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地獄世界のヘルヴェルト  作者: 生獣屋 芽怠
第十一章 追憶
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ハメツノアシオト


 結論から言おう、私は佐波峻に惚れている。

 と考えると恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ、彼に謝りに行った日から数週間、気が付くと彼のことばかりを考えている。

 こうやって休日には彼に会うために隣町まで自転車を飛ばしてくる始末、彼は私の恩人であり導き手。それがやんわりと浸透し、心に住み着いた。

 会う度に口喧嘩ばかりだけどこれは私達の挨拶のようなもの、だなら楽しいと思う。

 彼がどう考えているかは知らないけど。

 そして今日も口喧嘩が始まる。


「よおミナコ、相変わらずの顔だな」


「相変わらずの顔って何よそれ! あんただって相変わらずの顔じゃない」


「何だよ、誉めても何もやらないぞ?」


「誉めて無いわよ馬鹿!」


 相変わらずの関係は嬉しく思うが、逆にそれが悩みのタネだったりする。今の関係は知り合いか友達? かな。それ以上に発展出来るだろうか。


「ん? 何だよ俺の顔を見詰めて……何か言いたいことがあるのか?」


「……歯に海苔が付いてる」


「ば! 早く言えよ!」


 彼は私をことをどう思っているのだろう。助けてくれた、導いてくれた、生きる意味を教えてくれた。感謝しても、し足りない程だ。

 願いはたった一つ、彼の側に居たい。


「……ね、ねえ峻くん」


「何だよ、まだ海苔付いてんのか?」


「あ、あのね……私のこと……」


 どう思ってる?

 そう言えたならどれだけ強い人間かな私は。やはり喉に引っ掛かってその言葉は外界への進出を拒む。


「……何でもない」


 先は長いな。

 いつもの牛丼屋で昼食を終えた午後、話題は今朝見たニュースに切り替わっていた。


「ミナコ今朝のニュース見たか?」


「見てたわよ……次はピラミッドだなんて驚きだよ、前は自由の女神だったっけ?」


「ああ、その前が……えっとどっかの都市がそうなったんだよな? 日に日に増えているな」


「……何か怖いよね」


 何も知らない人が聞いたら訳の分からない会話だが現在その話題を知らない奴はいないだろう。

 今世界中で騒がれている現象が恐怖を育てていた。

 それは消失。

 どこかの都市が一晩で消失。

 世界的文化遺産が消失。

 脈絡のない物が次々と消えているのだ。文字通り消える、何かでえぐり取ったように。


「どっかの大仏も消えたよな?」


「うん……ねえこれって何なのかな?」


「さあな……」


 不安ではあったがまだ日本はそう言った異常事態には遭遇していなかった、日本以外の国では消失が巻き起こっていた。これが何を意味するのか今の私には理解出来る訳が無い、それを知る時はまだ少し未来。

 今は日常を満喫するだけ。

 佐波峻に導かれた世界はただただ眩しくて温かい、この幸せが続くと信じて彼の隣を歩く。

 彼が好き、大好き。

 その思いだけで元気が湧く、力が漲る。


 ――ミライニナニガマッテイルカシラナイ。








 時が少し飛ぶ。


 私の思いを告白して彼がそれに応じたのだ。

 ああ、もっと近くに居れる、彼の直ぐ側に。

 幸福だけが私の景色。


「峻くん……大好きだよ」


「俺もミナコのこと好きだ」


 繋がる心は例え隔たったとしても消え去らないと信じている。

 私の告白を受けて峻くんは驚きはしたが真剣に考え、悩み、答えを導き出した。相思相愛と言えば大げさかもしれないが、そうであったならどんなに嬉しいか、最大の喜びだと歓喜に震えるだろう。

 愛し、愛されるは恋人達の到達点ではないのだろうか。

 私はそう思う。

 峻くんが隣にいて笑っている、それが日溜まり。

 ああ、ここにも私の居場所が生まれたのだと悟った。


 その居場所を育て、根を張らせ、土を押し上げて芽は空へ。

 時間が樹木へと変えた。

 私達二人はどんなことがあっても愛し続ける、青臭いセリフでもそれは呪文だ、彼と繋がっていると感じられる言葉。

 ーー嬉しい。

 そんな感情とは裏腹に世界中では消失事故が巻き起こる、それは徐々に街、自然、そして人間を消し去っていく。嘆く人々が日夜ニュースで速報されるなか何故か日本だけが無傷だった。

 ある国は日本がこの問題を引き起こしていると発言したが証拠はない、どうして日本だけが無傷なのか。

 謎と恐怖が嘲笑う。


「どうしたんだよミナコ」


 不意に峻くんに声を掛けられ意識が現実に戻される、小さなアパートの一室、そこで施設を卒園した私が暮らしている、今はとある会社で事務職をして生活していた。

 そのアパートに峻くんが遊びに来ていた、フローリング式の狭い六畳半だけど彼が居てくれたらここは苦にならない。


「あ、ニュース見てたんだよ」


「ああ、消失事件の続報だろ?」


「うん」


「確かに気になるけど考えたって謎は分からないぞ、気にするな……って言っても俺も気になっているよ」


「……考えても答えは出ない、もんね」


 ただ怖かった、この異常事態が何時こちらに牙を向くかと思うと。

 せっかく築き、手に入れた幸せを壊されたくない。


「大丈夫だ」


 不意に彼が答えた。


「え?」


「俺がお前を守る、必ずだ」


「……本当に?」


「ああ、俺が嘘付いたことあるか?」


「何回かあるけど?」


 だけど。


「ありがとう。私、信じるよ」


「おお! 信じてくれて良いぜ!」


 力強い彼の言葉が嬉しい、私は独りじゃないんだ。

 こんなに嬉しいことはない。


「ねえ峻くん」


「何だ?」


「……チャック空いてるよ」


「早く言え!」


 この日常がいつまでも続きますように。



 

 そして、日本だけを残して文明は滅んだ。




 それからだろうか、消失事件が日本を蝕み始めたのは。所々で町が消え、人も消え、人々から笑みが消えた。幸いにも私達は生き残った、だけど恐怖だけがへばり付く。

 もがくように逃げるが意味は無く、感情は冷却の彼方。

 自我を失う者もいた。

 殺戮に酔う者もいた。

 だけど明日を夢見る者もいた。

 希望を胸に前を向く、それが峻くんだったんだ。


「大丈夫だ、約束しただろう? 俺が守ってやるって」


 この言葉が自我を支える灯火。

 大丈夫、彼が、峻くんがいたら私は生きていける。

 慣れ親しんだ町を離れることになったのだがやはり寂しさが纏わり付く。隣町は被害を受けて消失した、倒壊の痕跡はない、焼け跡もない、死体がない。

 元から無かったかのような地平線があるだけ。

 逃げなきゃ。

 何処に?

 誰から?

 何から?

 希望なんて幻、そう感じ始めていた頃に峻くんが私に告げる。

 それは永久を契るもの。


「ミナコ、結婚しよう」


「え……あ、えっと……」


 狼狽える姿に峻くんは不安になったのだろう、悲しげな顔をする。


「……嫌なのか?」


「ち、違う! 違うの! 本当は嬉しい、凄く凄く嬉しい……でも、こんな時に結婚だなんて……良いのかなって思って」


「こんな時だからこそさ、教会がまだ綺麗に残ってるし……それに強くなるんだよ、ミナコが一緒にいてくれたなら俺は強くなれる、身も心も。結婚はそれをもっと強固にすると思っている……きっと互いが希望になると思っている」


「……私何かで良いの? わがままだし生意気だし料理出来ないし……」


「馬鹿だな、そんなミナコだから良いんじゃないか。……幸せになろう」


 これが幸福であり希望と言う奴何だろう。

 今の世界に希望は見当たらないけど、見付けることは出来るのかも知れない。小さな小さな灯火、だけど私達次第で炎に出来る筈だ。

 まだ希望を捨てずに済む。


「えっと……よ、よろしくお願いします」


 肯定、それが答え。


「ああ、こっちこそよろしくなミナコ」


 これから2人で希望を育てるのだ。


「良し、なら今から式をしよう! どうせみんな逃げ出してるから教会とか空いてるだろ? ドレスは教会の近くに取り扱う店があった筈……多分店に置きっぱなしにしてるだろうから……良し行こうかミナコ!」


「ち、ちょっと気が早すぎるわよ! あ、待ってったら!」


 まるで子供みたいにはしゃいでいるけどそんなところが好きだ。

 ウエディングドレスを扱うお店には人の姿は皆無だった、必ず後で返すからと一時的にドレスを拝借する。

 ごめんなさい、必ず後で返します。


「掘り出し物があってよかったな」


「これって火事場泥棒と同じじゃないの?」


「火事場でもないし後で返すんだ、気にしない気にしない」


 それにあのままにしていたらいつか消えてしまうかもしれない、それなら使った方がドレスも嬉しいかもしれない。

 何時ここも消失事件に巻き込まれるかも知れない、それでも生まれた町で、育ってきた町で式を上げたかった。

 もしかしたら最後になるかも知れないから。口に出しては言わないけど。

 言ってしまったら本当に終わりなってしまいそうだから。


「何してんだよ、早く行こうぜ?」


「あ、……うん」


 教会へ訪れたがやはり誰も居なかった、世界が終わるかも知れないのだ、みんな自分の命が一番になる。何処へ行けば良いのか分からずに逃げて行く。

 その虚しさの表れか教会内は静寂そのもの。


「お、案外中は綺麗なんだな」


「……そうだね」


「着替えてこいよミナコ、何なら手伝ってやるぜ?」


「……変態。そんなに私のやらしい姿が見たいの? まさかムラムラしてるとか?」


「馬鹿だな俺はミナコに年中ムラムラしてるぜ?」


「ちょ、そんな恥ずかしいこと言わないでよ! そっちも着替えたら!」


 ちょっと動揺しながら着替えが見えないところまで行き、ドレスを纏う。けど初めて着るから悪戦苦闘、仕方ないので峻くんにも手伝って貰った。

 純白のドレスは憧れの象徴。


「ど、どうかな?」


「……いい、凄くいい……ミナコ」


「何よ」


「綺麗だ」


「……あ、ありがとう」


 照れ臭かったけど嬉しかった。

 こうして二人だけの式が始まる。

 誓いの言葉を述べる、生涯愛し続けることを誓う。

 返答は決まっていた、彼、佐波峻が私を導いた光。明日も分からない世界でこの誓いの言葉が光を増大させるもの。

 至福の時、ああ、幸せだ。


「誓います。私は生涯彼を愛し続けます」


 彼もその後に続く。


「ミナコを幸せにすると誓う。例え何が起ころうと守る、必ずだ」


 そして口付けを……。

 二人だけの教会は静寂を持って祝福を謳う。

 悲鳴もない、罵声もない、ただただ静かに、眠るように。

 静けさは何もないこと、消失現象もないということ。


「今日からミナコは佐波真ってなる訳か、何か妙な感じだな」


「妙な感じって私のセリフよ……峻くんが旦那様か……」


「お、ならあれが出来るな。あなたご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」


「峻くんってちょっと古いよね考え方……」


 どうでもいい話なのにどうして楽しいと感じることが出来るのだろうか。

 一緒にいるだけで楽しい、側居られるだけで心がふわふわと宙へ。

 世界が一変する。

 ああ、なんて幸せなのだろう。凄惨な世の中だけど気持ちの持ち方一つでがらりと変わる。愛しい人の腕の中に居られるだけで前を向いて行ける、そう思った。


「じゃあそろそろ行こうかミナコ、……ん? 待てよ、皆川真でミナコだったんだ、今は佐波真……ならサナコだな、今日からサナコだ!」


「ミ、ミナコで良いわよ! サナコは変!」


「そうかぁ? まあサナ……ミナコがそう言うならミナコのままでいいか」


「うんうん、それがいい!」


 楽しい。嬉しい。輝かしい。

 私は幸せなんだ。

 世界が一変する。


 セカイガイッペンスル。


 不意に扉が開き教会中に開閉音が響く、私達以外に誰かが居たらしい。

 入ってきたのは小柄な少女だった、私と視線が合うと少女が微笑みこちらに駆けて来る。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんは結婚式してるの?」


「そうだよ、私達結婚したんだ……君はどこから来たのかな、お母さんやお父さんは一緒じゃないの?」


「ママは最初からいないの。パパは途中からいなくなっちゃった」


 まさか消失現象でこの子の両親は……。


「お嬢ちゃん一人なのかな? 他に誰かと一緒じゃないの?」


「ううん、ずっと一人だよ」


「峻くんこの子もしかしたら……」


「ああ、可哀想にな……お兄ちゃん達と一緒にいるか? 一人は寂しいぞ」


 そう言うと笑顔を咲かせた。


「一緒にいていいの?」


「ああ、構わないぞ。丁度お嬢ちゃんみたいな子供が欲しかったんだよ、いやはや早くもパパか俺……そうだろママ?」


「ママって私のこと! 新婚さんだったのにもうママだなんて気が早い!」


 でも悪くないかなママって言われるの。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんがパパとママになってくれるの?」


「ああ、パパでもお父様でも父ちゃんでも好きに呼んでくれ」


「本当に良いの?」


「うん、今日から私達は家族だよ」


「悪魔のワタシ何かでも良いの? キヒヒヒヒ」


 ぞわりと背筋を這うようにおぞましいモノが住み着いた、目の前にいたのは少女だった筈、しかし今は別の何かにしか見えない。

 ケラケラと笑う何かは異端なる存在と本能が告げる。


「お、お嬢ちゃん?」


「キヒヒヒヒヒ、なあにママ、アタシの顔に何か付いてるぅ? やっぱりそうだ、初対面の奴はママみたいな顔をするんだよね、ようやくだよ? 迎えに来たよ皆川真」


「え? どうして私の名前を知ってるの?」


「キヒヒヒヒ、あれだけ“仲良く”してあげたのにワタシが分からない? ま、この皆川真には初めて会うけど」


 何を言ってるの?


「面白いまでに何を言っているのって顔をしているし、キヒヒヒヒ、良いよその顔、ワタシ欲情しちゃいそう」


「お、お嬢ちゃん……?」


「お嬢ちゃん何て呼ばないで欲しいなぁ。さっきまでのロリっ子は演技なんだから、それともさっきの喋り方が良かった? ねえパパ、ママ? キヒヒヒヒ」


 不気味さが刺激したのか私の前に峻くんが出る、盾のように。


「ねえどうだった消失現象は、怖かった? 怖かったでしょ~? キヒヒヒヒ、わざわざここを最後にしてあげたんだから感謝して欲しいし」


「何を言ってんだ、お前は何者だ!」


「初めまして、ワタシの名前はロゼリア、十字次元の横から渡り歩いて来た悪魔だよ、そして皆川真を迎えに来たし」


「……迎え?」


 意味が分からない、さっきまで可愛い女の子だと思っていたのに今では不気味な何かにしか見えない。


「さぁ始まるよ、最後の仕上げが……キヒヒ、大丈夫大丈夫、皆川真は心配することなんか何一つも無いんだから、キヒヒヒヒ」


「全く、何時聞いても品のない笑い方ですわね?」


 第三者の声が後ろから聞こえた、直ぐに振り向くとそこには女性がいた。

 嘘、さっきまで誰も居なかったのに。

 いつの間に?


「何だよメイディア、アタシにいちゃもんつける気?」


「ふふっ、それ以外に何をつけると言いますの? まあそれはさて置いて、やっぱりこの皆川真は素晴らしいですわね、わたくしいけない気分になってしまいそうですわ」


「げ、また始まった、気持ち悪いし……まあ良いや、それよりもリーゼスは?」


「彼なら外に居ますわよ? 今回の見張り役は彼ですから。でも無駄かも知れませんわね、ここのパルテスが生きていればの話……不意打ちですけれど傷を負わせられたのは運が良かったですわね」


 理解不能な会話は余計に不気味さを増す、彼女達は何者で何が目的なの?


「で? レイス様はまだ来ないの?」


「違う場所で楽しんでいますわ。まだ時間が掛かるのではなくて?」


「詰まんないなぁ、暇だよ暇……ああそうだ、良い暇つぶしがあったね、それに皆川真のスペックを調べなきゃだし。キヒヒヒヒ、ねえメイディア、あのコワレカケはまだ大丈夫そう?」


「ふふっ、コワレカケは昨晩わたくしと有意義な時間を共にしましたわ、最後の晩餐みたいなものかしら。あの指、あの腕、あの太もも……他全てしゃぶらせて貰いましたわ」


「うげ、気持ち悪いし……まあ良いや、とにかくまだ保っているんだ、キヒヒヒヒ、良いね良いね、面白いことが出来そう。コワレカケを連れてきてよ」


 その後、背の高い女が連れてきたコワレカケが目の前に。

 これは何の冗談なの……?


 



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