魔王は勇者が好きすぎるようです
連載開始なので今日は三話ほど投稿する予定です。
「くっ……殺せ!」
煌びやかに装飾された地面に伏し、それでもその整った美しい顔だけは上げその視線の先に居る敵を睨みつけながら『勇者』はそう言い放つ。
なぜ、彼女がこのようなこのような状況に陥ったのか。
それを説明するには今世界で起きていることについての説明が不可欠だ。
魔族とそれ以外の種族。
この世界に生息する生物はモンスターを除くと大きく分けてこの二種類で現在進行形で争っている。
魔族とは魔族だ。
そしてそれ以外とは人間や獣人、エルフなどの魔族以外の全種族だ。
お分かり頂けただろうか?
魔族は完全に世界を敵に回している。
数を比で表してみるとだいたい1:9といったところだ。
ではなぜそんなことになったか?
他の種族にはない独特の角と羽。
それは別に大した問題ではない。
魔族は強すぎたのだ。
他の種族と比べるのがバカバカしくなるくらい膨大な魔力。
そして、非常に高い魔法への適性。
しかもどの個体も1000年は生きる。
もし、そんな種族が自分達に牙を剥いたら……
そう考えると他の種族としては潰さずにはいられなかったのだろう。
魔族は温厚な種族だ。
しかし、それを正しく理解している者はほとんどいない。
そして、現在魔族と他種族は殺しあっている。
魔族から手を出したことは一度もない。
けれどもなぜか魔族に壊滅させられたと言われている町や村は数えきれないほどある。
そのせいで魔族の印象はこれ以上落ちようがないほどに悪い。
死んで当然の生物の敵。
それが魔族。
そんな魔族を滅ぼすことに人間はもっとも率先して行動を起こしている。
異世界からの戦士の召喚。
数百年に一度生まれる勇者の『才能』を持った者による抹殺。
ほとんどやっているのは人間だがこれらが狙うのはただ一人。
他種を凌ぐ圧倒的な力を持つ魔族を率いる王、『魔王』である。
そして、その魔王は……
「……いやほんともうマジで無理……ユウキ尊い」
勇者にぞっこんであった。
「……言ってる場合ですか魔王様。そんなこと言ってる暇があるならさっさとこの書類に印鑑押してくださいよ」
「ばっか、こんなくだらない書類よりユウキ見てる方が何倍も有意義な時間を過ごせるだろ?」
「……また、セレンに怒られますよ?」
「むっ……それはちょっと……いや、かなり困るな。あいつ怖いんだよ……」
「でしょ? だからとりあえずはこの書類の束を片付けちゃいましょう」
「……だな」
「ちょっと!! あんたらふざけんなッ!! なに人を見せ物みたいにしてんのよ! 闘いなさいよ!」
叫ぶ勇者の声は黙々と目の前の書類の束に印鑑を押していく魔王とその部下であり魔王軍四天王の一人、『炎王』バクには全くと言っていいほど届かない。
「あ、ユウキ。待ってる間そこのテーブルにあるおかし食べてて良いからね!」
「そこのコーヒーも飲んでいいぞ」
挙句の果てにもてなされる始末である。
「あんた達ねぇ……!!」
「ほい、この資料頼むわバク」
「了解です。あ、これどうしますか魔王様?」
「ん? あー、魔国祭の……。とりあえずそれは後に回そう。バカみたいに時間がかかるのが目に見えてるし急にドタキャンが入ったりするし」
「了解っす」
言いたいことだけ言うとまた自分たちの世界に入り込む魔王とバク。
一度状況を整理すると現在彼らが居るのは魔王城謁見の間。
ユウキは魔王を殺すために魔王城を訪れた。
しかし、魔王どころかその配下のバクにすらコテンパンにされた。
そして今、この状態である。
人間は弱い。
他種族と比べるとあらゆる点で見劣りする。
他種族より優れたものと言えばせいぜい繁殖力程度の物だ。
だが、そんな人間の中には他種族を圧倒する力を持つ選ばれし存在というものが存在する。
人間はその他種族を圧倒する力のことを『才能』と呼んだ。
才能の種類は多岐にわたり、その強さも千差万別である。
火を操る才能の持ち主がいれば氷を操る才能の持ち主もいる。
そして、その才能は使えば使うほど研鑽され新たな『スキル』と呼ばれる力を解放する。
才能を持って生まれた人間は生まれながらにして英雄であり希望である。
しかし、才能はその言葉の示す通り持って生まれる以外に手に入れる方法がない。
そして、才能を所持して生まれる人間は全人口の約1%。
それが人間が異世界から戦士を召喚する理由だ。
異世界人は絶対に才能を所持している。
人間が求めるのはただの才能ではない。
数多ある才能の中でも最強と言われる『勇者』の才能。
魔族の長である魔王を唯一屠ることができると言われている才能。
それが勇者の才能。
世界に絶対にたった一人しか存在しない才能。
召還を繰り返すことでこれまでは勇者の才能を持つ者を見つけてきた。
けれども今回はそれをするまでもなく一人の少女が勇者の才能を持って生まれた。
そして、それを持って生まれた瞬間ユウキという少女の人生はそれを成す為だけのものになった。
全ては虐殺の限りを尽くし人々の自由と命を脅かす憎き魔族の長を滅ぼすため。
そうでなければ彼女の人生に意味などなかった。
「ふざ……けんな……!」
ゆえに怒る。
自分の事など眼中にもないとでも言いたげに目の前の書類に視線を向ける魔王に。
あまつさえ敵である自分の事を好きだなどと言い出す色ボケ魔王に。
「『神焔斬』!!」
勇者の才能が持つ十のスキルの一つ、神焔斬。
触れた物を一瞬で焦がす光を纏った飛ぶ斬撃。
「……っと」
眩い光を帯びて飛来するそれを魔王はねじ伏せた。
何か特別な魔法を使ったわけでも特別な技術を用いたわけでもない。
ただ、力任せにねじ伏せたのだ。
「もうちょい待ってて。すぐ終わらせるから」
「…………ッ」
そして、何事もなかったかのように笑みを向ける。
お前は敵にすらなれない。
向けられた笑みにユウキはそう言われたような気がした。
「強すぎでしょ……」
崩れ落ちるように椅子に腰を下ろすユウキ。
その顔は伏せられ肩は小刻みに震えている。
「……お、おいバク! 俺なんか間違えた? なんか心なしかユウキが落ち込んでるように見えるんだけど!?」
「いや……魔王様。もうちょっと自分の力考えてくださいよ。さっきの今の勇者が使える最大威力のスキルですよ? それを力任せにねじ伏せるとか……まともな神経の持ち主なら戦意喪失しますよ」
呆れたように魔王に対してバクは言葉を返す。
「…………ってことはもうちょっとやられた感じにした方が良いのか?」
「いや、魔王様ほんと凄いっすわ。それを張本人に聞こえる様な声量で言っちゃうとかほんと尊敬します」
視線を感じ魔王が振り向くとユウキが魔王を見ていた。
魔王に向けられる視線はまさに修羅のそれだった。
「…………バク」
「何ですか?」
「ユウキって怒ってても可愛いよな」
「もういっそ殺されちまえ」
「酷くない?」
信頼する部下の辛辣な発言に魔王死にかけである。
案外楽に殺せそうなものだ。
「ふむ、しかし……あっ」
じっと自分の手を見ていた魔王は何かに気付いたようで声をあげる。
「ユ、ユウキッ!!」
そして、一目散にユウキの下へと駆ける。
「な、何よ。バカ魔王」
「ほらっ! これ見て!」
魔王の勢いに狼狽えるユウキをよそに魔王はユウキの攻撃を受けた方の手を見せる。
そこには微かにやけどとみられる跡があった。
「ユウキの攻撃は俺に通用するんだよ! だから頑張って!」
「…………」
「ユウキ?」
「…………か」
「ん?」
「あんたなんか大っ嫌いだッ!!」
平手打ちと共にユウキはそう言うと怒りからか潤んだ瞳でキッと魔王をにらみつけ走ってその場を立ち去って行った。
「…………バク……」
「何ですか?」
「……泣いてるユウキも可愛すぎない?」
「あんた色々最低だな……」
十守真央。
歴代の魔王の中でも随一の強さを持つ人間の魔王の名である。