくらいは理解できている。


「…………分かった……魔王様が言うなら……」


 そして、それは正しく届いたのかはともかく確かにアイズに届いた。

 それはひとえにアイズが魔王に向ける感情ゆえのものだろう。

 魔王マジで死ねばいいのに。

今月は毎日更新で行きます。

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