支配者は餌をまいていたようです
「……これは?」
「それを勇者に渡してほしいんですよ。さすがに見ず知らずの男からの贈り物を身に着けたりはしないっしょ?」
人間の王はその手の中のものから目の前の尊大な態度の少年に視線を移す。
「……何を企んでいる?」
「……は? なんで俺がそんなことお前に言わなきゃなんないの? 黙って俺の言うこと聞けよ。……いっそ面倒だから支配下に置くか?」
腹を探るように相手を見やる王に少年は、『支配者』の才能を持った少年、ジンはそう答える。
王とは人間の頂点に立つ存在である。
本来ならば転移者であろうがこんな不遜な態度が許されるわけもない。
しかし、ジンという少年には、全てを支配し得る可能性を持った少年にはそれが出来てしまう。
誰もジンを止めることはできない。
気づいた時にはすでにジンはその手に多くの力を収めていた。
ジンの暗殺の命を受けた精鋭の兵士はそれから二日後にジンの支配下に置かれ王の命を狙った。
ジンの抹殺の為だけに送り込んだ三千の兵はジンの支配下にある『転移者』の集団に一方的に蹂躙され尽くした。
ジンの駆逐の為だけに集められた他種族を交えた五千にも及ぶ兵はその多くが蹂躙され凌辱され尽くし、幸か不幸か生かされた少数は今なおその支配下に置かれている。
そうしてジンという少年はこの世界において確固たる地位を築き上げた。
誰も脅かすことができない転移者という地位を。
もしもジンが望むなら彼は人間の王になることもできるだろう。
それどころか数多ある種族をその手に収め魔族を除いた全ての種族の王になることすらできるだろう。
それだけ恐ろしい才能なのだ、支配者の才能というものは。
しかし、ジンはそんなものを望まない。
ジンはただ支配したいだけなのだ。
外交や統治なんて面倒なものは彼の望む物ではない。
そもそもが王などという目立つ地位に居たいとすら思わない。
裏から手を回し、表向きの最高権力者ですら頭を垂れる。
そんな裏の支配者にジンはなりたいと思い現在進行形でそうなっているのだ。
話だけ聞けば何とも子供じみたバカな話だ。
中二病も大概にしろといったものである。
だが、それを可能にしてしまえるだけの力があればそれはバカな話ではすまされないのだ。
ゆえにジンは人間の世界に君臨する。
誰も知らない本物の王として。
本物の王によって下された命令を偽物の傀儡の王が断れる道理などあるはずもない。
これは茶番だ。
決まりきった未来へと到達するための必要すらない話し合い。
それでも王は、傀儡の王は心まで本物の王に支配されてはいないから。
だからこそ無意味とすらとれる問いを投げかける。
本意を知るために。
勇者は切り札なのだ。
魔王を殺すことだけではない。
ジンという悪魔を殺すための切り札でもあるのだ。
神に愛され信託を受けた聖女は言った。
魔王は真の勇者にしか殺せないと。
ユウキは真の勇者に至る可能性のある存在なのだと。
魔王という化け物の域を超えた化け物。
それを殺せるまでに至った勇者ならばきっと今、王の前で下賤な笑みを浮かべる悪魔をも殺してくれる。
気付いた時には全てを奪われかけていた愚かな王は未だに他力本願にもそんなことを考える。
神を信じ神の教えに従って異界から戦士を呼び続けた結果脅かされているというのに男は未だに神を疑うことなくそう考える。
なればこそ、傀儡の王は未だ未完成な勇者を何としてもジンの毒牙から守らねばならないのだ。
そうでなければこの世界に、何より自分に未来はない。
死ぬまでこの先一生悪魔に仕えることになるのだから。
「……私は人間を統べる王だ。勇者はこれから先魔王を倒す戦力としてなくてはならない存在。それをお主に潰されては敵わない」
傀儡の王は口を開く。
あくまで世界の為なのだと。
「俺が聞いた噂だと全く相手になってないらしいけど? まぁたしかにやる気だけはありそうな顔してたけどな」
「それでも……! あの勇者だけが人間にとっての希望だ。それをお主に渡すわけには」
「つまりあれか。俺が魔王を殺せば何の問題もないってことだな?」
「――ッ!? ……それは」
「なんだ? まさか俺じゃ勝てないなんて馬鹿げたことは言わないよな?」
「……いや。だが伝承によると」
「伝承? そんなものに何の意味がある。良いからとっとと答えろ。俺が魔王は殺す。問題は?」
ジンに世界の為になんて高尚な心がけはない。
ただ思ったのだ。
それだけ恐れられている魔王。
それを『支配』するのもまた一興だと。
あくまで魔王はついでにすぎない。
本命は勇者であるユウキ。
彼女の信念に満ちた目をジンのことしか考えられない惚けた目に変えその体を凌辱してやりたい。
それが当初から変わらないジンの目的。
本当にただの気まぐれな思い付きに過ぎないのだ。
勇者と魔王、その両方を支配下に置くのは楽しそうだという一種のコレクター精神のようなもの。
そんな端から見れば下らないとしか言いようがないほどに歪んだ欲望のためにジンは動く。
「………………分かった。魔王を殺してくれるのなら良いだろう」
傀儡の王がそんな下らないジンの考えなど知るはずもない。
しかしそれでも王は思慮深く考えるような様子を見せたのちそう答えた。
これでも傀儡の王は考えたのだ。
どうすれば自分にとって最もよい結果を得られるかを。
そして、気づいたのだ。
魔王と目の前の悪魔をぶつければ少なくともどちらか片方は目障りな存在が消えてくれるではないか、と。
どのみち最終的には自分に拒否権はない。
ならば今認めてしまうのが一番良い結果に繋がる。
魔王か悪魔。
残った方を総力を集結して叩くのもありだ。
できることなら共倒れして旨い汁だけを労せず啜りたい。
そんなどこまでいこうとも他力本願で醜いことを考えながら傀儡の王はジンの要求を呑む。
「殺してください、だろ?」
無論、ジンとて自身が狙われる可能性くらいは考慮している。
しかしそもそもジンは自分が魔王相手に苦戦するなんて微塵も思ってやいない。
これまで相手がどんな強者であろうと支配下に置いてきた。
そんなジンが今更たかが全種族の敵の長風情に臆するはずもない。
――ユウキの手に淡い青色を放つ装飾品が届けられたのはそれから数日後のことだった。