異変
パンッパンッとハクアとアリスがギルドへと入ったと同時にクラッカーの音が鳴った。扉を中心に半円状に並んだ獣人たちが笑顔でハクアたちを出迎えた。ハクアが突然のことにポカンとしていると、ゲイルが一歩前に出てきた。
「なにがなんだかって顔してるな。今日はハクアの歓迎会だ!ハクアとアリスが仕事に行ってる間にみんなで準備したんだぜ。まあ、5人ほど長めの仕事に行っちまってるが、そいつらの紹介は帰ってきたときにでもしてやるさ。」
「いつもね、新しい人が来たら私が最初の仕事に連れていって、ゲイルがギルドの皆と歓迎会の準備をしてるのよ。」
と、ゲイルとアリスはハクアにつづけて説明した。
「さあ、こんなところで話していてもしょうがない。ハクア、こっちだ」
ゲイルがハクアを案内したのは、掲示板の前、そこにはハクアが依頼に行くときにはなかった、3人ほどが乗れる台が置いてあった。ゲイルは視線でハクアに台にのるように伝えた。ハクアが台に乗ったのを確認すると、
「さて、それじゃあ今日の主役、ハクアに乾杯の音頭をとってもらうとするかな。さあハクア、いきなりで悪いがよろしく」
(絶対悪いと思ってないだろ)とハクアは内心思いながらも、少し緊張しながら口を開いた
「えーと、一時的にだけど『ケットシー』の一員になった。ここに入った時に、ゲイルには仲間であり、友人であり、家族だと、そう言われた。俺もここにいる皆とそんな関係でありたいと思う。よろしく頼む。それじゃあ、乾杯!」
「かんぱーーい」
―――そして、時は過ぎゆく。ハクアが『ケットシー』の一員となった日から半月ほど経った。ハクアは既にいくつも依頼をこなし、一人前のギルドメンバーとなっていた。ハクアがいつものように依頼を受けようと掲示板へ向かうと、ゲイルとアリスが神妙な顔つきで掲示板の前に立っていた。
「おはよう、ハクアくん。私達、ハクアくんに頼みたいことがあって待っていたの」
アリスが言うには、半月前、つまりハクアが『ケットシー』へと来た日に5人の獣人たちがある依頼を受けたらしい。その依頼というのは街の郊外にある洞窟に住んでいる野生の獣が暴れ、商人たちが困っているため、その獣を街の兵士に同行して退治して欲しいというものであった。その洞窟は徒歩で2,3日の場所にあり、また依頼内容が討伐系のものであるためある程度は時間がかかることは想定されていたが、流石に半月はかかりすぎているとのこと。そのため、ゲイルとハクアの2人で様子を見に行きたいのだと言う。
「まあ、様子を見に行くだけだから、戦わない予定だが、万が一ってこともある。その点、鬼の血をついでいるハクアなら安心ってわけだ」
とはゲイルの言だ。亜人にはそれぞれ種によって異なる特徴がある。獣人種は身体能力が秀でており、猫の獣人ならばフットワークの軽さが、兎の獣人ならば跳躍力があるなど更に細かい種類によって異なっている。他にもエルフ種は魔法の応用力に、精霊種は魔力量に秀でており、鬼種は全体的な戦闘能力が秀でているのである。そのため、鬼種は戦闘訓練を受けていなくとも、ある程度は戦えるのだ。もちろん、それは地の力が少し強いというだけで、それだけでは訓練されたヒトには劣るし、鬼種だから必ず強いというわけでもないが。その点、ハクアはルージュに鍛えられているため、そこらの獣に負けることはない。
ハクアは出発する準備をし、――と言っても食料や野宿をするための準備は既にゲイルたちが済ませていたため、ハクアがする準備といえば武器や防具の確認程度であるが――ハクアにとっては久しぶりの街の外へと繰り出すのであった。
ハクアとゲイルは共に革製の防具をつけ、バックパックを背負い、ハクアは鉄製の片手用直剣を、ゲイルはシルバークローをそれぞれ腰に提げている。ハクアは先導しているゲイルにそういえばと話しかけた。
「ゲイルがこっちに来てよかったのか?ゲイルは特に仕事が多いっていうのに」
「大丈夫だ。そのためにアリスは残してきてるしな。それに獣討伐へと向かったメンバーは『ケットシー』でも指折りの実力者というか、他の奴らはまだ戦いを経験してないというか、そんなわけで、俺が行かないといけないのさ」
『ケットシー』の代表者であるゲイルは他のメンバーが行っているような通常の依頼のほかに、ギルドメンバーが終えた仕事の後処理や仕事の受け入れを行っている。ゲイルのその仕事はギルドを経営する上で必要不可欠であるため、ハクアは心配したわけだ。しかし、ゲイルが言うにはその仕事はアリスに任せてきているらしい。
ハクアたちが『ケットシー』を出発した日の夕方、その日は街道を北上し続けていた。今日はここで野営をし、明日からは街道を外れて移動をするようだ。『ケットシー』がある街からつづく街道は南北へしか伸びていない。今回目標としている洞窟は街から見て北東にある。現在いる位置から東へ今日移動した道のりとほぼ同じ距離の獣道を歩くことになる。最短距離としてはななめに突っ切るものであるが、できるだけ安全な道を選び一度北へ移動してから東へと移動するという手段をとった。洞窟から街道までの距離がかなりあり、そこの獣が街道を通る商人の妨げとなることにハクアは少し違和感を覚えたが、それだけ獣が活性化しているのだろうと深く考えることはなかった。
2日目、街道から外れて東へと進路をとったハクアたちは、昨日よりかは歩みが遅くなるも、問題に遭遇することはなかった。依頼以外で街から出ない(そもそも、街の外へと出る依頼は滅多にないのだが)ゲイルは特に不信感を抱くことはなかったが、何年も森の中で暮らしていたハクアはそうでなかった。
(静かだ。静かすぎる…街道を大きく外れた森の中で生き物を全く見ないなんてあり得るのか…?)
街道を外れてからここまで、ハクアは獣どころか鳥や小動物すらも見ていなかった。しかし、ハクアは最果ての森でのことしか知らず、凶暴な獣が多く、魔物すらも現れることがある最果ての森基準で物を考えてはいけないことを知っていたため、疑問を感じてどうこうするところまではしなかった。
そうして、3日目、洞窟への道程を進んでいるとゲイルがとある異変に気がつく。どこからか血のにおいが漂ってきていたのだ。猫の獣人であるゲイルはそれにいち早く気がついた。その臭いに沿って進むと、その先にはハクアたちが目的としていた洞窟があった。ハクアたちは洞窟を除くと揃って息をのむ。そこには、5人の獣人たちが倒れていた。
時を同じくして二人の女性がハクアたちの様子をのぞき見ていた。片方は170センチほどの女性にしては背が高く、背中まで伸びている黒色の髪は後ろで1つに束ねられていた。服装は黒く、胸の大きく開いたドレスを着ていた。もう片方は、背丈は150センチほどで黒髪のツインテールの少女であった。服装は同じく黒く、フリルのついたロリータ風の衣装であった。
「シャドさまぁ、もう来ちゃいましたよ!。どうしましょう!!」
と、ロリータ風の少女に慌て気味に尋ねられた、シャドと呼ばれた女性は少女とは反対に落ち着き払って答えた
「そうねぇ…確かにまだ気がつかれるのは早いものねぇ。万が一あの獣人が間に合って、計画が失敗したらぁ、わたしたちが怒られてしまうものねぇ。マリー、魔物をけしかけちゃいなさい」
マリーと呼ばれた少女はその言葉に驚きを表した。
「ええ!?魔物ですか?いいんですか?もしもし、それで勘づかれちゃったりしちゃったりしたら…」
「マリー、あなたのその慎重さは美点だけどぉ、度が過ぎるといけないわぁ。わたしはぁ、魔物をけしかけろと言ったのぉ。二度も同じことをぉ、言わせないでぇ。それともぉ、あなたもあの子たちのようにぃ、なりたいのかしらぁ」
シャドは気だるげに、そして怖ろしく冷たい声でマリーにそう告げた。
「は、はいぃぃ!シャドさま、申し訳ありません!!皆、出撃ぃぃぃ!」
マリーのその声と同時に、どこからともなく本来ここにいるはずのない魔物たちが現れ、ハクアたちのいる洞窟へと進み始めた。
Tips:鬼種
生まれながらの白く長い髪と額に生える角が特徴的な種族。戦闘能力に優れており、どのような武器も少し訓練すればすぐに使いこなすセンスを持つ。他の種族と違い、種で群れることがない。