聖女は勇者を導くようです
その女は聖女と呼ばれている。
名前は誰も知らない。
その女はある瞬間からそこにいた。
誰もその女の過去を知らない。
しかし、誰もが知っていた。
その女が聖女と呼ばれるにふさわしい容姿と力を持つことは誰もが知っていた。
白く透き通る肌に一点の歪みもない白い髪。
すらりと伸びた長い手足に吸い込まれそうなほどに深い銀色の瞳。
誰が言うまでもなく女は美しく、そしてどこか人工物じみていた。
例えるなら精巧に人に寄せられて造られた人形のような。
そんな歪とも呼べる美しさを聖女は持っていた。
女が起こす”奇跡〟は、それを目にした者すべてに否応なく聖女が聖女と呼ばれる所以を理解させた。
どれだけ荒れた土地も聖女がただ一つ言葉を与えれば、それだけでかつてのように緑に生い茂り、生命を取り戻す。
どれだけ傷ついた体も、それが病気であれ怪我であれ、たとえ命を失っていたとしても、聖女の捧げる祈りはその全てを癒し救った。
そして、聖女が下す裁きはあらゆる存在に存在することを許さず、肉片の一片すら残さずかき消した。
あらゆる結果が、あらゆる事象が、あらゆる奇跡が、女を誰一人疑うことのない聖女にした。
「お久しぶりです。聖女様」
ユウキはそんな聖女に救われた一人。
魔族に滅ぼされた村の生き残り。
当事、勇者の才能を持ちながら闘うことを恐れ運命から逃げようと足掻いていた。
そして、ユウキは文字どおり全てを失った。
何も守れなかった愚かな勇者。
誰も直接口にだしはしないが、心のどこかで死んでまた新しい器に勇者の才能が移ることを望まれていた劣等種。
そんなユウキをただ一人、歴代の勇者と変わらないものとして接したのが聖女だった。
勇者のことを評価はしても、勇者であるユウキのことは誰も評価しなかった。
勇者であるユウキを評価したのは、認めたのは聖女だけだった。
魔族によって命を奪われようとしていたユウキの命を救い聖女はユウキに言ったのだ。
憎いならば立ちなさい、と。
このままで終わらせられないならば立ちなさい、と。
失う恐怖を知ったのならば立ちなさい、と。
ユウキは怖かった。
傷つけることも傷つけられることも怖かった。
同時に憎かった。
しかし、何より恐ろしいのは失うことだと理解した。理解させられた。
聖女は言った。
貴女には才能がある、と。
他の誰にもない勇者としての才能がある、と。
ならば、それで貴女が二度と失わないで済むように、貴女と同じように失う誰かが生まれないように立ちなさい、と。
そうして差し出された手をユウキはとった。
恐怖はあった。
憎しみもあった。
不安もあった。
しかし何より、もう二度と失うのも誰かに失わせるのもごめんだという想いが強かった。
だから、ユウキは差し出された聖女の手をとった。
その体には大きすぎる優しさと少しばかりの魔族への憎しみを持ってその手をとった。
「浮かない顔をしてどうかしたのですか?」
聖女がユウキに問いかける。
「……いえ、別に大したことはありません」
聖女の問いにユウキはほんの少し迷って何も答えないことを選んだ。
聖女はユウキにとっては恩人だ。
聖女が居なければきっとユウキは勇者としての力を発揮することはなかった。
それどころか村が滅んだ日に両親と共に魔族によって殺されていたかもしれない。
ユウキをここまで育てあげたのは聖女といって過言ではない。
それは勇者としてだけの話ではなく一人の人間の女の子としても同様だ。
だからこそ、ユウキにとって聖女は恩人であると共にもう一人の母親のような存在でもあった。
そんな聖女にユウキは何も言わないことを選んだ。
正しくは何も言うことができなかった。
言えるはずがなかった。
魔族は殺すべき敵で、それは魔王も同じ。
それに対して嘘を吐かれたことが許せないなどと、そんな馬鹿げたことが言えるはずもなかった。
「……ユウキ、よく聞きなさい」
「……はい」
ユウキは理解していた。
自分を勇者にした聖女は自分のことをよく理解していることを。
ごまかしは通用しないことを。
「もう一度聞くわ。私の目を見て答えなさい」
「……はい」
それでもユウキは知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりだった。
慕う人間にそれをする罪悪感は勿論あったが、それ以上に自分が魔王に対して「裏切られた」ように感じていることを隠したかった。
「何があったのか――包み隠さず答えなさい」
「……私は、魔王が……。…………っ!?」
だから、意図せず動いた唇にユウキは動揺を隠せなかった。