全ては支配者の掌の上のようです
三週間。
その間何かが目に見えて動くことはなかった。
魔王は書類処理に。
支配者は自身の欲望を最高の形で達成するための準備に。
勇者はただ実直に鍛練に。
各々がさほどこれまでと変わることなく、しかしたしかに三週間という時間を過ごしていた。
一つ、いつもと違うことがあるとするのならば、それは鍛錬に励むユウキの気が『多少』いつもと比べると立っていることだ。
「何が……! そんな……! つもりじゃ……! よ!!」
前言撤回。
多少、ではない。
とても、だ。
「ふっざけんな! いっつもバカにして!!」
怒りを伴った声と共に聖剣が振るわれる。
ただそれだけの事で周囲に立ち並んでいた木々が伐採された。
「……いや、今のは狙い通りだから」
斜めに線の入った大木が一瞬遅れてズズッと音をたて断裂を生じさせる。
それが重たい音を立て倒れていくのを眺めながらユウキは誰に向けて言うわけでもなくまるで自分に言い聞かせるかのようにそうこぼした。
頬を軽くひくつかせ乾いた笑みを浮かべながら。
しかし、その笑みすら一拍遅れてまるでドミノのように木々が倒れていくのを見て引っ込んだ。
「……全部あいつのせい!!」
そして、叫んだ。
その瞳に半透明の雫を浮かべながら。
倒す予定のない木々が倒れたのも。
自然破壊じみたことをしてしまったのも。
いつものように鍛錬に身が入らないのも。
魔王を討伐しに行く気にならないのも。
全ては魔王のせいだ。
いつもいつもバカにして。
笑って。
からかって。
褒めて。
誰も認めない。
魔王を殺せない勇者なんて誰も認めない。
力を持っていたのに臆病風に吹かれた勇者なんて誰も認めない。
だから努力して努力して努力して。
魔王を殺すことだけを考えて。
魔族を根絶やしにすることだけを考えて。
そうしてユウキは生きてきた。
結果が伴わねば誰もユウキを認めはしない。
王曰く、魔族によってもたらされた被害は全てお前の責任だ、と。
民曰く、魔王を倒すどころか魔族から故郷を守ることすらできなかった無能な勇者だ、と。
教皇曰く、弱い勇者は偽物だ、と。
聖女曰く、弱い勇者に意味はない、と。
――魔王曰く、この前よりも強くなったね、と。
魔王だけはユウキの努力を見ていた。
血のにじむような努力を。
命を削るような鍛錬のあとを。
「全部……全部、嘘だった!」
分かっていた。
分かっているつもりだった。
魔王は敵だ。
魔族は敵だ。
村の、両親の仇だ。
自分の生涯を費やしてでも殺さなければいけない存在で殺してやりたくて根絶やしにしてやりたくて仕方のない存在だ。
そんな奴が本心で言ってるわけがないことなんて分かっているつもりだった。
全ては手も足も出ない自分を見て楽しんでいるのだと。
「分かってた。分かってた、けど……!」
魔王はまるで実力を出していなかった。
分かっていたつもりで何も分かっていなかった。
本当に、本当に魔王はただ自分をバカにして嗤っていただけだったのだ。
「嘘つき……」
それをもっと早くに気付くことができるはずだったのに理解できていなかった自分に腹が立つ。
理解できているつもりで何も理解できていなかった自分に腹が立つ。
――なにより、ほんの少しでも魔王の言葉に期待していたのだと気付いてしまった自分に腹が立つ。
憎くて憎くて殺してやりたくて仕方のないはずの相手に言われた言葉に何を期待しているのだ。
「……そういえば、あのお守り……忘れてきたんだ」
ふと、王から貰った淡い青色のそれを思い出す。
王が言うには魔王とろくに闘うことのできない自分の能力を向上させるためのものだとか。
それを使ってなお魔王には到底及ばないのだ。
笑い話にもなりはしない。
「……取りに行って、文句言って……ついでに殺してやる」
聖剣を鞘に納めユウキは荒れ果てたその場を後にした。
★★★★★
「……一つ聞いていいか?」
「なに?」
ドラゴンの背のうえで尋ねた男にジンはそっけなくそう返す。
男はかつて虐げられた貧民の為に立ち上がり『守護者』の才能の力を使っていた。
守護者の才能の力。
それは自身とその周囲の存在が受けるダメージを激減させるといったごく単純なもの。
だが、単純だからこそ『守る』という一点においてそれほどまでに驚異的な才能は他になかった。
どれだけ強力な攻撃を受けても傷一つつかない彼と彼の仲間たちは不死者と呼ばれ貧民を虐げ財を貪り尽くしていた者達を恐怖におののかせた。
そして、やがてとある小国の辺境で生まれた不死者の軍団の噂は国の中心部にまで伝わることとなった。
たとえ男にその気がないのだとしても彼のやっていることはまごうことなき国への反逆だ。
ゆえに国の上層部はすぐに手を打ち男を殺すことをその国の王に進言した。
しかし、王はそうはしなかった。
それどころか男を破格の待遇で迎え入れた。
共に国を正していこうと。
それから時は流れ、国という概念が消え去った世界で彼は一人の転移者と出会った。
彼にとっての地獄の始まりだ。
「……お前の力を使えば本来は『勇者』の子を支配下に置くのにこんな面倒な手順を踏む必要はないはずだ。……なぜこんなことをする?」
「おいおい、お前それ本気で言ってんのか? 俺達そこそこ長い付き合いだよな? なのにそんなことも分かんないわけ?」
「…………」
たしかにジンと男は数年来の付き合いがあった。
しかし、だからと言って男がジンの考えを理解できることはない。
したくもない。
それでも男はジンの表情から察してしまった。
ジンはまたろくでもないことを考えているのだと。
「たしかに俺の駒共を使えばいくら『勇者』の才能があったところで屈服させられるだろうな。けど……それじゃあ面白くないだろ? 俺は俺の力だけであのマジメくさった目を潰してやりたいんだよ。想像してみろよ。魔王を倒すことしか頭にないような奴がその信念全部潰されて俺の事しか考えられなくなるんだぜ? 面白いだろ?」
「…………クズが」
「そのクズに良いように使われる気分はどうだ? ……次舐めた口きいたらお前使ってそこら辺の市民共殺すから」
「……」
淡々と、軽い冗談でも言うように軽薄な笑みを浮かべ険しい顔つきでジンを睨みつける男にジンは忠告をする。
それが冗談でもなんでもないことは脳天に穴をあけ死んでいる『預言者』の才能を持った少女の遺体が物語っている。
少女は一定の条件下において未来を見る能力を有していた。
そして、彼女はジンに対して進言をしたのだ。
今すぐ引き返すべきだと。
あれは人間がどうこうできる存在ではないと。
それはもはや進言などという言葉済ますことはできない、警告のようなものだった。
その結果がジンの怒りをかったことによる『死』だ。
彼女は彼女なりに心配して進言したのだろう。
しかしその結果が死だ。
……無理だ。
ありえない。
だがもしも。
もし魔王という存在が本当に彼女が言ったように人間がどうこうできる域を超えた化け物だというのなら。
「あぁ、楽しみだなぁ。信念、尊厳、誇り、思想、思慮、嗜好、感情、全部ぶち壊してどん底まで堕として俺の事以外考えられなくしてやりたいなぁ……!」
――どうか、この悪魔を殺してくれ……!
「へぇ? その話詳しく聞かせて貰える?」




