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地獄世界のヘルヴェルト  作者: 生獣屋 芽怠
第十章 戦地は剣の山脈
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来訪


 仲間の中に裏切り者だと? 馬鹿なと否定するが完全にそうだとは言い切れないのが歯痒い、何故ロゼリアは作戦を知ったのか。

 内通者、つまり裏切り者の存在があるならば説明は容易い。

 もしそうだと言うのならば一体誰が裏切り者だ?

 王宮内の話を知っているのならば少なくとも王宮に出入り出来る筈。


「キヒヒヒヒヒヒ、教えてあげようか?」


「ほぅ、試しに言ってみるがいい」


 挑発的なロゼリアにミラエルは敢えて乗る。それがヒントになるかも知れないが鵜呑みしては駄目だ。


「キヒヒヒヒヒヒ、知りたいんだぁ、後悔するよ?」


「ふん、それは聞いてみるまで分からんわ」


「キヒヒヒヒヒ、いいよ~、教えてやるよ~、それはね、お前だよサナミシュン! お前が情報を渡していたんだし!」


「は、はあ? 何を言っていやがる!」


「キヒヒヒヒヒ! じゃあミラエルが情報を渡していたってことでもいいよぉ?」


「貴様、冗談でも笑えぬぞ」


「キヒヒヒヒヒ、なら裏切り者はお前の思い人だよ、副騎士長ギル! あいつは仲間を売った裏切り者だ!」


 こいつ素直に答える気はないらしいな。


「キヒヒヒヒヒヒ、残念だったね、誠実な副騎士長が実は裏切り者だった! どう? 絶望する? するぅ?」


「ふざけんな! 真面目に答えろ!」


「喚くな下衆よ……このような奴は敗北を与えてやれば自ずと口を開く」


「何さ、ミラエルは冷静でつまんないし……キヒヒ、でもそんなことできるのかなぁ? ワタシ強いし!」


 人を見下しやがって。しかし裏切り者は確実にいるはずだ、そうでなければ情報が漏れていることがおかしい。

 本当に裏切り者がいるのか。

 どちらにせよ、


「ここでお前等を倒せばいい!」


「うむ、貴様の言う通りじゃ、ここで滅っせればそれで済む話……それにお喋りの間に下は大分スッキリしてきたぞ?」


 会話している間に怪獣と戦っていた騎士団は健闘して四匹いた怪獣を二匹まで減らしていた。


「あ~あ、ワタシの可愛い蟲がぁ……キヒヒ」


 なんだあの余裕の笑みは、メイディアを倒し、影の人形は数が減り始めてきた、それに怪獣化した蟲も騎士団が返り討ちにするのは時間の問題。つまり向こうの劣勢、俺が将なら撤退を始める頃だぞ?

 そんな状況で笑っていられる要素は何だ?


「まだ何かを企んでいやがるなてめぇ」


「キヒヒ、じゃあヒント、騎士団を足止めしているのは誰?」


「……蟲か影じゃないのか?」


「それもあるよ、でもそれだけ? 本当に? キヒヒ、ヒント2、これで分からなかったらアホだし。姿を現したのはワタシとメイディアだけ」


 その言葉に気が付く、悪魔の人数が合わないことに。

 そうか、影の人形はレイスが操っている。だが奴らの仲間はもう一人居る筈だ。

 巨体で筋肉質のリーゼス、奴の姿が無い。


「筋肉野郎か、足止めしてるのは」


「キヒヒ、正解。じゃあそろそろ良いかな、今までのは序章、次の段階に進めるし……ねぇお願いだから死なないでね? 簡単に死なれたら面白くないから」


 そう言った途端に右手を上げた。状況は今まで最悪だったがこれはそれを軽く凌ぐ。

 見渡す限りの景色は黒い異物に浸食された。山脈をも超える巨体が数体、綺麗に俺達を取り囲む。

 それは蟲、最初の巨大化した蟲などそれを見れば可愛いものだった。

 巨大で強大、天をも飲み込まんと居座る巨大な蟲が小さな小さな俺達を睨む。


「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! 最初から袋の鼠、それにこれだけじゃないし」


 剣の山脈入口から第三の悪魔が姿を現した、ニメートルを越す巨体、筋肉質な体。それらを持つ悪魔リーゼスが等々この場所に立つ。

 メイディアが居なくなったが次はリーゼスか、厄介だと思った瞬間思考停止になりかけた。

 だってその光景を見たら誰だってこうなる。

 リーゼスは確かに現れた、だが“二体目”のリーゼスも現れたのだ。

 次は三体、四体と段々と数を増殖して何百ものリーゼスが軍隊を連想させ絶望を植え付ける。


「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! どうかなぁ? 影の人形にワタシの蟲、そしてリーゼスの大群! 死なないでね? 死なないでね? キヒヒヒヒヒヒ!」


 どうなっているんだこれは、リーゼスがあんなにたくさんいるぞ。

 それに超巨大な蟲に周りを囲まれて……正に絶望的だ。


「キヒヒヒヒヒヒ! その他ぁ、今お前絶望的だとか思ったね? キヒヒヒヒヒヒ、その恐怖に染まった顔堪らないしぃいいいい! ああ、欲情しちゃうしぃい、誰でも良いから絶望に身を焦がして、そして自ら命を絶って! それをワタシに見せてぇええ! 恐怖に歪む顔、そして惨たらしく死ぬ姿、それこそがワタシがワタシで居られる糧、ワタシがワタシで在るための全て! 恐怖に歪む顔はワタシそのもの! キヒヒヒヒヒヒ! ああ……パパ、パパ、パパ、パパァ! キヒヒヒヒヒヒ! いっぱいいるよ、恐怖に歪む顔がいっぱいあるよ……だからパパ、喜んで、そしてワタシを誉めてぇ!」


 理解できない歓喜に震えるロゼリアは今までに見たことがない、泣きながら笑っていた、心境か何か分からないが今のあいつにとってこの状況が非常に好ましいものらしい。それに何故悪魔リーゼスが何人もいるのか。

 しかし考えても無意味、このままじゃ俺達は死ぬ。あの山をも超える巨大な蟲はどうしたらいいと言うのか。

 絶望的な状況に一人の死神が等々本気になった。


「……まああら、これはさすがにおちゃらけてられませんねえ?」


 死神王ソフィーネオが蟲を眺めながらそう呟いた。


「スミス、フェイロット、ちょっとわたしを手伝って下さい」


「はい死神王様!」


「ソ……お姉ちゃん、何をさせる気だよ」


「時間がありません。直ちに二人へ課している制約を解除、後にわたし達であの大きな蟲を止めますよ? わたしも少し本気になりますから」


 制約だと? なんだそれは。スミスとフェイロットは左の袖をめくり腕を露わにする、そこには何やら文字が刻まれていた。

 それに指で触れしばらくすると文字が消失、するとスミスとフェイロットの周りに肉眼で確認出来る程のエネルギーが体を包んでいた。


「あれは一体何なんだ……?」


「スミスとフェイロットは力を制約、つまり封じておるのじゃ。強過ぎる力は人間界に影響を与える恐れがある、死神はよく人間界を行き来しておるから封印の文字を体に刻みある程度力を封じておる……巨大蟲は奴らに任せておけば大丈夫じゃろう。だが敵は蟲だけではない」


 敵は下にいる、しかも大量にだ。あれを何とかしないと。

 だがその前に。


「ミラエル、蟲を操る本体を叩こう。蟲を無力化させてから下を叩く」


「うむ、良かろう。ならば覚悟するのじゃな、今から敵に突撃するぞ!」


「なぁに? ワタシと遊びたいのぉ? いいよおいで、ワタシはここだよ、世界がワタシを見捨てようとワタシはここにいる、ワタシは人間何か嫌い、大っ嫌いだし! さあ来なよ!」


 何を言っているのかは理解できないがあいつが人間を嫌いだと言うのなら俺だって悪魔何か嫌いだ。こんな奴にまこちゃんが苦しめられた、まこちゃんの苦しみは俺の苦しみと同じ、だからここで奴には消えてもらう!


「ミラエル、奴の目に気を付けろ!」


「分かっておる……では行くぞ!」


 竜の翼を羽ばたかせミラエルと俺はロゼリアに向け突撃する。

 瞬時、俺は紅の帰還を発動してミラエルの手を離した。奴の後方へゲートを開き移動、目の前にロゼリアの背中が見えた。

 完全なる挟み撃ちだ、逃げられるか?


「キヒヒ、本体が弱い何て言った覚えがないし」


 迷わず、怯まずに結晶の碧へシフト、そのまま奴へ攻撃。氷の弾をマシンガンの如く射出。

 が、氷は空を切り裂くだけ。


「消えた……?」


「何をしておる! 後ろじゃ!」


 前方から迫るミラエルが警告する。後ろだと?


「キヒヒ」


 不気味な笑い声に怖気を感じ素早く紅の帰還を使いその場を離れた。

 上段のクリスタルへとゲートを開けそこへ移動する、かつて俺がいた場所にロゼリアがいた、笑いなからこちらを見つめている。

 避けたのか? でも見えなかったぞそんな動き。消えた、そう消えたんだ。


「キヒヒ、人間の目じゃワタシの動きは捉えられないし……忘れたぁ?」


 人間界で影の人形を操るレイスと戦ったときも奴の動きは分からなかった。

 じゃああいつに勝てないとでも言うのか?


「止まってお喋りとは舐められたものじゃな!」


 連続する剣撃、ミラエルがロゼリアに切りかかる。しかしロゼリアの下半身から蟲が飛び出しミラエルを襲う。

 蟲は空中で切り刻まれ醜く肉塊を降らした。


「キヒヒ、鬼ごっこしようか。ミラエルが鬼ね? ちょうどツノあるし」


「儂を愚弄する気か!」


 まただ、ロゼリアが視界から消えた。透かさずミラエルも姿を消す。

 消えたように見えるが実際は素早く動いているだけ。

 人間の俺にはそれが見えないだけ。


「……くそ、俺は役立たずじゃないか……」


 悔しさを孕ませた、無力だ俺は。

 無力な自分に嫌気が沸き起こりその場に膝を落とす、悪魔共を倒す? 奴らの本気の動きを捉えられないのにか? 俺は自惚れていただけだった、ルベスから力を借りて人外な力に酔っていただけ、俺の強さなんか偽物。

 見てみろよ、ミラエルの動きだって見えないんだ。今までの苦労は何だったんだ。


 そんな伏し目な状態でもそれは映り込む。光が上空で舞っている。それはソフィーネオの光の鎌だった、超巨大な蟲を一撃で消滅させていた。

 それに続きスミスとフェイロットも蟲を切り刻んで行く。スミスの鎌が一回りも二回りも刃が巨大化し、軽く振るだけで蟲が真っ二つに。

 フェイロットも鎌の刃をブーメランの如く飛ばす、その刃は青白い光に覆われておりまるで光の円盤。円盤は蟲の体内に入り込み中から切り刻む。

 巨大な蟲をたったの三人で止めている。


「ふふっ、ふふふ……いつまでそうやって呆けているつもりかしら?」


 女の声に我に返った、慌てて声のする方角へ。そこにいたのはミラエルが切り刻んだ筈の悪魔が微笑んでいた。

 メイディア、あの指を噛み切る異常な女だ。


「ふふっ、わたくしが何故無傷で貴方の前にいるのか不思議不思議で堪らないのでしょう? もちろんわたくしの能力のおかげですわ」


「……くっ、だったら氷漬けにしてやる!」


 結晶の碧を食らわせようと構えた、しかし攻撃対象の姿は無い。さっきまで目の前にいたのに、それなのに今はいない。


「どちらを見ておりますの? わたくしは貴方の真後ろですわよ?」


「なっ!」


「あ、動かないで下さいまし……わたくしの魔弾が狙っていてよ? ふふっ、ちょっと本気で動いただけで消えたように見えたのでしょう? 人間にはわたくし達は倒せませんわよ……ふふっ、ふふふ……」


「……何なんだよお前達は……まこちゃんをさらって、ヘルヴェルトの住人を弄んで、一体何がしたいんだお前達は!」


 最初から謎だった、こいつらは何を目的に動いているのか。


「ふふっ、人間は本当に深読みするのが好きですわね? わたくし達はただの放浪者、『横』を渡り来た……しかしアクシデントが起こりましたのよ? だから今は『縦』にいるのですわ」


「何だよその『横』だとか『縦』だとか、意味が分からない!」


「そうでしょうね、でもこの世界は『縦』なんですわよ?」


 ヘルヴェルトが『縦』?


「『十字次元』……それが『縦』と『横』を繋ぐ鍵ですわ」


「『十字次元』? 一体何なんだよそれは……」


「ふふっ、ふふふっ、不思議不思議で堪らない姿はやはり格別ですわね……でも、教えませんわ……ふふふっ、男は嫌い、嫌い嫌い嫌い、殺したい程に嫌い、存在そのものを抹消したい位に嫌い、そうこれは憎悪ですわ……わたくしの苦しみを貴方には分からないでしょうね?」


 声を低くしながら恨みを吐き散らすメイディアは何故だろう悪魔とは思えなかった。

 ロゼリアもそうだった、あの歓喜に吼える姿。

 悪魔と言うよりはむしろ――。


「では無駄話はここまでですわ……貴方が男じゃ無かったら死なずに済みましたのに、残念でしたわね?」


 悍ましい程の殺気が俺を貫かんとする、死が迫っていた。

 何もせずに死ぬなんてごめんだ、まこちゃんとの約束を果たせずに死ぬなんてごめんだ。

 俺は抗う。


「死ぬわけにはいかないんだよ!」


 振り向くと同時に結晶の碧を放った。


「何度言えば分かるのかしら? 人間の目ではわたくし達は捉えられませんわよ?」


 また背後から声がする。そして殺気と悪寒に似た魔力、その瞬間に理解した。

 俺は死ぬと……。

 脳裏にまこちゃんの姿が映る。微笑み、手を振る姿はいつか君と行った海辺。

 夕日を浴びて肌寒くなっていく中抱き締めて合って温もりを共有した。

 君との温かな繋がり、それは起源。

 この温もりを守りたいと強く願った。

 追憶の熱、君の温かさと俺の衝動が混じり合う熱。


 が、映像は停止する。


 走馬灯はここまでか、案外神様って奴はケチだ。

 記憶の鎖が崩壊し時間を動かす。

 迫る死、ただただ冷たい。

 だからその声は忘れかけた熱を呼び戻す。


「見えないなら、私が彼の目になる!」


 上空から抱き締めるような声に包まれた。

 舞い降りた“彼女”の背を眺めるだけで活力が湧く。

 どうしてここにいる?


「久し振りね、佐波くん……」


「…………マ、マギサ……」


 サングラスがトレードマークのあいつが目の前に。

 元悪魔共の仲間であり何故か俺を助けてくれたマギサが手の届く位置にいる。

 人間界で彼女に助けられた、それも命懸けで。

 お前は一体何者何だ、どうして俺を助けてくれるんだ。

 再会の喜びと不明なる正体に複雑な心境だった、そして何故ここにいるのかも。


「佐波くん……」


「な、何だ……マギサ」


「私ね……ムラムラして来ちゃった」


「……は?」


 思考停止、この状態で予想外の事を言われて混乱する。


「あはは、やだなそんなに見つめられるとムラムラしちゃうじゃない。ま、私は男を欲情させてしまう魅力的で罪な女なのよ……良いよ私をオカズにしても、あ、何なら体を味わってみる?」


「……思い出した、お前は痴女だったな確か、こんな時に何を言いやがるんだお前は!」


「何よ久し振りの再会なのにムードがないわね」


「ムードも何も最初からぶち壊したのはお前だろうが!」


 何者なんかどうでも良いかも知れない、こいつは信じられる。

 何故かそう思うんだ。


「……生きてたんだな」


「私が死ぬ女に見える?」


「見えないな、確かに」


「あらマギサ、貴女もこちらに来ましたのね」


 悪魔メイディアがマギサに話しかけた、それを笑み混じりマギサは答える。


「全く、あんたらの滅茶苦茶には参るわ。リーゼスの分身には手を焼かされたわよ」


「ふふっ、リーゼスのあれ位で嘆くようではまだまだですわよ? と、言いますがわたくしもあれを見たときは驚愕でしたけれど……とにかく良かった、貴女がいないとレイス様が困りますから」


「あいつはあのままが良いのよ、ま、私があいつを殺すんだから別に困ってくれて結構よ!」


 甲高くメイディアが笑う、不快なる調べは聴覚を刺激して不機嫌を連れて来た。


「……何が可笑しいのよ」


「あら不快に感じまして? でもわたくしの反応は極めて正しい……貴女如きにレイス様を倒せはしませんわ」


「軽い挑発ね、その程度じゃ私は憤怒に捕らわれないわ……とにかくレイスはどこ? あいつさえ倒せば私はそれで満足なのよ……ごめん佐波くん、詳しい説明は後でするね?」


「ああ分かった。ならやる事は一つだ」


 確かに俺には悪魔の動きは見えない。だが彼女が目になってくれると言ってくれた、だから戦える。

 折れていた闘志が修復されて行く、俺って奴は単純かも知れないな。

 だがもう折れない。


「わたくしと戦う気ですの? 貴方達に倒せるかしら、わたくしを舐めない方がよくってよ? それにわたくしだけに構っていても状況は変わりませんわ」


「確かにそうね。だけど援軍が私だけだと思わないで欲しいわね」


 その時下から爆発音が鼓膜を刺激した、そこに視線を送るとあいつがいた。

 そうか、やっぱり生きていたのかあの野郎。

 赤毛の長髪に黒のスーツ姿、名をケルベロス。


「行ってらっしゃい炎弾、迷子にならないでね!」


 リーゼスの大群へと炎弾を放ち戦うケルベロスの人格の一人スルルの姿を見た。


「あら、赤髪さん……? でもあれは女の子ですわね……まあ良いですわそんな事。あの赤髪の娘は後でお楽しみにしちゃいましょう、ええそれが良いですわ」


「あんたのそれ気持ち悪いのよ!」


 マギサのシュバルツミストによる攻撃が始まる、黒き粒子を槍へと変え飛ばす。

 だがまた姿を消した。


「佐波くん上!」


 轟音を纏いて降り注ぐ魔弾の雨、走って逃げたら間に合わない。

 紅の帰還を発動させて前方へゲートを開け逃げる。


「後よ!」


 透かさずの指示に結晶の碧で反撃に移る、後方へ氷の球を飛ばす。

 同時に黒き槍も標的へ。

 しかしまた消えていた。


「さすがはマギサと誉めて起きます、今のは危なかったですわ」


「油断してるからそうなるのよ、私も少し本気を出した方が良い?」


「良いですわよ、わたくしが受け止めて差し上げてよ? その代わりわたくしに平伏したら貴女の体を好にさせて貰いますわ! 前からマギサの体に興味がありましたのよ?」


「……だから、そう言うところが気持ち悪いって言ってるのよ! この変態!」


 マギサが消える、次にメイディアも。また俺だけ置いてけぼりか。


「あふーー! 巨人さんが人間界よりもいっぱいーー!」


 スルルは喧しげに騎士団と共に戦っている、死神達は空中に蠢く影の人形との戦闘、もちろんその中にリリリがいる。


「うううーーっ! へ、へるぷーですよう!」


 スミス、フェイロット、ソフィーネオは超巨大な蟲の駆除を。


「まああら、しつこい蟲さんねえ? えい、えーーい!」


「ソフィーネオ! もう少し緊張感を持って戦え!」


「まああら、スミス、わたしの事はお姉ちゃんって呼ばないと……フェイロットを苛めますよ?」


「ええっ! 何であたし何ですか死神王様ぁ!」


 あれはもうコントだ。

 ミラエルはどうしているんだ、蟲が生きているならロゼリアはまだ生きているのだろう。多分上手くやってる筈だ。だったら俺はマギサと共にメイディアを倒すだけだ。いつでも動けるようにスタンバイしておこう。

 案の定準備をしておいて正解だったらしい。姿無きマギサからの言葉を捉えた。

 それに従い行動、そして待機、一時それの繰り返し。


「佐波くん前!」


「うをおおお!」


 指示する方向へ攻撃、するとメイディアにヒットとは言わないがかすらせる事が出来た。右腕を結晶化させた、あいつの力は指を食らい特定の力を使う、ならば先に手を凍らせてしまえば何とかなる筈。

 もう一息と言うところで下から雄々しい声が聞こえて来た、それに引っ張られるように下を眺める。何と剣の山脈の内部から副騎士団長ギルと奇襲部隊が姿を現したのだ。

 手負いだがギルは無事だった。ようやく敵を挟み撃つ事が成就する。


「よし、奇襲部隊だ、これで何とかなるかも知れない」


 安堵を感じていたが何か忘れているような、何か見落としているような。

 剣の山脈から奇襲部隊が出て来た。ただそれだけだろ? 何も可笑しい事は無い。


「……あれ?」


 奇襲部隊が中から出て来た、ならば内部を通過した筈だ。それは当たり前の事で現に現れたのだから。現在表に出ている悪魔はメイディアにロゼリア、そしてリーゼス。元仲間のマギサ。

 奇襲部隊だけが内部から出て来るのはおかしい、何故なら影の人形を操るもう一体の悪魔が中に居る筈なのだから。

 それなのに奇襲部隊“だけ”出て来た。


「レイスは何処だ?」


 悪魔達を束ねているリーダー格の悪魔レイスが居ない?


「戦闘中よ! 何ぼーっとしてるのよ佐波くん!」


 いつの間にかマギサが目の前に現れていた、好都合だ、この疑問をぶつけてみようか。

 何か嫌な予感がする。

 マギサに疑問を伝えた。


「……確かにおかしいわね、レイスが中に居ない……? ……あ、そうか、何で忘れてたんだろう私の馬鹿!」


「何か分かったのかマギサ?」


「迂闊だったわ、レイスの影の人形は一度作ってしまえば後はオートで動くのよ。だからレイスがここにいなくても人形達は勝手に動き回っているの!」


 ちょっと待て、オートで動くなら確かに中にはいないのだろうが、だったら奴は何処に行った? まさか……いや一人で何が出来る。

 でももしそうなら。


「まさか……この戦いそのものが……囮?」


「ふふっ、ようやく気が付きましたのね?」


 淫靡なる笑みを携えて悪魔メイディアが姿を現した。

 正確には動きを止めただけだろうが。


「レイス様がようやく力を回復なさりましたの。やはり肉の牢獄は不便ですわよね、マギサが余計な真似をしなかったらこんな面倒臭い事にはなりませんでしたのに」


「肉の牢獄……? 何だよそれ、それに回復だと?」


「そう、全てはマギサの仕業ですわ。故にマギサがここに来る事は必然でしたのよ? 回復とマギサの来訪、これがわたくし達の行動開始の合図でしたわ」


 マギサの来訪とレイスの回復が行動開始の合図?

 何の話だ、奴らは何がしたいんだ。


「……あんた、私がここに来ることを知ってたの?」


「もちろんですわ、だから人間界にリーゼスの分身を配置していましたの。貴女を捕らえてこちらへと連れてくる為に。……しかしそれは失敗、でも必ず他の亀裂を見つけ出して貴女はここに来る。例えば隣町の神社に残っている亀裂を利用して、とかですわ」


「私は誘導されてここに来る手筈になっていたと言いたい訳? まさか、あんたらとは手を切った、なら私が来ないかも知れないじゃない。逃げたかも知れないじゃない」


「でも現にわたくしの目の前にいるのは誰ですの? ふふっ、他にも二つ貴女がここに来る要因はありますわよ? 一つはレイス様への復讐、その為に肉の牢獄へレイス様を閉じこめた。そしてもう一つ……このヘルヴェルトに佐波峻がいた、ああこの理由の方が大きいのではなくて?」


 俺がここにいるからマギサが来ただと?


「だって貴女は佐波峻を見放せない。何故ならマギサ、貴女の本当の……」


「黙れぇええええ!」


 悲鳴に似たマギサの叫びがメイディアの声をかき消す。


「黙れ黙れ黙れ! それ以上喋れば殺す!」


「まぁ怖いですわぁ、わたくし殺されちゃう~」


「こ、こいつ……」


「落ち着けマギサ! 何の話か分からないが怒りは冷静な判断力を削ぐ、だから落ち着け!」


 今言える事はこれだけだった、何に怒り何を隠しているのか。

 ここまで激昂する程の秘密は俺を助ける要因なのだろう。

 マギサ、お前は一体……。


「さて、これで準備が整いましたわ。貴女がいればまた『横』へ行けますし、これから『縦』への鍵を手に入れますわ……未知なる『縦』へ、そしてレイス様のあの感情を満たす為に」


「『縦』への鍵? ……ま、まさか……」


「ふふっ、そのまさかですわよマギサ?」


 まただ、『縦』だの『横』だの言っていやがる。

 こいつらは何を話している?


「佐波くん彼女が危ない」


「彼女?」


「皆川真が危ないの! この戦いは囮! 本当の目的は皆川真の入手なの!」


 まこちゃんが危ない? 馬鹿な、王宮内にいるし獣族が周りを守護もしているんだぞ?

 そう考えたがメイディアはすんなりと王宮へ侵入して見せたじゃないか。そしてここにレイスが居ない事実を重ね合わせれば自ずと答えが。


「レイスは王宮に向かったのか!」


「ご名答ですわ、本来守護している騎士団は殆どこちらに進軍しておりますし何より小さき蟻が建造物の隙間に入るのは至極簡単……ふふっ、また皆川真がわたくし達の手に! ふふっ、楽しみですわ」


「ふざけるな! てめぇらの勝手な理由でまこちゃんを渡せるかよ!」


「威勢だけは一人前ですわね? ならどうしますの?」


 決まっている、今すぐ王宮へ戻る。


「貴方の考えは手に取るように分かりますわよ? 今から王宮へ戻る気でしょう? でもここを通すと思いまして?」


「邪魔するなら倒すまでだ!」


 こいつを倒して向かうとは言ったが簡単な話じゃない。先程まで苦戦してまだ手負いを与えただけ。それに戦っている間にまこちゃんがさらわれてしまったら……。


「焦ってますわね? 戦っている暇はない、だけど戦わなければ先に進めないと……ふふっ、何て良い顔をするのかしら貴方は、苦痛、葛藤、焦燥、それらが混じり合い間抜けな顔は良くってよ? わたくしはそれを見れて満足ですわ」


「まああら、何だか楽しそうな話をしていますねえ?」


 上空から聞こえてきた声が舞い降り目の前に現れる。

 死神王ソフィーネオ、光の鎌を携えて光臨した。


「まぁ、何て美しい方なのでしょう。わたくしのタイプですわ」


「褒め言葉と受け取って良いのかしら? さてと、話は聞いていましたよ峻さん、それにサングラスの貴女、ここはわたしに任せて行きなさい」


 任せろって大丈夫なのか?


「ソフィーネオ、蟲達はどうしたんだ…………あれ?」


 今気が付いた、あの超巨大な蟲達が居ない。姿がなかった。


「突然消えてしまいました、多分……サングラスさんと一緒に来た方の仕業じゃありませんか?」


「ええ、消えたのは『囚えた』から。あの人はパルテスなの」


「まあ、『横』の管理者が『縦』に来てるのですか? 大問題なのでしょうけど、今は緊急時ですからね」


 完全に置いてけぼりを食らってしまっている、またまた『縦』だの『横』だの。

 とにかく蟲は消えてソフィーネオがここでメイディアを止めてくれるなら俺は王宮に向かえる。


「……ソフィーネオ、任せて大丈夫か?」


「愚問ですよ、わたしは仮にも王の称号を持つ死神ですよ? 悪魔如きには負けません」


「まぁ、挑発的な方ですわね、貴女にそんなことを言われたら……負かしてみたくなりますわ」


「ほら向こうもやる気になっていますから。だから急ぎなさい、真を守ってあげなさい」


 ソフィーネオの言葉に押される、ここは任せた。


「頼むマギサ、俺を連れて行って欲しい。道は案内する」


「分かったわ。レイスがその王宮って場所にいるならば私は無理してでも行くわ……」


 するとマギサの腰の部分から黒い翼が現れた、マギサの翼、あのマンションでの戦いの時も助けられたな。

 黒い粒子は俺の体に巻き付きロープの役割を担った。


「行くわよ佐波くん!」


「おう!」


 飛翔、赤き空へ。


「ううっ? シュンが変な女と何処かへ行くですよう? まさか浮気ですよう?」


「何だと……? あの女は誰だ?」


「ううっ! 先輩が行っちゃったですよう!」


 そんな会話をしていたスミスが俺達に向かってくる。

 スミスだけではなくリリリやついでにフェイロットもやって来てしまうのだった。


「佐波! その女は何だ! まさか浮気かお前!」


「ば、馬鹿か! 何が浮気だ、こいつは人間界で仲間になったんだよ」


「そんな……二人とプラスお子様とでラブホに入った仲なのに、そんな言い方はあんまりよ佐波くん!」


「ううっ? ラブホってなんですよう?」


 この痴女め悪乗りしやがって。まあ確かに二人プラスお子様とラブホに入ったがあれは仕方なくだぞ? それに何もしていないし、俺は無実だ。


「峻、あんたラブホって何か知ってるんじゃないの? ヤバいって顔をしたわ。マコトを泣かせたらあたしは許さないわよ!」


「ちょっと待てフェイロット、俺は何も……」


「オレ知ってるぞそれ、ルベスに聞いたことがある。ラブホは男と女が交尾するところだと聞いたぞ? 佐波お前この女と交尾したのか! 皆川がいるのにしたのか!」


 ああ、何故シリアスからこんな修羅場に変わってしまったんだ。


「交尾なんかするか! こいつはただの仲間だ! とにかく今は王宮に急がなくちゃならない、まこちゃんが危ないんだよ!」


「皆川が? ……事情が飲み込めないけど危機なんだな佐波?」


「ああそうだ」


 スミスは少しの間思考に勤しみとある結論に達したらしい。

 リリリとフェイロットの方に視線を向けて語りかける。


「リリリは直ぐに戻って負傷者の治療だ」


「ううっ! その言い方、先輩はシュンに付いて行く気なんですよう?」


「ああ、この女は信用出来ないからな、佐波と一緒に行く、だからリリリは戻れ」


「そんな、リリリは先輩と一緒に……うううーーっ!」


 駄々をこねるリリリにスミスは睨んでみせると萎縮し、弱々しい声で了承するリリリ。ちょっと可哀想に思えた。


「フェイも戻って死神部隊の指揮だ」


「な、なんであんたの言うことを利かなきゃならないのよ!」


「フェイを信頼して頼んでるんだぞ?」


「え、スミスがあたしを信頼! えへへへ~、スミスがあたしを信頼……えへへへ、し、仕方がないわね戻ってあげるわ、有り難く思いなさい!」


 二人の死神がスミスに手玉に取られていた。


「と言うわけだから良いな佐波?」


「まあ、お前がいたら心強いけど……」


「良し決まりだ! ……そこのサングラス、怪しい真似をしたらただじゃおかないからな、覚えておけ」


「ええ、覚えておくわ」


 険悪なムードだが今はまこちゃんが心配だ、だから目の前の事にだけ集中する。

 事情を行きながらスミスに伝えるとやはり敵意を剥き出しにするのだった。


「あの悪魔共の元仲間だと? 佐波、お前そんな奴を信用出来るのか?」


「……俺も最初は正直疑っていたところはある……だけどこいつは身を挺して俺を守ってくれたんだよ、命懸けで。もし敵だったならあそこで俺を守るメリットは無かった筈なのに……」


「……おいサングラス、お前は何者なんだ、何で佐波を守るんだ?」


「さあ、何でだろうね。理解している筈なのに、それなのに体が動いてしまう。貴方もそんなことはない? いえきっとあるわよ……スミスって言ったわね、貴方はひょっとしてネリスちゃんとエティオくんのママ?」


 突然思い掛けない名前が飛び出してスミスが驚いていた、ネリスとは一緒に行動していたがエティオも知っていると見える。

 俺がいない間にエティオに会ったと言う訳か。


「お、お前……どうしてエティオとネリスを知ってるんだ……それにオレが母親だって……」


「本人に聞いたのよ。貴女の事情も少しだけ知ってるわ……安心して、二人はこっちに連れて来てるから。二人とも元気よ? 困るほどにね」


「……エティオ、ネリス……無事だったんだな……ああ良かった、良かった……」


 険しかったスミスの顔は晴れ晴れと澄み渡る。


「……そ、その話は本当何だな?」


「ええ、何なら貴女と子供達しか知らない事を言いましょうか?」


 親子だけしかしらないエピソードを語り出すマギサ、それ自体がエティオとネリスを知る証拠だった。


「マギサ、他には無いのかスミスと子供達だけしか知らないことは?」


「えっとスミスさんが確か何かの木の実を踏んでしまって後頭部からコケて悶絶してたとか、拳骨だけで岩を砕いてその破片が自分の顔に当たって悶絶してたとか……」


「もういい! お前がエティオとネリスを知っているのは充分に分かった!」


 こいつはいいや、あの大食らい怪力自己中心的なスミスの失敗談は笑える。スミスも自分の恥ずかしい出来事を言われて顔を赤くしているな、こりゃあ良い気味だ。


「……佐波、今お前笑ったな?」


「いや、笑ってなんか無いぞ」


「佐波、そう言うが顔は笑ってるぞ?」


 あ、しまった。


「知ってるから佐波、今飛んでいる真下には人肉を好む住人共がわんさかいるぞ? 今落ちたらどうなるか……」


「すいませんでしたスミス様、どうかお許し下さい」


「ふふん、それで良いんだ!」


 やはりスミスには逆らえないらしい。ちくしょう、いつかギャフンと本当に言わせてやりたい。

 いや、言わせてやる。


「スミス、ちょっとギャフンと言ってくれないか?」


「ん? ギャフン……? 一体何だこれは?」


「いや何でもない、ただの自己満足だ、虚しいけど」


 そんなやりとりにマギサが笑った、まあ確かに漫才みたいなもんだよな俺達の掛け合いは。


「佐波くんとスミスさんって仲が良いのね」


「別に不真面目大食らい死神様なんかとは……」


「佐波、もういっぺん言う勇気はあるか?」


「すみませんでしたスミス様」


 少しだが場が和んだ。多分これからこんなに和む事はあまり無いかも知れない。

 眼前に王宮が見え始めて来た。


「さてと、ここからは油断は出来ないな。待ってろよまこちゃん」


「油断しているのは佐波だけだぞ、……早く終わらせてエティオとネリスに会いに行く」


「……レイス、待ってなさい、必ずあんたは私が殺す」


 それぞれの思いを胸に王宮へ……。


 



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