黒からの逃亡
視界は白一色と言える白樹の森で酸素を貪るかの如く内部に入れていた、体に酸素を与えないとヤバイ状況だ。
走る、走る走る走る、白き樹木を掻き分けるかの様に。途中で落下する葉や地面に刺さった物を避けながらただひたすらに駆けた。
目指すは戦闘音、蠢く何かと戦う旋律が一歩踏み締める度に強くなって行く。悪魔ロゼリアがこの森に撒き散らした蟲とリリリかミラエルが戦っている、早く合流してここから脱出、態勢を整え作戦を練ってからじゃないと戦えないだろう。無策のままバラバラに戦えばいくら個々で強かろうと敗北する。
それにこの森はロゼリアの支配下、蟲が這い回っているのだから分が悪い。
まあ止どまって戦うにせよあいつらと合流した方が得策なのだ。
慌ただしい最中に空中から葉と共に蟲が数匹俺に襲い掛かる、素早く氷の結晶を精製し放出、すると見事に的中し凍り付けとなった蟲が鈍い音を奏でて地面へ。
「その他ぁああああああ! 逃げても無駄だしぃいいいい! 良くもワタシにあんな淫らな姿をさせたあなぁ! 絶対に許さないしぃいいいい!」
喧しい怒を含む雄叫びが後方から響いて焦りを手招きするのだった。
やばい、段々と追い着かれているぞ、止まっている時間は無い!
着々と音に近付いているらしい、戦闘音が巨大化を始めたのだ。直ぐ近くだな、一体誰が戦っている?
「キヒヒヒヒヒ、追い着いたし!」
ゾクリと怖心が後方確認を命じた。
しかし誰もいない。確かに奴の声がしたのに。
「キヒヒヒヒヒ、こっちだよこっち」
その声に顔を引っ張り上げられた、頭上より来れし言葉を放った人物と視線がぶつかる。悪魔ロゼリアが真上にいる、樹の枝に優雅に腰を下ろして見下ろす。
「キヒヒヒヒヒ、その他見~付けた。さあ遊ぼうよ、キヒヒヒヒヒ!」
「くっ……生憎だがそれは辞退させて貰う!」
氷弾を頭上へ発射しまた駆け出す。当たったのかは見ている暇は無い、とにかくみんなと合流が先決。
が、数秒後に今の攻撃が無意味だったと思い知らされた。
「ひっどいなぁ、ワタシを置いて行くなんて見る目が無い男だし、キヒヒ」
「なっ!」
駆け出した前方の数メートル地点に至極当然と言わんばかりに笑みを浮かべてそこに立っていたのだ。上からあの地点まで素早く移動したらしいが、速すぎる。
まさか、手を抜いて追い掛けていたのか?
咄嗟に右手をロゼリアに向け攻撃しようと試みたが無意味だと理解させられる。一瞬視界からロゼリアが消えた、それと同時に腹部に激痛が発生し居座り強大な力に押され樹木に背中から激突、息が止まったが直ぐに再開した。
「……がっ、ああっ!」
「キヒヒヒヒヒ」
地面に尻餅をつき、痛みに苦しめられながら今何が起きたのかを冷静に分析する事に努めた。
消えた様に見えたが実際は懐へと瞬時に侵入されて腹を蹴り飛ばされたのだ。
くそ、ジッとしてたら殺られる!
「おっと動くなだしその他ぁ、お前が動くより先に殺せる自信があるよワタシ、キヒヒヒヒヒ、だから動かない方が良いよ? キヒヒヒヒヒ」
あの攻撃を目の当たりにしていなかったらとても信じられる脅しでは無かった、この痛みが教えてしまう。動けば死ぬ、そんな残酷な末路を。
「くっ……くそ」
「そうそう、ワタシの言う事を素直に利くのが利口だし、キヒヒ、さっきは良くもやってくれたよねその他ぁ、ワタシの胸がまな板? 幼児体型? ふざけんなだしぃいいいい!」
強烈な衝撃が右頬にぶつかり意識を飛ばされるかと思った、ロゼリアは拳を作り殴って来たらしい。丁度右目は眼帯をしている為見えなかったが左目が突出た奴の拳を捉えていた。
ヤバイぞこの状況は、何とかしなければ。何かないのか、何か……。
「痛っ……ん! な、何だよロゼリア、幼児体型って言ったのをまだ根に持っているのかよ」
「ワタシは幼児体型じゃなくて可愛い系何だよ! 許さないし、許さないしぃいいいい! お前をどうしてやろうか考えているんだ!」
「……誤解すんなよ、知らないのかお前、人間界じゃあ今流行ってるんだせ、幼児体型がさ。今じゃトップアイドルだってそうなんだぞ? 知らなかったのか?」
「はぁ? 意味分かんないし」
そりゃあハッタリだから意味が分からないのは無理は無いが、何とか時間を稼がなくてはならない。
とある作戦の為に。
「まあ分からないだろうな、人間界では今や空前のロリブーム到来何だよ。お前みたいな奴が美人だと美人の基準が変わって来ている、その証拠に萌えが流行ってるんだ」
「も、燃え? 何か焼けるのか? 意味分からないし」
「あ~そうか萌え文化を知らないのか。まあ俺はあまり詳しくないが……そうだな、年上の女の魅力だったら夜通し語れるぞ? お前が何歳かは知らないが知っていた方が後々便利だ、だから聞きたくないか?」
馬鹿話に多少だが食い付いてくれれば何とかなる、後もう少しだ。
「キヒヒ、ワタシの年は秘密だし。でもなかなか面白そうだね、是非教えてよその年上の女の魅力とかそれに、一生懸命時間稼ぎしている訳もね? キヒヒ」
「な、何の事だよそりゃあ……」
「ワタシを馬鹿にし過ぎ。どんな馬鹿でも変だって気付くし……さあ何を隠してるの?」
バレた、やはり侮ってはならなかった。だがまだ救いなのは俺が何をしようとしているのかを知らない事だ、知られる前に終えられるか?
後少しなのに、時間が欲しい、何とか時間が。
「……ち、何だバレてたのかよ。さすがは悪魔だな、そんな鋭さを持って大昔にこのヘルヴェルトに攻めて来たんだろ?」
「はぁ? 何の話?」
「何って……大昔ヘルヴェルトに悪魔が攻めて来たんだ、お前らがやったんだろ?」
「は? 何それ、ワタシは知らないしそんなの。…………ああそうか、“縦”の奴等を言ってんだね? キヒヒ、見当違い、ワタシらは“横”だし」
何だ今の話は? 縦だの横だの意味が分からない。それにヘルヴェルトを襲った悪魔とは別だと言いたいのか?
まさかこれって重要なキーワード何じゃ?
「ふん、お喋りはお終いだし。何か企んでいるならその前に腕の一本でも切っちゃおっか、キヒヒヒヒヒ!」
ロゼリアの手が伸びて来る、俺の腕を引き千切る気なのか?
だが……。
「準備完了」
「……あ?」
それは本の一瞬で標的を貫いた、飛び散る黒き血潮が白樹を染めた。狙いが微妙にズレた、焦りが狂わせてしまったのだろうがとにかく手傷を負わせられた。
ロゼリアの“後方”から左肩に突き刺さった“それ”が策の成功を示す。
「ヒギィイ! な、何だこれは!」
「単なる氷だよそりゃあ……」
後方に聳える白樹から氷の刃がロゼリアまで伸びて左肩を抉ったのだ。俺がやってのけたのは結晶の碧の特性を生かしただけである。
この森に入ってから迷わない様に目印として樹々に貼り付けて来た氷がこれを成功させる鍵、追い詰められた時にロゼリアの真後ろにその氷があったのが幸いだった。
結晶の碧の特性、氷を作り出す力と触れた氷を操る力、この二つを利用し奴に見えない様に小さな氷を手に作り樹々を影にして蛇の如く樹と樹を伝わせマーキングの氷と繋げる。そうすれば蛇と目印は一つの氷となり自由に操れたと言う訳だ。
危なかった、ヘルヴェルトで起きた悪魔との戦争の話に食い付いてくれなければ腕が無くなっていただろう。まだ安堵するには早すぎるな、左肩を抉った氷の刃を広げて奴の体を這わせて行く。
「その他ぁ、お前!」
「悪く思うなよな、仕掛けて来たのはそっちなんだからな」
「ふざけんなだし! ふざけ……」
憎たらしい言葉を氷が塞き止めた、凍り付けとなった悪魔の完成と相成る。ようやく安堵出来る、これならしばらくは動けないだろう。
それよりもあいつらと合流しないと。まだロゼリアの蟲が暴れていやがるからな。素早く立ち上がり戦闘音を探す、直ぐ近くで激しい打撃音が響いているな。
「あっちか!」
迷う事無く駆け出して行く、癪だが今の俺にロゼリアを倒せる実力は無い。
なら情報を聞き出せれば対策が取れる、とにかく三人が合流出来たらここに戻って来よう。
「置いて行かないでよ、キヒヒ」
ヤスリが背中を削ぎ落とす感覚に似た寒さが抱き付く、舌を這わせ脳髄を濡らす。
そんな馬鹿な、今の声は紛れも無い奴のもの。だが凍り付けにした筈だぞ?
冷や汗が額を伝い恐怖が首を後ろへと向けさせて行く、喉が渇くかの様に恐れが熱くて叶わない。そこに在ったのは黒だった。群がる蟲、蟲、蟲、ロゼリアを凍らせた塊に蟲が全身を多い黒の結晶を成していた。
「なっ、氷に……蟲がたかって……」
「キヒヒヒヒヒ」
その黒が不快な声を漏らした。
「策が上手く行って良かったねぇ? キヒヒ、ワタシ気が付かなかったよやるねえ……でも覚えておいた方が良い、そんな策や小細工は相手が人間なら効果抜群だけど……お前が相手にしていたのは何?」
雨を、いや落石を連想させる。地面にぼとぼとと蟲が落ちる。
「ワタシが何者か言ってみたら?」
絶望とは希望と同じくそこにいて表か裏かと問うて来る、つまり等しく訪れるものだと今実感するのだった。
いつも二つは天の邪鬼だ。
「キヒヒヒヒヒ、何故って顔が堪んない~! キヒヒ、答えは蟲だよ。ワタシの蟲はねぇその他、体温が高くてねぇ……通常は大体40度から50度、だけど自らの意思で体温を上げられる。2、300度は訳無い」
「……ぐっ、くそったれ!」
「そうだ、素晴らしい策を見せて貰ったからワタシも良いもの見せちゃうし! 別にまたパンツ姿じゃないよ? キヒヒヒヒヒ」
逃げなければ、その結論を実行する前に妙な異音が耳奥を舐めた。
引き裂く様な、抉る様な、不快な音。
――それは奴の足元から。
「……なっ!」
ロゼリアの足元には先程の蟲しかいないがそれで正解なのだ。
ある一匹が隣りの蟲に寄り添い、抱き締める様に口を開く。
バリバリと皮膚を破り、ムシャムシャと中身を取り込む。
「と、共食い……だと!」
食らっているのはその一匹だけでは無かった、他数匹が近くの蟲を襲い食す。とある蟲は全てを平らげ、飛び掛かり逆に食われたりと正に地獄絵図。
「キヒヒヒヒヒ、まあこんくらいで良いかな」
悪夢の足元に僅か6匹の蟲しか生き残ってはいないが明らかに蟲の体が一回り巨大に膨れていた。
まさか、蟲が蟲を取り込んで力を得たのか?
「キヒヒヒヒヒ、そうだよその他ぁ、多分今思っている事が正解だし。ワタシの蟲は同じ蟲を食らう事で能力を飛躍させんだぁ、ほらこんな風に」
最初それが何なのか分らなかった、急激な吐き気と腹痛と衝撃が一度に襲って来たのだ。
「がっ、……ああ、おぇぇ……」
胃の中身を全て地面にぶちまけてしまい、そのまま膝を着く。痛みに耐える視野に何かが映り込む、それは黒。一回りデカくなった蟲が目と鼻の先に。腹の痛みを考えるならばこいつが突進して来たのか?
見えなかったぞちくしょうめ。
「キヒヒヒヒヒ、良いねぇその苦痛に歪む顔! 堪んないなぁキヒヒヒヒヒ! その顔だけで3回も一人遊びが出来るよワタシ、さあ次は何をしてやろうかな~。あ、お前の手足食っちゃおっか、蟲達の良いご馳走だし! それが終わったら身動き出来ないその他で遊んじゃうし! あそこをワタシの手で弄んでやろうか? キヒヒ、ワタシテクニシャンだからさぁ!」
「……この変態悪魔め、お前の頭の中はそんなのしかないのかよ」
「キヒヒヒヒヒ、とか言って本当はヤりたいんじゃないの? ワタシと本番してみる? キヒヒヒヒヒ、遊び終わったら切り落としてやるしぃいいいいいい! キヒヒ、じゃあ先ずは能力を使えなくさせる為に手を食いちぎってやるし」
蟲共が俺を目指して這って来た、このままじゃ本当にヤバイ。
落ち着け、何か無いか、何か。迫る恐怖に対抗出来る手段は無いのか?
このまま死んだらまこちゃんはどうなる!
「じゃ、邪魔な手食っちゃえ蟲達!」
急速を持って一気に接近する蟲は弾丸そのもの、走っても追い付かれる、攻撃前に殺られる。
思考が混線している時間がハッキリと言い放つ、遅いと。
黒が牙を向く。
「キヒヒヒヒヒ! それ、噛み付け!」
空が黒の隙間より僅かに漏れて眼球に流れて行く。
赤い空、夕より濃く血より淡い赤。
――赤ならば黒に勝てるだろうか?
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! キヒヒヒヒヒ…………キヒ?」
蟲が向き出す歯が空間に食い込む、しかし抉る感触は味わえない。
ただ歯と歯がぶつかり合うのみ。
「は? あれ、は? ……その他ぁ?」
間抜けなロゼリアの言葉は空に食され霧散した。
ぽかんと呆けて悪魔が予想だにしないと言わんばかりに間抜けと証せるだろう。
それはそうだ、何故なら見つめる先に標的がいないのだから。
「……ど、どうなってやがんの? その他が……消えた? 馬鹿な、人間が消えるなんて有り得ないし! それに消える様な力も皆川真の記憶に無かったし……何処だぁ!」
捜査し出す悪魔の眼球は忙しなく動き回り俺を発見した。
それは地上から離れた白樹の枝、そこに俺はいる。
「はぁ、はぁ……う、上手く出来た」
「お前何をしやがった! 人間の癖に生意気ぃ! 行け蟲達!」
凄まじいスピードで白樹をよじ登り始める蟲はあっと言う間に敵を射程に捉えて飛ぶ。
しかしまた俺は消えた。削られたかの様に。
「また消えたぁ!? ふざけんなだし! 何で消える!」
どうして今まで気が付かなかったのだろうか、ケルベロスことルベスに借りた力は一つじゃなかっただろう。
でもそれは性質上使い辛いと思っていたから無理も無いか。
赤ならまだ活路が開ける。
――『紅の帰還』。
本来人間界に現れた地獄の住人をヘルヴェルトに帰す言わば仮の門、それも一方通行の。
昨日ミラエルとの会話でヒントを貰い練習をしたが上手く出来るかはぶっつけ本番だった。
発想の転換と述べようか。
人間界から一方通行に門、ゲートが開くのならば、ヘルヴェルトで使ったらどうなるのか。
昨日の実験を兼ねた練習で分ったのはヘルヴェルトで『紅の帰還』を発動させた場合の効力は任意の場所にゲートを開けると言う事が分った。
早い話、ヘルヴェルト内であるなら今の様に地上から枝に小さなゲートを創りそこへ移動出来たのだ。
瞬間移動に似て非なる能力。とある場所から別の場所へ通り道を創りそこを潜る門、それが紅の帰還の効果。
しかし慣れて無い為若干任意の位置にズレが生じていた、それにまだ数メートル内しか移動出来ず連続利用時間も短い。このまま続ければ体力が尽きるのが早い、そうなれば本当に終わる。
「何なんだよその能力! その他の癖にぃいいいいいいい!」
地表に門を開きそこへ移動、敵も透き無く蟲を向かわせる。次は後方直ぐに聳えている白樹の裏へ門を。
消えては追われ、また消えては追われる繰り返し。
段々体が重く感じて動かし辛くなって来た。
「キヒヒヒヒヒ、何だか知らないけどあんまり遠くに逃げられなくなって来たみたいだね? もしかして疲れちゃったの? どうやらおかしな力も役に立たなくなって来たらしい……キヒヒ、後何秒持つかな?」
森を紅の帰還を使いながら移動するが距離が短く遅い。
あざ笑うロゼリアから逃げられないのか?
「それでも男か、もっと踏ん張ってみせぬか!」
聞き覚えのある凛とした高貴な声が白樹の森に響く。
それは目の前から来た、自慢の剣を携えて。
蟲が瞬く間に微塵に帰す。
「ちっ、蟲を片付けやがったか……」
「ミラエル……」
騎士ミラエルが威風堂々と見参した。
「ふむ、妙な蟲が襲って来たかと思えば次は下衆が追われているとはのう。いつからこの森は騒がしくなったのじゃ?」
「……キヒ、何だその他と一緒にいた奴か。ワタシと遊びたいの? キヒヒヒヒヒ」
「良かろう遊ぼうかのう。小娘はお遊びが大好きじゃからのう、貴様も嬉しかろう、構って貰える相手が出来てな」
「……ワタシを馬鹿にしてんの?」
その問いに当然と答えた。
「小娘、まさか小馬鹿にした事にすら気が付かぬ鈍感か? 下衆もこの様な族に追われるとは終わったものよ」
「カッチーンと来ちゃったし! お前絶対にグシャグシャにしてやるし!」
「ふっはははは! 鳴きおる鳴きおる、小娘が愉快に鳴いておるわ! いや、まさかあの程度の刺を孕んだ言葉で怒りを表すとは何とも滑稽、滑稽……どうした下衆も愚弄してやらぬか、愚弄も立派な計略じゃ」
それは引き裂く音に似ていた、空気を裂く様に一直線で飛び掛かる蟲が数匹。
共食いにて力を得た蟲共が標的をミラエルへと向かわせた。
「お前食われて死ねばいいし!」
上手い、怒りは水面を掻き回す。乱れた水面には何も映る事は無く周りが闇と化してしまう。つまり怒りは平常心を無くし単調な攻撃をついついさせてしまう。
目の前の標的を早く殴りたいから。
ミラエルはそれをさせる為に小馬鹿にしていたらしい。その結果は次々と蟲を屠る姿が答えだろう。
そしてもう一つ、ロゼリアは怒りに支配され標的をミラエルへと完全にロックしたのだ。襲われ動けない俺への敵意を奪い去った。
今俺はミラエルに助けて貰っている。
「どうしたのじゃもうお終いかのう? 何とも興醒めな小娘よな、その程度の実力しか持たぬのか?」
「はぁ? お前何かに全力を出すなんて真似は恥ずかしいし! 弱者に全力を出すと弱い者苛めだし!」
「おお、やりおるのう早くも負けた時の言い訳を披露してくれるとはあっぱれじゃな! 良し良し、良かったのうこれなら負けても誰にも文句は言われぬぞ?」
「お、おお……おおおおおおお前ぇえええええええ!」
荒ぶる程に怒りが頂きに上がり自らの下半身から大量の蟲を出陣させた。ズボンが所々盛り上がりズボンの下を入口に飛び出しミラエルへと飛ぶ。
だがミラエルの剣はそれを許さない。高速に剣を振るい次々に蟲を切り裂く。あまりの速さに剣は消え、まるで蟲が勝手に切り裂かれている様だった。
「どうしたのじゃ? 蟲をバラバラにするばかりで。これが楽しいのか? 何とも妙な趣味じゃのう」
「ふざけんなだし! ふざけんなだしぃいいいい! くそ! くそくそくそくそくそくそ!」
蟲がくの字に折り曲がって飛翔、素早くミラエルに飛び掛かるが寸前で切り倒される。その一匹だけを抽出すると僅か数秒、もしかしたらそれよりも更に短い時間で屠る。
それを数十、数百の蟲を相手にやってのけるミラエルはやはり凄い。
だがロゼリアの蟲は底が無いかの様にワラワラと飛び出す。あれは何処から来るのだろうか。
「ふざけんなだし、ふざけんなだしふざけんなだしふざけんなだし! もうお終いにしてやるしぃいいいい! キヒヒヒヒヒ、この森に撒いた蟲を全部呼んでやる、ここに呼んでやるし! キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! もう謝っても許してやらないしぃいいいい!」
喧しい悪魔の声が途絶えた途端にそれが起きた。圧倒的な意思が一点に集束してゆく。森中に散らばった蟲が一斉にこちらへと意思を向け集合を開始してしまったのだ。
白樹が揺れ、蠢きがこちらに敵意を飛ばす。すると白樹が黒へと変色して怖気を実らせ、悪魔を喜ばせた。白樹は蟲に飲み込まれ最早蟲を実らせる樹々へと変化。
四方八方白から黒へ。ロゼリアがミラエルへと飛ばしていた蟲とは桁外れな数が場を覆う。囲まれた、最初ロゼリアの蟲に囲まれたものはお遊びと言ってしまいたくなる。
濃厚な密集が脱出を阻む。
「キヒ、キヒヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! どうだツノ女! 森中の蟲が集まったし! これが一気にお前を飲み込むんだ、キヒヒヒヒヒ、骨だって残す訳ないし!」
こんなにいたのか蟲は、これが一斉に飛び掛かられたらいくらミラエルでも防げないだろう。数千、いや、下手をしたら数万の蟲の軍勢に震えるしか出来ない惨めな俺が情けない。
重い体を起こして何とか立ち上がるが手が震えて止まる気配が無い。止まれってんだよ、こんなところで臆してどうするんだ、敵はロゼリア一人だけじゃないんだぞ? こんな事くらいで振るえていたら悪魔何かと戦えやしない。
「下衆、臆したのか?」
不安に締め付けられる最中、ミラエルの声が届く。
不思議と温かみを匂わせた言葉。
「別にビビって何か……」
「下衆、恐怖とは恥じるものでは無い。当たり前の感情じゃ。誰でも恐怖は付き纏う性、しかしそれを緩和させる事は出来る」
一呼吸置いて騎士が述べた。
「それは群。弱さは支え、支えられるもの……貴様には誰がいる? 貴様は独りか?」
支え、支えられるもの。ああそうか、ミラエルが言いたいのは単純な事なのだ。
それを聞けば勇気が湧く。
「下衆、貴様の横には誰がいる?」
「……騎士、ミラエル!」
「ならば震える意味はあるのか?」
「……ああ、無かったな」
――任せろ。
と、凜とした声が背中を押す。
俺には頼もしい仲間がいたじゃないか、竜を先祖に持つ騎士。気高く神々しい美の騎士ミラエル。彼女がいるのならば震えるなど無意味だ。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだし! キヒヒヒヒヒ、遺言でも残したぁ? キヒヒヒヒヒ!」
「ふん、小娘がまた鳴いておるわ。余程寂しいらしいのう、所詮尿臭い小娘か」
「お、お前……もう死ね。行け蟲達! こいつらをグチャグチャにしちゃえ!」
黒の軍勢が全て飛び掛かる。まるで巨大な生物だ。
「下衆、しゃがめ!」
慌てて地に伏せ成り行きに身を任せた、まるで津波を彷彿させる蟲の大群が迫る中ミラエルが息を吸い、吐き出す。
赤く激しきものと一瞬に。
空気すら焦がす燃え上がる炎がミラエルの口から放出され黒へと猛攻、瞬く間を遥かに凌ぐ速さで赤が黒を食らう。白樹を巻き込みながら炎が踊る、首を動かし横へと剛たる力を導くミラエルは正に竜そのもの。
結晶の碧を全身に這わせて熱さを凌ぎ、食われ消されて行く蟲を見守った。物の数秒、黒は絶たれ白が世界を飾る。あの炎でも白樹が無傷のままでいる事に驚きを隠せない。
「ここの樹々は樹にあって樹にあらず。この樹は燃えぬのじゃ下衆よ。どうじゃ綺麗に真っ白じゃぞ?」
「す、すげぇ……」
素直にそう思うしかなかった、何万もの蟲を一撫でで全て焼き払う何て。
「さて小娘、次はどうする気かのう?」
あの炎を避け苛立ちな顔を浮かべるロゼリアには最初の余裕が消えていた。
「……ちっ、そんな隠し玉を持ってるなんて」
「確か森中の蟲を全部集めたと吐かしておったな?」
「ふ、ふんだ、蟲ならまだまだ出せるし! 別に気にしないし!」
「さて、そろそろ小娘を捕獲するかのう。何大した事は無い、高々両手足を切り落とすだけじゃ……」
自慢の剣を鞘より引き摺りながら坦々と言葉を悪魔に送りつける。氷で閉じ込めても蟲が溶かしてしまうなら手足を切り落とせば取りあえず動きは止まる。
さらりと怖い事を言うよなミラエルは、それよりも手足を切っても悪魔って死なないよな? 多分だが。
「さあ観念せよ悪魔め!」
「キヒヒ、本気出したら訳ないけど、止められてるし……分が悪いかな」
「ほぅ? 本気を止められてるとはどう言う事じゃ小娘」
「キヒヒ、そんなのお前が知る必要が無いし……さてと、ツノ女が出て来たからその他苛めが出来なくなっちゃったし。何だか興醒めだし……もう一人の仲間まで来たら厄介だし、ワタシもう帰る」
「ぬかせ、良く儂の前で帰る等と述べおったな? 逃がすと思うのか?」
ミラエルのスピードは速い、それに卓越な剣技と竜の翼と炎を兼ね備えているんだ、逃げられるか怪しい。
本気で逃げられると思っていやがるのか?
「キヒヒヒヒヒ、ねぇツノ女、蟲がいなくなって、こんなに騒音を奏でて戦っているのに……どうしてもう一人の仲間が来ないのかなぁ?」
「……何が言いたいのじゃ」
「キヒヒヒヒヒ、もしかしたら死んでるのかも。もしかしたら瀕死で動けないとかね……ああ、だったら早く助けに行かないと死んじゃうよ? キヒヒヒヒヒ」
「ふん、あ奴は治癒能力に長けておるゆえ心配無用じゃ、それにあの程度の蟲に殺られる様な奴では無い、もしそうなら見事な戦死として手厚く葬儀してやろう」
そう言っているがミラエルのツノが若干下へと垂れているではないか。
下になるのは悲しみを表している、多分心配しているのだろうな。敵に主導権を握らせない為に敢えてそう言ったんだと理解出来た。
「ちぇ、面白くないなぁもう少し心配するとかしてくれないと面白みが無いし……ねぇ“お前”もそう思うだろ?」
「興味がありませんわ」
唐突に沸き出した声が森に響いた、ロゼリアとミラエル以外の女性の声が。
リリリの声では無い、今のに聞き覚えがあるぞ。
「何だよお前も面白くないし」
「わたくしに貴女を理解しろと? 無理ですわよ無理無理……わたくしはそこにいる騎士、ミラエルを知りたいですわ~、隅から隅まで何もかもを、ね?」
いつの間にかロゼリアの後方より歩みよる人物が見えた。
あいつは王宮に現れた悪魔、メイディア!
「ふふっ、わたくしがいきなり現れて不思議不思議って顔してますわねお二方?」
「貴様はあの時の侵入者! そうか、小娘の仲間じゃったかやはり。下衆から聞いた悪魔の情報に偽りは無かった訳じゃな」
「な、なんだよそれ、俺を疑っていたのか?」
「そうではないが儂は自らの眼で確認せぬと気が済まん質でのう、まあ気にするな……今はそれよりも奴等が先決じゃろう?」
それはそうだ。いきなり現れたメイディア、つまり今まで隠れていた事になる、しかし一体何処に今まで居たんだ?
「頭が痛いですわよロゼリア、見張っている様に言われていませんでした?」
「キヒヒ、見張ってるよちゃんと今もこの目でね? それに手を出しちゃダメって言われて無いし」
「開き直りですの? 優雅さに欠けますわ。……で、どうなさるおつもりですの? 戦いますの?」
「飽きたから帰るつもりだし、だからお前を呼んだんだし」
堂々とミラエルを目の前にして逃げると宣言してしまうロゼリア、何故自信に満ち溢れているのか。
まさかメイディアが現れたからか? そうなると何か秘策があるのか?
「儂から逃れられると本気で思っておるのか?」
「ふふっ、やはりいつ見ても綺麗ですわねミラエルは、さすがはわたくしの女ですわ」
「誰が貴様の女じゃ! 儂を愚弄するつもりか!」
「愚弄だなんてとんでもない、わたくしは貴女に舌を這わせたあの日より胸が高まって眠れませんのよ? 貴女の綺麗な肌を思い出すだけでムラムラしちゃいますもの、貴女を思い毎夜一人遊びに夢中になる程のわたくしの思いを知って欲しいですわ!」
よくもまあ恥ずかしい事をベラベラと喋れるなこいつは。
ロゼリアとエロ対決したらどっちが勝つやら。
「おえ、女同士何て気持ち悪いし」
「まあロゼリア言いますわね、だったら今宵共に夜を過ごして女の味見をしてみますか? わたくし貴女を昇天させてあげられる自信がありますわよ!」
「おっえ! 想像しただけで気持ち悪いし! 誰がお前何かと!」
緊張感が二人に吸収されてしまう、まるで漫才を見ているかの様だが痺れを切らしミラエルが吠える。
「いい加減にせんか! いつまで淫らな話をしておるのじゃ!」
「キヒヒヒヒヒ、ツノ女が怒った怒った!」
「ふふっ、怒るミラエルも最高ですわね、それでこそわたくしのマイペット、……ではそろそろお暇を貰いましょうかしら」
「ぬ! 逃がすか!」
悪魔に向かい走るミラエル、それは凄まじく速いがそれよりも先にメイディアが指を噛み切る速度が勝っていた。
親指を噛み切る、快楽に溺れた表情で。
瞬き一つする間に初めからそうだったのだと主張するかの様に二人の悪魔が消えていた。慌てた俺達は四方八方、上下にまで気を配ったが得られた答えは単純なもの。
「逃げられた?」
「む……気配を感じぬ。妙じゃな、素早く移動したとしても奴等の気配を辿れば場所は特定出来るが……気配そのものが消えてしまったぞ……」
「それって妙な力を使って脱出したって事なのか?」
「じゃろうな。でなければ儂が彼奴らを逃がす訳があるまい……いや、もしかしたら逃がしたのではなく、見逃されたがしっくり来るかもしれぬ」
見逃された?
「ミラエル、それは一体……」
「あの二人と戦闘になれば儂が勝てたのかは怪しい。手負いの下衆を守りながらではいくら儂でも勝てたか分からぬ……儂も修行不足じゃな」
確かにそうかも知れない、ミラエルは強い、だけど俺と言う枷を背負ったまま二人を相手にしていたらどうなっていたか。
くそ、俺がもっと力を使いこなしていればこんな事態には。
「……逃がしてしまったのは落ち度じゃがいつまでも悔いていても始まらぬ。次こそ捕らえてみせる……さて、ガキが姿を現さぬのが心配じゃ、探すぞ」
「そうだリリリの奴どうしたんだ、まさか……分かった探そう」
まさか殺られたりして無いだろうなリリリの奴、何故姿を現さないんだ。
「探しに行くぞ下衆! ……と、その前にじゃ、下衆、貴様いつからタメ口を儂に使っても良いと言った?」
「あ! ご、ごめんなさい!」
「まあ有事じゃったからな仕方が無いか……次タメ口なら微塵切りじゃぞ?」
固く心に誓った。
リリリを探して森を彷徨ったが意外にも直ぐに見つける事が出来た。
悪魔との戦闘場所から僅か数メートル付近にリリリを見つけたのだが、草むらに隠れているのは何故だ?
「無事だったか……おいリリリ怪我とかしてないか?」
「うううーーっ! 来るなですようこのエロエロ人妻スキーしゅん! 今こっちに来ちゃダメですよう! あ、ミラエル様は良いですよう」
「む? どうかしたのかガキ?」
ミラエルが草むらに近付いて行くと目を丸くする、はて何があったのやら?
「ガ、ガキ、貴様何故裸なのじゃ?」
何だと?
「ち、違いますですよう、一応ボロボロですけど服は着用済みですよう! ……いきなり悪魔の蟲が襲って来て避けたんですけど……服に噛み付かれてボロボロになっちゃったんですよう……ううっ、服欲しいですよう」
「馬鹿らしい……まあ命があっただけでも良しとするのじゃな。下衆、上着を脱げ」
「……はい?」
「ガキに貴様の上着を着せてやるのじゃ。女子に裸で出歩けと?」
鋭い視線が俺に突き刺さる。
「わ、分かりました……ちくしょうめ、何でリリリの奴に」
「何か申したか?」
「いえ別に!」
上着のTシャツを脱ぐとミラエルに投げ付けるとそれを受け取りリリリへと渡す。俺は上半身裸になってしまった、今は寒くは無いが夜が冷え込むからどうしたものか。
しばらくしてリリリがやっと姿を現したがTシャツだけの姿、幸い俺のが大きくてワンピースみたいになっている。あの下には何も着て無いんだよな、そう考えると何だかエロく見えるな。
「ううっ、最悪ですよう、こんな汗臭い服をリリリに着せるなんて……ううっ、リリリは汚れちゃいましたですよう」
「悪かったな汗臭くて! 俺はずっと走り回ってたんだぞ! 嫌なら脱げ!」
「うううーーっ! それは遠回しにリリリの清らかな肌が見たいって訳ですよう? 変態! 変態の王様! まことに言い付けてやるですよう!」
それは困る!
「ま、まこちゃんは関係ないだろ」
「きゃははは! しゅんの弱みゲットですよう!」
「下衆、ガキ、しばらく黙らぬか?」
不機嫌を含ませた騎士の言葉が俺達を黙らせるには十分な効果があった。
いつも表情が鋭いミラエルの感情はツノを見れば分かるが、上に向いている、怒りを表すツノの形が悍ましい。
「ようやく静かになったのう……下衆もガキも妙な事で口論になりおって、男の汗臭さは個人個人評価が違うが儂は良いと思うがのう……あやつの汗の香りはグッとくるものじゃが……」
「はい?」
「はい? ですよう」
ツノを真っ赤にしながら今妙な事を口走らなかったかミラエルは? もしかしてミラエルって好きな奴がいるんじゃないのか?
「ううっ? ミラエル様は誰か好きですよう?」
「な、何を言っておるのじゃ!」
ツノが……前に突き出したぞ? 確かあれは驚きを表してた筈。つまり図星か。
「ミラエル様がお慕いしている方って誰ですよう? 教えて欲しいですよう! くえすちょんくえすちょんですよう!」
「儂がお慕いする方じゃと? そんな者は居らぬ!」
ツノが真っ赤だ、これは恥ずかしいって事なのでもしかして、いやいや図星なんだよやっぱり。
あの凛々しき騎士のミラエルの好きな奴か、ちょっとどころでは無いくらい気になるぞ。
「誰ですよう? 誰ですよう? きゃははは、恋話は好きですよう!」
「あ、リリリの馬鹿が! 調子に乗っていると……」
「ミラエル様、答えて下さいですよう! もしかして同じ騎士団に所属している爽やか美男子、副騎士長のギル様とかですよう?」
「なっ!」
それはもう光り輝いて眩しいく真っ赤に変化したツノは今まで見て来た赤色よりも勝る真紅。
こりゃあ決定だな、騎士団の副騎士長ギルって奴がミラエルの好きな奴なのか。
「だ……」
「だ? ですよう?」
「黙らぬかぁああああああああああああ!」
「ヒィ! ですよう!」
真っ赤になったツノが真上に向いている、等々無神経なリリリにミラエルが本気でぶち切れた。
見ているこっちも竦む程に恐ろしい。リリリ、ご愁傷様、骨くらいは拾ってやるからな。
「ガキィ! そこに跪け! 首を差し出せ! 儂が綺麗に胴体から分離させてやろうぞ! さあ首を出すのじゃあ!」
「ヒィイイイイ! ご、ごめんなさいですよう! リリリちゃんはうっかり屋さんなだけで悪気は無かったんですよう……ヒィ! こ、殺されるですよう!」
「逃げるな卑怯者めが! 今日という今日は微塵切りに処す! 待たぬかぁああああああ!」
あっと言う間に二人が遠くに去って行く、先程まで悪魔と戦っていたなんて嘘みたいに。これからもあいつらと旅をするだろう、悪魔を駆逐するその日まで。
まこちゃん、俺は何とか元気でやっている、色々と大変だがこんなのは苦にならない。いつか必ずまこちゃんの平安を勝ち取るから、だから待っていてくれ。
ようやくヘルヴェルトでの紅の帰還の使い方を覚えたんだ、それを使いこなしてあいつらを、悪魔共を倒す。
そしたら二人で一緒に人間界に帰るんだ。
必ず二人で……。




