エティオ
闇を知らないのだろうかと疑問を手に取りながら下を眺めてみると、街から放たれる光は重複しながら飛び交い、夜を貪り退散させたかの様だった。
その光の中を一瞥して行方を探す。
「にゅにゅ! ちかくにエティオをかんじるよ!」
「本当? 何処から感じるの?」
「えっと、ちょうどました!」
ネリスちゃんの双子で弟になるエティオくんをどうやら見つけたらしい。
ビルの屋上から一気に飛び降りて路地裏へと着地し辺りを確かめる、どうやら誰にも見られなかったらしい。
「良し、それじゃあ行くわよネリスちゃん! 誘導よろしくね!」
「にゅにゅ、まかせて!」
表通りに出るとこっちだとネリスちゃんの後を付いて行く。
辿り着いた場所は賑やか過ぎる音が忙しなく飛び交う所だ。
「……ゲームセンター?」
「にゅ! このなかからエティオをかんじるの!」
と、弟を探す姉がここにいると言ったその数秒後に珍事を目撃するはめになった。
当然、物とは形があり、壊れるもの。今回はそれが早かっただけの話しだ。建物の中と外を区切っていた透明なる固体が霧散して散る、先程まで窓ガラスだったが今では破片と改名し、中から飛び出て来た『者』と一緒に地面に飛び散る。
「にゅにゅ! ひとがたてもののなかからとんできた!」
ゲームセンターから人が文字通り飛んで来たのだ、ガラスを砕きながら地に落ちて痛々しい姿に。
その後方より歩み寄る人物を見掛けた。
「どうだ! ぼくはガキじゃないんだぞ! わかったか!」
そう言ったのは子供だった、まさかとは思うけどガラスまみれの男をぶっ飛ばしたのはこの子なのかな?
「にゅにゅ! エティオ!」
「ほぇ? ああ! ネリスだぁ!」
銀色をしたショートの髪、頭部から覗く小指程の黒色をした二本の角が垣間見えていた。
幼さを全開にしたあどけない顔が可愛らしい。そこには小さな男の子が手をグーにし、両腕を天に突き出す姿があった、この子がエティオくんか。
「にゅ~! やっとみつけたぁ!」
「ほぇ? みつけたってさがしてたの? にんげんかいであそぶからさがさなくていいっていったのに……」
「そうだけど……でも、き、きんきゅうじたいなんだよ!」
可愛い、何よこの子、男の子なのに凄く可愛い。動きの一つ一つが私の心をくすぐる。
それはそうと、この気絶している男は何なのだろうか?
「……ネリスネリス、このオバサンだれ?」
……今、何て?
今物凄く不愉快な事を言わなかっただろうか? 幻聴? 空耳? 私はこれでもピッチピチ(死語)の美しい女なのよ?
「オバサンはだれ?」
再度侮蔑をとる、痙攣する頬が口を吊り上げひくつかせた。
「おばか!」
「いたい! なにするんだよ! なんであたまをたたくのネリス!」
「レディーにむかってオバサンはシツレイなの! デ、デリカシーはないの!」
「……ほぇ? でりかしい? それはおいしいの?」
どうやらネリスちゃんが変わりに怒ってくれた様だ。
やっぱりお姉ちゃんなのだろう、弟を叱り、厳しく躾る姿はなんだか微笑ましい。
「わかった! オバサンじゃないの!」
「わかったよ……じゃあオバチャン!」
「にゅにゅ、ちゃんをつけてかわいくなったからいいよ!」
「良くないわよ!」
等々幼さ溢れる口論に参戦してしまった、だってさっきからオバサンだのオバチャンだの言われたら異論を唱えたくなるのは道理だ。
ちびっ子を見つめ、断固抗議を打つ。
「良いかなボク、私はオバサンでもオバチャンでもないの、名前はマギサ、マギサと呼んで欲しいな~?」
「ほぇ? マギサ? ……うんわかったよ、マギサオバチャン!」
「オバチャンは不要!」
ああ、頭が痛くなって来た。オバサンなんて言われたのは初めてだよ。しかし、エティオくんとネリスちゃんが揃って私を見上げている姿は可愛らしい。
やはり顔がそっくりだ、さすがは双子。
「ま、とにかく私はネリスちゃんのお友達なの」
「ふ~ん、じゃあぼくともトモダチ! ネリスのトモダチはぼくのトモダチ!」
ハニカミながら笑顔を咲かせる。
いかん、こいつ可愛過ぎだ。
「え、ええっと、……あ! この人は一体何?」
地面で気絶する男を指差し、話を逸らす事にする。
エティオくんのハニカミは殺人的にかわゆく、母性本能をくすぐるのだから。
「こいつはね、ぼくをチビっていったの! クソガキっていった! バカっていった!」
こんなに可愛い子に何て事を言いやがるんだこいつは。
気絶している惨めな顔面を踏み付けてやる。この罰当たりが。
「にゅにゅ! エティオはクソガキじゃないよ! わたちのおとうとなの!」
追い討ちにネリスちゃんの睨み攻撃が炸裂した。踏んだり蹴ったりな男だ。
しかしエティオくんもそうだがネリスちゃんもやっぱり可愛らしい。こう、胸にキュンと来ると言うか、何と言うか。って、落ち着け私! 今はそれどころではないのだ。
「とにかく佐波くんのマンションに行くわよ!」
「にゅにゅ! そうだった!」
ようやくこの時が来た、ヘルヴェルトに行って佐波くんを助ける手立てが見つかったのだ。
もう少しだからね、必ず助けるから。
「ほぇ? いくってどこに? ……サナミくん? ……あ! おかあさまがいってたにんげんだね!」
「うん、そうだよ! あのね、おにいたんがすっごくすっごくたいへんなの! だからちからをかしてエティオ!」
「よくわかんないけど、ネリスがこまってるならたすけるよ!」
麗しい姉弟愛を目の前にまた心が刺激され、幸福に似た感情を噛み締める。
この二人を守ってあげたい、そんな感情が私を包む。
「おねえたんいこう!」
「オバチャン!」
「……あのさ、オバチャンだけは止めてくれない?」
月光が現れた世界は昼とは異なる光が降り懸かり、闇夜を中和して行く。街を離れ、目指すは佐波くんのマンションだ。まさかあんなところにヘルヴェルトへの門が合ったとは。
向かう最中ネリスちゃんとエティオくんは手を繋ぎながら付いて来る姿が反則だった。こんなに可愛いものがあるのかと疑いたくなる程、心を奪われてしまう。
じっと凝視していると二人はニコリと笑い、私に走りより手を繋ぐ。
「にゅ~、おねえたんのみぎてはわたちがにぎる~!」
「じゃあぼくはひだりて!」
三人で手を繋ぐ、そう言えばネリスちゃんから聞いたがお母さんを探しにこっちの世界に来たらしい。
もしかしたらこの二人は私を通してお母さんを思い出しているのかもしれない。
「……ネリスちゃんとエティオくんのお母さんってどんな人かな?」
「にゅにゅ、やさしくて、つよくて、かっこよくて、あったかいの!」
「でもおこるとこわい。でもいつもやさしいよ! よくあたまをなでてくれるんだ! ……おかあさまにあいたいな」
「にゅ……わたちも……」
ただ母に会いたいが為に別の世界へ来た二人は純粋で清らかだ。
少し影が帯びてしまった笑顔が悲しげに染まってしまう。
「……そうだ、マンションまで競争しない? 一番の人が勝ちよ?」
「かけっこならぼくがいちばんだい!」
「にゅにゅ! わたちがはやいもん!」
「ふっふっふっ、お姉さんを甘く見ちゃいけないわよ~、こう、男共をムラムラさせてしまう罪な女に見えても……って、もういない!」
キャッキャと笑いながら二人が走って行く、笑顔に隠れていた影が退散した事に安堵し、追いかけた。
競争の果てに勝利を掴んだのは、いい年をした大人気ない私だった。大人を舐めるなよと走っている内に闘争心が誕生し、ちびっ子二人を追い抜いたのだ。
「はぁ、はぁ……どうよ、私は凄いでしょ?」
「にゅ~まけたぁ」
「オバチャンはやいね!」
「だからオバチャンは止めて!」
全くこれからヘルヴェルトに行こうと言うのに疲れてどうする。
息を整え、マンションへと進む。
「……あれ?」
建物の内部へと足を進めた時だったのだが、妙な感覚が抱き付く。
なんだか変だ、ここには誰もいない筈なのだが。
人の気配が……嫌、“人”の気配では無い。
「にゅにゅ、このかんじ……」
「ほぇ? へんなのがここにいるよ?」
間違いない、私の予想が確かならばここにいる……。
奴等が。
「おねえたん! もしかしたらここに!」
「ええ、そうみたいね。まさか残ってた奴がいたなんて」
このマンションにいるのだ、悪魔が。ここにいるのはレイスなのか、それとも別の奴か。
何て事だ、ようやくヘルヴェルトに行けると思った矢先がこれか。
「ネリスちゃん、エティオくん、私から離れないで!」
漆黒を模し、魔力で構成された我が手足。シュバルツミストを展開させ臨戦態勢を。傷は確かに治ったが、まだ通常戦闘が出来るまでは回復していない。
困ったが、せめてこの子達くらいは守らないと。子供を守るのは大人の役目なのだから。
「ネリスちゃん、エティオくん、絶対に私が守ってあげるから」
誓いの言葉を述べ、二人を一瞥した後前を向く。
小さな命を二つ携え、私は表情を強固へ変えた。




