キガツケバソコニ
暴力男と出会って数週間が経過した、妙なもので毎回休日になれば自転車を転がしてあの歩道橋へ向かう矛盾した自分がいる。
私は他人とは関わらないと決めていたのに何故会いに行ってしまうのか、理由は簡単なのだ、暴力男、佐波峻とはどんな奴なのか興味を示したから行動してしまうんだ。
あの真っ直ぐな目に生を感じた、死に潰されそうな私を貫いたあの視線が何なのか知りたくて、会う度にむちゃな理由をでっち上げるのだった。
どうして私は他人にこんなにも興味を示すのだろう。
まるで暗夜をさ迷う蛾のような……。
「で? 今日は何の用だよミナコ」
「えっと……散歩かな」
「散歩で隣町まで来るか普通、それも自転車で」
「分からないわよ? 世界は広いんだからそう言う奴もいるかも……」
「お前さ、暇人なのか? 毎回休日に来るけど友達とかと遊べば良いんじゃないか?」
「ああ、私友達いないから」
「……爽やかに友達いないと言われても困るんだが」
さすがに休日の度に来るのはやり過ぎたかもしれない。
元は縁もゆかりないただの他人なのだから。
「……やっぱり迷惑だよね」
「いや別に? 俺は休日は家で寝てるだけだしいい暇つぶしになる。それに……」
「それに?」
「あ、何でもない、気にすんな」
そう言われて気にしない奴っているのだろうか? とにかく迷惑には感じてないらしい。初めて他人に興味を持てた、こんな暴力男だろうと気になってしまう。
私はこいつに何を求めているのだろう。
「まあ良い、それよりも腹減ってんじゃないか? もう昼だしな」
「そうね、お腹減ったわ」
「やっぱり大食らいミナコだな……もしかして飯の為に通ってきてないかお前……」
嫌そうな視線を感じるが数週間こいつと付き合って(変な意味ではない)分かってきたことが多々ある。この歩道橋近くの鉄工所で働いていてそこの見習いらしい、給料が少ないから毎日大変らしい。鉄工所は個人経営で社長は大柄なおっさんだとか。社長の奥さんが凄く美人でいつもお昼を社員に作って上げてるらしい。ちなみに社長のことをボスと呼んでいるとか。
仕事のことに関してはこれくらいで、次に些細な情報も得た。佐波峻の好物はバナナだとか、将来の夢は俳優になりたいとか、身体能力は何気に高いとか。まあ情報が少ないがこんなところかな。
空腹な私達が向かった場所は彼の行き着けの牛丼屋だった。またかと呆れてしまうが価格がリーズナブルでいっぱい食べられる利点はプラスだ。ただ味は普通かそれ以下だけど。
食事を終えるといつも解散するのが日課になっている、しかし佐波峻と言う男をもっと知りたいと思っている。得ている情報は些細なものばかりで彼の本質が何なのか分からない。
何故私はこいつに興味を抱いてしまったのか、その答えを知りたいのだ。
「……あんたってどこに住んでるの?」
「あ~右」
「……右じゃ分からないわよ」
「じゃあ左」
「じゃあって何よじゃあって!」
落ち着け私、こいつはこんなアホなことを言うのが日常茶飯事だと学習してきたじゃないか。
「う、そんなに睨むなよ……シワ増えるぞ?」
「あ、ん、た、死にたいの?」
「俺は生きたい。死ぬなんて真っ平だ……住んでんのは鉄工所のボスの家だ。開いている部屋を借りてんだよ」
「ふーん……」
お邪魔させて貰っても良いかな。まあその、こいつの暮らしを知れば何か分かるんじゃないかと期待をしているのだ。
だってこんなにも鬱陶しく通ってくる私を文句は言うが決して拒絶しない、何故私なんかを側にいさせるのだろうか。
そして――あの夜、死のうとした私を助けたのか。
関わり合うデメリットをものともせずに助けたのか。
それが一番の理由なのかも知れない、彼に興味を持った動機って奴は。
佐波峻、あんたは一体何者なの?
聖者?
愚か者?
それとも……ただの気紛れる存在?
「ねぇ、あんたの部屋に連れてってよ」
「は? 何でお前を俺の部屋に……別に構わないがいやらしいことをしてしまうかもな?」
「別に良いよ……いつかは誰かとそういう関係になるんだろうけど、私は多分これから先、そうなりたいと思う相手は現れないから……現れても私が拒絶する」
個を貫くと決めた、目の前のこいつは一時の気紛れみたいなもの。こいつだって私にはないものを持っているからそれが知りたかっただけで、所詮他人は他人……。
自らの体で私に無いものが得られるのならこの身がどうなろうと構わない。だって一度死へ踏み出そうとした、体を捨てようとしたのだ。今更大切にする道理があるとでも?
「どうせ分かってるんでしょ? あの時私が死のうとしたこと……助けてと言った覚えは無いけど、初めて他人に興味を持た、まあそれは些細なものだから……まるで暇潰しみたいな日々だったわ佐波峻、ちょっとだったけど楽しかったわ」
「……お前何を言ってんだよ」
「この日々へのささやかな感謝に……私の体を捧げるわ、どうせこれが他人へ興味を持つ最初で最後、私はこの先に希望って奴が持てないから……まあ女として生まれたなら一度くらいそう言った体験をしてから……」
「死ぬって言いたいのか?」
ピタリと音が死んだ。車や雑踏は変わりなく動を見せ付けているが、私達の時間が止まったかのような奇妙な空間に閉じこめられた。
あれ、どうして息苦しいのだろうか? それにどうしてこいつの目を魅入ってしまうのだろう。なんであんなことを言った? あそこは私の体にムラムラしたんでしょなんて戯れ言で済む話だったのに。
この奇妙な関係に違和感を持って自ら壊したのか。
今、佐波峻は何を考えているんだろうか?
「……このバカ女!」
封鎖空間を破壊する開口一番の言葉がしばし頭に入ってこなかった、またバカ女と言われたと認知したのはその数秒後、怒りが込み上げて来るかと思いきや全くの静寂、変わりに来た感情は恐怖だった。
こいつは今から私の中へ触れるのだ。
「何が希望を持てないだ! お前はただ逃げてるだけだろうが! 他人に興味が持てない? 未来がどうなるか分からない? 笑わせんな、お前は戦おうとしないで逃げてるだけじゃないか! 現実と戦う勇気を持てないだけだろうが!」
逃げている? 私が?
「ええそうよ逃げてるわよ! 何も知らないくせに、偉そうなことを言わないで! あんたなんかに何が分かるのよ! 私の両親は幼い頃に死んだ! 親戚もいない、だから施設で暮らしてんのよ! 私には自分の居場所が無いの! 私は、私は……何を希望にして生きていけば良いのよ! あんたには分かるっての!? だったら教えなさいよ! 希望なんてどうやって持てって言うのよ!」
全てを晒してぶちまけた、悲しみと怒りが混じり合ってすり潰されてしまいそう。
涙が溢れて来る、たくさんたくさん落ちて雨になる。大地に恵みをもたらすのが雨なら私の涙は何をもたらす?
「……それで全部か?」
「……え?」
「言いたいことはそれで全部か?」
「……何が言いたいのよ」
「喚いて、泣いて、叫んで……お前はさ、本当は死にたくないんじゃないのか? 本当に死にたいなら喚かずに、泣かずに、実行するだろ? 何で知りたがるんだ? 何で泣き叫ぶんだ? それってさ、死にたくないって表れじゃないのか?」
興味が持てないんじゃなくて、持とうとしなかった? 生きることから逃げていた?
それが正体なの?
なら私は自分で自分の首を絞めていたっての?
「死にたくないから……だからあの日、涙を流したんじゃないのか? バナナ食ってさ、生きてるって実感出来たんじゃないのか?」
「…………分かったようなことを言わないでよ……」
こいつに何が分かるのよ、私のことは私にしか理解出来ない。
他人のあんたなんかに何が分かるんだ。
しばらく沈黙が流れた、ああ息苦しい。
あいつの視線が私を貫くかの如く刺してくる、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに。
苦しみの中、佐波峻は言葉を発する。
「……お前まだ時間大丈夫か?」
「え? 時間……?」
「どうなんだよ、大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫だけど……」
何の話をしているのこいつは?
「ミナコ、ちょっと俺に付き合え」
「え?」
「良いから黙って付いて来い」
何をする気なの? あれだけ罵倒したのに何を。
「来るのか? 来ないのか?」
「……行けばいいんでしょ行けば……」
じっと見つめられているよりも背を追いかける方が容易そうだ。だから黙って奴の後について行く。
何やってるんだろうな私は、さっさと帰れば良いのに。
でもどこに帰るの? あそこは私の居場所じゃない、真に帰るべき場所は無いじゃないか。
だからついて行くしかない。
綺麗だと天を見上げた、憂鬱な状態は内なるものであり、あの青い空はそんなこととは関係無く晴れを上映する。まるで一人だけ罰を受けて外に出され、家の中では笑い声が絶えなく籠もる。そんな寂しさを感じていた。
佐波峻の背を追う、ただただそれだけを見詰めて畏怖が手を引く。付いて来いと私をどこへ導くのか。
全てを晒け出した、何もかも隠さずに。負の感情ではあったが他人に心を渡したのだ。
例えるならば硝子のカケラ、脆くて鋭い切っ先が佐波峻を貫いた、彼はそれを肯定とし、言葉に感情を織り交ぜ叫んだ。
何を考え、何が突き動かすのか。
硝子のカケラは心、壊れやすくて綺麗で。自身の手に硝子を食い込ませてまで突き刺したカケラは彼に何を決意させたのだろう。
ああ、怖い。
逃げ出したいここから。
これから何が待っている?
そんな思考に蝕まれ始めた刹那、とある言葉が脳裏を掠める。
『逃げているだけだろうが!』
そう、佐波峻の言葉だ。
なる程、私の思考は本当に逃げることに特化しているらしい。
何で怖いのだろうか?
どうしてそんなことを思う?
私は何に恐れを抱いてしまっているのか?
歩道橋から身を乗り出した時は恐れなんか感じなかったのに。そんなものよりも安堵を感じていたのではないのか? もう直ぐ父さんと母さんに会える、そう思うだけで車が天使に思えた。
私を連れて行ってと喜んで落ちようとした筈。
それなのに佐波峻が助けた。
そして強い生を感じる瞳が私を焼く、焦がし、居座り、興味を持たせた。こいつの光は何なんだと知りたくて今ここにいる。
じゃあ今感じている恐れは何?
何が怖いの?
皆川真は佐波峻を恐れている。
彼が何を語るのかが気になるのだ、そうだ、気になっているんだ。
何を言う? 私に何を?
その言の葉を恐れている――。
あれ? 何だろうこの感情は、何かに似ている気がする。
私は……。
「着いたぞ」
掛け声が現実に引き戻させ組み立てて来た思考を停止させてしまう。目の前に広がる風景を眼球が忙しなく取り込み脳へ。
「……ここは?」
とある町中の裏手側に張り巡らされた道路沿いにコンクリートで作られている建物があった、二階建てで上は多分民家として機能しているのだろう、ベランダには洗濯物が干してある。
一階は倉庫のような広い作りで中には何やら機械が見え隠れしていた。
「ここが世話になってる鉄工所だ。今日は休みだがボスは仕事道具の手入れをしてるんだよ、ほら奥の方にゴツい男がいるだろ? あれがボスだ」
確かに男が一人奥にいて何やら作業に勤しんでる姿が。
「……それが何なの?」
「そんでもって、奥の隅っこに三輪車が置いてあるだろ?」
色褪せたピンク色の三輪車がひっそりと置いてあった、古そうだけどボディには艶があり毎日手入れされていることを教える。
「三輪車が何だって言うのよ! あんた私をからかってるの!」
「からかう気はない。あの三輪車はボスの娘さんのものだったもんだ」
「……だった?」
「亡くなってるんだよ、随分と昔にな。まだ五歳にもなってなかったって話だ」
「…………どうして亡くなったの?」
「交通事故だったらしい。当時の新成人が飲酒運転らしくて……事故った、娘さんは即死だったらしい」
事故……。
私の両親も事故で亡くなったって聞いてる、共通するものが親近感を育んだ。
「毎日三輪車を磨いてんだよ、まだ買ったばかりで一回しか乗ってなかったけど立派な形見だ、娘さんのことを今でも忘れられない……いや、忘れるなんて出来ないよな、大切にいつも磨いてる」
形見か、私にはそんなものはない。あろうことか顔すらも分からない。
「……俺はさ、中卒で高校行ってないんだが、元々高校進学をする予定だったんだよ、ちょっとした出来事で行けなくなった」
「何が……あったの?」
「……俺が進学の為に学校で勉強会があってさ、それを受けて帰りが遅くなって、帰宅するとさ、家が真っ黒なんだよ夜なのに……不思議だなと中へ入ると…………父さんと姉さんが倒れてて……急いで助け起こそうと体に触れたらすっげぇ冷たくてさ……」
「それって……」
一呼吸置いて彼が告げる、寂しげに。
「ああ、死んでたんだよ」
「警察が調べたら部屋が荒らされているのを見て強盗殺人って断定したんだ……母さんは俺が小さい頃に病気で死んでるんだけど……また家族が死ぬなんて思いも寄らなかった。ばあちゃんに引き取られてたんだが……父さんと姉さんの死に顔が頭から離れなくて苦しんだ、夜は眠れずただただ時間が流れていく……それが凄く遅く感じて何度朝日を待ち遠しく感じたかな。
夜は嫌なことばかり思い出させる……それに絶えきれなくなってばあちゃんの家を飛び出して夜の町をさ迷った。周りの人全てが幸せそうに見えて惨めさを感じた、心に穴が開いたような感じが……何か嫌だったな。さ迷い歩いた果てに疲労感に襲われてさ、楽になりたくなったんだ。
気付いたら道路に向かって歩き出して……ヘッドライトが眩しいと思った時、誰かに手を引かれたんだ……手を引いたのはボスだった」
佐波峻は頭を数回掻くと視線を上へと向ける、多分過去を思い起こしているのだと思う。その横顔は寂しげで儚くて、まるで私のよう。前に鏡で自分の顔を窺った時、私は彼と同じ顔をしていた。
再び佐波峻は過去を語る。
「ボスはさ、直ぐに歩道に連れ出して怒ったんだよ、『バカ野郎! 何考えてんだ! お前が死んだら周りに迷惑が掛かるんだぞ!』って。ミナコに初めて会ったときに言った台詞は俺がボスに言われた言葉なんだよ。……でさ、何があったのかと聞かれて全部話した、するとボスが腹減ってないかって近くのラーメン屋に連れ出してラーメンを食べさせてくれたんだよ。一口食べたら味は普通だけどさ、腹が減ってるって気が付いて夢中で食った。お代わりまでしたんだよな、今死のうとしてたバカが腹が減って夢中でラーメン食べて……満腹になる頃に初めて気が付いたんだ、泣きながら食べてたことに。
そうしたら死のうとしてたのが少し馬鹿らしくなって来てさ、食べている間自分が生きてるって実感できた。ボスは食べている間は何も喋らなかったけど、食い終わった後に娘さんの話をしてくれたんだ」
佐波峻の亡くなった父親と姉、ボスって人の子供、そして私の両親。同じ痛みを持っているんだ。そう考えると何故佐波峻に興味を持ったのか、目の光の意味、それは同じだったから。
彼は私と同じ……。
「ボスも俺と同じで大切な人を失っていた……でもボスはきっぱりと俺と同じじゃないって断言した。それは周りが見えてないから……いや、見ようとしてない。自分だけが不幸な主人公気取りでバカだったんだよ、自分の弱さに負けて、それを嘆いてバカな行動に走った。何故自分は生きているのだと自信を持てないのか、今生きていることが幸せなんだと何故気が付かないのか。
そうボスに諭されたよ。苦悩や不幸は誰にだってある、形を変えて。それを乗り越えることが試練だと……。大切な人が居なくなって悲しい。だから自暴自棄になるのが正しいのか? 死んだ人が欲しかったものは多分、生なんだと思う。それを持つ俺やお前がそれを捨てようとするなんて死者への冒涜じゃないのか? 生きたかった筈だ、もっと生きて何かをやりたかったんじゃないのか? 突然の死に納得が出来るのか?
生きている者が出来ることは……今ある生を大切にして、使い切ることだと俺は思う。死はいつか必ず来るんだ、悲しくて死ぬよりも俺は笑って死にたい。ミナコ、生きてみないか? 家族が歩む筈だった生を……」
「……周りが見えてなかったか。確かにそうかも知れない、でも死んだ人全員がそれを望む? 羨ましいと思うわよ、自分だけが死んで、生きてる者に向ける感情は嫉妬や怒りだよ。それに生きたからって何があるの? 私にはもう家族がいない、大切な人なんかも居ない、そんな私に相応しい居場所でもあるって言うの?
どんなに奇麗事を言ったって独りじゃない! 私は独りなのよ! 家族がいない孤独な奴なの! たった独りで生きて何が楽しいの? この世界を絵で例えるなら私は白い絵の具! 絵に一滴でも付けば絵を台無しにするの! ほら、白い私に居場所なんかないじゃない! だから、だから私は……」
「ミナコ、それが周りが見えてないって言ってんだ。居場所が無いから死にたい? 甘えるな。居場所って奴はな、求めるもんじゃない、創るものだ……お前は家族がいないって言ったな? 本当にそうなのか? 家族って奴は血の繋がりだけなのか?」
「……何が言いたいのよ」
こいつは何を言っているんだ? 周りが見えてないってどういう意味なのよ。
私は何か間違っていたとでも言うの?
「お前話してくれたよな施設での暮らし、一緒に暮らしている子供達はどうなんだよ? 世話してくれる先生はどうなんだよ? 本当にその人達は他人で、家族じゃないのか?」
「は……はは、何を言うかと思ったらそんなこと? 断言するわよ、あいつらは他人よ。職員だって仕事何だからそんな感情は持ってないわよ」
「……それ、本人に確かめたのか? それともそう言われたのか? ミナコ、本当は気が付いてないだけじゃないのか、お前を本当に思ってくれている人が近くにいるんじゃないのか」
そんな訳無い、私何かを思ってくれる人なんかいるもんか!
「…………私帰る。もう貴方とも会うことはないわ」
「待てミナコ、お前……」
「うるさい! 私なんか放っとけばいいじゃない!」
「放っておけるか! 俺と同じ様に苦しんでいる奴を他人ごとなんかには出来ない!」
まただ、貫くような強い生を含む眼差しが私を焼く、その光が羨ましい。
私には無い、手が届かない。
無いものを見せ付けて……。
そのまま踵を返し駆け出す、ミナコと呼ぶ声が耳奥に張り付いて離れない。
どれだけ走ったのだろう、息を切らし、疲労感が足を重くする。
何で走っているの?
ただ、逃げているだけ。
そう、逃げているのだ。
佐波峻から、現実から。
走り疲れた体は休息を欲して目に映った公園へと辿り着かせ、ベンチに腰を下ろす。何度も呼吸を荒く吸い込み吐き出す。それが落ち着く頃に冷静さが帰省するのだった。
「……あ、自転車忘れて来ちゃった」
と声に出すが取り分け自転車に固執している訳でもない、ただそんなことよりも自責たる言葉が当てはまった。
「……私、何をやっているんだろう」
佐波峻を拒絶した瞬間、彼が寂しげな顔を見せたのを思い出していた。
「……言い過ぎたかな」
同じような状況であいつは独りの寂しさと辛さを知っている。
でも、幸せそうに見えるのは何故?
――気付いていないだけ。
彼はそう言った、私は何に気が付かなければならないのだろうか。
頭の中に渦が巻いて思考が混線する、まるで台風みたいだ、様々なことを考え悩むが、台風の目は空白。もう会うことは無いと告げてからこの空白が苛立たしくて、でも虚しさも感じてしまう。
どうしてこんなにも精神って奴は悩ましいのか、いっそのこと無くなってしまえば何も考えなくて済むのに。
出来るわけがないと苦笑し、空を見上げた。
「……うそ」
天は黒衣を纏い星なる光を散りばめて太陽を休ませていた。今何時だろう? 腕時計で確認すると夜10時半を過ぎた頃である。
急いでその場を後にした、まさか夜になってるなんて夢にも思わなかった、さっきまでまだ明るかったのに。こんな遅くに帰ったらまた説教を食らうだろう、そう考えると憂鬱だ。
佐波峻のことはもう忘れよう。
私には彼が眩し過ぎるのだ。
当然の結果と言えばまだマシだろうかと溜め息を吐き出すと、その行為はこっちがしたいと呆れ顔で施設の先生にお仕置きとの名を関する正座を強要されるのだった。
時間はもう夜の12時5分前、45歳の女の先生はガミガミと説教をした挙げ句の果てに外出禁止の令を承ることに。
「こら! わたしの話を聞いているのまことちゃん!」
「……聞いてます」
「はぁ……大人しい子かと思ってたらこれだ。わたしが当直じゃなかったら貴方打たれていたわよ? 男の先生は痛いわよ」
「……はい、すいませんでした」
他人行儀たる敬語で女先生、川上牧子に返答する。この先生は施設では古株であり、ベテランと称せるだろう。中肉中背で髪はパーマになっていて少し赤い。トレードマークの緑のエプロンを仕事着としてここで働いている。
ここに引き取られた頃からいて、私の幼少期を知る数少ない女だ。まあそれだけの話で別に何とも思ってはいない。
「まことちゃんお腹空いてない? 食堂が閉まる前におにぎりを作っておいたけど食べる?」
「……いただきます」
要らないと拒絶しようかと思ったが空腹には勝てなかった、目の前に大きなおにぎりが3つ、傍らに沢庵が添えられていて涎が出そう。
勢い良くおにぎりを頬張る。美味しい、中の梅が酸っぱいがそれがまた美味だった。
「よっぽどお腹が減ってたのね、いつもなら要らないって言うのに」
「……それなのに用意してたんですか?」
「ええ……食べなくてもわたしの夜食になるからね、あ、でも太っちゃうか」
――周りが見えてない。
不意にあの男の言葉が再生された、どうして今あいつの台詞が甦るのだろう。謎のまま時計に視線を向けるともう12時40分で当直の川上先生以外は起きていない。
でも、この前遅くなった時は当直でもないのに川上先生は起きて待っててくれたな、ま、その後怒られたけど。
おにぎりを平らげると満腹感に満たされて落ち着くことが出来た、 お茶を貰いそれを飲むと芯から温め、抱き締めたような感覚が冷えた体を包む。これが生の実感だとでも言うのだろうか、あの日バナナを食べて満腹以外に何を得たのか。
また佐波峻の顔が脳裏を横切る。
「お腹いっぱいになった?」
「え? あ、はい、いっぱいです。ありがとうございました」
「いいのよ……ねえ教えてくれないかな、どうしてこんなに遅くに帰ってくるのかを。……何か悩み事があるんじゃない?」
川上先生が私の中に触れようとしている。
「別に何でもありません。ただの……気紛れですから」
「……そうやってまた他人を邪険に扱うのね。小さい頃はどこにでもいる普通の女の子だったのに」
「私は普通の女です。邪険になんか……」
「してないって言いたいの?」
今日はいやに突っかかってくるな、いつもなら呆れて会話が終わるのに。
「……先生、私に何か言いたいことがあるんですか?」
「いっぱいあるわよ言いたいこと、高校生が夜中に帰って来たことや無愛想なとこ、箸の持ち方がおかしいこともそうだしピーマンくらいは食べられるようになって欲しいこととか……どうしてそんなに悲しそうな顔をしているのかってことも」
「……え?」
悲しそうな顔? 私が?
「まことちゃんはいつも独りで悩んで閉じ籠もってるから心配なのよ、もし何か悩んでいるなら相談して欲しいの」
「……だ、大丈夫です。私は何も悩んでなんか……」
「そうやって逃げないで、困ったことがあるなら誰かに相談することが大切なのよ? 大丈夫、どんなことになったってまことちゃんの味方だから」
「何でも無いって言ってるじゃない!」
ハッと気が付いたときには手遅れだった、驚いている川上先生の姿が目の前に。
何をやってるんだ私は。
「……もう寝ます、お休みなさい」
そそくさとその場を後にする。
また逃げた。
何で叫んだ? 感情を殺して接することが個を貫くことになるのに。それにどうして私は悲しそうな顔をしていたのだろう。
それから……。
川上先生が最後に見せた悲しそうな顔が頭から離れないの? その顔が佐波峻と重なるのは何故?
もう頭の中がグチャグチャだ。それに疲れた、本当に疲れた。今日はもう寝てしまおう。
施設での暮らしで自分の部屋なんかは無い、集団生活が日常になる。私の場合にもそれが当てはまり、他の子と自分を入れて4人で一つの部屋を共有している。ちなみに私がその中で一番の年上だ。
部屋にはいるともう薄暗い、仕方がないかもう消灯時間だから。入り口の右側に二段ベッドが2つ並べてありそこで同じ部屋の子達が眠っている。
反対側の左には勉強机が4つ、ここは夜8時には勉強時間と題して1時間は必ず勉強をしなければならない。ただ高校生は免除だけど。
自分の机に荷物を置いてそのまま着替えずにベッドへと向かった。入り口に近いベッドの上段が私の寝床、ちなみに下段には今年小学生になったばかりの女の子が眠っている。
ベッドへ上がろうとしたとき下段の女の子の額に熱を冷ますシートが付けられているのが目につく。どうやら風邪をこじらせたらしい。まあ私には関係が無いけど。
そそくさと上がり布団に潜り込んだ、すると一気に静けさが居座る。
今日はどうかしていたんだ、佐波峻なんかどうでもいい。川上先生だってどうでもいい。ついでに下段の女の子だってどうでもいい。
早く寝てしまおうと瞼を閉じる。
しかしこんな日に限って眠れない。
頭の中で羊を数えると眠くなると言うけどそんなことは面倒臭い、なら何か別のものを空想したらどうだろうか? 別に空想じゃなくてもいい、昔を振り返るとかいろいろあるじゃないか、そうしていればその内眠くなるだろう。
そうして私は空想を始める。
確か何かの本で読んだな、何もかも全てが同じ世界があるらしい。確かパラレルワールドだったっけ、世界も人も同じで自分と瓜二つの人間もいる。
そして違う人生を謳歌しているという。
だったら父さんや母さんと一緒の私がいて、もしかしたらまだ見ぬ弟か妹が居るのかも知れない。そうならば羨ましいな。
もしそんな世界があったなら行ってみたい、そうしたら別世界の私と入れ替わって楽しく暮らしたい。
父さんと母さんが側にいるだけで私は……。
「……馬鹿みたい」
妄想に魅力されそうになる自分を恥じた、現実はそうではないのだから。それに別の世界ってことはそこにいる父さんも母さんは別人、私が会いたい人じゃない。
溜め息を漏らし別のことを考えようとした刹那、下段からコホンと咳をする声が鼓膜を揺らす。風邪か、そう言えば小さい頃高い熱を出して寝込んだことがあったっけ。熱が40度も出てなかなか下がらなくて、数日布団から出られなかった。
他の子に移すかもしれないから当直室で寝かされたっけ。外ではみんな遊んでいて寂しかったな。まだ父さんと母さんが迎えに来てくれると信じていた私は何度心の中でお父さん、お母さんと呼んだだろうか。
当直になる先生が世話してくれたけど安静に寝ていなさいと言うだけ、食事や薬、着替えなんかをしてくれた後は寝かせているだけ。でも川上先生は違った。ずっと手を握っていてくれたな、夜中も手のあいたときは必ず手を握ってくれた。
それが嬉しかったな。
……あれ?
『周りが見えてないから……いや、見ようとしてない』
突如再生された佐波峻の言葉が胸を締め付けた。
『居場所が無いから死にたい? 甘えるな。居場所って奴はな、求めるもんじゃない、創るものだ……』
まただ。
周りが見えていないんじゃなくて見ようとしていなかった。
川上先生に手を握られて嬉しかったのに、どうしてこの気持ちを忘れていたのだろうか。
今思えば川上先生がいつも側に居てくれた気がする。
小学生の時初めてテストで100点を取ったときは自分のことのように喜んでくれて、誉めてくれた。みんなには内緒だと言ってアイスクリームを買ってくれたことがあった。足をケガをして慌てて近所の病院まで連れて行ってくれた、背負って。休日なのに個人的な買い物に付き合ってくれた。
今日だってそうだ、私なんかの為におにぎりを作っておいてくれた。こんなことを仕事と割り切って出来るもの? 夜中まで起きて待っててくれた、残業代なんか出ないはずなのに。
居場所が無いと嘆いていじけていた、でも本当は直ぐ近くにあったんだ。
そこには父さんと母さんはいないけど、けど私を思ってくれる人がいた。
それなのに逃げてばかりだった。
居場所が無いから死にたい。
私は馬鹿だ、居場所は近くにあったのに、手を差し伸べていたのにそれに気が付かず拒んだ。佐波峻の言う通りだったんだ、彼はそれを知ったから気が付かない私に悟らせようとしたんだ。
もしかしたら本当は気が付いて居たのかも知れない、でも見ない振りをしていた。
そうか、素直じゃなかったんだ私は。
私は……本当にバカ女だ。
自責が反転した思考より生まれ落ちた、自ら閉ざした心はやはり自ら開くしか開放する手段はない。
居場所は自分で創るもの、それを今しなくていつするの?
佐波峻の訴えは私を生へと導く鍵だった、扉そのものだった。沼に溺れる私は垂らされた綱を掴むどころか払いのけていたのだ。
「私……私……」
彼に酷いことを言ってしまった、それだけじゃない散々と失礼なことも。
それは川上先生にも当てはまる。もしかしたらこれまで出会ってきた人達もそうやって傷付けたのかも知れない。
私はどうしたらいい?
変わらなければならない、今までの自分を改めないと父さんと母さんが悲しむんじゃないの? 顔も知らない両親だけど私は貰ったものがあるじゃないか。
それは命。
掛け替えのない命を粗末にすることこそ愚の骨頂。
私は生きなければならない、無いものは自分で生み出す。
それが私に足りなかったもの。
居場所は自分で創るもの――。
ああ、それこそが座右の銘だったのだ。
闇夜に馴らされた瞳が壁に掛けられた時を刻む針を探し当てる、それと同時に爽やかな光も捉えた。もう朝の5時を過ぎた頃だった。
皆、就寝中で寝息がBGMだ、今日は本当に眠れ無かったな。
喉の渇きに気付き水を飲もうと布団から這い出す、他の子達を起こさないよう注意しながら。
廊下はひんやりと冷気を保存していてなかなかに寒い。しかしそれらは陽向が咲く頃に消えてしまう。
光が闇を照らすように。
「あら、もう起きたの?」
廊下を抜けた先にある洗面所に川上先生がいたのだ。
「……おはようございます」
「はいおはよう」
「……あ、あの、先生はもしかしてずっと起きてたんですか?」
「まあ色々やることがあったからね、まことちゃんの下にけいちゃんが風邪で寝てるでしょ? それが心配だったのが一つと小学生のちびちゃん達の体育服のぜっけん付け、まあ今日わたしは休みだからこの後寮に帰って寝るだけよ……ふぁ、んん……眠いわね流石に」
どうして……。
「どうしてそこまでするんですか? こんなことしたってお金に何かならないでしょ? それなのに……」
「何言ってんのよ、お金が欲しいならもっと割りの良い仕事をしているわ。ここは当たり前のように残業があってお給料だって少ないしね」
それでもと言って先生は私の瞳を見詰める。
「子供達が大きくなってここから巣立って行く姿を見るのがわたしの生きがいかな。本当はねこういった場所に来ることはあまり喜ばしいことではないの。卒園した子が社会にでて、その子の子供がまた来ることもあるんだけど……でもそんな辛い日常を乗り越えて社会に羽ばたいてくれる姿は凄く素敵だと思う。
個人的な思いだけど、そんな子供達の為に何かをして上げたいって心から思うの。だからまことちゃんが困っていることがあるのなら力になりたい。わたしまことちゃんとは血の繋がりなんかは無いけど、けど、本当の子供のように接してきたつもりよ?」
病魔に苦しむ私の手を握っていてくれた、その温もりが嬉しくて安らいだ。もし母さんがいたらきっとこんな感じかなって思った。
けどそうじゃなかったんだ。
川上先生は私にとって保育士だけでなく『母』でもあったんだ。こんな近くに『母』がいたのにどうして私は気が付け無かったんだろう。
「まことちゃん……?」
感情が具現化して視界をぐにゃりと曲げる、逃げ出すように視界を改変させた要因が地に降る。次から次へと落ちて一筋の道を頬に。
止まらない、止まらないよ。
「どうかしたのまことちゃん!」
心配そうに駆け寄る川上先生にまた瞳を潤わせ決壊、水滴と同時に漏れたのは言葉だった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「まことちゃん?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
何に謝罪しているのだろう。
周りを見ようとせずに個を貫かんとしていたことか。
手を差し伸べてくれていたのに気が付かなかったことか。
もしかしたら全てに謝罪しているのか。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私、私……」
「……謝ることなんかないのよ、大丈夫よ、大丈夫」
それでも謝らせて欲しい。
愚かだった自分が許せないから。
謝罪を繰り返し、それを受け止めてくれた川上先生の優しさに凍り付いていた心が解凍されて行く気がする。
気が付けばそこに居場所があったのだ。
だから私にはやらなければならないことに気が付く。
「……川上先生、帰って来たら全部話しますから」
「え? 帰って来たらって……」
「私行かなきゃならない。大切なことに気付かせてくれた人がいた、でも私は拒むだけで聞き入れようともしなかった……それでもこんな私の為に本気で向き合ってくれたあの人に謝りに行かなきゃ……酷いことを言ったの、だから、だから……」
彼に謝らなきゃならない。
愚かだった私に気付かせてくれた彼に謝らなくちゃ。
「まことちゃん、貴女は外出禁止でしょ?」
「そ、そうだけど……どうしても行きたいの! 謝らなくちゃ……あの人は恩人だから……それにそうしないと私は前へ進めないから」
「……そう。だったら行ってきなさい」
「……良いの先生?」
「ええ。但し謝ったら直ぐに帰ってくるのよ? 後他の先生に見つからないようにね」
「は、はい! ありがとう先生! 私……行って来ます!」
直ぐに部屋へと戻り着替えを済ませて飛び出そうとしたが病気で寝ていたけいちゃんの乱れている布団をかけ直してやり、ついでに額に手を当ててみた。熱は下がったみたいだ。何だろう初めて人に気遣いをして、むず痒いような感覚に陥る。
少し恥ずかしくなって慌てて飛び出た。深呼吸をして落ち着かせ、そして駆け出す。隣町まで時間は掛かるけど謝らなきゃならない。
あの日、彼が私を助けてくれなければ大切なものに気が付かずに死んでいただろう。
でも彼が繋ぎ止めてくれた、この世界に。
だから感謝もしないと駄目なんだ。
隣町に到着する頃にはもう太陽は頂きに辿り着く手前だった、流石に歩くと大変だ。後は記憶に道案内を頼むしかない、佐波峻が働く仕事場へ。
何度か迷いそうになったがどうにか鉄工所へ到着出来た。火花を飛び散らせながら溶接に没頭する怖そうなお兄さんやおじさん、数人の作業員が見えた。
その中に佐波峻の姿がない、どうしよう今日は休みだったのだろうか。佐波峻に会わなければならないのだ、居ないのなら居場所を聞き出さなきゃ。
「よ、良し……」
「何が良しなんだ?」
「きゃ!」
突然話し掛けられ不覚にも悲鳴を上げてしまった、落ち着け私。
それに待ち望んだ声でもあるのだから。
「もしかしてまだ文句が言い足りなくて来たのか?」
「ち、違うわよ……えっと、その……」
「はっきりしろよミナコ」
振り向いた先に佐波峻が立っていた。
「そ……そうよ! 言いたいことがあって来たんだから!」
ああもう何を言っているんだ私は、生意気な態度じゃなくてもう少し誠実な対応をしようと思っていたのに。
でも彼の前では深層に隠れた私が姿を現すのだ。
「……何だよ言いたいことって」
「えっと、えっと……えっとね……あの、その……ど、どうして私の後ろにいたのよ! あんた仕事は良いの!」
「何言ってんだよ俺は仕事中だぞ? もう直ぐ昼だから飲み物の買い出しに行ってたんだよ、俺は見習いだからパシりも仕事の内なんだ」
「へ、へぇーーそう」
確かにビニール袋を持ってるし缶ジュースがちらちらと見える。
「で? 俺に言いたいことがあったんじゃないのか? それにもう俺とは会わないんじゃなかったのか?」
「う……」
言い返せない。
どうしよう、いざ目の前にすると心臓がバクバクって暴れて私を苦しめてしまう。ここに来た目的は忘れてない、彼に酷いことを言ってしまった、それを私はどうしたいの?
謝りたい、そして感謝を。
回りくどい言葉はいらない、素直な気持ちをぶつけるだけだ。
「どうしたんだミナコ、黙っちゃってさ……おいミナ……」
「ごめんなさい!」
「へ?」
「わ、私……貴方に酷いことを言ってしまった、貴方は私の為に言ってくれてたのに私はバカだからそれを拒絶するしか出来なかった……貴方が言ってくれたことをやっと理解出来た。居場所は自分で創るもの、私を大切に思ってくれてる人が近くにいたのに気が付けなかった。私は生きなきゃならなかったんだ、生きて自分で幸せを築かなきゃならないから……それを教えてくれた貴方に感謝しなきゃならなかったのに……だから、だからごめんなさい! そしてありがとう! 気付かせてくれてありがとう!」
言いたいことは全部言った筈だ、もう素直な気持ちを伝えるしか手段はない。
佐波峻はどう思っただろうか、許してくれるだろうか。
「ミナコ……」
「は、はい!」
「謝罪したいのか感謝したいのかどっちなんだよ」
「う……えっと、両方……かな。だって貴方は私を助けてくれたし、気付かせてくれた。それなのに酷いことを言ったから……だから両方かなって」
やっぱり怒ってるよね?
そう問うと首を振る。
「いや、嬉しいよ正直な気持ちはさ……ミナコが生きることを選んだってことだろ? それが凄く嬉しい……確かにもう会わないと言われて心配だったけど、今のミナコは気が付くことが出来たんだ、だからこれからだろ? これから自分の居場所を創って笑えよ……それだけで俺は報われる」
「……うん、私頑張ってみる。私は変わらなくちゃならないから……そうしたら父さんと母さんがきっと喜んでくれるから、誇らしいと思ってくれると思うから」
「ああ。……ミナコ、お前さ前に言ったよな? 自分は絵に垂らされた白い絵の具だって。絵を台無しにするって言ったけど……俺はそうは思わない。空の絵に白が垂れたなら雲に描き換えればいい。草原に垂らされたなら白馬を描けばいい、翼をつけてペガサスでもいいし角をつければニユコーンだ。好きなものに描き換えれば絵の主役にだってなれると思うぜ?」
居場所は自分で描く。
彼はそう言いたいのだ。
この日から私は生きることにした、気が付けばそこに居場所はあったのだから。




