彼女は目覚めて
吐き気が引き金なのだろう、苛むように心はぐらついて不安を呼び起こす。瞼を開けば飛び込む青い天、ああ、ここの空はいつ見ても美しい。
何だか気持ちが悪い、吐き気が苛めて来るのが苛立たしいけどどうにも出来ないもどかしさが勝っていた。悩みの種を我慢しながら何とか上半身を起こすと町並みが飛び込む。
しかし自分よりも若干下に生える町並みに違和感が。
あれ、ここはまさか。
何とか起き上がりフラフラになりながら端へと歩みを進めると違和感の理由が解けた。
ここはビルの屋上なのだ、だから町並みが随分下に見えたのだ。
しかし何故こんなところにいるのだろうか?
答えを求め周辺を見回すと今まで寝ていた場所に視線が奪われた、何故ならそこは罅割れておりコンクリートが粉砕されていた。
何故あんな上で寝ていたのか。
これではまるで勢い良く落ちてコンクリートを粉砕しながら気絶してたみたいじゃないか。
うん? ビルの屋上に落ちて?
「ああそっか、ぼくは……」
想像通り吹き飛ばされてここに落ちて気絶していたのだ、仕方が無いか、あんなものを食らって生きていた方が奇跡か。
取りあえず服はちょっとぼろっとしているが近くから良く見ない限り問題ない。体中のホコリをはたいて良し綺麗。
えっと何があったんだっけ? あんなものを食らってって、あんなものって何だろうか?
どうやら記憶が一時的に混乱しているらしい。
「おっかしいなぁ~、何があったのかなぁ? ……まいっか、取りあえずそこら辺をぶらぶらしてたら思い出すかもしれない、それにお腹へっちゃったよ~」
そんな訳で下界の町へ。
「あふっ!」
突如足が足に引っ掛かってしまい顔面からコケてしまう。
目頭が熱くなりボロボロと涙が溢れてしまう。
「痛いよ~……グスッ、また何も無いとこでコケちゃったよ~」
昔から何故か何も無い場所でコケてしまう事が多々ある、ドジだからかな?
「グスッ……ぼくファイト、ぼくファイトだよ!」
何て呪文染みた言の葉を吐き出し自分に喝を入れるのも日課だ。
あれ、ここは覚えているな、どうやらビルの屋上に落ちた経緯を忘れてしまっているらしい。
「その内何とかなるよきっと。気を取り直して行こう!」
勢い良く屋上の扉を開けて階段を下り始めたのだが。
「あふっ!」
また足が足に引っ掛かり転んだ。ちなみにここは階段なので状況が更に悪い。
グルグルと前転しながら階段を落ちて行く。
「あふーー!」
壁に激突するは膝は擦り剥くはで散々だった、幸いだったのかここは廃墟らしくぼくの無様な姿は誰にも見られる事は無かった。
一階に着き外へ出ると木々が見えてここは人里離れた場所らしい、目の前の川を挟んだ向こう側に町があった。
「町が遠いな~、お腹減ったな~」
などとぼやきながら歩いて町を目指した。途中野良犬に追いかけられたり猫に威嚇されたりと散々だったが何とか町に到着を果たした。
「わ~人がいっぱいだな~」
行き交う人を呆けながら眺めているとお腹が空いているのに気が付いて食べ物を探しに歩き出したのだが。
「ねぇねぇそこの人」
「え?」
急に話し掛けられた、そこには二人組の男がいた。一人は金髪のツンツン頭、片方は耳に異常なまでにピアスを付けた帽子を被る男だ。
「君もしかして今一人で暇? だったら奇遇、俺らと遊ばない? 君可愛いから誘ってんだよ? 大丈夫、怪しい者じゃないからさ」
「んー……ぼくお腹減ってるから遊べないよ~」
「あ、だったら何か食いに行かない? 俺ら奢っちゃうよ?」
「え! 本当! なら遊ぶ!」
何だか分からないがご飯を奢ってくれるらしい。ラッキーだなあ。
「ファミレスで良い?」
「何でも良いー! お腹いっぱいになるなら何でも良いー!」
「やっべ、めっちゃ可愛いじゃんこの娘、俺マジでタイプだわ……」
それからファミレスへと向かい店の中へ。こんなところに入るのは初めてだなあ、何だか面白そう!
「本当に何でも食べて良いの? 本当に奢り?」
「あったり前さ、男に二言は無い、そうだろ相棒?」
「…………ああ」
金髪の人はおしゃべりでそれとは対照的にピアスの男は無口だった。
でもそんなのはどうでもいい、今はお腹いっぱいになりたい。
「じゃあぼくはね~……これとこれとこれ、あ! これも美味しそう! ああ! これも食べるー!」
メニューを開きあれやこれと指差し店員に注文、数分後にはテーブルの上は料理だらけ。
手の置き場すらない程の密度に男二人が唖然とした表情を。ちなみにこれ全部ぼくのだ。
「いただきます!」
美味だった、空腹時には何でも美味しいからどんどんと胃袋にダイブしてあっと言う間に空っぽになる皿、もうお腹はパンパンだ。
「ご馳走さま!」
「ぜ、全部食いやがったぞ相棒」
「…………う、うん」
二人は財布と睨めっこしていたのだが満腹のぼくには関係が無かった。
「す、凄い食べっぷりだね君! 満足そうで良かったよ……で、ちょっと提案何だけどこれから楽しい所に行かない?」
「楽しい所!? 何処何処? ぼく楽しいの大好き! 行く行く!」
「よっしゃあカモゲット!」
「あふ? カモ?」
はて、カモとは何なのだろう?
「な、何でもないよ……やったぞ相棒」
「…………今夜はウハウハだ」
何をコソコソと話しているのだろうか? まあ良いや、楽しい所ってどんなとこだろう?
楽しみだなあ。
そんな訳でファミレスを後にしてから二人に楽しい所に案内される事になった。徒歩数分後にやって来た場所は綺麗な建物だ。
「何ここ! 建物が全部ピンク色だね、綺麗だなあ」
「さあ行こう行こう、楽しい事出来るからさ! なぁ相棒!」
「…………ぐふふ」
何だか分からない内に背中を押されて中へ入るとちょっと待っててと言われたので待つ事に。
ここは何処何だろう?
「お待たせ、じゃあ行こっか」
「ここは何をする場所なの?」
「えっと……まあとにかく行ってみると分かるよなぁ相棒!」
「…………極楽だよ」
そのまま手を引かれてある部屋へ入るとそこはベッドやシャワー室がある普通の部屋だった。
「あふ? これの何処が楽しい所?」
「まだ始まって無いよ楽しい事は……ね、なぁ相棒!」
「…………今夜はヒーハー!」
「取りあえずそこに座りなよ」
と指示されたのはベッドの上、言われた通り座ってみるとやっぱりただのベッドだ。
楽しい事は何処?
「良いかい、俺の言う通りにするんだ……先ずはベッドに大の字で寝てみてよ、そしたら目をつぶる。そうしたら楽しいよ!」
「本当! 分かった、やってみるね!」
指示通りベッドに大の字になり瞼を閉じる、これで楽しくなるのかな? 良く分からないけどこのベッド固くてあんまり気持ち良くないな。
「今だ相棒!」
「…………おりゃ!」
次の瞬間手首足首に冷たくて固い感触が発生する。
次はガチャンと何かが閉まる音。
「あふ? 何これ!」
直ぐに目を開けて妙な感触を視界に納めるとそこには銀色をした手錠が。
どうやらベッドと繋がっているらしく身動きが出来ない。
「何するんだよ~!」
「くはははは! 本当に馬鹿な女だ! こんな馬鹿は初めて見たぜ!」
「…………馬鹿にも程がある」
「今から俺らと楽しい楽しい事するんだよ! くはははは、マジで巨乳だよなお前、揉みがいがありそうだ、俺が気持ち良くしてやるぜ! おい相棒、ビデオカメラセットしろ、こりゃあ高く売れるぜ!」
「ビデオカメラ~? 何それ、それで何するの? それが楽しいの?」
「は? お前何言ってんだよ、今から俺らが何をするのか分かんねーの? ここまでやったんなら分かんだろ?」
「分かんないよ~、何するの?」
そう言うと男二人は顔を見合わせた、怪訝そうに。
あれ、何か変な事言ったかなぼく?
「いい加減に気が付けよこの馬鹿女! 俺らは今からお前をレイプすんだよ! ほら泣き叫べよ、そうした方が興奮するんだぜ!」
「れいぷ? れいぷって何?」
「はぁ? ……ち、ちょっと待てよお前…………えっと、本気で言ってんのか?」
「うん。れいぷって何? それが楽しいの?」
一体何なのだろう、ぼくを手錠して何をするんだろう? 良く分かんないよ、これって流行なのかな? ぼく流行遅れかな?
「……ま、まさかここまで無知で馬鹿な女だったなんて……どうする相棒?」
「…………なら教えてやれば良い」
「そ、そうだよな、良し教えてやるから有り難く思えよ!」
「うん! ありがと!」
そんな訳で説明を丁寧に分かりやすく教えてくれた、親切だな。
数分後、レイプの意味を知った瞬間にぼくの顔が沸騰する。
「あ、あふ! ひゃああああ! へ、へへ、変態さんだぁ! 君達変態さんだったんだぁーー!」
「やっと分かったか……あ~説明疲れた。だがようやく面白くなって来たぜ! なぁ相棒!」
「…………先ずはその巨乳を……ぐへへ」
鼻の下を伸ばしながら手をワキワキと動かしぼくに近寄って来る。
ダメだ、おつむに来たよ!
「変態さんはいけないって聞いてるよ! 悪い子だね君達、お仕置しちゃうもんね!」
「くはははは! やれるもんならやってみな!」
「分かったよ、えい!」
「え!」
「…………は?」
部屋に反響音が乱射されて行く、飛び散る破片がその音を生んだ。銀に光る鉄、それが空を舞い地に落ちた。
「えい! えーーい!」
それに続きまた破片と反響が暴れ回る。ベッドに接続されていた手錠を難無く腕の力のみで引き千切ったのだ。
目を丸くする二人が何だか面白い。
「もう、こんな事したら動けなくなっちゃうんだよ!」
「……な、どうなっている、あれは鉄製の……あれ?」
「…………なんじゃこりゃあ」
「他の“人間”にこんなことしたら動けなくなっちゃうよ! ぼくだったからまだ良かったけどお仕置しなきゃね!」
左腕に残された手錠を右手で握り潰して枷を解く、それだけで二人が悲鳴を上げた。
「ば、化け物ーー!」
「ば、化け物ーー!」
綺麗なハモりだけど化け物は頂けないよ。
「化け物じゃないもん! ぼくの名前は……」
「ぎゃあああああああ! こっちに来るなぁ!」
「…………へ、へるぷみ~!」
「もう! うるさいなあ、えいお仕置しちゃえ! それ!」
ぼくのお仕置は簡単に言えば往復ビンタだ、一人捕まえて食らわせてあげると何故か泡を吹いて気絶してしまった。
あれ、力はセーブしたんだけどな、足りなかったかな?
「ヒィ! 相棒! な、何なんだよお前は! に、人間じゃ無いのか!」
「うん、ぼくの名前はスルル! ヘルヴェルトの番犬なんだぁ! エッヘン! じゃあそろそろ君もお仕置だかんね! エロべえさんはダメダメだよ!」
「ち、ちょ、待ってよ、待って……止めて……うぎゃああああああああああああああああ!」
お仕置で静かになったのだけどまたまたやり過ぎたらしくて白目になって鼻血を出しながら気絶させてしまった。
やっぱり手加減は難しいな。
「お仕置終了、あ~あ、楽しい事何か無いじゃないか~つまんないよう」
不意に何故かベッドの向かいに巨大な鏡が設置されているのに気付き、それに映る自分を一瞥する。
赤色の長い髪が太股辺りまで伸びていて綺麗だと自負してる、そしてお気に入り。漆黒のスーツに身を纏う女、これがぼくスルルだ。ヘルヴェルトの番犬。
「あれ、何か思い出しそうだな~」
ふと歯車がカチリとハマる。
ああそうだった、全てを思い出した。
「ぼくはケルベロス……」
部屋の窓を開け放ちそのまま身を外へ。落下中建物の壁を蹴り空へと跳ぶ。
別の建設物へと向かい屋根を踏み台にまた空を駆ける。
そうだよ何で忘れていたのだろうか、ぼくはケルベロスのスルル。ぼくは地獄王の命により皆川真の護衛と監視をしていた。
あのマンションで起きたヘルズゲート事件後、皆川真の力は不安定な為“ぼくら”が力が暴走しない様に見張り、暴れ出したなら止める役目と誰かに悪用されない様に見張っていたけど、謎の奴等に皆川真が拐われてしまった!
それをルベスとゲイズが止めようと奮闘したのに。
ケルベロスは三つの頭を持つ番犬、ルベスとゲイズ、それからぼくスルルで一体のケルベロス。人格が変われば体の構造も変わる、唯一ぼくが女だったから人間形態で人格を変えた場合自然と体は女になる。
でも皆川真の家で奴等と戦ってからルベスとゲイズの声が聞こえない。頭の中で問い掛けるといつも応えてくれた二人が何も応えないよ。
あのちびの女が何かをしたんだ、何か目に力を持っているとかいないとか。
それから背の高い女にビームみたいな攻撃を食らったんだっけ、何とかそれは『拒絶の白』で防いだおかげで肉体が滅びるのを阻止出来た。
あそっか、ぼくが目覚めたビルの屋上で寝転んでいたコンクリートが破れていたのはビームを食らって、飛ばされて落ちた場所だったんだ。
だから屋上にいた訳か。
「……さてと、これからどうしよう」
皆川真を助けに行く? でも人間界に気配が無い。あの敵の気配も無い。
それ以前にぼくはどれだけ気絶していたのか、あれからどれだけの時間が経過したのか。
「……う~ん、困ったなぁ~、峻の気配も人間界に無いよ? おかしいな~」
どうしたものかと悩みながら気配探索を深く深く行う。
「……あふ? 何か懐かしい様な気配を感じるよ? 誰だろう、知っている気配だなあ……うんと四人で固まっているのかな?」
その内の二人はぼくと同じような気配だ、もしかしたら知っている人かも。
一人は妙な気配、多分『横』に関係がありそう。
そしてもう一人は……。
「おかしいなあ~、本当に妙な気配……敵の様な気配なのに……懐かしい? ん~分かんないよお~」
考えても仕方が無いか、ぼくは考えるのが苦手だから。
気になるのなら行って確かめれば良いんだよ。
「良し、あの四人の気配を追うよ! えっと北に真っ直ぐだね、それ出発!」
北へと向け急ぐ、待っているのは敵か味方かそれとも別の何かか。
ちょっと待っててねゲイズにルベス、ぼくが必ず助けてあげるからね!
決意を胸に空を駆ける。




