雷将はまじめで負けず嫌いなようです
「魔王様」
「…………」
「魔王様、朝です」
「…………」
「魔王様、起きてください」
「…………」
「魔王様…………はぁ」
魔王軍参謀、『謀虐』のセレン。
才色兼備な彼女の一日はだらしない魔王を起こすところから始まる。
ゆえに彼女は良く知っている。
声を掛けて起きない魔王は本当に滅多なことでは起きないということを。
ならばどうするか。
「起きなさい」
手慣れた様子でベッドで横たわる魔王に手をかざすと広げられた手から目も眩むような雷が放たれ魔王に直撃する。
人間に当たれば一瞬でその姿を消し炭に変えるであろう威力を持った雷。
「……なんかビリビリする……」
「おはようございます。魔王様」
魔王に掛かればこんなものである。
「おはよ、セレン。……なんでベッド焦げてんの?」
「魔王様の寝相が悪いせいかと」
未だに眠そうにとろんとした瞳でセレンを見やると魔王は挨拶ついでにそう尋ねる。
よくあることなのでセレンもそれに対して全く淀みなくそう返す。
「……俺ってそんなに寝相悪かったかなぁ?」
「……魔王様。昨日のうちに終わらせる予定だった案件が残っています。ここは私が片付けておきますのでそちらへ」
「……そういや残ってたっけ。ごめんよ面倒かけて」
「はい、もっと感謝してください」
「そこは嘘でも「気にしないで」って言って欲しかったかな……」
魔王は基本的に朝に弱い。
というよりは午前中に弱い。
自分が何を言ってるか半分くらいは理解していないし何をされてもぼーっとしている。
酷い時にはそれこそ書類に塩コショウかけてそのまま気づかず食べるくらいに寝ぼけている。
だがしかし、時にはそんな魔王でも朝から調子のいい日がある。
たまたまこの日はそんな日だった。
そして、それはセレンにとっては大変都合の悪いことであった。
「……あの、セレン」
「何ですか? 魔王様」
「俺着替えるから……」
「えぇ、どうぞ」
「いや、あの……出て行って欲しいんだけど……?」
「何をいまさら。魔王様の体なんて私はほとんど毎日のように見ていますから何も感じませんよ」
「俺が恥ずかしいんだってば!」
魔王が一丁前に恥ずかしがるのだ。
魔王の分際で。
「いつもは私が目の前に居るのもお構いなしで下着姿になるのに何を言っているんですか? 魔王様が恥じらいを持つなんてそれはもはや魔王様ではありませんよ。しっかりしてください」
「え、ごめ…………どう考えても理不尽なこと言われてる気がするんだけど……?」
「ほら、早く脱いでください。やることは山積みなんですよ?」
「あ、ちょっ、待っ!」
魔王はその日明日からは朝誰かが来る前に起きようと心に決めた。
ちなみに一月前も全く同じことを考えて翌日から早速果たされなかった。
★★★★★
「うぅ、全然進まない……」
魔王は呻いていた。
原因は言うまでもなく仕事が全くと言っていいほどに進まないことにある。
「つーか、こんなの俺一人でできるわけないじゃん!」
魔王は憤慨していた。
日頃から仕事サボりまくってそのつけが回ってきただけなのだがそれに魔王が気付くことは無い。
「あーもう知らん! 明日から本気出す!」
「魔王様」
「ってのはもちろん冗談でお仕事頑張っちゃうぜッ!!」
開始から三十分、仕事を放り出してどこかに遊びに行こうと立ち上がる魔王。
しかし、かけられた声に速攻で椅子に座り山のように積まれた資料に目を通し始めた。
凄まじい変わり身の早さだ。
何なら魔王の数少ない長所まである。
「さすが魔王様です。僭越ながら私も手をお貸しします」
「……なんだバロンか。セレンが俺の事見張りに来たのかと思った」
魔王にかけられた声の主。
魔王軍四天王、『雷将』バロン。
その身に雷を超えた蒼雷を纏い闘うその姿を目で追える者は世界中を探しても数えるほどしかいない。
自他ともに認める魔族最速の男である。
「なんか久しぶりに会う気がするな」
「このところ隠れて村を襲う人間や他の種族が多かったものですから」
「はぁ……そういう面倒なことをする奴を減らすために魔王城直通の道を作ったってのに……」
「滅ぼされるべきは我々魔族。ゆえにその魔族から何かを搾取することは彼らの中では正当化されるのでしょう」
「……そっちの対策も考えないとな」
魔王は深くため息をつく。
魔王は魔王になった翌日、魔族領を囲うように展開する『迷いの森』を人間領のある向きに一直線に吹き飛ばし、そこから魔王城までの一本道を作成した。
目的はただ一つ。
誰も殺させないため。
これまで魔族領に攻め込まれた際に被害を被っていたのは魔王城までの道のりに住まう魔族達だった。
それを避けるためだけに魔王は一本道を作った。
そして、全種族に対して宣言した。
俺を殺したいならいつでも相手してやるからかかってこい、と。
その結果、魔王城には種族混合の一万にも及ぶ軍が攻め込んだ。
そして、それは全種族に魔王相手に数が如何に無力かを思い知らせた。
「魔王様、今はそれより目の前の仕事を」
「ん、あぁ……そうだった……」
「手伝います」
「ありがと」
山済みの書類の一部をバロンに渡すと魔王は書類に目を通し始める。
「……うーん……これは……」
「……どうかしましたか?」
二人で書類を捌き始めてから一時間。
なんだかんだで黙々と作業を続けていた魔王だったがある書類にその手が止まる。
「ユヌの村の近くの森でモンスターが増えてるらしい。変なことになる前に減らしておこうか」
「分かりました。では、私が」
「いや、俺が行くよ。その方が早い」
「…………魔王様。お待ちを」
立ち上がる魔王。
しかし、それを遮るようにバロンが立ち上がる。
「……私の方がたぶん早いです」
「いや、でも俺なら」
「魔王様よりも私の方が速いです」
「…………へぇ?」
魔族最速。
自他ともに認めるそれはバロンにとっては絶対のものである。
ゆえにたとえそれが主であろうともそれを揺るがす者をバロンは認めない。
そして、魔王は魔王で負けず嫌いだ。
事実はともかく部下にお前より優れていると言われ黙っていられない。
「じゃあ……どっちが先にこの問題を片付けられるか勝負するか?」
その結果こうなった。
ちなみに本来なら魔王は当然、四天王が出向くような案件ではない。
「ええ、構いませんよ。やりましょう」
「外出たらスタートな」
「はい」
しかし、すっかりその気になっている二人にそんなことは関係ない。
ずっと同じ部屋で書類を相手にしていたこともあり意気揚々と扉に向かう。
「どこに行くんですか?」
「…………いや、ちょっとこの国の平和を守ってこようかと」
「随分と楽しそうに話していたではないですか。魔王と四天王ともあろう方が」
「いや、それは」
「速やかに部屋に戻れ。雑務は他に任せろ」
「「………………はい」」
満面の笑みのセレンを前に魔王軍有数の実力者たる二人はすっかり聞きわけが良くなって仕事へと戻って行った。