黒き地平線
迫る脅威がある、それは漆黒に地平線を染め上げている。
赤い地平線は色を奪われ異色が蠢き、まるで一つの生命体を連想させた。
赤き空は灰色に曇り、太陽の光は遮られている。地面が微かに振動していた。
低い唸り声が、何千、何万という喉から発せられ、一つの轟音となって押し寄せてくる。
黒い波は地平線を完全に埋め尽くし、左も右も、見渡す限りすべてが闇に侵食されていく。
地平線が生きている、あの線の中身は悪魔であり巨大な身体を持つリーゼスが劣化分身をした結果だ。
数千、数万、もしかしたら億なのかも知れない分身は地響きを奏でながらこちらへと近付いてくる。
こちらの戦力は騎士団五千、獣族三千、死神二千、その他数名の約一万程だ。
圧倒的に向こうの戦力が上だった。
くそ、先手を打たれたか。
「あれが全部リーゼスって悪魔なの……こんなに増えてるなんて」
驚愕するまこちゃんは信じられないと目を見開いている、そこに空中から戻ったマギサが降り立つ。
「まこまこ気をしっかり持ちなさい! 気持ちで負けてるわ」
「は、はい……しっかりしなきゃ……」
自分に言い聞かせるように呟いている、圧倒的戦力差に気持ちが飲み込まれているのはまこちゃんだけじゃない部隊の奴らも怖気づいている者も出てきていた。
その中に俺も含まれている。
「何あれーー」
フェルトも黒い地平線に気が付き、同時に村人もそれに続く。このままでは村人にも被害が出てしまう、そう気が付いてマギサはフェルトに叫んだ。
「フェルトちゃん村人みんなで避難して! 悪魔の大群がこっちに向かってるわ!」
「悪魔……まーぎさ焦ってる……大変、か。あたし村長に言ってくる!」
フェルトは村へと向かった。これで避難してくれれば心配事が一つ減る、だが心臓は今にも暴れそうな程に鼓動を早めている。緊張、焦りが俺を苛む。
静かにしてくれよ、暴れられると冷静さが逃げていく。
この緊急事態に、直ぐに地獄王の元に死神王と獣王が集結する。
「……これは不味いぞ地獄王、圧倒的にこちらが不利だ」
「そうだね獣王……しかしマギサから聞いている特徴から、あれはリーゼスと言う悪魔、劣化分身で増えていくとの話だ。つまり一体一体の強さはバラバラだと言うこと、中身が無く膨張したようなものだよ」
「そうねえ、そう考えると少しは大丈夫と思えるでしょうが問題は数ですね……流石に多過ぎねえ……ここよりアビスまで目と鼻の先ですが悪魔が邪魔です」
「タイムリミットだね死神王、理解しているよ……」
三王の緊急会議、迫る黒い軍勢とレイスのタイムリミットを考えるとここでじっとはしていられない。
大軍相手なら地形を利用して狭い場所に誘い込む、そうすれば数の多さから得られる優勢は下がる。
しかしそれはここに留まるか、もしくは後退しかない。
それでは駄目だ、俺達には時間がない。
「ならばやることは一つだね……ミラエル! ボクが皆に話をする、全部隊に通達してくれ」
傍らにいた騎士長ミラエルは地獄王の目の前に跪いて答える。
「はっ!」
ミラエルは全軍団に声を掛け地獄王の話を聞かせるべく号令を発した。迫る敵に騒然とする者もいたが、号令により冷静さを取り戻した。
「全員整列! 地獄王様のお言葉に耳を傾けよ!」
号令により騎士団、死神、獣族そして人間からなる地獄の軍勢は整列し、王の言葉を待った。
地獄王アフトクラトルは皆の前に立つ。
「聞いてくれ、見ての通り敵が迫っている。こちらから仕掛けるはずが先手を取られてしまった……敵の数は膨大ではあるが所詮まやかしにしか過ぎない。劣化分身をする悪魔がいると聞いている、つまりただ中身がなく膨張しているようなものだ。恐れることはない! ヘルヴェルトを治める三王が同時ここにいる、つまり最高戦力が君達と共にいる!」
軍団を鼓舞している、トップの俺達がいるから大丈夫だと言っている。普段優しい地獄王だがこの時ばかりは凛々しくとても頼もしく思えた。
「目的地のアビスへ向かわなければならない! 守りに徹してもジリ貧となってしまうだろう。ならば菱形陣形にて一点突破し目的地を目指す! 前衛と上空にに死神部隊を配置、広範囲攻撃を得意としている死神王を先頭に活路を開く! 側面は騎士団が守りを固める、獣族には後方を頼む! 遠距離攻撃が出来るものは陣形内部より攻撃、回復部隊は陣形中央へ! 騎士、獣族が守りを固める!」
一点突破しかもう手段はないと思う、時間制限も後二十時間を切っている。
今日決着をつけなければならない。
「ボクは君達を信じている、ヘルヴェルトを守る仲間として一緒に戦えることを誇りに思う! 皆の力を貸してくれ! そして勝利をこの手に!」
地獄王が拳を天に掲げると、それに呼応して全部隊が咆哮と共に拳を天へ。
迫る脅威に部隊は決意を固めた。
菱形陣形へとなる為全員が動き出す。騒がしいなかで俺は考え込んでいた、死神が先頭と上空か、しかし大丈夫なのだろうかあの大群を前に。
もっといい方法があるのではないか? 本当にこれが最善なのか? 失敗は許されない。
そんな負の考えが頭の中で渦を巻いていた。
無意識に不安そうな表情をしてしまったらしい、スミスが不安を見抜きハニカミながら俺の背中を叩いた。
「痛っ!」
「佐波、心配するな、オレやソフィーネオ、フェイの三死神が先頭にいるんだ、確実にオレ達がアビスまで導いてやる……それに死神の中には広範囲高攻撃が得意な奴が多い。ま、オレも本気出すから大丈夫だ! だからそんな顔すんな!」
彼女の言葉は不安に傾いている心を押し留めてくれる、ヘルズゲート事件でもそれに助けられてきた。そうだった、俺は何度も見てきているのだ死神スミスの凄さを。
その記憶が証明だ、ならば不安になるなんて馬鹿らしい。
「…………そうだな、すまないあの数に少し取り乱したみたいだ」
「へっ、オレの鎌はヘルヴェルト一の切れ味だ! 本当の力を引き出してやるよ」
「ああ、頼りにしてるぞスミス!」
「誰に言ってんだ? オレに任せとけ!」
先頭に死神が集まって来る、死神の鎌を掲げ、黒い翼を生やして。その中に死神フェイロットがまこちゃんの所へやって来て抱きついていた。
「フェイちゃん!」
「まこと、あんたはあたしが守ってあげるわ……友達は絶対に見捨てない」
「ありがとう……フェイちゃん優しいね……」
「あたしは慈悲深いの! 感謝してよね!」
「うん! フェイちゃん大好きだよ」
「えへへ……」
仲がいいなと二人を眺めていると突然尻を蹴られた、そんなに痛くはない。振り向くと不機嫌そうな死神リリリが視界に映る。
「何すんだよ」
「ふんだ、フェイロット様とマコトの尊い姿をいやらしく見ているヒトズマスキーがキモいと思っただけですよう。なので蹴ってやったですよう!」
「テメェ蹴ることないだろうが……」
と、いつもの喧嘩に洒落込もうとしたがリリリの様子が少しおかしいことに気が付いた、不安そうにしていていつもの威勢は何処へいったのか。
あの大群を相手にするんだ無理もないか、さっきまでの俺と同じだな。
「不安か?」
「ううっ、な、何言ってるですよう、このかわゆい死神リリリちゃんが怖がってるなんて…………」
「俺もさっきまでそう思ってた、だけどスミスに勇気づけられたんだ。お前の憧れのスミスが大丈夫だって言ってんだぜ? 不安になることあるか?」
「ううっ、うううっ、先輩が大丈夫って言うなら絶対に大丈夫ですよう……そんなの当たり前ですよう」
「なら不安になるのはおかしいだろう?」
「うううっ、うるせーーですよう」
そっぽを向くリリリ。
「……ヒトズマスキーの励ましなんて微塵もこのリリリちゃんに届いてねぇですよう…………まあ、感謝くらいしてやっても良いですよう」
素直じゃないな。
「たくっ…………と言うか他の死神とリリリを見比べるとお前チビなんだな? 身長差が結構あって死神の子供みたいだ、いや、この部隊全体を見ても小さいな」
「うううーーっ! リ、リリリが一番気にしていることを言いやがってーーですよう! 今に見てろですよう! もっと成長して先輩を悩殺出来るくらいナイスバディになってやるからなですよう!」
いつものリリリになってきたな、この生意気さがこいつだ。
「まああら、とても頼もしいですねリリリ」
俺とリリリのやり取りを微笑ましく見詰めていた死神王ソフィーネオがにこやかに現れた。
「死神王様! ま、任せるですよう! 成長したらナイスバディになって……」
「わたしに胸を差し出すのね? その時が楽しみですねえ、こんな状況じゃなかったらいっぱい可愛がってあげるのに」
本気だろうなソフィーネオ、まったく死神達は危機が迫ろうともマイペースだ。
ま、それが心強いと思わせてくれる。
「さあ死神達は先頭に! スミス、フェイロット、わたしの隣に……」
ソフィーネオが号令し死神達が陣形の先頭へと集まる、漆黒の翼を生やしながら死神の鎌を構えていた。
鎌は千差万別で様々な形状をしている、オーソドックスな大きなカーブを描くスミスの鎌やフェイロットの縦に3枚の刃を連ならせているもの、リリリは3本の鉤爪をもしていた。
そして死神王ソフィーネオの鎌は異質、全てが光で構成された鎌だ。
「道はわたし達が切り開きます……サナミシュン、ミナガワマコト、マギサ、あなた達は引き離されないようにしっかり付いて来なさいねえ?」
「ああ、離れるかよ!」
死神は空、騎士団はカエルレオンに跨る。獣族は自身の足で付いてくる。俺とマギサ、そしてまこちゃんはカエルレオンに乗ってマギサのシュバルツミストで体を固定した。
乗り終えると皆の準備が整っていた。
「皆、用意はいいかい?」
陣形中央にいる地獄王の問い掛けに是と答えた。
「死神部隊は大丈夫よーー」
「獣族も大丈夫だ」
ソフィーネオとゼルガは答える。
「良し、これよりアビスを目指し悪魔を突破する!」
全軍団の咆哮と共に黒き地平線へと進撃する。
カエルレオンにしがみつき前方を睨むように見詰める、黒い地平線は次第に近付いてくる。
上空に死神達が各々の鎌を構えて飛ぶ姿が飛び込む、そしてソフィーネオが先陣を取り、右側にはスミス、左側にフェイロットが続く。
走る事数分、等々黒き地平線を形作るリーゼスの大軍団を間近で捉える事になった。悪魔化したリーゼスは全身黒色の肌となり赤く光る眼光が異質と知らしめていた。
俺達に気が付くと奴らは笑った、一斉に嘲笑いその声は幾重にも重なりリーゼス全員の声が轟く。
『はっははは! 見付けたぞ皆川真! 逃げても無駄だ、自分らから逃げられるとでも思ったのか!』
全員が一斉に喋る声は地面を揺らす、耳が痛くなる。
「まこちゃん大丈夫だ、絶対にあいつらには渡さない!」
「うん、私もただで捕まるわけにはいかないもん」
「そうよまこまこ、気持ちで負けない事、これ大事だから!」
俺とマギサの励まし、それは自分自身を鼓舞するものでもある。
こいつらに負ける訳にはいかない。
決意を強固にした頃、先頭がリーゼスの軍団と後少しで接触しそうだった。
「まああら、ミナガワマコトばかり見てわたし達が目に入らないようねえ? 死神王たるわたしへの侮辱と受け取りましょう」
ソフィーネオの光の鎌が眩く輝き始めた、光で作られた死神の鎌を水平に構えた。
「激しき生を断絶し、安らかな死を……」
横一閃。
瞬間、世界が白に染まった。
鎌から放たれた光が扇状に広がっていく。それは津波のように、竜巻のように、制御不能な自然現象のように膨れ上がった。光の奔流が悪魔へと駆け抜ける。
触れた悪魔は声を上げる間もない。
身体が光の粒子へと分解されていく。固体から液体へ、液体から気体へ、そして気体から純粋なエネルギーへ。
痛みはない。苦しみもない。ただ、存在が光に還元されていく。
一振りで千の敵を消滅させた。
「す、すげぇ……」
死神王の力を間近で見た俺は凄いとしか言えなかった、これが死神を束ねる王の力か。
「スミス、フェイロット、わたしの鎌が光りを貯めて再攻撃までの時間を稼いで下さいねえ!」
「分かりました! 行くわよスミス!」
「へっ、やる気じゃないかフェイ! お前こそオレに付いてこい!」
フェイロットの縦に三枚連なる鎌の先端の刃が巨大化していく、彼女と同じ程の大きさとなりその巨大化した刃を振り被り、振り下ろす。すると巨大な刃はまるでブーメランの如く回転しながら悪魔の軍団へ突き進む。
回転する刃は円を描きながら敵を切裂きフェイロットのところまで戻り、鎌に刃がはまる。隙かさず二投、三投と巨大化ブーメランで敵を薙ぎ払った。おおよそ百以上は葬っている。
スミスは切れ味が自慢の鎌を虚空に振り下ろす、すると空間を切裂き、歪となった空間は刃の形を作りながら悪魔目掛けて跳んで行く。
上半身と下半身が瞬時に別れ、絶命していく。それを何度も繰り返す。
一振りでこれも百以上は切り裂いている、連続攻撃で数百は数を減らしていた。
死神のトップの三人が力を合わせると慈悲なく容赦なく敵を倒していく。
改めて三人を見直した、ソフィーネオとフェイロットの力、そしてスミスの実力。
仲間で本当に良かった。
先端は開けた、それを確認した地獄王が命令を下す。
「遠距離攻撃開始! 部隊に近付く悪魔を仕留めるんだ!」
他死神達も遠距離攻撃を開始、鎌の刃を投げる者、水の塊を作りぶつける者、鋭利な棘を無数に飛ばす者と様々だった。その中に死神リリリは鎌からエネルギーの弾を作りぶつけていた。
騎士団は弓を使い攻撃している、石破や投げるもの、そして騎士長ミラエルは口から炎を噴き出して敵を焼き払う。
獣族は自身の毛を硬質化させて飛ばす者などがいた。獣王の妻であるアギトも口を大きく空け放ち、音波を出して敵の動きを封じる。
「いってらっしゃい炎弾! 迷子にならないでね!」
ケルベロスであるスルルが手に炎の弾を作り出して悪魔に向けて発射している。
そしてその隣に秋人さんが『設置』と『囚える』を行い狭間の世界に悪魔共を送る。
俺も結晶の碧を発動して氷の弾を生成し、連続掃射。マギサのシュバルツミストも槍状にして向かわせ、まこちゃんは視界孔を巧みに利用して敵を切断する。
様々な遠距離攻撃が敵を消し去っていく、そのまま俺達は悪魔の軍団の中を前進する。
彼方のアビスを目指し強行突破していく。




