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地獄世界のヘルヴェルト  作者: 生獣屋 芽怠
第十一章 追憶
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ナミダ

 

 長い旅路を越えたかのような疲労感が全身に広がる、異なる世界の自分を話し終えて暗澹(あんたん)たる思いにかられる。地獄世界ヘルヴェルトでの攻防を経て、悪魔共の罠にはまり負傷した佐波くんに話して聞かせた。

 この佐波くんは私が愛した佐波峻ではない、違う存在。

 でも見過ごせなかった。

 大怪我をし、王宮の一室でベッドで横になる彼に体験したこと、真実を打ち明けたのだ。

 彼はどう思っているのだろうか、呆れている? それとも怒り?

 偽りなんかない、全て真実だ。


「……それからいくつもの世界を壊して来た……年数にすれば多分数百年の気の遠くなるような時間。私は罪人なんだ……人ですらないけど、だけど……心は人間だった、人間だったんだ」


 マギサと名乗り、彼の前に現れた。

 ああ、違う存在だけど何百年ぶりの彼に逢えて嬉しかった、心が弾むような気さえ感じている。

 サングラスを取り素顔を晒す、髪は黒いけど私は皆川真だ。でも彼に取っては私は別人、勿論佐波くんは峻くんではない。

 それは分かっていたのに。


「数百年にも及ぶ旅路の果てに、ようやくレイスから完全に独立して動けるようになった……しかし今の私に魔力の塊とも言えるレイスを殺す術はない。だからある術を作った、それはレイスに肉体を持たせること。言うなればレイスは雲のように実体を持っていない、倒す方法は圧倒的な力をぶつけなければならない、町一つを一瞬で消してしまうような力。

 でもそんな力、私には無理だ。人間界にそんな力を持つものはない、人類の最強最悪の力である核爆弾でも無理、倒すには魔力かそれに準じた力を纏ってなければ無理。……だから私は奴を肉体へ幽閉し、その体を殺せば消滅させられる術を数百年かけて完成させたの」


 彼の返答を聞かずに真実を語り続けた、どう思われているか怖い。

 だから一方的に語る。


「……何とか隙を突いてレイスを肉体へ封じることが出来た。でもあの三人が邪魔をして殺せなかった、私は直ぐに逃げ出して次の機会を待つ羽目になったわ。元々私の力を使ってこの世界へ来た、でも私の反乱の所為でこの世界の皆川真が狙われることになってしまった……ごめんなさい、私の所為なのよあなた達を引き裂いてしまったのは……」


「マギサ」


 佐波くんが私の名を呼ぶ、心臓が暴れ出してここから逃げ出したくなった。

 罵られるかも知れない。彼は別の佐波峻だけど同じ顔、同じ声で軽蔑されるのは……辛い。


「何を怯えてるんだよ」


「……え?」


「確かにお前が反乱を起こしたからまこちゃんが狙われることになった、でも放っておいても奴らは世界を破壊してたんだろ? なら結果は同じだ、だから自分を責めるなよ……それにマギサのお陰で俺は助かったんだ、感謝してるんだぜ?」


「佐波くん……」


「それに謝るのは俺の方だ。マギサは助けようとしてくれたのに騙しているんじゃないかって疑ってしまった、それを謝罪する」


「い、良いのよ、あの時は思い切り怪しかったんだし無理無い。私だって黙ってたことを謝る……ごめんなさい」


 謝り合った、今互いを理解して尊重している。


「……辛かったなマギサ。俺にはこんな言葉しか掛けてやれないけど……」


「ううん……それだけで嬉しい…………あ、あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど……良いかな?」


「ああ、俺に出来ることなら」


「今だけで良い、今だけで良いから……私を抱き締めて欲しい」


 分かっている、彼は私の知る佐波峻ではないことは。

 でも、今だけだから、今だけにするから、だからこの行為を許して。

 不意を突かれたように彼がその胸に引き寄せ抱かれる。ごめんねこっちの皆川真、でも今だけだから、少しだけだから。


 遥か数百年の旅路、凄惨を共にし、復讐だけを糧に生きてきた。

 その果てに辿り着いた。

 無くした温もり。

 ああ、温かい。

 今だけ昔に戻る、これからの糧にするように。


「……峻くん……峻くん…………ぐすっ、会いたかったよ、寂しかったよ……ううっ、うわあああああん!」


 子供のように泣いた。彼はそんな私を強く抱き締めてくれた、少し痛いけどそれが嬉しい。溜めていた涙を吐き出すように彼に縋り、一時の安息を得た。

 本当に心地良い時間だった、永遠に失った温もりを別とは言えまた感じることが出来たのだから。

 でもここまで、私には許されない行為だった。


「……ありがとう。もう大丈夫だから」


「マギサ……」


「ごめんね、ここは私の居場所じゃない。もう居場所は無いけれど、それを奪ったレイスを倒す。それが私の復讐だから」


「……そうか、俺だってまこちゃんを奪われて憎い……もし殺されたりしたら……俺も復讐者になっていると思う。でもさ、居場所って奴は自分で創るもんだ、無くしたなら新しい居場所を見つけろよ、全てが終わったらさ」


 ああ、やはり彼も“佐波峻”なんだな。私が愛した男と同じことを言う。

 全てが終わったらか、その時は……。


「うううーーっ!」


 不意に女の子の泣き声が聞こえてきた、その子は佐波くんを治療していた死神だ。


「何だよリリリ起きてたのか」


「ううっ、リリリは感動しているのですよう!」


 今まで寝ていたと思ったら話を聞いていたらしい。涙目になりながら私を見ている。


「ナイスバディの変なサングラス女かと思えば……そんな真実があったとは驚きですよう……ううっ、辛かったんですねえ……ですよう」


 おもむろに佐波くんの腕を掴み上げて袖で涙を拭いた。


「何しやがる!」


「だってハンカチなくしちまったんですよう……ちょうど手頃な袖があったから……ぐすっ、もう一回ふきふき……」


「だからやめろって……げ! お前鼻水付いてるじゃないか! 汚な!」


 殺伐とした雰囲気が一気に明るくなって行く。そんな中、部屋に訪問者が訪れた。


「まああら、何だか賑やかねえ? 案外元気そうですね」


「ううっ! 死神王様! それに獣王様に地獄王様までも訪問来客ですよう!」


「リリリ騒ぎすぎですよ? 元気とは言えシュンさんは重傷だったのですから静かになさい」


「ご、ごめんなさいですよう」


「素直なリリリは可愛いですねえ……さて、来訪者の方の話は聞かせて貰いました、多々疑問もあるのですがそれは後で聞きましょう。シュンさん体は大丈夫ですか?」


「ああ、痛みは無い。すこぶるように快調だ」


 小さな死神さんの治療が良かったらしい。佐波くんは多分ありがとうの意味を込めて頭を撫でてやると、何故か噛み付かれた。


「いってぇーー! な、何しやがんだ!」


「リリリの体は先輩だけのもの何ですよう! 何リリリで欲情してさわさわしてやがりますかですよう! この人妻スキー!」


「誰がてめぇ何かに欲情するか! もちっと年を取ってから出直してこい!」


「ううっ! 人妻スキーよりもだいぶ年上だもん! 舐めるなよですよう!」


「また始まっちゃいましたね、リリリにシュンさん、少し黙りませんか? お話が出来ません。と言うか黙れ」


 死神王と呼ばれた女は細めていた目を見開き睨む。

 凄い美人、でも怖い。まるで刀剣の美しさだ。目力に圧倒された二人はぴたりと静かになった。


「ごめんなさい」


「ごめんなさいですよう」


「はい、分かってくれれば良いんですよ。さあ地獄王様どうぞお話を」


 地獄王か、この世界で最高ランクの権力を持つ支配者と言うわけか。二本の角を生やしていてまるで鬼みたい。地獄何だから鬼くらいいても不思議じゃないわね。


「話は聞かせて貰ったよ。そうか君はとある『横』のミナガワマコトだったのか、君のことはマギサと呼べば良いのかな?」


「ええ私はマギサ。もうミナガワマコトに戻る利点はないから、そう呼んで欲しい」


「了解した、ならマギサ早速だが先程の話の質問をしたい。何故佐波峻を助けようとした? 同じだとしても中身は違う。危険を犯してまで助け出した、復讐を二の次にしてだ」


「何故って…………そうね、私にも分からない。レイスに復讐するために逃げ出した、でも佐波くんを見掛けた瞬間に居ても立ってもいられなかった……地獄王、あなたがもし私のような状況で、大切な人に似た人を見かけたとして……見殺しに出来る?」


 私には出来なかった。まあ過去、佐波峻と言う存在が『横』世界で見掛けなかったのもあるのだけど。

 どうやら“佐波峻”は希少な存在であるらしい。簡単に言えば生まれてくる確率が極めて低い。『横』を渡り歩きながらその理由を調べたことがあった。その原因は母親にある、この世界で佐波峻の母親は彼が小さい頃に亡くなっている。他の世界で母親は彼を産む前に亡くなるのが運命だ。

 しかし希に彼が生まれてくる世界が存在する、それが私の居た世界と今回訪れた世界だ。

 それも因子になるのだろう、彼を見掛けた時からもう助けるとしか考えられなかったのだから。やっと会えた、何百年の歳月を渡り巡り会えた。


 久し振りの面影が奴らから抜け出し戦う意志を強めた。

 それに私も彼と出会うのは奇跡に等しい。数多の世界で私と佐波峻が出会い互いに好意を持つことこそ奇跡と言える。

 希少な存在との接触は正に僥倖(ぎょうこう)

 訪れたこの世界は奇跡中の奇跡。

 嘗て自らもそれに浸り溺れていた身、同じ境遇の二人に興味がないとでも?


「私はただ……助けたいって思っただけ。復讐を二の次にしてでも助けたかった……それだけなの」


「そうか……了解した、君のことを信じる」


「……地獄王、安易すぎないか? 理由はどうであれこの女は悪魔なのだぞ?」


「それは分かっているよ獣王、でもね“佐波峻”への思いを語る彼女は必死で悲しげで、そして嬉しそうだった。獣王、君にも愛する者がいるだろう? なら分かるんじゃないか」


 地獄王は私を信じてくれるの? 言葉だけで信じる根拠何か無いのに。


「ボクは嘗て妻を悲しませた。深い傷を心に負わせてしまった……後悔の念は彼女の話、動作、表情から伝わったよ。そしてそれを力に変え、サナミシュンを助けようと努力した。その気持ちに嘘はないよ。ボクは彼女からそれを感じた。確かにそんな曖昧なもので信用するというのは無茶な話だ。だから信用ではなく信じてみることにするよ、責任はボクが取る。彼女が何か企んでいたとしたらボクが止める……これでどうだろうか獣王」


「……地獄王がそこまで言うならば小生は従うまで」


「済まないねわがままを言って」


 妻を傷付けたと言っていた、その後悔と私の後悔を重ねてしまったのかも知れない。

 でも信じてみると言われると嬉しく思う。


「さて、次の質問をさせてほしい。レイスと言ったね純粋な悪魔の名は、奴に肉体を与え封じていたが解除してしまったのだろう?」


「ええ、でも完全に復活するまで時間が掛かる。もしも解除をしなければならない事態を想定して解除方法を時限式に設定したのよ。もし解除したとしても設定した時間を経過させなければ封印は解けない」


「その時間はどれくらいなんだい?」


「日にちの方が分かり易いわね、解除してもう丸一日経過しているから……後五日程で奴は完全に甦るわ」


 五日以内に奴を見付けて殺す。そうしないとヘルヴェルトが滅亡してしまう。

 奴は世界を喰らう。終わる、何もかもが。数百年掛けてレイスを殺せる術を開発した、でもそれが無駄になってしまう。今が殺せるチャンスだ、封印が解けてしまえば私に奴は殺せない。


「……ふむ、ならば早急に捜索を開始せねばなるまい」


「そうだね。獣王、死神王、捜索に協力してほしい。危険レベルは最高ランクの5、非常事態宣言を発動する」


「……了解、手の空いてるもの全員を配置する」


「了解です。リリリ、申し訳ないけど捜索隊を作るようにフェイロットとスミスに伝えて貰えますか?」


「ううっ! 了解ですよう!」


 死神王とリリリちゃん、それから獣王が部屋を後にした。

 残ったのは地獄王のみ。


「これから忙しくなるだろうね、サナミシュン、君は動けるかい?」


「ああ大丈夫だ、動くなって言われても動いてやる」


「そうか、へこんでは無いようだ。だが、今の君は戦力にはならないと自分も理解しているだろう?」


「あ、ああ……奴らの動きが見えなかった。俺は何も出来ずにただ焦っているだけだった……」


 人間じゃ悪魔の動きに対応出来ない。佐波くんは確かに人間の戦闘力を凌駕している、そして思考の速さで戦えている。言わば戦闘センスが高い。しかしそれは対応出来る敵の場合のみ。

 悪魔が本気で動けば人間には捉えることは不可能だ、それに片目もハンデになってなお悪い。佐波くんの力は面白くて使えるけど相手を感知出来なければ役にはたたない。


「足手まといと言っても差し支えないだろう、君は人間の身でケルベロスの力を使いこなしている。そう言った才能があるのだろう、ボクはそこを評価している……しかし今回の場合無意味に等しい」


 悔しそうに手を拳に変える彼は眉間にシワも寄せていた。


「そこでだ」


 地獄王の一言でシワが消える。


「サナミシュン、以前君に話した契約を覚えているか?」


 契約?


「ああ、あの話か」


「それを受ける気になったかい?」


「……何の話なの佐波くん」


 ただ事ではない雰囲気に訳を知りたくなった、苦悶を刻む彼の顔が気になっている。


「ボクが話そう。人間の身でケルベロスの力を使いこなす彼は貴重な存在だろう、育て方次第では更に飛躍する。つまりは将来性があるということだ。それに興味深い。彼に持ち掛けた契約とは服従、ボクの従者となってヘルヴェルトの安泰に勤めて貰いたい。

 その見返りに新たな目を送る、その目ならば悪魔の動きを捉えられるだろう。これが契約の内容だ、その解答を彼に問うている」


「ち、ちょっと待って、それってもし契約したら佐波くんは人間界に戻れないってことでしょ! それじゃあ私が助けた意味が無いじゃない、佐波くんにだけは幸せになって欲しいって思ったのに!」


 そんな契約なんかしない方が良い、何が何でも彼が戦う必要は無いのだから。

 彼の分まで私が戦う、だから……。

 しかし彼の意思は決まっているらしい。


「ありがとうなマギサ、でも俺は戦う。そしてまこちゃんを取り返してみせる」


「でもそれじゃあ人間界に帰れないんだよ!」


「……未練がない、なんて言えないけど俺はまこちゃんに助けられたんだ。小さい頃母さんが亡くなって悲しかった、溢れ出てくる様々な感情に押し潰されそうになっていた。でもそんな俺を優しく抱き締めてくれたのはまこちゃんだった……温かくて心まで伝わるようだった……生きる勇気を彼女から貰った、俺は救われたんだ。だから俺は彼女を助けるためならどうなろうと構わない、この身が今を生きていられるのは皆川真のお陰なのだから」


 真っ直ぐな瞳が食らいつくように私の中へと手を伸ばした、そして理解させられる。

 彼は私なのだ、嘗ての。

 ミナガワマコトとの名を関する人間そのもの。

 私は峻くんがいたから生きる希望を見いだして前を向けた、それは奇跡のように。峻くんの為なら例え我が身が滅んだとしても後悔はない。眼前にいる彼はその意志を育む化身。

 だから理解出来る、彼は覚悟を決めていると……。


「マギサ、俺はまこちゃんの……まことの為なら何だって出来る」


「……覚悟は出来てるの?」


 愚問だった。


「ああ、覚悟はとうの昔から一緒だ」


「……そう」


 皆川真がどんな気持ちになるのか考えないの? そう言おうとしたが口が動かない。

 私は何を考えた今。

 無駄だと理解してしまったからだろうか、彼の覚悟は並を遙かに凌駕しているのだ。止められないと悟る以外に何が出来るのか。

 それは切望。

 彼の全てが皆川真と示す。

 ああ、羨ましい。私にはもう望めない願いだ、護るべき対象は絶無なのだから。ならば止められないのならやることは一つ。


「……私も協力する、だから無茶はしないで」


「これまでが無茶ばかりだったから今更だな」


「そうだね、無茶を重ねて来たんだもんね……貴方も私も……」


 私の目的は復讐、彼は救出、異なるが進む道は同じ。

 例えるなら光と闇だろうか。


「地獄王……契約を結ぶ」


「本当に良いんだね?」


「ああ、迷いはない……いや、ありません」


「そうか……分かった、ならば契約を結ぼう」


 世界が一変する。


 




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