謁見
騎士団の鍛練を見学してから数日、部屋の中で私は考え事をしていた。こっちに来てどれくらい経ったのだろうか、一ヶ月は経過してないとは思うけど。
しゅーに会いたい、ママや心にも会いたい、出張中のパパは帰って来ただろうか、愛花や生徒会のみんな、様々な思い出が爆ぜそうになるのを押さえ付けていた。
これがホームシックって奴なのかな?
こんな事は初めてだった、多分別の世界にいるって特殊な環境がその感情を誘発しているのかもしれない。
「……はぁ、弱気になってるな私」
駄目だ駄目だ、しっかりしなくちゃ。しゅーは私の為に頑張ってくれてるんだから、私自身が頑張らなくてどうする。
弱気になっちゃ駄目だ。
気分転換に何処かへ散歩に行こうかな。そう言えばフェイちゃんの姿が見えないな、何処に行ってるんだろう? 今日は朝から見掛けない、毎日一緒だったから何だか寂しい。
と思っているとフェイちゃんが帰って来た。
「ただいまマコト!」
「フェイちゃん何処に行ってたの?」
「鍛練に行ってたわ、最近運動不足だったから副騎士長ギルを相手に戦ってたの、良い運動になったわ」
「そうだったんだ、ご苦労様」
運動不足か、確かにそうかもしれないな、一応散歩で歩いてはいるけど汗をかいてない。気の所為かお腹が……き、気の所為気の所為、私はスマート、私は細い。
「あれ、マコトどうかしたの? 顔色が悪いけど」
「な、何でもないよ! あははは!」
今度運動をしなくちゃ。
「ふーーん、あそうだ、マコトに伝えなくちゃいけない事があったの忘れてたわ! 地獄王様がマコトに会いたいって、今から謁見しに行くわよ!」
地獄王が私に会いたい? 私何か悪い事でもしただろうか、それとも悪い知らせがある?
まさかやっぱり贖罪をしろとか言われるのかな、まさか死刑?
「マコト顔が青いわよ? それに震えてるし……」
「だ、大丈夫だよ、気にしないで」
「大丈夫なんだ、じゃあさっさと行くわよ、地獄王様は忙しいんだからね」
「ね、ねぇフェイちゃん、何で私が呼ばれているのか知ってる?」
「知らないわよそんなの、気になるならさっさと行けば良いじゃない。ほら行くわよ」
手を引かれ部屋を後にし結界を潜った、すると巨大な広場に出た。
そこは白一色の何も無い世界だった、巨大な四角の部屋、野球場くらいの広さだ。その中央に黒色の王座が存在しており、王座の直ぐ左右の空中に宝石らしき物体が浮かぶ。クリスタルを彷彿させる長細い物体、色は人間界の空を思い出させる鮮やかな青、綺麗だった。
至極当然と王座に王が座っていた。ここが王の間らしい。
「地獄王様、人間ミナガワマコトをお連れしました」
「ありがとう死神フェイロット、いつも済まないね本業をないがしろにさせて」
「あ、いえ、死神王とスミスから頼まれてますから」
「ああそうか、スミスとは友好的な間柄だったねフェイロットは……」
地獄王は一瞬悲しげな目をして問うた。
「……スミスは元気にしているかい?」
「はい、元気過ぎて大変ですけど」
「……そうか、ありがとう」
地獄王アフトクラトルはスミスちゃんの大切な存在だったねそう言えば。人間界で言えば夫婦何だよね。
「……さて、呼び出したりして済まないねミナガワマコト」
「い、いえ……えっと、私に何か?」
「ああ身構えなくても大丈夫だ、ただ君と話してみたかったんだよ。君の事、サナミシュンの事、そして……人間界でのスミスの事を」
以前ルベスさんから聞かされた地獄王とスミスちゃんの事がフラッシュバックする。王族では無いスミスちゃんと禁断の愛の末、子供を授かった。でも王族の血を引き継いでいる子供達とスミスちゃんは引き離されて別々になってしまう。
きっと地獄王も辛いんだ、自分の立場を弁えなくてはならないから。だから知りたいんだ、スミスちゃんが私達と関わった今までの事を。
「……スミスとは意思を疎通出来る特殊な石で会話をする事はあるがボクが多忙な為あまり話せない。最近は特に忙しい、子供達の誕生日には会えるのだがね……」
「分かりました、お話します。人間でのスミスちゃんの事を」
「ありがとう。……では場所を変えようか、ここでは落ち着かないだろ?」
そう言って地獄王は王座から立ち上がりこちらに歩み寄る、とんと背中を優しく押されて結界の扉へ向かう。
潜った先には赤い川が流れる森が現れた。
「ここは……川が赤い」
「ここはボクの個人的な空間だよ。時々生じた亀裂から人間界の植物がやって来る事があってね、それを回収し、ここで育てたのさ。川が赤いのはここの土が赤いからそう見えるだけで普通の水だ。安らかな気分になりたい時にここに来るんだよボクは」
つまり人間界風に言えば巨大なガーデニングとなるのかな?
でも森が出来てるなんて凄いな、これを作るのにどれくらい掛かったんだろう。
「素敵な場所ですね」
「ありがとう。……さて少し歩いた場所に休息所を設けている、そこに行こうか。フェイロットも遠慮無く付いて来てくれ、普段は誰も入らせないが今日は特別だ」
「ありがとうございます」
川にそって歩いて行くと開けた場所に出た、そこには木で出来たベンチとテーブルが備え付けてあり、人為的な世界が生まれていた。
まるでキャンプ場にある公共物だ。
「さ、座ってくれ」
何だか心なしか空気が美味しい気がする、それとも本当に美味しいのかもしれない。それぞれベンチに座り自然を眺めた、人間界に戻って来たみたいで気分が良いな。
「うわーー綺麗ねここ」
フェイちゃんも見とれる程に美しく癒される場所だ。
ここでお昼寝とかしたら気持ち良いだろうな。
「……実は一度だけスミスと二人で人間界に行った事がある、人間界は空気が澱んでいて気分を害したが、自然溢れる場所へ赴くと一気に空気が変わったよ。ここはその場所を模して作った場所だ」
「へえ、それってつまりスミスちゃんとのデートって事ですよね?」
「でえと?」
「あ、えっと好きな者同士で出掛ける事です」
「なるほど、ではあれはでえとだったのだろう。良い思い出だ」
普段のスミスちゃんは気が強くてわがままで食いしん坊だ。
「あの、デートの時のスミスちゃんってどんな感じでしたか?」
「……そうだね、はしゃいでいたかな、子供の様に。大きな子供と表現しても何ら不思議では無いだろう」
あはは、想像出来るなそれ、スミスちゃんはどこと無く子供っぽいから。
「あのあの! あたしも質問して良いですか地獄王様!」
「構わないよフェイロット」
「そのデートの時にスミスと地獄王様はキスとかハグとか交尾とかしましたか!」
フェイちゃんから爆弾発言が飛び出す。何てストレートに訊くのだろうか。ある意味尊敬するな。
「ああ、全部したが?」
恥ずかしげも無くさらりと言ってのけた、まさか爽やかに言い返されるとは予想外だ。
もしこの場所にスミスちゃんが居たならば顔を真っ赤にしながら地獄王の首を絞めてるかもしれない。
「じゃあじゃあ交尾の時のスミスの様子はどうだったんですか!」
「ああ、スミスは……」
「ストップストップ! それ以上喋ったらスミスちゃんに怒られちゃうよ!」
「ああんもう! マコトのお馬鹿! 空気読んでくれる?」
あれ、私空気が読めない人だろうか?
まあそんな感じに話を進めていき、人間界でのスミスちゃんの事を話して聞かせた。地獄王は楽しげにそれに耳を傾けてスミスちゃんを思い出していたと思う。
楽しげだけど、どことなく寂しげでもあった。
「……スミスから子供達を引き離す日、理不尽に怒り反抗した。けれどボクはそれを止める側にいた、地獄王であっても先代の地獄王達には逆らえない。そのままエティオとネリスをスミスから引き離した……あの時の泣きじゃくるスミスの顔が頭から離れないんだ、今でも」
王族とは一緒にいられない、そのルールがこんなにも悲しい二人を作ってしまったんだ。あのスミスちゃんが泣きじゃくる姿なんて想像出来ない。でも家族を本当に愛していたから、だから泣いたんだ。
私にだって愛してやまない家族がいる、無理やり引き離されたらやっぱりスミスちゃんの様に泣き出すのだろう。
「ボクも何とかしたくて先代の地獄王達を説得したが……エティオとネリスの誕生日の日だけ会えるようにするのが精一杯だった。ボクはスミスを悲しませてばかりだ……恨まれてないかと恐れている」
「そんな事無いです! スミスちゃんは地獄王様を恨んでなんか無いです! スミスちゃん言ってました、二度と会えないわけじゃないって、だから悲しむ必要は無いって。それに地獄王様の話をする時のスミスちゃんは嬉しそうに話していましたよ、だから絶対にスミスちゃんは恨んでなんかいないです!」
感情を爆発させて私は語った、スミスちゃんの気持ちを教えたくて、地獄王様の悲しみを緩和させたくて。
「……ミナガワマコト、君は優しい人間何だね。ありがとう、少し心が軽くなった気がするよ……ありがとう」
「あ、いえ、私はただ本当の事を伝えたかっただけですから」
「いや、充分だよ。……なるほど、サナミシュンが惚れる訳だ、君は良い女だ」
「あ、ありがとうございます……」
良い女だなんて、恥ずかしいけど嬉しいな。
穏やかな時間が進んで行く中私達は会話を楽しんだ。
しかし終わりは突然やってくる、ここに第三者が現れたからだ。
「地獄王様、至急王室にお戻り下さい。謎の敵の情報を持ち帰った仲間が重大情報を入手したようです」
「そうか。……では失礼するよフェイロットにミナガワマコト、君達はここを自由に使ってくれて構わない」
「はい、ありがとうございます」
「わーー、さすが地獄王様、太っ腹!」
こうして地獄王は部屋から退室した、でも呼びに来た若い女は私をじっと見つめている。真紅の長い髪を後ろで束ねたポニーテール、顔は大きな瞳と整った顔立ち、凛々しさの中に可愛らしさを備えた顔だ。
スタイルも綺麗、それに彼女は人間の様だ。いや、もしかしたら人間なのかもしれない。でもヘルヴェルトで人間は私としゅーだけの筈何だけどな。
そんな不思議な彼女が口を開いた。
「大きくなったねまこちゃん、あの子とずっと仲良くしてあげてね……」
「え? まこちゃん?」
彼女は誰?
「あ、貴女は一体……」
しかし彼女は質問に答えず部屋を去ってしまった。
彼女は一体誰?
「今の奴マコトの知り合い?」
「分からない、あんな人は初めて会ったけど……」
でもどうしてまこちゃんってあだ名を知っていたのだろうか。
こう呼ぶのはしゅーしかいない、と思う。
「分からないなら考えても無駄よ、それよりもせっかく綺麗な川があるんだから遊ぼ遊ぼ!」
「う、うん」
今の彼女は誰だったのか、それが引っかかり正直川遊びどころでは無い。心ここに在らず、その為フェイちゃんが放った豪快な水の一撃をもろに食らい全身びしょびしょになってしまった。
冷たい。
「ひゃははははは! マコトびしょ濡れ!」
「うう~、冷たいよ」
「早く着替えた方が良いわよ、わ、服が濡れてやらしい格好ね、肌が透けて見えてるわよ」
確かにこれは恥ずかしい、急いで戻らなくちゃ。
直ぐに川から上がり自室へ戻り始めた、結界の門を潜ると部屋の前に到着する。そのまま中へ入ろうとした刹那、知った声に呼び止められた。振り返るとそこには番犬がいた。
「おやおや、ずぶ濡れじゃないですか」
「貴方はルベスさんの弟の……」
「はい、オルトロスのルトですよ、久方振りですね人間の女さん」
ケルベロスの弟オルトロス、そのルトさんが何でこんなところに居るのだろうか? 聞いた話では地獄の番犬や獣の類達はヘルズゲートを監視、守護をしていると聞かされた。
それなのに彼は王宮にいるなんて。
「ちょっとちょっと、あんたオルトロスでしょ? 何でここにいるのよ、仕事サボってんの?」
「おやおや、死神フェイロットではありませんか、相変わらず脂肪だけは一人前ですね」
「し、脂肪じゃないわよ! バストよバスト! この変態!」
「おやおや、バストでしたかそれは。すいませんね今まで脂肪と思ってましたよ」
本当にルベスさんの弟なのか疑うほどに嫌みな事を言う。
人をさらりと傷付けて何が楽しいのだろうか。
「あたしあんたなんか大っ嫌いよ!」
「それは奇遇です、ルトもお馬鹿さんは嫌いですからね」
「あたしお馬鹿さんじゃないもん!」
「あ、あの、それはいくら何でも酷いです。フェイちゃんを馬鹿にしないで下さい!」
本当に酷いと思わず声を荒げた、すると参りましたと言わんばかりに肩をすくめて彼が頭を下げた。
「やはり人間でも女は怖いものですね、分かりました反省しますよ」
「反省するならあたし許すわ」
言った事を真に受けるフェイちゃんは反省するという言葉を信じた。
でも見下した様に笑っている、反省なんかしてない証拠だ。
「で、あんた何でここにいるのよ」
「獣王様が地獄王様に用事がありましてね、ルトは獣王様の護衛で付いて来たんですよ……で、ついでに幽閉されている哀れな人間観察に訪れたのです……ああ失礼、観察ではなく面会の間違いでしたよ」
幽閉されている哀れな人間か、今の私ってそう言う状況なんだよね。他人に言われ改めて認識する自分の立場、悔しいけどその通りなのだ。
「それにしても案外元気そうで何よりですよ、それとも無理に元気にしてないと参ってしまうと言う訳ですか? そうですよね自分の為に恋人が危険な目に合っている、ああもしかしたらもう死んでるかも知れませんね、それとも大怪我をしているのかも……貴女のせいでね。ヘルズゲート事件も貴女が暴走したお陰で彼は酷い目にあった、貴女は居るだけで疫病神何でしょうね、ああ言い過ぎちゃいましね? 気にしないで下さいただ事実を述べただけですので」
言葉は刃となって深く、鋭利に食い込んだ。
「あ、マコト!」
いつの間にか私は涙をボロボロと流していた、しゅーが心配で、私は疫病神って言葉が胸を抉って、そして……私のせいでしゅーを危険に晒している、今も昔も。
「う……ぐすっ、うう……」
泣かないって決めたはずだった、でも涙が止まらない。
疫病神、私は……。
「オルトロス! あんたマコトを泣かせたわね! 許さないんだから、あたしの友達を傷つけた! 許さないんだからぁ!」
「フェイちゃん……」
「おやおや、人間を泣かせ死神を怒らせてしまいましたね、それはそれは申し訳ないです」
「謝っても許さないんだから! あんたなんかバラバラに切り裂いてやるんだから!」
「おやぁ? 貴女如きがこのルトを刻むと? それはそれはなかなかに面白い話ではないですか、死神スミスと同等の力を持っていると聞いてますが……貴女のお馬鹿さがそれを駄目にしている、哀れですよね」
そう言った次の瞬間フェイちゃんは死神の鎌を出してオルトロスに切りかかった。
しかし避けられてしまったが、怒りの一撃は床を切り裂く。
「おやおや、空間圧縮された硬度の高い床を切り裂くとは……伊達に死神スミスと同等と言われている訳じゃなさそうですね」
「あんたは死なす! あたしプンプン怒っちゃってるんだから!」
それから死神の猛撃が開幕する、翼を背に生やし素早くオルトロスの懐へ飛び込む。鎌の連続攻撃、しかしそれらがかわされる。まるで踊っているかの様に。
「怒りは刃を鈍らせる、ほらほらこっちですよ」
「許さないんだから! バラバラにしてやる!」
床、壁、天井、その全てに死神の鎌が傷を残して行く。
しかし、平然としていた筈のオルトロスの表情が歪む。
どうやらフェイちゃんは冷静さを取り戻してきたみたいだ。
「ぐっ、ぬっ!」
「あんたはあたしを馬鹿にし過ぎたわ、あたしは死神スミスと同等、これはあたしの誇りよ。大好きなスミスと同じ場所にいる、これに偽りなんかないわ!」
「な、なかなかやるようですね」
「ええ、あたしよくスミスに冷静になれっては叱られるの、どうやらあたし冷静だとスミスが認めてくれる死神になるみたい……だってその証拠にあんたを確実に追いつめているわよ? さっきまでの威勢はどこにいったのかしら?」
鎌の乱舞がどんどんとオルトロスを部屋の隅へ誘って行く、追い詰めるのに時間は掛からなかった。
完全に退路を無くし鎌をオルトロスの首に付けた、勝負はどちらが勝者なのか私でも理解出来た。
「チェックよオルトロス、マコトに謝ってくれない? そうすれば鎌を引くわ」
「……くっ」
「謝ってくれないの? お馬鹿に負けたのがそんなに悔しい? それともあたしがメスだから悔しいのかしら? 小さい男ね貴方って」
そう口走ると彼の表情が怒を表す。
「ルトが小さい男ですって?」
「ええ、それに口だけで力も弱い。……昔ケルベロスと模擬戦闘をしたけど、あたしの完敗だったわ、気持ちが良いくらいに。ケルベロスに比べたら貴方は……ああ、ごめんなさい比べるのは失礼ねケルベロスに」
「ふざけるな、ケルベロスとルトを比べるな……ルトはケルベロスに、ルベスには劣っていない!」
次の瞬間オルトロスは鎌の刃を自らの手で掴んだ、床に彼の血が吸われるように落ちて行く。
「な、何してんのよ指が無くなるわよあんた!」
フェイちゃんの同情と優しさが鎌を引かせた、しかしそれは彼の解放を意味する。素早くしゃがみ腹部に蹴りの一撃をオルトロスが叩き込む。
彼はフェイちゃんの優しさを逆手に取った。
「あぐっ!」
背を見えぬ相手に引っ張られるかの如く壁に激突する、苦痛の表情を浮かべ地に落ちた。
「フェイちゃん!」
「ううっ……ひ、卑怯者……」
「何とでも言えば良いんですよ……ルトがケルベロスに劣る? 小娘が、そんな事を言ったのか? その口が言ったのか!」
「あああっ!」
オルトロスがフェイちゃんの体を思い切り踏みつけた。
何度も何度も。
「止めて! 止めてぇーー!」
私の声は虚しく振り払われた、力ずくは無理だけど、そうせずにはいられなかった。オルトロスに駆け寄り止めさせようと飛び付く。
が、手であしらわれ吹き飛ばされた。強大なパワーは私を近くの壁へ誘う。全身を刺すような痛みが駆け回り、私もうつ伏せに床へ落下する。
痛くて体が動かない。
「ハァ、ハァ、……ルトを馬鹿にするからこうなるのですよ」
「フェイ……ちゃん」
フェイちゃんの口から血が溢れ出している、早く手当てしないと危ない。
「まだですよ、何寝てるんですか」
彼は足を上げた、またフェイちゃんを踏みつける気だ。
「や、止めて下さい……止めて!」
「……止めて欲しいですか? だったら……そうですね、ちょうど貴女は刺激的な格好をしてますね、それを見ているとルトは何だか欲情して来ましたよ?」
「……え?」
視線が怖い。
「人間との交尾、興味が無い訳じゃないんですよ? 別に死神でも構いませんが寝てしまってますから面白みに欠けますよね? 嫌がるからこそ凌辱は花を咲かすのですからね……貴女はどんな鳴き声でしょうね……」
や、やだ、来ないで。
「貴女の恋人はどう思いますかね? わはははは!」
動いて、私の体動いて!
嫌、嫌だ、助けて!
「邪魔な衣服を取りましょうか……」
「や……嫌ああああああああああああ!」
悪意の手は私の体を仰向けにし服を剥ぎ取ろうと伸ばす手を辛うじて動く私の手で阻んだ。
「おや、動けるんですねえ、だがその程度の力でこのルトを止められると?」
私の力が全く通じない、だけど諦めない。
こいつの手に噛み付いた。
「……人間の分際でルトに噛み付くとは……このメスが!」
平手打ちが飛ぶ。
「ああっ!」
痛い。
「これはお仕置きが先ですね……」
「や、止めて……」
もう一撃を喰らわせるべく手を上げた。
「そこまでだ、少しでも動けば切り裂く」
その声はオルトロスの背後から聞こえて来た、そこに現れたのはオルトロスの首もとに剣を押し当てている副騎士団長ギルだった。
「……副騎士団長様が何故ここにいるんです?」
「地獄王様の命令により二人を呼びに来たのだが……オルトロス、これはどう言う事だ?」
「別に、ただの暇潰しですよ、死神と人間を弄んでいただけです」
「……貴様は獣王様直属の配下、系統が違うため処罰は出来ないのが残念だ……それさえなければ人間とは言え女を泣かせる下郎は切り裂くのだがな……早々にここから去れ」
そう言って剣を下げた。
「ふん、……では死神のお馬鹿に人間の小娘、それから副騎士団長様、失礼しますよ、残念でしたがいずれ戯れましょう人間……わはははは!」
オルトロスが歩いて出て行こうとした時、副騎士団長ギルが拳をオルトロスの頬へ食らわせた。
「ぐっ! な、何をしますか!」
「クズが、貴様は殴る価値もないが……女を泣かせ傷付けた、これは彼女達の怒りを代弁したに過ぎない……さあ、目障りだ消えろ」
「ふん、覚えておきますよこの一発」
こうしてオルトロスが去った。
「大丈夫かい?」
「……は、はい……私よりもフェイちゃんを……」
「ああ分かっているよ、彼女が一番危険だからね、直ぐに治癒部隊を呼んでくる」
ギルもここから姿を消した、それから治癒部隊と言うものが来てフェイちゃんを治療する。手の平から光を放ち、それがみるみるとフェイちゃんを回復させた。
私にも治療を施してくれて体の痛みが引き、頬の痛みが消えた。
「これでもう大丈夫だ、血色も良くなったから…………大丈夫かい?」
「え?」
「気が付いてないのかい? 震えながら泣いてるよ」
フェイちゃんが助かった事に安堵したのか感情が決壊したらしい。怖かった、しゅー以外の男に弄ばれてしまうと思うと怖気がして、怖かった。
「う……ううっ……」
あんな奴に汚されたら私死にたくなる、私は、私は……。
落ち着くまでしばらく時間が掛かった、何とか涙を止められる様になる頃にはフェイちゃんが目を覚ました。
どうやら体に痣は残らなかったらしい、痛みも消えているみたいで直ぐに立ち上がって私に駆け寄ってきた。
「マコト大丈夫? あいつに何かされたの? くそ、あたしが油断しなかったら……あいつは切り刻んでやる!」
「心配してくれてありがとう……フェイちゃんは大丈夫?」
「治癒部隊が優秀だからね何ともないわ。……あいつは一体何を考えてるのよ……許せない」
フェイちゃんはオルトロスに怒りを、私は恐怖を感じていた。
あの目は本当に私を弄ぶつもりだったと思う、もしギルさんが来なかったら……。
「マコト! あんた震えてるじゃない! 本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ……大丈夫」
湧き上がる恐怖は舌なめずりをしながら私を縛り付けて嘲笑う。
しゅーに会いたい、側にいて欲しい。
弱気な私が自身を支配する中、不意に温かなものに包まれた。
フェイちゃんが私を抱き締めてくれたのだ。
「もう怖くないわ、あたしが守ってあげるから、だから安心して」
「フェイちゃん……」
伝わる熱が次第に氷を溶かし安堵を連れてくる。
少しだけ楽になった気がする。
本当にフェイちゃんは優しい死神だな。
「ありがとう、もう大丈夫だよ、本当に大丈夫」
「そう、良かった」
正直まだ怖いけど、フェイちゃんがいてくれるだけでそれが緩和されて心が軽くなる。
まだ出会って間もないけど、それでもフェイちゃんと友達になれて良かった。
数分後、姿を消していた騎士団長ギルが戻って来た。
「目が覚めたみたいだね死神フェイロット」
「お陰様で……借りが出来ちゃったわね、いつか返すわ」
「なら楽しみに待っているよ……人間の……ミナガワマコトだったね確か、大丈夫かい?」
「もう大丈夫です、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるとどういたしましてとギルさんは言ってくれた。
「さてと、あんな事があったばかりだけど地獄王様が君達を呼んでいるんだ」
「また地獄王様があたし達を?」
「ああ、ただ……謁見の間には獣王とオルトロスがいる」
脳裏にオルトロスの嘲笑う声が過ぎった、せっかく止まったはずの震えがぶり返す。
「大丈夫よマコト、もう油断はしないから、マコトをあの馬鹿から絶対に守から」
「私も君の側で警護しよう、騎士は女、子供を守る義務がある、それにオルトロスは個人的に許せないからね」
二人が守ってくれる、これほど心強い事はないだろう。ここでは無力なただの人間の小娘にしか過ぎないのだ私は。
それを死神と騎士が守ってくれる。
「……やっぱり怖い?」
「怖いけど……フェイちゃんやギルさんがいてくれるなら……頑張れるよ、うん、行きます地獄王様のところに」
「では行こう、必ず自分達が警護するから」
「あたしに任せなさい!」
こうして地獄王の元へ向かう。
結界のゲートを潜ると謁見の間に出た、そこには地獄王と獣王、そしてオルトロスの姿が。視線が奴とぶつかると、オルトロスは醜悪に染まる笑みを浮かべた。
体が震え出す。
怖い、あいつが怖い。
そんな私の手をそっと握ってくれたフェイちゃんの手が温かくて、独りではないと教えてくれた。
「済まないね二人ともまた呼び出して、呼んできてくれてありがとうギル」
「いえ、命令に従っただけですので……地獄王様、獣王様、お話があるのですが」
「……ぬ、小生と地獄王に何の話だ?」
獣王ゼルガは怪訝な表情を表した、それは地獄王もだった。
「話とは何だいギル」
「はい、オルトロスが先程起こした問題の事です」
「……ルト、貴様何かしでかしたのか?」
「弁解はしません彼らの話をお聞き下さい」
涼しげにオルトロスは答え、反省の色を微塵も見せなかった。
ギルさんは先程の問題を話して聞かせる。
「オルトロス、何故その様に真似を?」
「ただの暇潰しですよ地獄王様、人間の女と死神のメスをからかっただけです」
「からかうだけで重傷を負わせるのかい? ……獣王、どうされますか?」
「……醜悪たる思考は許されないもの、現在は謎の敵との事もある、暫くルトはロロに人格を明け渡し謹慎とする、事態が片付き次第罰を受けて貰う……良いな?」
人格を明け渡す、それはケルベロスを知っているから意味が分かった。彼はオルトロス、二つの頭を有する番犬であり二つの人格を持っているのだ。
その人格に体を明け渡せば体の構造も性格も何もかもが変わる。
「分かりました、命に従います」
すると彼の体が一回り縮んだかと思うと白髪が腰の辺りまで伸びて行く、顔も中性的に変化してそれから次第にパッチリとした二重の大きな瞳、小さな唇、凄くキュートで可愛い女の子になった。
透き通るような白い肌が彼女を妖精たらしめた。
「……ロロ、話は聞いていたな?」
「はい獣王様、ルトがご迷惑を掛けました」
「……何があってもルトを表に出してはならぬ、よいな?」
「はい、その命確かに刻みつけました」
深々と会釈すると、今度は私とフェイちゃんに視線を向ける。
すると歩み寄ってきて私達の前で頭を下げた。
「すいませんでした、ルトは後でうんとうんと叱りますから、すいませんでした、すいませんでした」
「あ、えっと、貴女が謝る事はないよ……」
「マコトの言うとおりよ、悪いのはルト何だからあんたが気に病む事はないわ」
「でも、わ、私が無理矢理にでも人格を交代していたらあんな事にはならなかったですから……だから止められなくてごめんなさい!」
全然性格が違うな、やっぱり別人格なんだ。
「私はまだルトさんが怖い、許せるかも分からない……でも貴女が罪に感じる事はないよ……せっかくの可愛らしい顔が涙でぐしゃぐしゃだよ? 女の子はやっぱり笑顔が一番だよ」
「……はい、笑顔が一番ですよね、……本当にごめんなさい」
同じ体の別人格はやはり自分なのだろうか、ルトさんの罪わ自分の罪だと泣いて謝っている。でも彼女は悪くない。
「ほら、もう泣き止んで」
「はい……ありがとうございます優しい声を掛けてくれて……」
ルトさんは謹慎、だから暫くは会わない。少しほっとしたけどでもやっぱり彼は怖い。
彼女が泣き終わる頃には私自身も落ち着きを取り戻していた、恐怖は拭えないが先程よりは冷静になれると思う。別人格に変わったのだから彼ルトは出て来ないと信じて気を楽にする。
「ようやく泣き止んだわね、あんたが悪いんじゃ無いんだからさ」
「はい、そうですよね」
「私は貴女を恨んでないから」
「はい、ありがとうございます」
彼女も落ち着いてきたみたいだ。
「あ、あの、一つだけ良いですか?」
不意に彼女が声を震わせるせながらそう呟いた。
「どうかしたの?」
「あ、あの、わ、私は……女の子じゃないです」
「え?」
「わ、私は……男です」
そう言った瞬間獣王以外の全ての人(人じゃないけど)が一斉に目を丸くする。地獄王も目を見開いて驚いていた。
「あ、あんた……男ぉ!」
「は、はい、男です」
「……ぬ、皆知らなかったのか?」
獣王が別の意味で驚いていた、しかしどこからどう見みても可愛らしい女の子にしか見えない。
多分ゴスロリな格好が似合ってると思う、後はお姫様みたいなドレスも似合いそう。男とは信じられなくて私は問い掛けていた。
「本当に男なの?」
「はい、本当です……わ、私は正真正銘男なんです!」
暫く唖然としていると地獄王が場を治めた。
「とにかくみんな落ち着いて、ロロが男だとは……正直ボクも驚いているが今はもっと重要な話がある」
「……うむ、地獄王の言う通り。小生らはその様な些末な事に構ってられぬ」
「地獄王様と獣王様の仰る通りかと私も思います」
副騎士団長ギルがそう言う、そうだった私達は話があると呼ばれたのだ。
一体どんな話が飛び出すのだろうか。




