シアワセナセカイデ
私が物心付く頃には家族何てものの温もりとは無縁だった、正に天涯孤独が当てはまる。
父の顔を知らない、母の顔も知らない。
聞いた話では両親は交通事故で亡くなってるらしい、幸いにも私は運良く生きながらえた、深い孤独を代価に。
唯一残ったのは母譲りの栗色の髪だけ、親戚は居らず児童養護施設で暮らしている。そこでは職員のことを先生とみんなが呼んでいる、他の施設では兄さんとか姉さんとか言うらしい。子供は約三十人位、ちゃんと学校にも通わせて貰えた。
子供達みんなが親無しと言う訳ではない、家庭で問題を起こしてそれを更生させる為に連れてこられた子もいる、そんな子達はお盆休みや正月は親元に帰省する、嬉しそうに。
何が嬉しいのだろうか? 私には分からない。でも何故か家族の下に帰って行く子の嬉しげに笑う顔が気に入らない。
どんなに先生達が笑顔で接しても他人は他人、どんなに仲良くなってもやはり他人は他人。だから自ら個を選んだ、愛想良くなど程遠い、施設の子と仲良くなることはない、そして自ら近付かない。
そうやって幼年期を過ごし、年齢は16へ成長を遂げる。髪はショート、多分強がっていたけど母がショートだったと聞かされたから真似ていたのかも知れない。
この髪だけが家族との繋がりだから。
「皆川さん」
不意に掛けられたら言葉で我に返った、目の前には同じクラスメートの女の子が話し掛けてきた、確か学級委員だったと思う。
そうだ、今は退屈な学校の休み時間だった。
「……何ですか?」
「今日日直でしょ? 黒板消してね」
「……分かってるわよ」
鬱陶しい。
「分かってるならいいけど……ねえ皆川さん、もう少しクラスに溶け込むように努力した方がいいと思うよ、いつも一人でいるみたいだし……」
「大きなお世話よ、ほっといて」
「何よ、せっかく親切で言ってるのに」
鬱陶しい。
「……やることはやる、文句はないでしょ?」
相手の言い分を聞かずに黒板を消しに行く、何かぶつぶつ言っているみたいだけどそんなの関係ない。
孤独で自分の居場所さえ無い、私が居るべきところって何処に在るのだろうか? そもそもそんな場所は存在しているのだろうか?
私は白なのだ。
絵に垂らされた一滴の白い絵の具、そのたった一滴で絵を台無しにして浮き出た存在。
生きる価値がある?
「退屈だ……」
色褪せて世界が見えてしまう、下手をしたら白黒の色無き世界。
もし神様がいるのなら教えて欲しい、私は生きている意味があるのかを。
疲れ切った心を携えて下校する、夕暮れに染まる街並みは哀愁を帯びていて何故か悲しくなってくる。
私は一人、世界は孤独しか無い。
この先、生きていて何か意味があるのか? 私には何もない、何も希望を持てない。
ねえ父さん、母さん、何で私を置いていったの?
どうして一緒に連れて行ってくれなかったの?
シアワセナセカイ何て無い、全てがまやかしじゃないか。
いつも歩き慣れた通学路を逸れて見慣れない道を無意識に進んだ。
どれ程歩んだだろうか、足が痛くなってきた、どうでも良いけど。お腹が減ってきた、どうでも良いけど。肌寒くなってきた、どうでも良いけど。
ここは何処だろう? 我に返ると見慣れない街並みが聳え、私は歩道橋の上で佇んでいた。すっかりと暗夜が世界を覆い、歩道橋の下には光が線となって川を偽造する。差し詰め車が魚と言ったところか。
唸る魚達を虚無な眼差しで見つめていると何だか楽しそうに映った、光を放ちただただ走る鉄の塊は運転手に従うだけ。自分の意思は関係無い、走るだけが仕事だから。
私もそうあったなら良かったんじゃないだろうか? 何も考えない鉄ならこんなにも苦しむことは無かったんじゃないの?
不意に歩道橋の柵に足を乗せた。
ねえ何も考えないってどんな気持ち? どうせ問い掛けても無駄だと言うことは分かっている。ならせめて今からの行為に協力してよ、何も考えずに重力に招かれてみるから。
そうしたら父さんに会えるかな?
そうしたら母さんに会えるかな?
そうしたら幸せになれるかな?
シアワセナセカイへ――。
浮遊感が全身を包んで行く。
直後地面に激突する。歩道橋からの落下って意外にも早いものだ、もう少し時間が掛かると思っていたのに。それにしてもお尻が痛い、赤くなってないかな?
あれ?
落ちたら痛い何て考える余裕なんかあるのかな? それに何で車が来ないの?
大体前に乗り出したのに何で後ろに引っ張られたのだろう。
それに見知らない男が側にいる、誰だこいつ?
「このバカ女が!」
いきなりの罵倒、失礼な奴だ。それによく見ると私の腰に手を回していやがる。馴れ馴れしくない?
「お前考えたことがあるのか、ここから落ちたら他の誰かが巻き添えで死ぬかも知れないんだぞ! 周りのことを考えやがれこのバカ女!」
「だ、誰がバカ女よ! この変態! 痴漢! ロリコン!」
「誰がロリコンだバカ女! 俺はなどっちかと言うと熟女の方が好みだ! 毛の生えてないような女なんかに興味があるか! このガキンチョ!」
「三回もバカ女って言ったな! それに私はガキンチョなんかじゃないわよ! ちゃんと立派に生えてるわよ! ……って、何を言わせんのよ!」
そのまま謎の男と数分口喧嘩、あれ、何でこんな寒空の下で喧嘩してるんだろう?
「ふぅ、気の強い女だな……ま、そんだけ吼える元気があるなら自殺なんか考えんなよ」
もしかして私を助けたの?
「何があったか知らないがな、死ぬのだけは止めとけよ。先ずは冷静になって考えてみ? お前が死んだら家族が悲しむぞ? お父さんやお母さんや……」
「家族なんか居ないわよ!」
叫び声を上げた瞬間に羞恥心が生まれてきてしまう。何をやっているんだ私は、私は個を貫こうと決めたのに。
こんな身知らずの他人に叫ぶなんて……。
とにかく落ち着け、冷静に冷静に。
「……えっと、綺麗だったから」
「は?」
「その、車の光が綺麗だったから見てただけよ、ただそれだけなの……」
「……車の光が綺麗だったから歩道橋から身を乗り出して見ようとしていた、と言いたいのか?」
「そ、そうよ……」
どうよこんな風に言われたら呆れるでしょ? だからさっさと居なくなれ。私を独りにしてよ。余計なことをして、イライラする。
だけど男は呆れるどころか火に油を濯ぐことになってしまう。激痛が頭に発生する、思わず痛くて頭上を両手で押さえた。拳骨ってこんなに痛いの?
「やっぱりお前はバカ女だ! 紛らわしいことをしやがって、反省しやがれ!」
「ううっ……ぼ、暴力男! 女に手を上げるなんて!」
「男女平等だろうが!」
「ニュアンスが違うわよ!」
あれ、また声を荒げて叫んでる。今までこんなことしたこと無かったのに。
「とにかくだ、お前高校生だろ? 夜一人でいるのは危ないぞ、家は近いのか?」
「……知らないわよ」
「知らないってどう言うことだよ……それにその制服ここらじゃ見ないな、学校何処だよ」
「教える訳ないでしょ変質者、私に何かする気?」
そう言ったらまた拳骨を貰った。
「うぐぅ……暴力反対よ」
「あのなぁ、お前みたいなガキンチョなんかどうこうして何が楽しいんだよ、一応俺は社会人だ、女の子が夜中に歩道橋から身を乗り出していたのを見掛けたら気にするのは当たり前だろうが。常識知らずの子供め……はぁ、仕方ないなとにかく送ってやるから家は何処だよ」
「……黙秘権を主張するわ。得体の知れない奴に誰が従うもんか」
「たく、強情なバカ女だな本当。じゃ交番に行くぞ、ほれちょうど向こうの道の先に交番が見えるだろ?」
交番ってそれ警察じゃない!
「や、やだ! 交番なんかに行ったら学校を教えなきゃならないし連絡が行ったら停学になるかもしれないよ……それに先生達に怒られる……わ、私一人で帰れるから! さよなら!」
「お、おい!」
脱兎の如く走り出した。
しかしまた戻って来てしまう。
「……何で戻って来たんだ?」
「……ここ何処?」
「はい?」
「だ、だからここは何処って訊いてるの!」
逃げ出したは良かったが致命的な問題があった、それは帰り道が分からないこと。虚ろに歩いてきたからここが何処だかも分からない。
「もしかしてお前……」
「な、何よ……」
「迷子?」
「ち、違うわよ! ただその……えっと、帰り道が分からないだけよ!」
「それを迷子って世間一般的に言われるが?」
うう、言い返せない。ああもうムカつく。
「全くお騒がせな女だよな本当に……送ってやるから何処住んでんだ?」
誰が教えるかと言ってやろうとしたけど向こうが言っていることは悔しいけど筋が通っている、一介の高校生が夜中に歩道橋から身を乗り出していたら誰だって気に掛かるだろう。
それにこの男の瞳が真っ直ぐで綺麗だった、少なくとも悪人には見えない。それに寒いし、お腹減ったし、疲れた。
死のうとしていたのに生を感じさせる真っ直ぐな瞳が私を貫く。
凄く痛くて……熱い。
だからなのか住所を明かしてしまった。
「おいその住所って隣町じゃないかお前! まさか家出じゃないだろうな……」
「……家出なら住所を明かさないんじゃない?」
「まあ……そうだよな。取り敢えず隣町まで行けば何とかなるか、おいバカ女行くぞ」
「バカ女って言うな!」
それにしても隣町まで来てたなんて驚いた。こっちに来たことなんか無かったから知らなくて当然か。
私を助けた男について行く途中ふと目に入ったのは男の汚れた服だった。私なんかの為に服を汚して助けてくれるなんて。
身長は私よりも高い、多分170は軽く越えてると思う、痩せ形だけどガリガリではなく引き締まって意外と筋肉がありそう。
服は紺色の作業着を着ていて何処かの工場で働いてるのかな? 短い髪、鋭い目、鼻も高くてまあ世間一般では二枚目なのだろう。
まあどうでも良いことだ、たまたま会っただけの間柄なのだから。
「そうだ、おいこれやるよ」
そう言って何かを私に投げ渡して来た、それをキャッチすると不快感を覚えた。
「な、何よこれ」
「お前バナナも知らないくらいバカなのか?」
「バナナは分かるわよ! ただこの所々黒ずんだバナナは何って言ってんの!」
黄色の皮があちらこちら黒く染まっているバナナ、何これ嫌がらせ?
「知り合いの八百屋のおっちゃんに黒くなったバナナを安く売って貰ってんだよ。知らないのか? バナナは黒くなった奴の方が旨いんだぞ。お前腹減ってんじゃないのか?」
「……で、でも私黄色のバナナしか食べたことないし」
そう言うと男は同じような黒ずんだバナナを手荷物から取り出すと剥き出す。中は意外と綺麗だ。そしてそれを旨そうにほうばる。
唾を飲んだ。あまりに旨そうに食べるものだから胃が手にした食料をやれと急かす。空腹は欲を増加させるスパイスらしく手が勝手に皮を剥き始めた。色が変わったところがあるが空腹に操られ口に運ぶ。すると何とも言えない甘味が口中に広がる。
美味しい、普通のバナナよりも甘くて美味しい。美味が背を押し夢中でバナナを食らいつく、残念なことに直ぐに無くなってしまう。空腹時に少しだけ食べてしまうと何故かひもじさが増加してお腹を鳴らせた、恥ずかしい。
「まだ食うか?」
「……食う」
あっと言う間に男のバナナを全て片付けた。食べて食べて食べて、そうしているとどうしてだろう、目に涙が溜まる。死のうとしてたのに、こんなにも食べて、それに満足して……。
何だかさっきまでの行動が馬鹿らしく思えた。
「……全部食っちまうとはよっぽど腹が減ってたんだな」
「う、うるさいわね、ちゃんと後で返して上げるわよ! バナナ買うぐらいのお小遣いは持ってるんだから!」
「素直じゃないな全く……ほれ、こいつの後ろに乗れよ」
男は歩道橋下に止めていた自転車に跨り後ろを指差す。
「寒いのに自転車? 車持ってないの?」
「文句言うな! 仕事で疲れてんだぞこっちは、送って貰えるだけで有り難く思え!」
また言い返せないから渋々と自転車の後ろに座る。しっかり掴まれと言われたから男の体に腕を回した。人の肌って意外と温かいものだ、そう言えば誰かを抱き締めるなんて初めてじゃないだろうか。
抱き締められたことも無いけど。
男は無言のまま自転車を漕ぎ街灯に照らされた夜道を進む。国道の大きな道を進んで行くと段々と見覚えのある風景が現れた、これなら帰り道が分かる。逆も然り。
「ここら辺は分かる」
「お、ならここから家は近いのか?」
「自転車なら……20分位かな?」
「……遠いな」
愚痴を少し言ってまた漕ぎ出す。そして暫くすると見慣れた建物を見つけた。
「……あ、あの緑の屋根が私の住んでるところよ」
「やっと着いたか……マジで疲れた。それにしてもデカい家だな、お前金持ちのお嬢様か?」
「……あれは施設だよ。児童養護施設……私には家何か無いの」
「ふ~ん、そっか」
沢山の子供達がいるから自然と建物も大きくしなければならない。外見は立派だ、コンクリートで出来た建造物には他人しかいない。子供達で溢れる世界には私の居場所何か無いのだ。
ああ、また鬱な気分に包まれていく。
男は律儀にも本当に送ってくれた、物好きと言うかお節介と言うのか。
「よぉし着いたぞバカ女、もう迷子になるなよ」
「わ、私は迷子だったんじゃないわよ! それにまたバカ女って言ったな熟女好き!」
「いやぁ~熟女好きだなんて誉めても何もやらないぞ?」
「誉めて無いわよバカ男! 貶してんの!」
こいつ本当にイライラする、きっと性根が腐ってるのよ。
「お前これから説教があるだろうに……元気だな。まあ俺には関係ないがな、じゃあなバカ女、達者に暮らせよ」
「うるさいわね! さっさと行きなさいよ! ……えっと一応送ってくれたことは感謝しとくわ」
「お前本当の本当に素直じゃないな、そこは愛想良くしとくべきだぞ。……ま、歩道橋から落ちてたらこんな喧嘩も出来なかったかもな……もう歩道橋から身を乗り出すなよ」
「……余計なお世話よ」
やっぱり私が死のうとしてたのを理解してるの?
あんたなんかに何が分かるんだ。
「……じゃ行くな俺」
そう言って男は走り去って行く、前に自転車を止めて私に叫び掛けた。
「悪いことの次には良いことが待ってるもんだからな! 大食らいバカ女!」
と言って去った。
私を元気付けたかったのは分かるが最後の一言が余計でイライラが爆発する。
「私は小食だぁーー!」
その後は施設の先生に説教を食らったのは言うまでもない、途中で園長先生も参加して正座させられた。約二時間程の正座を耐え抜き私はようやく解放される。
足が痛い、これは自業自得だから仕方がない。
イライラする、これはあの男の所為だからあいつが悪い。
お風呂に入って直ぐにベッドへ。他のみんなはとっくに夢の中である。静かな寝息と厄介ないびきの中またあの男のことを思い返していた。
『大食らいバカ女~』
と馬鹿にするあいつの顔がちらついてなかなか寝付けない、ああもうムカつく。去ってからも男の嫌みに悩まされるなんて。大体あいつにはデリカシーと言うものが無いのか、どうせ訊いてもそれなんてお菓子? 何て馬鹿な返答が帰ってくるに違いない。
それにああ言えば嫌み、こう言えば嫌み。
本当にムカつく!
ふと私は思考を止めた、どうしてあの男のことばかりを考えているのだろうか。それは嫌なことがあったからそれに不満があるのが原因だろう。
個を貫くと決めているのに。
他人に何かを思う何て初めてかも知れない、例え不満からくる感情だとしても。
私はあの男のことばかりを考えている……。
「……あ」
あいつの名前は何て言うのだろうか。
聞きそびれてしまった、それにいくらムカつくからと言ってもバナナの代金を返さないと。ここまで思考を働かせていると食べたバナナ分の労力を使い果たしたのか瞼が重い。
眠りへと引きずり込まれる間際、またあの男の顔が浮かぶ。
何て、何て……真っ直ぐな目をしているんだろう。
あの男はシアワセナセカイを謳歌しているとでも言うのだろうか。
翌日、私はもう一度あの歩道橋へ出向くことにした。今日は休日だし学校は大丈夫、道も覚えているから大丈夫、それに自転車で向かうから帰りは遅くならない、筈。
何となく分かるが昼間の道はまるで別の通路みたいで少し不安になる。
迷わないかハラハラしながら隣町へ到着し、昨日の歩道橋が目に入った。
しかし男の名前を知らない、住所も不明、それ以前にここを通るのかさえ怪しい。昨日は偶々通り掛かっただけなのかも知れないし。あんなにもムカつく奴なのに何で今は会いに来ているのか理由を忘れそうになる。バナナの代金を支払うのが目的だ、それは分かっているつもりだ。
人を待つって久し振りだな。
小さい頃まだ両親の死を理解出来ていなかった時があった、いつか必ず迎えに来てくれる。そう信じて何年も待ったっけ。
でも現実は残酷で……。
あんな嫌味の塊男を待つ何て不思議なものだな。
こうして昨日みたいに歩道橋の上で身を乗り出したら来てくれるだろうか? 父さんと母さんは来なかったけど、あいつはどうだろう。
二時間程経過するが待ち人は来ず、やはり無駄足だったらしい。父さんと母さんが来なかったんだ、どうでもいい他人なら尚更来ないか。
「私、バカみたい」
「お、良く分かってるじゃないか」
「……え?」
あの嫌味な声が意識を集中させ解読に勤しませた、昨日の声と照らし合わせると見事に合致する。初めてだ、待ち人が来たのは。ゆっくりと声を手繰り視線をそこへ。
間違い無く昨日の男がそこに。
「……暴力男、何で……」
「はぁ。あのな、何でってのはこっちの台詞だバカ女……何でお前またここに居るんだよ」
「……えっと……天気が良いから日光浴? かな」
「何で疑問形なんだ?」
咄嗟の嘘だったが別に吐かなくても良かったのだけどテンパってしまった、何を慌てているのだろうか私は。
バナナの代金を払いに来たと言うだけじゃないか、そして払い終わればそれまで。
そう、たったそれだけの間柄なのだ。
「わ、私は……バナナの代金を払いに来たのよ! 住所とか知らないからここで待っててあげたの!」
「ここをまた俺が通るか分からなかったのにか?」
「う……一か八か来ただけ……来なかったら諦めてた……そ、そう言うあんたはどうなのよ! 何でここに来たわけ?」
「……昨日のバカ女がまたバカなことをしに来てないか心配になったんだよ。また身を乗り出していたら今度こそ交番に突き出してやろうと思ってな。ま、バカ女でも学習はするらしいな」
またバカ女って言ったなこいつ!
「バカ女じゃない! 私には皆川真ってかわゆい名前があるわよ!」
「かわゆいって自分で言うか普通……」
「う、うるさい! じゃああんたは何て名前よ!」
「俺か? 何で身知らずのバカ女に教えなきゃならないんだよ」
怒りが込み上げて頂点に届きそうな勢いだった、やっぱり会わなきゃ良かった!
「うわ、そんなに睨むなよ……仕方ないな、そっちが名乗ったら名乗り返すのが礼儀か。俺の名は佐波峻、まあ俺のことは佐波さんとか峻ちゃんと呼んでくれ」
「嫌、あんた何か暴力男で充分よ」
「そんなこと言うなよミナコ」
ミナコ?
「何よミナコって、私のこと?」
「ああそうだぞ、お前バカ女って言われたくないんだろ? 皆川のミナと真のコ、合わせてミナコだ。どうだいいあだ名だろ?」
「あんた名前付けるセンスがないわね」
「な、何だと! なら第二候補のマコピーか第三候補のまこちゃん、それから第四候補のバカ女、さあどれがいい?」
マコピーって何よそれ、まこちゃんって何だか恥ずかしいしバカ女は論外だ。
「……ミナコで良いわよ」
「何だやっぱりミナコ気に入ったんじゃないか! やっぱり俺にはニックネームを付ける才能があったか!」
「勝手に言ってなさいよ」
子供のように喜ぶ暴力男、と言うか子供のようにではなくもう子供である。無邪気とでも言ってしまえるほどに可愛らしい笑顔だった。
て、ちょっと待った、何でこんな奴を可愛らしい何て思ってしまったのだろう。不覚だ不覚、とにかくこいつにバナナの料金を渡したらサヨナラだ。
「とにかくバナナのお金を受け取ってくれない? 私はその為に来たんだから」
「そっか……じゃあ200円だ、払えるか?」
「バカにして、それくらい楽勝よ楽勝……」
ズボンのポケットに手を突っ込んで財布を取り出そうとしたがからっぽだった。
あれ? 上着のポケットだったかな? そう思い探すが見あたらず、手荷物も確認するが無い。
「……あれ? 財布が無い」
「は? 落としたのか?」
「そんな筈は…………あ」
そう言えば施設の先生に貴重品だから財布預けてたっけ。
「……忘れて来ちゃった、どうしよう」
「ミナコ、お前何しに来たんだよ本当……」
財布も無しにどうやってお金を返せばいいと言うのか。自分自身に呆れてしまい言葉を失った。ちなみに現在太陽が真上であり、お昼時だ。
その要因が腹を鳴らせた。
「……大食らいバカ女の再来か」
「ううっ、言い返せない」
「はぁ、全く何やってんだか……もう昼か、飯でも食いに行くか?」
「そ、それってナンパのつもり?」
「安心しろ、毛が生えてないガキは対象外だ」
再び、いや三度かな? カチンとおつむに来たので叫ぶ。
「毛は生えてるって言ってるでしょ! ……って、また変なことを言わせるなんて! この変態!」
「そっちが勝手に言ったんじゃないかよ。まあいい、飯は食いたくないのか?」
「…………食べたい」
朝から緊張状態が続いたからお腹が減った、悔しいけど素直に男に従おう。
「ううっ、こうなったらあんたが破産するまで食べてやる!」
「やっぱり大食らいバカ女の名は伊達じゃないな、だが安心しろ、所持金は千円札一枚だ」
「うわ、貧乏人ねあんた」
そんな訳で近くの牛丼屋さんで食事を済ませた、早い安い旨いとは言われてるが男の行きつけらしい店は、超遅い超安い普通だった。
でもお腹は膨れたから落ち着いたかな。
「ふぅ~食った食った、ここは味は普通だが超安いだろ? いやいや助かってんだよ給料日前とか」
「そう言えばあんた年は幾つなの? 働いてるんでしょ?」
「俺は十七だ。高校を中退して働いてんだ」
「ふ~ん……仕事は何してるの?」
あれ、何を訊いているんだ私は。自ら他人に関わろうとするなんて。
個を貫くと決めているのに。
まるで暗夜をさ迷う蛾のような……。
「小さな鉄工所で働いてんだよ、まだ見習いだけどな……お前は何才なんだ?」
「レディに年を聞く気?」
「ぷっ! 何がレディだよ、俺を笑わかせるなよ」
豪快に笑う男に怒りが溢れて漏れ出す。
「何が可笑しいのよ! もう知らない! お金だって返して上げない!」
とそれを別れの言葉に急いで自転車に跨りここを去った。男が何か叫んでるみたいだけど無視して走る。
二度と会うもんか!
と思うが次の休日にまた自転車を走らせるバカ女がここにいる。




