5.南の島で会いましょう
珍しいお酒が入手できたことに、カタルはとてもワクワクしていた。
遠方の南の島、リベントラス原産のココナッツの花蜜を使った蒸留酒だ。
試しに氷を入れたグラスに注いで飲んでみる。
ほんのり甘ったるい匂いを放つ酒だが、相当度数が高く、飲んだ瞬間喉の奥がふわっと熱くなる。
それと同時に心地よい香りが鼻を抜けていく。
美味しいけど、飲みすぎると仕込みに支障がでるな、と、一気に飲まずに少しずつ飲みながら、
午後の仕込みを行うことにした。
「もう開いてるかしら?」
夕刻の開店すぐにやってきたのは、王国の財務大臣だった。
歳は40代前半で、国の官僚の中では若手だが、最近隣国との
貿易で大きな利益を生み出したと評判の人だ。
「こんにちは、ジャニスさん。今日はお早いですね?」
「隣国の大使との会議が終わったから早くあがったの。ねぇ今日のおすすめはなに?」
「今日はリベントラス産の花蜜酒が手に入ったんで、それに合わせた魚料理、サーモンのタルタル南国風ですよ」
「まぁ、素敵。それをいただくわ」
ジャニス大臣は王国の高官なのに、偉ぶったりするところもなく、
むしろとても気さくで人を安心させる雰囲気があった。
そして、忙しく働いているのに、頭から足の先まで、綺麗にととのえられて、
大人の女性の気品を漂わせている。
料理ができるより先にグラスに花蜜酒をそそいで、先に楽しんでいてもらう。
それを飲みながら、ジャニス大臣はふと口を開いた
「リベントラス島・・・私毎年いってるのよ。」
「え!そうなんですか?お忙しいのにすごいですね。ご家族と行かれるんですか?」
ジャニス大臣は夫とは数年前に離婚しているが、6歳になる息子と母親とくらしているのを聞いていた。
「え?違うわよ。・・・昔の恋人だった人と、その島で待ち合わせをするのよ」
「えっ」
おどろいで塩分量をしくじりそうになった。
でも冷静に考えたら大臣は独り身なのだから、別に悪いことではない。
でもなんだか大人の秘密の話を聞いてしまった気がして、カタルはしどろもどろになった。
「あはは、そういうのじゃないのよ。恋人って感じのことはべつにしないの。
ただ向こうで待ち合わせて、2人でお酒を飲んだり、静かに読書をしたりするだけよ。」
「・・その人とはもう恋人に戻らないんですか?」
「うーん、もどらないかな・・。お互いの人生が、もうだいぶ遠くに離れちゃったから。」
そう言って大臣は花蜜酒を口にする。
「海の見えるベランダでお酒を飲みながら、今後やりたい夢とか、
目標とかを語るの。それだけよ」
お酒を飲みながら窓の外をみつめる大臣の心はリベントラスに向かっている気がする。
恋人じゃないけど、毎年会う、近くて遠い存在の人・・
それってなんだか悲しくて素敵な関係なんじゃないかとカタルは思った。
窓の外に思い出を見ている大臣の邪魔をしないように
カタルは出来上がったサーモン料理をそっと机の上に置いた。




