王宮の日々
「んんっ、ふわぁ~……」
覚醒する意識、睡眠から帰還してみると悪足掻きかまだ睡魔に悩まされる。目を擦り、“綿”から起き上がって背伸びをする。
まだ眠い。でも起きなきゃ駄目だ、彼が頑張ってくれているのに私がいつまでも惰眠を貪っていたら。
「んーー! まだ眠い……駄目駄目、シャキッとしなきゃ!」
とある物を探して綿を手探り、しばらく格闘すると成果を上げられた。探し出した眼鏡を掛ける。
こうして皆川真の一日が始まる。
王宮での日々が。
「うるさいなーー……あたしまだ眠いの!」
「あ、ごめんね」
傍らに少女が綿の上で横になっていた、ヘルヴェルトにのみ取れる植物から採取した綿を部屋に敷き詰めており、それをベッド代わりにしている。
そうだった、昨日は寂しいから一緒に寝ようって彼女に言われて二人で床に就いたっけ。
灰色の長い髪をポニーテール状に結っているが、何故かそれがロール状になっている不思議な髪を持つ彼女。死神フェイロット、それが彼女の名前だ。同じ死神のスミスちゃんとライバル関係にあるらしくていつもスミスちゃんの事ばかり話す。
「フェイちゃん、もう起きた方が良いと思うよ?」
「ん~うるさいなーー、あたしまだ眠いの! ……マコトは眠くないの?」
「そりゃあ眠いけど、……しゅーが頑張っているのにダラダラしてられないよ」
どうして死神のフェイちゃんが私の側にいるのか、簡単に言ってしまえば人手不足だからである。ヘルヴェルトで起きている謎の現象解明の為、みんな出払ってて私の世話役がいない、だから死神王がフェイちゃんを使ってと言って来たらしい。
私の事を死神王とスミスちゃんがちゃんと説明してくれたらしい、そんな訳で今に至る。
「……大体あたし忙しかったのに、何で人間何かのおもりをしないといけないのよ」
「あ、ごめんねフェイちゃん、仕事の邪魔しちゃって」
「べ、別に邪魔じゃ無かったわよ! えっとそのその、あたし暇だったの! そうそう、暇暇だったの! 別に謝らなくて良いんだから!」
少し時間を共にしたけど、フェイちゃんは心優しい死神何だって分かって来た。ああ言ってるけど本当は心配してくれているのが分かる。
それにフェイちゃんは可愛らしいのだ。
例えばその一。
「フェイちゃんって可愛いね」
「え? 本当! えへへへ~嬉しいわね!」
「あ、ごめんなさい、今の嘘」
「そんなぁ……」
悄気てしまった、でも。
「それも嘘だよ」
「え? じゃあ可愛いの! えへへへ~、嬉しい」
と、こんな風に言われた事を直ぐに真に受けて信じてしまうのだ。
「実はね私……男なの」
「ええええ! マコト男だったの!」
この前一緒にお風呂入っている筈何だけどこうである。
「嘘だよ、私女の子」
「何だ女の子だったんだ……びっくりしたわ」
つまり純真な心を持っているって事になる、だから嘘を言ってしまうとキラキラした濁りのない目に見詰められて、罪悪感が生まれてしまう。
だからあんまり彼女に嘘は言わない様にしないと。ごめんね。
その二。
実は意外と怖がりで泣き虫の甘えん坊さんなのだ。私が怪談話をすると震え上がって泣いちゃった事があった。よしよしと頭を撫でて慰めると子供の様に甘え出す。
えっと、その時には大きな胸を押し付けられながら抱き付かれて、同じ女の筈なのに何だろうこの差はと思ってしまった。まあ女は胸で全てが決まる訳じゃないけどね、負け惜しみに聞こえるけど胸が全てじゃないと思う。
話が脱線したけど、普段はキリッとして鋭い目を光らせ、高飛車な彼女、だからギャップに驚いてしまうのだ。
でも憎めない人……じゃなかった、憎めない死神何だよねフェイちゃんは。
「マコト、食事が済んだら散歩に行くわよ、散歩に! もちろん拒否権は無いんだからね! あたしに全権があるんだからそれを忘れないで!」
「うん分かってるよ、じゃあ散歩に行こうね?」
「わーーい! やったぁ!」
両手を上げてバンザイ、本当に子供みたい。
私を飽きさせない彼女がいてくれるお陰で退屈とは無縁に過ごせる事に感謝しなくてはならない。一応幽閉されている身である、これ以上の願いは身の程を弁えない事になるだろう。
球型個別空間、またの名を王宮。
三王会議後、私皆川真は事件が解決されるまで幽閉される事になってしまった。でも地獄王は優しい配慮をしてくれた、幽閉の場所は清潔感ある部屋だし、ある程度なら王宮を歩き回っても良いと許可を貰っている。
ただその場合いはフェイちゃんと常に行動しなければならないけど。そう、フェイちゃんは世話係りと監視役なのだ。
ただ……。
「マコト先に行ってても良いわよ!」
「えっと私達は常に一緒に行動しなさいって言われてるよ?」
「あれ、そだっけ?」
監視役の本人にその自覚が無い様に思うのだった。
さて、散歩する準備が整い部屋を後にする。すると長細い通路が姿を現した。灰色をした通路はプラスチックみたいな光沢を持っており、近代的な構造を連想させる。
詳しくは知らないけど、球型個別空間の一部を圧縮して形を作っているらしく、つまりこの壁や天井は空間から作られた物体だ。
どうやったらこんな事が出来るのやら。
「さあマコト、今日は何処に行く?」
「えっと昨日は木の実を栽培している場所だったっけ」
「そうよ。だったら今日は……騎士団の鍛練所にでも行ってみない?」
騎士団、それは王宮を守護する者達。簡単に言えば自衛隊みたいなものかな? それとも軍隊の方があっているかも知れない。
「邪魔にならないかな?」
「隅っこで見てれば問題ないわよ! それにいつもどんな訓練をしているのか気になってたのよね、良い鍛練法を見つけたら他の死神達に教授してやるわよ! 死神も鍛練とかするしね」
暇を潰せるなら何処でも良いか、それにフェイちゃんの勉学になるなら一石二鳥かな? そんな訳で私達は騎士団の鍛練所へ向かう事となった。
まるで果てしないを具現化させた通路を進むと行き止まりに差し掛かる。いや、厳密には行き止まりでは無い。通路の先に結界が揺らめいており、そこが他の場所へ向かうドアなのだ。
結界自身が通過する者の頭を読み取り、行きたい場所へ飛ばしてくれるという仕組みらしい。但し、飛ばすと行っても王宮内のみだけど。そのまま人間界に飛ばしてくれたら嬉しいけどな。
二人で結界を通過すると、その先に荒野が広がっていた。岩が生え、砂漠地帯を連想させる場所。外に出た? と勘違いしそうだがちゃんとここは王宮の内部である。
その証拠に頭上は灰色の天井が広がり、広大だが果てには壁も見えている。まるでジオラマが巨大化した場所だ。
出た場所は岩山の天辺だったらしく地面が遠い、結構高いなここ。怖々と下を覗き込むと騎士団が見えたが蟻の様に極小だった。
「フェイちゃんここ高過ぎるよ」
「じゃあ降りる?」
有無を伝える前にフェイちゃんがいきなり私の腰をがっしりと掴み、そのまま持ち上げる。何て馬鹿力! 死神だから仕方無いのかも知れないけど恥ずかしい。しかし羞恥を感じる内はまだ良いのだ。
「じゃあ行くわよ!」
「え? ……きゃあああああああああ!」
あろう事か、高層ビルにも匹敵する岩山を私を担ぎ上げたままジャンプ。
浮遊感、そして重力が手招き。
「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああ!」
悲鳴に騎士団が気が付き全員が空を見上げている。注目の的で恥ずかしいって思えたら幸せだったんだけどな。
落下は更に続く。
私は死んだ。と本気で思ってしまう程の恐怖が沸き上がっていた。フェイちゃんが翼を背中から生やして飛ぶまで絶叫し続けたが今は大丈夫だ、大丈夫。
地面に到着すると腰が抜けその場に座り込んでしまう。
「どうしたのよマコト、ぐったりした顔しちゃって」
「……フェイちゃん、も、もう少しまともに下ろして欲しいよ」
「あれ、あたし何か間違えたかな?」
人間は腰を掴まれながら持ち上げられて高層から飛び降りる真似はしない。心臓がまだバクバク動いてる、ああ私生きてる。
生の有り難みを噛み締めているとある事に気が付いてしまう。私達の周りに騎士団が取り囲んでいたのだ。みんな呆れ顔でこっちを見ている。
恥ずかしい、でも立てない。
「君達はここで何をしている?」
不意に問い掛けられた、その声を辿り視線をやると騎士団の中から一人の男がこちらに歩み寄って来る姿を確認した。
ブロンドの長い髪を靡かせ、鋭く綺麗な碧眼に高い鼻と小さな口を持つ。細い輪郭にそれらが納められており、中性的な顔立ちだ。いや、むしろ美男子と称しても良いと思う。
それに高い身長と細過ぎず太過ぎない理想的な筋肉を持つ体、見ているだけで完璧な男だと思ってしまう。何この人、あ、人じゃないけど、外国の映画俳優みたいだ。
「君達は確か……ヘルズゲートを開ける人間とその世話役の死神だね?」
「そうよ、あんたは? どっかで見た事ある気がするけど」
「ああ、申し遅れたね、私の名はギル、この騎士団の副騎士長を勤めている」
副騎士長ギル、か。何だか騎士って言うよりも高貴な存在に思えた。何と言うか王子様って呼び名がふさわしい様な気がする、それ程神々しさを放っている。
「あ~、副騎士長ギルか。あんた有名だからね」
「フェイちゃん、どう有名なの?」
「見たまんまよ、こいつの見た目が良いから女死神達に人気があるのよ、ま、あたしは興味ないけど」
本人を目の前に良く言えるな。
「はははは、これは手厳しいね。……さて、二人はここに何か用事かな?」
「見学させてちょうだい! 騎士団の鍛練を見てみたいわ!」
「別に構わないけど、楽しい物では無いよ?」
「良いのよ暇つぶしになるなら」
フェイちゃん副騎士長さんに躊躇無くバンバン物を言うな。
本当の彼女はあんなに可愛いのに。
「ではあの岩山の頂上で見学をすると良い。あそこなら全体の動きも見られるし危険でもない」
「ふーーん、じゃあ見せて貰うわ。行こっかマコト」
「う、うん……あれ?」
フェイちゃん、何でまた腰を掴むの?
どうしてそのまま持ち上げるの?
「じゃ、飛ぶわよ!」
「ま、待って……きゃああああああああああああああああ!」
また地面が遠いよ!
岩山の頂上まで理不尽に運ばれて下ろされた、そのまま腰が抜けてしまい地べたに座り込んでしまう。
だってバンジージャンプよりもスリリングな降下と上昇を体感したんだよ? 驚かない方が変だ。
「……大丈夫マコト? あたしの所為?」
「う、ううん、私に度胸が無いからいけなかったんだよ」
「そうなんだ、だったら度胸を付けなきゃダメよマコト?」
ああそうか、フェイちゃんは言った事を何でも信じちゃうんだったっけ。はっきりと貴女の所為って言っておけば良かっただろうか?
そんな思案を巡らせていると下から激しい音が飛び込む。どうやら騎士団の鍛練が始まったらしい。折角なので見たい、しかし立てない。仕方無いので地を這って進む。
「何それ、マコトおっかしい~! ひゃはははははは!」
「……恥ずかしい」
どうにか羞恥に耐えて岩山の下を覗く、すると凄まじい雄叫びを上げながら騎士達が剣を携えて模擬戦闘を始めたのだった。迫力満点、雄叫びがビリビリと肌を刺すみたいに伝わる。
接触音と火花、当たり前だけどみんな真剣だ。
「へーー、団を半分に分けて互いを戦わせているわね。しかもちゃんと戦術を用いてるわ、可能な限り実戦を想定して戦ってるのね……。へぇ、あの陣形をああやって崩すのか、あっ! 形勢が逆転したわ! そっか、あの陣形は敵を誘い出す罠だった訳か……なるほどね、勉学になるわね」
騎士達の鍛練を見ているけどさっぱり分からなかった。横に長細い陣形と矢印みたいなくの字の陣形、それらが突撃する。
矢印の先端にあのギルって人(人じゃないけど)がいて、そのまま戦いながら後退、長細い陣形はそれに釣られて後を追って中央へ迫る。
でも気が付くと矢印は反対に折れ曲がり、いつの間にか長細い陣形を取り囲んでいた。
「ふふっ、なるほどね、隊長自らが囮になり敵を誘い出す。まさか後退するとは思って無かったからそのままギルを追って行く。将を倒せば戦いが終わるから長細い方は焦ったのね? その間に後ろに回り込まれて……完全に囲まれた、後はたこ殴りね、長細陣形の敗北ね、見事だわ副騎士長って肩書きは伊達じゃないって訳か」
うん、専門外だ。
「……戦術は専門外だよ」
「ふーーん、じゃあマコトは何が得意なの?」
「えっと、料理と怪談話と小さい子の面倒を見るとか、……あ、数学は得意な方かな!」
「スウガク? リョウリ? カイダンバナシ? マコトが何言ってるのか分からないわ!」
まあ全部人間がやる事だから知らないのは当然か。
でもどう説明したら良いのかな?
「えっと料理は……食べ物を調理するの、えっとこれじゃ分からないよね? えっと食べ物を作るの!」
「食べ物を作るの? マコトは木の実の栽培が得意なの?」
「いやそうじゃなくて……」
ああだこうだと説明してみるが訳が分からないとフェイちゃんが嘆く。ヘルヴェルトでは料理って文化は無いからどう説明したら良いのか。
とにかく根気を出して一から丁寧に教えた。数分掛けて。
どうにか理解させられた、と思う。
「……つまり、マコトは食べ物をリョウリすると別の食べ物に変化させるのね? それは凄い、そっか、リョウリって術の名前だったのね? もしかしてマコトって魔女?」
「えっと……大体そんな感じ」
全然理解してくれなかった、でも変な解釈が入ったが本人なりに料理が分かったらしい。
でもそのお陰で私は魔女に成っちゃった。
「見たい見たい! マコトのリョウリって術が見たいわ!」
「ええっとね……今は無理かな」
食材や調理道具がないしね。
「そうなんだ……」
あ、悄気ちゃった。
「でもいつか必ず見せるよ、これ約束!」
「本当! わーーい!」
子供みたいにはしゃいでる、頭を撫でてあげたい衝動にかられた。
だから逆らわずに従う。よしよし、良い子良い子。
「ひゃゆぅ~……気持ち良いよ…………はっ! な、何するのよ! あたしは死神何だからね!」
何だか和むな、フェイちゃんと一緒だと飽きないな。
そう言えば今頃しゅー達はどうしているだろうか、リリリちゃんと喧嘩したりしてないかな?
でもミラエルさんがいてくれるから安心だと思う、あの人はしっかりしているから。
怪我とかしてないよね? ちゃんと……生きてるよね?
しゅーに会いたいな。
「マコト? どうかしたの? ボケッとしちゃって」
「え? な、何でもないよ……それより騎士団の鍛練はどうなったの?」
「ああ、次はギル抜きで二手に分かれて模擬戦を始めたわ……」
王宮での日々はフェイちゃんがいてくれるお陰で退屈では無い。
でもやっぱりしゅーに会いたいし、人間界に帰りたい。ママと心が心配だから。
遠く、思い馳せる者と世界を思い出した。
寂しさを必死に押さえ付けながら。




