勇者に仲間は必要ないようです
その日、ユウキは人間の王の命令によって城へと訪れていた。
「……久しいな、勇者」
「はい、お久しぶりです。世界王様」
ユウキは装飾のし過ぎのようにも見える派手な玉座に腰掛ける王から少し離れた位置で片膝をつき頭を垂れながら王の言葉にそう返した。
その声に感情はない。
ユウキという人格はない。
そもそもユウキとしての人格も性格も感情も必要とされていない。
必要なのは『勇者』という肩書きとそれの存在だけ。
だから、ユウキは表面上は己を殺し王に傅く。
殺しきれなかった感情で「あぁ、この人は未だに自分を着飾って強く見せることしかできないのか」なんてことを思いながら。
「……今日はどういったご用件で私をここへ?」
知っていた。
目の前の人間の王がどうして自分を呼び出したかなんてことは。
魔王のことだろうと知っていた。
そもそも王がそれ以外の事で自分を呼び出すことなんてあるはずもないことをユウキは知っていた。
ユウキではなく勇者をこの場に呼んでいる王がそれ以外の事を話すわけもないことをユウキは知っていた。
知ってはいたが聞いてみた。
深い意味があったわけではない。
流れた沈黙が不快だっただけだ。
流れた沈黙に無駄を感じただけだ。
だから、ユウキは王に尋ねた。
言外に「早く要件を言って帰らせろ」という意味を込めて。
「うむ……勇者よ」
そんなユウキの心を知ってか知らずか、いや、そもそも知る気すらないのだからおそらく何一つ知らないままに王は言葉を吐いた。
意味などないのに重々しく、まるでこれから重大な事を発表するかのように。
「お前に新しい仲間を用意した」
そして、続けた。
「…………は?」
それはユウキの想定を超えた言葉でユウキは少しの間の後、そう一言何を言っているのか理解できないとでも言う風にそう言った。
ユウキの予想では、どうせ「まだ魔王は殺せないのか」「お前がちんたらしている間にも魔族による被害は増えている」「民たちに申し訳ないとは思わないのか」とでもいう風な無責任かつ責任転嫁の言葉をいつも通りに吐き捨てられるはずだったのだ。
だというのに王の口から紡がれた言葉は一体何だったか。
いつも通りの中身もないくせに口調だけそれっぽい王の口から紡がれた言葉は一体何だったか。
言葉の意味は理解できても心と経験がそれに追いつかない。
それがユウキの反応を鈍らせ殺したはずのユウキが勇者を殺して現れた。
「なんだ、不服か?」
「あ、いえ、その……」
仲間を用意した。
つまりはそういう事なのだろう。
言葉通りの、それ以外に何も意味を持たないそれなのだろう。
魔王を殺す為の仲間。
ユウキはようやく心でそれを理解した。
しかし、それでも納得はできなかった。
「随分と、急な話のように思えるのですが……?」
たしかに、ユウキ単体で魔王を殺すということはこれから先の未来はともかく現時点では天地がひっくり返っても成し得ないことだ。
それはユウキ本人もよく理解しているし、王も同じくそれを理解している。
だからこそ、戦力の増強という意味での共に戦う仲間の用意は客観的に常識的に考えてごくごく自然なことの運びだった。
しかし、それでもユウキには納得がいかなかったのだ。
ユウキにそうさせる原因はいくつかあるが、その最たるが世界王の自身に対しての接し方の違いだ。
これまで世界王はお世辞にもユウキに対して、勇者に対してあるべき対応をしてきたとは言えない。
魔族によってもたらされた被害は全て勇者であるユウキが無能なせい。
人間が全種族の長になれないのもユウキのせい。
なんなら王にとって都合の悪いことは全てユウキが弱いせい。
そんな感じで全ての責任という責任をユウキに押し付け早く結果を出すようにと無茶な要求を繰り返していた。
そんな王がユウキが求めたわけでもない、そもそも仮に求めていたとしてもあれこれ難癖をつけて結局何もしないことになるのが普通であったというのに積極的な動きを見せたのだ。
これに対して何の疑りも見せるなという方が不可能な話だ。
今まで自分に攻撃的だった人間が急に自分に優しく接してくれば誰であっても何か企んでいるのでは?と考えてしまうのも無理はない。
ましてや相手は自身の保身に関してはドン引きするほどに頭の回る人間の王。
ユウキが警戒しないわけもなかった。
「以前から考えてはいたことだ。勇者一人に全てを任せてしまっていることは悪いと思っていた」
「……お気遣い、ありがとうございます」
ぺらぺらと心にもないであろう言葉を紡ぐ人間の王にユウキは内心吐きそうなのをこらえ心にもない感謝の言葉を返す。
ユウキは確信した。
王が何かを企んでいることを。
ただ、その何かの中身まではユウキには分からない。
分かるはずもない。
王が何かを企んでいたとしてもそれと自信が結びつくことなどユウキにとっては何一つありはしないのだ。
仮に一つの可能性として仲間をやる代わりに何かを寄越せと王が要求したとする。
しかし、こんなことはあるはずがないのだ。
紛いなりにも王は王であり、人間を束ねる存在なのだ。
その王が欲しいと望む物なら手に入らないことなどまずありはしない。
つまるところわざわざユウキに交換条件を出すような真似をする必要もないのだ。
ただ一言「寄越せ」と言えばそれで済む。
王がユウキに求めることなど、勇者に求めることなどそれこそ魔王を殺すことくらいのものでそれ以外に王が勇者に求めるものなどユウキには考え付かず、同時にあるはずもなかった。
では、一体何がしたいのか。
自分に良くしたところで王が得られるものなど何一つありはせず、しかし、だからと言ってただの善意で王が自身に仲間を与えるわけなどあるはずがないという相反するユウキの中での結論が彼女を混乱させる。
「今思えば、最初に与えた仲間はお前にとっては些か頼りないものだったのかもしれない。そうでなければきっと今頃は魔族などこの世には居なくなっていただろう」
結論は出たが答えは出ない。
そんな状態のユウキだったが、王は特にそれを気にした様子なくそう言った。
「……お言葉ですが、彼らは私などにはもったいないくらいに優秀な人材でした。当時、魔王を討伐することができなかった一番の要因は間違いなく私にあります。彼らを悪く言うのはおやめください」
王の言葉にどんな意図があったのかユウキには分からない。
しかし、それでも彼女は無意識に反射的に攻撃的に、気付けば王に対してそんな言葉を吐き捨てていた。
まずいことを言った、とは微塵も感じなかった。
否。正しくは王がどう思おうがどうでもよかった。
結果だけを見て自身の過去の仲間を汚されたことの方がユウキにとってはよほど重要なことで看過できない事だった。
「私のような弱い勇者に魔王という巨悪を任せることに不安を憶えられていることは分かっています。そんな私のために戦力を用意してくださった世界王様の慈悲にも感謝しております。しかし……彼らがどれだけ優秀だったかも把握できないままに集められた者では足手まといにしかなり得ません。失礼します」
笑顔でユウキはそう言い残して許可を取ることもせずに城を後にした。
 




