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地獄世界のヘルヴェルト  作者: 生獣屋 芽怠
第六章 炎雷のアトラ
26/75

ヴァルキリー


 天を覆う赤き空が異界であると教えていた。そう、ここは人間界では無い。見渡す限りの荒野は植物らしきものをどこかへと幽閉させたかの様に見当たらない。

 あるのは荒野と座るのに丁度良い岩くらいなものか。それに腰を下ろして空を眺めていると隣りにいる彼女が話掛けて来た。


「本当に人間界じゃ無いんだねここ、この空や周りを見なかったら信じられなかったよ」


「そりゃあ無理ないさ、俺だって最初は驚いたからな。でも最初にスミスに会えたのは幸いだった、他の地獄の住人に見つかっていたらどうなっていたか……」


「うん、スミスちゃんに感謝しなくちゃね」


 笑顔を見せたのは俺の一番大切な人、皆川真だ。小さい頃の幼馴染みにして彼女。悪魔に奪われた笑顔が今こうして目の前にある幸せが堪らなく嬉しい。

 俺達はスミスとリリリ、それから死神王ソフィーネオと共に三王会議が開催されるヘルヴェルトの王族が住む宮殿へと向かっているところだ。スミス達が俺らを連れて長い事飛んだ為ここで休息をとっている。

 まこちゃんは相変わらず一部の記憶は戻ってはいないが、居なくなる前の彼女のままだった。精神を乗っとられた後遺症は無く、健康そのもので安堵した。


「それにしても遅いね、木の実を取りに行ったままスミスちゃん達帰って来ないね?」


「そうだな……」


 こんな荒野で木の実を探す何て難しいだろう、さすがのあいつらも苦戦していると見える。

 しかし待てよ、と言う事はあいつらはまだ当分帰って来ないと言う訳だ。

 そしてそして、今まこちゃんと二人切り。

 イチャついても良いよな? 久し振りに。

 ちらりと彼女を眺めると美しい栗色に染められた長髪から(うなじ)が覗く。それを見ていると抱き締めたいと欲望が騒ぎ立て、気付けば腕の中に誘っていた。


「わ! な、どうしたのいきなり? ダメだよこんなところで……誰かに見られちゃう」


「構うもんか、俺はまこちゃんが欲しい……って、ここじゃ無理か」


「ば、馬鹿! しゅーのスケベ! ……えっと、キスくらいなら良いけど?」


 まこちゃんを助ける為に戦って来た、大切な人を取り戻す為に。今彼女は腕の中だ、良いよな? こんなご褒美があってもさ。

 ゆっくりと確実に二人の唇が距離を狭めて行き、もうすぐ届く。

 後少し……。


「まああら、帰って来るタイミングを間違えたいみたいねえ?」


「きゃ!」


 突然の声にまこちゃんが悲鳴を上げた。


「うううーーっ! まこととしゅんがイチャイチャですよう!」


「どうしたんだ皆川、オレ達に構わず続けろよ」


 背後には三人の死神が早くしてしてと言わんばかりに見つめて来る。

 それはまるで子供の様な目の輝き。


「テメェら、帰って来たなら来たと言いやがれ! 久し振りのだったのにな、ちくしょう」


「わわ、私からしようと言った訳じゃ無いんだよ? な、何そのふ~んって目! そんな目で見ないで! ……そ、そりゃあ私だってしゅーとその……い、イチャイチャ? とかしたいけど今は緊急事態なんだからそんなの……」


「まああら、二人はラブラブなのねえ? さすがに人目……もとい、死神目があったらキスは出来ないわね」


 その台詞に馬鹿な俺が反応する。


「甘く見たな死神王!」


 タメ口を許可した死神王に遠慮構わず普段通りに話掛け、ニヤリと不敵なる笑みを送る。その笑みにまこちゃんが嫌な予感を感じたのは言うまでも無い。


「わたしが甘い? 一体どうして?」


「人目だろうが死神目だろうがそんなの関係ないのさ!」


 構わずまこちゃんの唇を奪う。しかしそれだけでは無い、舌を侵入させ絡め合わせる。三死神が「うううーーっ!」とか「まああら!」とかとか「やるな佐波!」などと言っていたが気にするか。

 長い時間彼女と戯れを楽しむ。


「んんっ、んーー! ん、んん……」


 真っ赤になったまこちゃんは爆発的に可愛い、やばい変な気分が思考を狂わせて行く。

 自然と手が彼女の胸部に向かう。


「うううーーっ! じゅ、十八禁ですよう!」


 女性の象徴たるものに触れるか触れないか微妙な距離で視界にノイズが。その直後顎に強力な力が抉る様に発生、一瞬訳が分からず気が付けば地面に倒されていた。

 顎を擦りながらまこちゃんを観察すると、足が天を求めていた。まあ要するに俺の顎を蹴ったのだ。足と鼻先が付きそうな程近い距離で体が柔らかい。


「はぁ、はぁ、し、しゅーの馬鹿ぁ! 胸揉みは外でするものじゃ無いでしょーー!」


「み、皆川、突っ込むところがズレてるぞ?」


「ごめんまこちゃん、今度からは室内でする様に心掛けるよ」


「何か佐波が馬鹿に見えるのは気の所為か?」


 とまああっけなくまこちゃんとのイチャつきタイムは終了となってしまう。

 スミス達が取って来てくれた木の実を食べながらまこちゃんとのイチャつきをいつかまたすべく妙な思案を巡らせていた。

 そんな事を考えていたらリリリが「しゅん気持ち悪いですよう」と言われてしまう。

 心が抉られたかの様でイチャつきを慎もうと決意した。


「あの、死神王様、後どれぐらいで王宮に着くんですか?」


「ソフィーネオで良いわよまこと、そうねえ後数時間もあれば着くと思いますね……やっぱり怖い?」


「……はい、私の所為ですよねその悪魔ってのがヘルヴェルトに入り込んで悪さをしているのは。前もしゅーのマンションで私の力が暴走して……しゅーに迷惑をかけたから……私、災いそのものだよ……」


 曇る彼女の顔が見ていられなかった、まこちゃんは笑顔が一番素敵だからそんな顔をさせたくなくて今まで頑張って来たのだ。

 災いだと? そんな訳あるか、まこちゃんは何も悪くない。


「まこちゃんは何も悪くない、悪いのはその力を利用しようとした悪魔だ、だから……自分を責めるなよ」


「……ありがとう、あはは私ダメだね、あのマンションの一件で心を強くしようって決めたのに、しゅーにもう心配かけないって決めたのにまた弱気になってた。ごめん、もう弱気な事は言わないよ、どんな困難だって乗り越えて見せるから!」


 凛々しさを含む笑顔は彼女の成長を物語るものだろう。あの出来事で無力な自分に絶望し、強くなろうと決意を胸に歩き出したのだ。この逞しさを感じさせるの笑みがどれだけ尊いかいつも近くにいた俺は知っている。


「強くなったんだな皆川」


 とスミスが手をまこちゃんの頭にやり撫でた。

 こいつだって尊き笑顔を理解出来るのだ。


「わ、スミスちゃん……」


「佐波が傷だらけの時うろたえる姿を知ってる、だから皆川の成長が分るぞ? 大丈夫、お前や佐波はオレが守ってやる! 安心しろ!」


「スミスちゃんありがとう」


 俺も腹をくくらないといけない、下手をしたら罪人として裁かれる可能性を否定出来ない。まこちゃんが弱気にならないと誓ったのだ、ならこっちも立ち向かわなければ。


「さて、そろそろ出発しましょうか。まだ先は長いから急ぎましょう、リリリ、スミス、また二人をお願いねえ?」


「うううっ! お任せあれですよう! さっきは変態しゅんを運んだから次はまことが良いですよう先輩!」


「じゃあオレが佐波を運ぶか」


 スミスとリリリは漆黒に染まった翼を背から生やす、それとは対照的に死神王ソフィーネオの翼は異なっていた。二対なる翼は光で構成されており、輝きを放ちながら頭部より出現し羽ばたく。しかし死神王と呼ばれているがその姿は天使そのものだ。

 さて、スミスが腕をに後ろから脇下に回しガッチリと固定して羽ばたいた。こうやって運んで来て貰ったのだ。リリリもまこちゃんを抱き飛翔する。

 赤き空を死神と共に突き進む。


「スミス俺重くないか?」


「佐波を重いって言ってたらオレは軟弱死神だ、これくらいどうと言う事は無い! へへん凄いか?」


「さすが死神だな……馬鹿力め」


 最後を聞こえ無い様に囁いたのだが。


「……佐波、今オレが手を放したらどうなると思う?」


「すいませんでしたスミス様、俺が悪かったです」


「フフン、それで良いんだ」


「まああら、佐波峻の負けねえ?」


 ここから落とされたら間違いなく即死だ、スミスを怒らせてはならない。ちくしょうめ。

 そんな姿をあざ笑う人物……もとい、死神がいやがった。


「うううっ! いい気味ですよう変態しゅん! やっぱり人妻スキーは変態ですよう!」


「リリリ、テメェ喧嘩売ってるのか!」


「ちょっとしゅー、ダメだよ喧嘩しちゃ! リリリちゃんもダメだよ?」


「うるせーーですよう、リリリにお説教は余計なお世話ですよう!」


 こいつまこちゃんに何て事を言いやがる、終いには舌を出して馬鹿にする始末。

 知らないんだな、まこちゃんの恐ろしさを。


「やっぱり変態しゅんの女はろくでもないですよう、きっとまことも変態なんですよう!」


「ば、馬鹿野郎! それは言い過ぎだ!」


「ふんだですよう、リリリが何言おうとリリリの勝手ですよう!」


 ここで空気がガラリと変わる、背中がゾクゾクとする様な感覚。俺には分かる、何故こんなものを感じるのか。

 スミスだって理解している為顔色が青く染まってゆく。ついでにソフィーネオも危険を察知したらしい。


「……ねぇリリリちゃん」


「変態まことがリリリに何用かですよう?」


「私何言われても見過ごせるけど、女の子がそんな乱暴な言葉使いはダメだよ?」


 口調は優しい、だが……。


「また説教ですよう? いい加減に……ヒィ!」


 短い悲鳴がリリリから発せられようやく理解をしたらしい。まこちゃんに顔を向けたリリリは一瞬で恐怖に絡め取られたのだった。

 端的に述べよう、まこちゃんは怒ると怖いのだ。

 嫌、怖いなんてレベルを遥かに超越している、何故ならあの傍若無人を極めたかの如き死神スミスが畏縮してしまうくらいだ。


「リリリちゃん、しゅーを変態何て言っちゃダメだよ? 分かった?」


 笑顔だが素敵などす黒いオーラが発生している様に見えてしまうくらい怖い。

 嫌々、見ているだけで俺も恐ろしさが。


「リリリちゃん返事は?」


「ヒィイイ! わ、分かりましたですよう! ごめんなさいですよう!」


「うん、分かって貰えて良かったよ。しゅーを変態って言って良いのは私だけなんだから」


 えっと、そこは突っ込んでも良いのか?


「うううっ、まこと怖いですよう、もう二度と馬鹿にしないですよう」


「そうだぞ、まこちゃんを馬鹿にしたら俺が許さないからな!」


「えっへへ、しゅーが私の為に怒ってくれてる、嬉しい」


 そんなバカップルを間近で見ていたスミスとソフィーネオははいはいご馳走さまと言わんばかりの呆れた表情を。

 周りにどう思われ様と俺の気持ちは揺らぐ事を知らんのだ。


「たく、佐波と皆川はいつも仲が良い」


「……スミス、あの二人を見ていたらアフトクラトルと一緒だった頃の事思い出しちゃった?」


「まあ……少しだけ。もう2年くらい会って無いからな、あいつ元気にしているんだか。なあソフィ……お姉ちゃん、三王会議が終わったら人間界にエティオとネリスを探しに行って良いか?」


「そうねえ、ヘルヴェルトが今大変だからスミスにはいて欲しいけど、私用でゲートを潜れないし、どうしようか?」


 エティオとネリスはまだ人間界だ、スミスが心配していない訳が無い。


「スミス、私用じゃヘルズゲート使えないのか?」


「ああ、元々死神は人間の魂を運ぶ為にのみ通行が許可されているんだ、私用で通過しようものなら門番に止められる」


 門番と言えばルベスは無事なのか、まこちゃんを監視していたあいつがいなかったってことはもしかしたら……。

 いや、あの腹黒ルベスが死んだなんて信じられるか、あいつの事だきっとその内ひょっこりと現れるさ。

 本当に気に掛ける事が多すぎる。悪魔の事は勿論、ルベスの生死や置いて来てしまったネリス、まだ会ってもいないエティオ、そして……マギサ。

 どうしてこんな事になってしまったのだろうか?


「ううっ? あれは何ですよう?」


 交差する思考を制するかの如く突如リリリが疑問と不安を述べた。


「リリリちゃんどうかしたの?」


「あ、あれは何ですかですよう!」


 驚愕の声はある一点に集中され皆をそこへ意識させて理解を求めた。赤を基本とする空は黒が浸蝕をし、不安を垂れ流す。点々と黒い染みが赤を泳ぎ回る。

 凝視した黒は染みでも穴でも無い、それらは蠢き危機を吐き出す。空を駆ける幾百、幾千の大群が赤を支配している。

 ――あれは生物だ。


「うううーーっ! 地獄の住人の大群ですよう!」


「まああら、また大変な時に来ちゃいましたねえ? 見るからにランクBからAってところかしら?」


「やばいなあの数は、どうするんだソ……お姉ちゃん!」


 そう、遥か彼方からの来訪者が一斉にこちらへと飛んで来るのだ。翼を生やした熊に似たもの、百足の足全てが羽のような生物、終いには巨大な眼球のみが浮かんでいるなど様々な地獄の住人が空を泳ぐ。

 聞いた話だが元来地獄の住人は滅多に敵意を向き出しにはしないらしい、人間界では人は彼らに取って食料なのだ。同じ同族に食って掛かる現場を見られるのは自分のテリトリーに侵入を果たした異端のみ。

 つまり今こちらへと飛翔し、敵意を生み落としながら迫る黒い大群は異例なのだ。これがヘルヴェルトで起きている異変。


「……やはりまた操られている様ねえ、スミス、リリリ、地上に二人を下ろして戦闘準備を。どうやら今度は屍では無いらしい」


「うううーーっ! じ、じゃああれは生きながらに操られているんですよう?」


「つまり殺さずに戦えってのか。くそ、やりにくいな……佐波、皆川、しばらく地上で待機していてくれ」


 空を飛ぶ術を持たぬ俺達がいては足手纏いそのもの。ならばここは指示に従うのが道理だろう。地平から岩場が目立つ地上へと移動して来たらしく凹凸を晒す岩肌が舞い降りた地である。

 俺達を下ろしリリリとスミスは空中へと舞い戻り戦闘を開始。


「どうするんだソフィーネオ! 今回は生きている奴に取り付いてんだろ?」


「まああら、わたしの事はお姉ちゃんと呼びなさいって言ってるでしょ? もう……そうねえ、取りあえず気絶させましょうか。大変だと思うけどリリリ、スミス頑張ってね? ほら、わたしが戦っちゃうとみんな消滅させちゃいますからね?」


「ううっ、何気に怖い事言ってますですよう、でもやらないと殺られちゃいますですよう、頑張りますですよう!」


 二対なる死神が大群へと向かい空を滑る。


「大丈夫かなスミスちゃんとリリリちゃん」


「あいつらは強いが数が多すぎだ……俺も加勢したいが飛べないからな」


 だがそんな心配は無用だと数秒後理解させられた、やはりあいつらは凄い。リリリは遠距離から次々と地獄の住人達を地上へと墜落させて行く。殺してはいない、殺傷力を押さえ気絶を誘発する光弾をぶつけているのだ。

 それに対しスミスは高速飛行で混乱を発生させ、死神の鎌を奴等の首裏目掛け殴り付けて行く。刃を返しており、つまりは峰打ち。


「さすがだなあいつら」


「まああら、当たり前よ? だってリリリの胸は小さくて可愛らしいし、スミスだって弾力が……」


「何の話をしてるんだ!」


「何ってそりゃあ胸のお話に決まってるじゃない! 皆川真だって凄いのよ? だって先……」


「や、止めて下さい!」


 全くスミス達が戦っているのにどうしてこう緊張感に欠けるのだ俺達は。

 呆れに疲れさせられた最中の事、我が嗅覚を担う肉体が刺されたかの如く刺激された。

 それは俺だけではない、ソフィーネオやまこちゃんも感じたのだ、異臭を。


「うっ……何これ、残飯ゴミみたいな臭いがするよ」


「本当ねえ? まああら、これは何かしら?」


「あれ? どうかしたのしゅー、顔色が悪いよ?」


 残飯の様な臭いだと? しかもそれをも凌駕する強烈さがジワジワと空気を浸蝕してゆく不快感。この臭い、過去に嗅いだ事があるぞ?


『キューー!』


 何やら可愛らしいし声が耳奥を撫でた、無垢で可愛らしいし小動物を連想させるが、この“鳴き声”を知っているぞ。

 まさか有り得ない、そんな馬鹿な、“奴”とは二度と会いたくないと願ったのに。後方へ振り替えると俺は悪夢を思い出すはめに。

 何故こいつがここに?

 連想させるのは巨大な肉の塊、と言うかそのまま巨肉玉と断言しても支障はない。三、四メートルはある肌色を主とする外観にはヘドロを意識させる大量の汗にコーティングされた体が悍ましい。

 真後ろにそれが三体もいるのだ、こいつは地獄の住人。以前俺があの出来事の時にこいつがマンションに出やがった。臭いし、でかいし、キモいし、なのに鳴き声が可愛らしいって何だ?

 肉玉中央には丸く黒いつぶらな瞳があり、小さな口も付属されている、そこだけなら可愛いと言ってやるが全体を見渡せば吐き気が最大級に襲うだろう。

 つまりだ、俺はこいつが大っ嫌いだ、臭いから。

 そしてまさかの再会で絶望した。


「な……何でこいつがここにいやがるんだああああああ!」


「な、何これ! まさか地獄の住人なの!?」


「まああら、この子達の巣でテリトリーだったらしいわねえ?」


『キューー! キュキュキューー!』


 何やら可愛らしい鳴き声を上げながら三体がこちらを睨んで来るのだが小さな目であまり怖くは無い、むしろ可愛い。

 が、それは顔だけであり肉体を見れば気持ち悪い。


『キューー! キューー!』


「だあああ! 鳴くな! 見るな! 臭い!」


「し、しゅー……とにかく逃げた方が良いと思うよ私?」


「そうねえ、わたしは飛べるけど二人共、ペッチャンコになっちゃうわよ? しかもドロドロになって尚且つ……臭い」


 視線がまこちゃんとぶつかり絡まり合う、もうそれだけで意思の疎通は完璧だ。

 一目散に駆け出し逃亡を試みる、が。


『キューーーー!』


 奴等はそれを許さない。

 案の定追って来やがった、肉体を転がしまるで小さい頃運動会でやった大玉転がしそのもの。勢い良くこちらへと向け発進、某冒険映画を迷惑にも体験となってしまう。


「きゃあああ! な、何か、何か転がって……何かーー!」


「来るな、来るな、来るな、来るなぁーー!」


 二人仲良く叫びながら逃走、どんなに喚こうが向こうにはお構いなし、勢いが衰える事は無い。岩と岩の狭間を走り、まるで迷路を思わせる道だった。

 空中からは分からなかったが岩一つがデカい、軽く4、5メートルはあるだろうか?


『キューー! キュキュキュキューー!』


「嫌あああ! 鳴き声可愛らしい! 何か、何か、腹立たしいよーー!」


「ちくしょうこうなったら」


 結晶の碧を発動、手の平に氷を瞬時に生成し肉玉に放つ。

 拍手を要求する、何と見事に命中し回転をピタリと止めてしまう。

 しかし様子が変だぞ? 確かに痛がっているのだがつぶらな瞳が怒りを帯び、こちらを睨む。


「な、何だよ怒ったのか? これ以上追うなら容赦しねぇぞ!」


『キューーーーーー!』


 遥か彼方へと鳴き声が走り反響を生み落とす。

 すると岩の上に何やら気配が。

 見上げた先に地獄が待っていた。


「あ、ああ……し、しゅー、た、玉がいっぱいいるよ?」


「……マジか?」


 推定約30くらいだろうか、肉玉は仲間を呼び付けた。頭上から可愛らしい鳴き声がハーモニーを生み、こちらを睨む睨む。


「まああら、いけないわよこの子達に攻撃を仕掛けたらいっぱい仲間を呼ぶのよ?」


 と一人空中で呑気に言い放ったのは死神王ソフィーネオ。


「知ってたなら最初に言えぇぇぇ!」


 これは非常にまずい、肉玉が一斉に飛び下りて来たら潰され尚且つあの臭くドロドロな体液がべっとりと染み渡る。

 それだけは嫌だ、せめてまこちゃんだけでも逃がさないと。


「頼むソフィーネオ、助けてくれ! せめてまこちゃんだけでもだ!」


「う~ん、二人を運ぶのは無理だから皆川真だけなら良いけど、条件があるのだけど良いかしら?」


 何だこんな危険の真っ直中だと言うのに呑気に何を言っているんだ。しかし考えている時間も無い、聞こうじゃないかその条件と言う奴を。


「皆川真を助ける変わりに……皆川真を好きにしても良いかしら? この条件なら助けちゃう」


「へ? わ、私を……好きに?」


 やばい、肉玉がどうやら飛び下りる用意を始めやがったぞ、くそ考えている暇は無い。


「悪いまこちゃん! 分かった、条件を飲む!」


「そんな!」


「まああら! 交渉成立ねえ? じゃあ助けに行きまーーす!」


 交渉成立から数秒と経たない内に視界からまこちゃんが削られた、一瞬と捉えても何の問題も無いだろう。

 気付けば遥か上空に死神と人影が、無論まこちゃんとソフィーネオだ。


「うふふ、やっぱり最高ねえ貴女は!」


「ひゃん! や、やだ! んんっ、つ、掴む場所違……んっ!」


 死神王はまこちゃんの胸を後ろから鷲掴みにしながら空へと逃れたのだ。何て事だ、予想は付いていたがまさか空中であんな事を……羨ましい、ちくしょうめ。

 取りあえず彼女は無事だ、さあ問題はここからなのだ。

 一気に振り向き奴等に背を向け走り出す、すかさず肉玉が落下を開始、轟音を奏で地上に舞い降りた。あのタイミングで走らなければ潰されていたのは明白だろう、臭い大群が回転しこちらへと向かう。

 攻撃をした場合また仲間を呼び寄せてしまう可能性が極めて高い、尚且つあの巨体を生かした攻撃と言い臭い。肉体的、精神的に俺を追い詰めて行く、出来る事は逃走以外に無いのか?

 苛立たしい可愛い鳴き声が今や悍ましい。


「んんっ、……こ、このままじゃしゅーが……ひゃ! ううん! お、お願いです助けて下さ……きゃふ!」


「そうしたいけどわたし両手が塞がっていますからねえ……どうしましょう?」


「こらぁ! まこちゃんに変な事……うわあ! 今のは危なかった!」


「まああら、吠える元気はあるみたいねえ?」


 とにかく落ち着くんだ、冷静さを綻ばせてはダメだ。

 どうにかしてこいつらを……。

 と策を巡らせていたが思考回路を焼き切る様な出来事を連れて来る。追いかけて来た一匹の肉玉が勢い良く肉体を弾ませ空へ、そのまま頭上を越え前方に着地。

 そう、挟み込まれたのだ。

 退路が断たれた、前方に立ちはだかる一匹、後方はその群れ。

 まさに絶体絶命、スミスとリリリは空中の奴等を相手にしている為手助け出来るとは考えられない。

 ソフィーネオは、言わずとも無理だ。ただまこちゃんを弄んでいるから助けは無理だとの理由が腹立たしいが。あの臭い体に押し潰されるのは嫌だ、あんなのが乗っかって来たら即死だろう。


「しゅー危ない!」


 前方の肉玉が回転、そのまま潰そうと迫る。だが横に飛び、何とか回避に成功するが油断は出来ない、まだ後方から大群が。

 前が空いたのだ、ならば行くのみ。起き上がり駆け出そうとするが足元に油断があった。

 まさかのミス、石に躓き地面に体が吸い付く。


「しまっ……」


 ダメだ。

 そう余儀無く確信を得た瞬時、目の前に何かが舞い降りる。

 スミスかリリリか、それともソフィーネオか。

 嫌違う、ここに第三者の背を見た。

 そいつは白銀の西洋らしき鎧を身に装備していた、次に目に付いたのは空を思い出させるショートの青い髪だった。

 頭部の両サイドより漆黒のツノが前方へと伸びている、そして次に映る特長は赤い鱗を持つ細長い尻尾、それが鎧から顔を覗く。

 誰だこいつは?


「……醜い」


 そう中性的な声が空気を震わせ、肉玉へとそいつが走る。

 謎の騎士は愚直にも肉玉へと向かう、右手に剣を携えて。その剣は一言妙だと断言する。柄などは西洋の騎士が扱う剣そのもので黄金に輝き彩色が美しい。しかしどう見ても刀身は我が国が生み出した日本刀だったのだ。

 一つ瞬きを行った瞬間に騎士は消えていた、眼球が忙しく動き回り発見する事が出来た。

 青髪の騎士は敵の真上、高く飛翔し剣を振る舞う。剣の軌道が見えない。

 高速に振るわれた剣は動態視力を制圧し、何を切ったのか分からなくさせる。再び地上に騎士が舞い戻った時だった、頭上の岩が分解し、肉玉へと注がれて爆音を飛翔させて行く。

 本の数秒足らずで肉玉が岩へと埋もれ、ピンチを脱したと悟る。

 助けてくれた?


「……あ、あんたは一体?」


 騎士がこちらへと振り替える。

 顔を一瞥した途端、素直に驚きが沸き上がる、大空を想像させる青髪を靡かせて視線が絡む。

 結論から言ってそいつは若い女だった、可愛いより美しいが適当だろう。絶世の美女と述べてもあながち間違いは無いと思う、鋭き眼は凛々しい。まさかこんな人……もとい、地獄の住人に助けられるとは。

 人と誤認してしまいそうになるが、尻から覗く尻尾と、頭部の両端から突出す漆黒のツノが理解させたのだ、人では無いと。何もかも特長的だったが瞳もそうなのだ、左右瞳の色が異なる。

 右目は赤く、左目は青。そんな神秘的な女が開口を始めた。


「貴様、何故“ここ”にいるのだ?」


「……あ、え?」


「人間が、何故ヘルヴェルトにいるのかと訊いておるのじゃ! 答えぬか!」


 美しい顔程激怒を更に効果的にする、騎士は剣を俺に向け、眉間にしわを寄せる。

 恐ろしく怖い、だが美しいと思わせられてしまう。


「えっと、その……偶然にと言うか理不尽と言うか……」


「それでは答えになっておらぬ! (わし)を愚弄しておるのか? ならば今直ぐに切り刻むぞ下衆が!」


「ち、違います! 誤解ですって!」


 こいつ怖い、マジで怖いぞ。怖さなら本気で怒ったまこちゃんクラスでは無いだろうか?

 まるで獲物を定めた獣の如き眼力が体を畏縮させてしまう。


「ならば述べよ、何故ヘルヴェルトに人間の貴様がいるのかを! 再度この台詞を儂に言わせたら有無を言わさずに肉塊に変えてくれる、それを心得て話せ、分かったか!」


「は、はい!」


 どうする、本当の事を話さないといけないのか? 正体不明の奴に。だが言わなければ殺される、こいつは本気で言っている。

 とその時、手助けが舞い降りる。


「まああら、大変ねえ佐波峻、助けてあげましょうか?」


「む! 何と、この声は死神王様じゃったか」


「久し振りねえミラエル」


 こいつとソフィーネオは知り合いみたいだが、一体どうなっているんだ?


「ミラエル、この人間はわたしの連れなのよ? だから切り刻まないで貰えると助かるな?」


「……解せぬ、何故貴女が人間を連れているのじゃ? まさか(ことわり)を忘れたとは申しますまい?」


「大丈夫ちゃんと理解してますよ? ただね、この人間とわたしの腕の中にいる二人はどうやら今起きているヘルヴェルトの異変に心当たりがあるみたいなの、ね? 充分連れる理由があると思わない?」


 騎士は一度瞼を閉じ数秒沈黙を。瞳を晒し紡ぐ言葉を口から放つ。


「それが貴女の考えなら儂は何も申しますまい。良かろう人間、処罰は保留としておく、死神王様に感謝しておくのじゃな」


 黄金なる剣が鞘へと納められ、ようやく安堵の色が着色を果たした。一時はどうなる事かとはらはらしたが取りあえず現段階では無事らしい。


「ところであんたは誰何だ?」


「……何じゃ、儂に話掛けておるのか下衆、人間の分際で儂に話掛けようとは何ともおこがましい奴じゃな、その緩んだ口に石を押し込んでやろうか?」


「ご、ごめんなさい!」


 恐ろしいぞこいつは、本当に石を詰められそうでびびってしまう。

 そんな最中ソフィーネオが地上へと舞い降りた、だが腕の中にいたまこちゃんはそのまま膝を付き、ぱたりと倒れてしまう。


「まああら、いつの間にかイ……もとい、昇天してるわ、やり過ぎちゃいましたねえ。皆川真の胸は最高でしたから」


「はぁ、はぁ……ん……」


 まこちゃんからやや淫らな呼吸音が、ソフィーネオめ、まこちゃんを弄びやがって。

 負の感情を燃やしているとスミスとリリリが戻って来るのを目が捉えた。


「お帰りなさいスミス、リリリ、ご苦労様」


「ソフィーネオ! また皆川に悪戯を……って、お前はミラエル!」


「……スミスか、久しいな、まさか貴様が死神王様の護衛で来るとはのう。そいつは誰じゃ、新人か?」


「ううっ、目が怖い人ですよう……リリリは新人死神ですよう! 先輩この方はどなたさんですよう?」


 俺もそれが知りたい、こいつは何者なのか。


「こいつは王宮が持つ騎士団の団長を務め、そして地獄王アフトクラトルの親衛隊長をもこなす女騎士ミラエル、オレの親友だ」


 騎士ミラエル、そいつは死神スミスと親友だと言う。

 ヘルヴェルトでの日々はこれから俺達に何をもたらすのだろうか。




 

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