魔王は勇者の事を心配しているようです
「また、腕を上げたね」
「御託は良いからさっさと死になさいよ!」
ユウキの剣を全て紙一重で躱しながらいつものようにユウキの成長を喜ぶ魔王にいつものようにユウキは辛辣とも当たり前とも取れる言葉を吐き捨てる。
所謂、よくある光景という奴だった。
「ユウキのお願いだったらなんでも聞いてあげたいところだけどそれは聞いてあげられないなぁ。殺されたら死んじゃうし」
「気持ち悪い」
「ひっどいなぁ……」
目にも止まらない速さで突き出された剣をほとんど動きを見せず、表情すら一切変えずに躱す魔王にユウキはいつも通り苦虫を噛み潰したような顔で魔王の戯言に応える。
そんなユウキのあんまりと言えばあんまりな言葉に対して魔王はどこか嬉し気に苦笑いを浮かべながらそう言葉を返した。
こいつほんともうだめである。
「穿て!」
「……ほんと腕を上げたな。ちょっとありえないくらいに」
ユウキが左手を振り上げると同時に空中におよそ十の光の槍が現れ魔王に向かって射出される。
それを見て魔王は誰に言うわけでもなくポツリとそう呟いた。
ユウキが魔王の下を訪れたのは一週間ほど前の事。
その時にも似たような攻撃はされたがその時にユウキが一度に放つことができた槍は五本にも満たず、またその威力も強靭な肉体を持つ魔王にとっては避ける意味すら存在しないほどに脆弱なものだった。
それがものの一週間で数は倍以上となり、その威力も放たれている光を見ただけで一週間前のものとは比べ物にならないということが見て取れた。
ゆえに魔王は驚きそう呟いた。
ユウキが自分の事を殺すために並々ならぬ努力をしていることは魔王とて知っている。
しかし、それを差し引いても些かこの成長は異常と言えるものだった。
だから、魔王はユウキの成長に対する喜びと同じ、いや、それ以上に不安を感じた。
何かがあったのではないか、と。
「ともあれ、まずはこれの処理か」
何か精神的に追い詰められることがあったのかもしれない。
また、あのふざけた装飾品のような物がユウキの力を引き出しているのかもしれない。
できることなら魔王は今すぐユウキに問いただしたかった。
しかし、物事には順序がある。
魔王はそれをよくよく理解していた。
順番を間違えてしまえば取り返しのつかないことが起こりかねないということも。
だから、魔王はひとまずは視線をユウキから命をかすめ取ろうと向かってくる光の槍へとずらす。
「避けるのは……できないことはないけど床に傷がつくとセレンの奴が怒るんだよな。仕方ない。……消えろ」
見上げた先を覆い尽くすように展開する槍。
それでも魔王の身体能力をもってすれば掠ることすらなく躱すことは決して不可能なことではない。
しかし、それをすればどうなるかが分からないほどに考えなしな行動をとるほど魔王も間抜けではない。
とはいえさすがに威力が未知数である攻撃を一つも躱さずに全て受け止めるとなればいくら魔王が頑丈であるとはいえ何が起こるかは分からない。
そうなれば魔王が取る行動などほとんど限られていた。
手をかざし一言、心底どうでもよさそうに呟く魔王。
その次の瞬間、魔王の身を貫こうと降り注いでいた光の槍は一本残らず周囲からその存在を消した。
魔王は理解していた。
ユウキが自分に対して全力を出すことを求めていることを。
そして、同時にそれが不可能であるということも理解していた。
ユウキでは決して自分には追い付くことができないから。
ユウキに限らずこの世界に生きとし生けるすべての生命体は魔王に追い付くことなど天地がひっくり返っても不可能なことだから。
魔王は塵すら残さず消え去った槍のあった場所に目を向け、ほんの少しだけ自分の強さを後悔した。
「『神焔滅斬』!!」
「――ッ!?」
――そして、後悔したことを後悔した。
視界を覆うほどの槍はユウキにとって攻撃手段ではなかった。
視界を覆うということだけを目的とした、ただそれだけの攻撃だった。
たかが数が増えたくらいで、たかが威力が上がったくらいで、魔王相手に届くはずがないなんてことはユウキにとってはもはや当たり前のことでしかなかった。
ゆえに彼女は今彼女が使える最大威力最大範囲の光魔法をただの陽動に使った。
「……はぁ、ほんと嫌になる。俺も学習しないな」
それによって生じた魔王の視界からユウキが消えることのできる一瞬の間。
それが魔王に傷を負わせるに値する威力のスキルを届かせるに至った。
魔王は苦笑する。
人間であることを示すかのように腕から滴り落ちる赤い血に視線をやりながら苦笑する。
いつまで自分はユウキをここに来たばかりのアホ可愛い女の子のままだと思っているのだと。
「もう一発……!」
「やらせないよ」
魔王は認識を改めた。
目の前に居るのはただの可愛らしい人間の女の子ではない。
未だ未完成ながらも最強にして最凶の力を有する魔王に対しての人間が持つ数少ない、唯一と言ってもいいほどの戦力にして可能性にして希望。
――〝勇者〟なのだと。
追撃を狙うユウキ、勇者を前に魔王は後ろに跳ぶ。
魔王の目測で紙一重聖剣が届かないであろう距離めがけて。
――魔王は未だ甘かった。
「『神気焔滅斬』!!」
「~~ッ!?!?」
勇者の才能が持つ第五のスキル、『神気焔滅斬』。
その威力は第四スキルにして現状魔王の強靭な体に唯一効果的なダメージを与えることのできる『神焔滅斬』と同等。
しかし、その射程は剣の長さに依存するそれとは比較にもならず、直線状に位置する何かにその威力を炸裂させるまでは限りなく無限に等しい距離を進み続ける。
剣の届く距離をユウキの攻撃範囲と認識した魔王にそれを止める手立てなどあるはずもなかった。
「……まだ、ダメね」
「いやいや、ここまでやられた事なんてこれまで一回もなかったと思うけど?」
神焔滅斬を受けた左腕。
神気焔滅斬を受け止めた右腕。
そのどちらからも決して少ないとは言えない量の血液を垂れ流す魔王にユウキは苦虫を噛み潰すように表情を歪めポツリとこぼす。
そして、魔王は自身の強靭すぎる肉体にこれだけの傷を負わせておきながら柄にもなく喜びの表情一つ見せないユウキに対していつもと変わらずへらへらと、しかし内心ではありえない、あってはならないユウキの成長に焦りとも怒りとも取れるものを抱えながら言葉を返す。
何があったのか。
もしくは何をされたのか。
どちらかは今の魔王には判断がつかないが、それでも少なくともそのどちらかである以上魔王に見逃すという選択肢はなかった。
悪意の有無にかかわらず、ユウキは誰かが気安くどうこうしていい存在ではないのだから。
「ねぇ、ユウキ――」
「――ねぇ、魔王」
だから、口を開いて。
そして、ユウキの言葉に遮られて。
「あんたは私の昔の仲間のことで何か知ってることがあるんじゃない?」
そのまま続けられたユウキの言葉に全てを理解した。




