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地獄世界のヘルヴェルト  作者: 生獣屋 芽怠
第五章 優しき悪魔
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君がいない世界

 

 陽炎を帯びた立像は姿を阻ませて歪む、顔が分からない、(もや)が顔面を隠蔽している。

 しかし影に見覚えがあるのだ、それは遥か彼方の面影。

 手を伸ばす、この手の平に掴めるものなら例え全てを失っても挑むだろう。

 もう少しで届く、あの温かみを抱く事が出来たなら神に感謝を述べよう。


 ――例え私は醜悪でも。


 ほら、もう目と鼻の先だ。

 もう一度この腕にあの人を包ませて。

 願うなら、あの人に包まれたい。


 ――例え私が醜悪でも。


 それだけの、たったそれだけの願いは成就される事は無かった。

 手を伸ばし、掴んだ影は霧散して指の隙間から零れ落ちたのだから。

 ああ、私はもうこの手にあの人を迎えられないのだな。

 私は……。


 








 ――声がする。


「……して! …………ん!」


 ――聞き覚えがある声だ。


「おきてよ! お…………ん!」


 ――この可愛らしい声は……。


「おねえたん! おきてよおねえたん!」


「……あ、れ? ネリ、ス……?」


 小さな影は黄金の髪を持つ可愛らしい少女だった、尖った耳が特徴的なこの子はネリス。

 そうだ、佐波くんと一緒にいたあの少女だ。


「よかったぁ、めがさめたよ!」


「……目が覚めた? あれ? 私は……?」


 どうなっている、何が起きている? 分からない、記憶に混乱がみられる。

 落ち着け、落ち着くんだ。そうだ冷静に今までの事を思い出してみよう。

 私の名はマギサ、佐波くんを助ける為にレイス達を裏切った……ううん、最初から仲間だなんて思った事は無い。

 えっと、皆川真を助ける為に奴等と戦って……。


「……そうだ、佐波くんは?」


 起き上がろうとした瞬間に激痛がお腹から生まれ私を苦しませた、そうだった、ロゼリアの馬鹿にお腹を貫かれていたんだっけ。

 傷は塞がっている、どうやら“悪魔の体”の高い治癒力が治してくれた様だ。服は腹部が爆ぜており、白いシャツが真っ黒に染まっている。

 これは私の、悪魔の血だ。

 痛みを堪え何とか胴体を起こし周りを見回す。ここはさっきまで奴等と戦っていた工場。

 ネリス以外に誰も見当たらない。


「おきてもだいじょうぶなの?」


「ええ大丈夫よ、……それより何があったの?」


「にゅ~、よくわかんない。わたちそとでみはってたら、いきなりたてものからあかいひかりがみえたの! あわててきたら、おねえたんがたおれていて、だれもいなかったんだよ?」


 赤い光?

 ああそうだ、思い出して来た。確か皆川真が力を発動させて全員を飲み込んだんだ。

 私は運が良かったのかここにいる、佐波くん達はあの光の向こうに飲まれた。


「……ネリス教えて、あの赤い光の先は何処に繋がっているの?」


「にゅにゅ、わたちのよそうがたしかならヘルヴェルト、じごくせかいにつうじてるんだよ。にんげんかいをこちらがわとよぶなら、ヘルヴェルトはむこうがわ……」


「それって別の世界って事? ……じゃあ皆川真は『縦』を開ける力があるって事か……」


 自分で勝手に納得しているとネリスがつまらなそうに私を見つめる。

 しかしどうしたものか、佐波くんと皆川真は別の世界にいる、そして予想が確かならば最悪な事態に陥っているのは明白だろう。

 最悪な事態、それはここに奴等がいないと言う事だ。不在、ならば至る答えはたった一つ。

 まだそうだとは決まっていない、しかし現に奴等は見当たらない。


「何とかして私もヘルヴェルトに行ければ……」


「にゅ~……おねえたん、ヘルヴェルトにいきたいの?」


「ええ、恐らく奴等は佐波くん達と共にヘルヴェルトに行ったのよ、なら私も行って助けなきゃならないし、それに……レイスは私の手で殺す、これは絶対よ」


 あの人を殺したあいつが憎い。あの時やっと殺せると思ったのに阻まれた。

 今度こそレイスを殺す、今しか殺すチャンスは無いのだから。

 それを逃したらもう……。


「にゅ、わたちヘルヴェルトにいくほうほうしってるよ?」


「え!? それは本当ネリスちゃん!」


「うん。でも、わたちだけじゃどうにもならないの」


「……どうしたら良いの?」


「エティオをみつけなきゃ!」


「エティオ?」


 詳しい話しを聞くとエティオとはネリスの双子の弟らしい。ヘルヴェルトから人間界に来る時にはぐれたとのこと。

 その子がいたら何とかなるのか?


「えっとね、おにいたんのへやにねゲートをつなげてやってきたんだけど、じつはまだつうじてるんだよ! ほかのひとがかってにつかえないようにゲートをとじてるけど、それをひらくにはわたちとエティオがいないとだめなの!」


「と言う事はヘルヴェルトに通じているゲートが佐波くんの部屋にあるって訳ね? エティオくんだっけ? その子がいたらゲートを開けるのね?」


「そうなの! だからエティオをさがしにいかなきゃ!」


 どうやらまだ希望は残されているらしい。


「エティオくんがいる場所分かる?」


「にゅ……なんとなくかな。たぶん……にゅ~……まちにいるきがするよ。わたちたちはどんなにはなれてても、なんとなくいばしょがわかるの! なんでかな?」


 もしかしたらネリスとエティオは双子だから何らかのパスが通っているのかもしれない。

 例えばこんな話がある、とある双子に全く同じ質問を互いが離れているところで出題して、解答が全く同じだった、とか。

 そんな風にネリスも弟と見えない線で繋がっていて、場所が分かるのだろう。


「とにかくここにいても何も始まらないわ、行きましょうか。エティオくんを探しにね」


「にゅにゅ! しゅっぱつーー! ……あ、でもおねえたんのふく、ボロボロだよ?」


「ああそうだった。街で服は調達しましょう、シャツだけがやられているだけだから上を変えるだけで良いわ」


 出発する為に立ち上がり重力を味わう、まだ腹から痛みが漏れて来るが何とか動けるだろう。

 数歩程、先を急いだ時ネリスが私に話し掛けて来るのを耳が傍受した。


「おねえたんわすれものだよ! はい! むこうにおちてた!」


 小さな手の平には、かつて私に装着されていたサングラスが包まれていて、私が取るのを待っている。

 ああそうか、サングラス取れたんだっけ。佐波くんの目の前で。


「……ありがとうネリスちゃん」


「どういたしまして! にゅ~、おねえたんのすがおはじめてみたよ。びじんだね!」


「ありがとう、ネリスちゃんも可愛いわよ?」


「にゅにゅ! わたちかわいいの? にゅ~、しらなかったよ」


 微笑ましい光景の最中、私はまたサングラスで顔を覆う。

 できれば、佐波くんにこの顔を見られたくなかった……かな。


「おねえたん? まだおなかがいたいの? つらそうなかおだよ……」


「え? ……大丈夫よ、私は大丈夫。さ、行きましょうか、ここは寒いから」


 お茶を濁し、氷の結晶が張り付く建物を後にした。早くエティオくんを見つけて私もヘルヴェルトに行かなくちゃ。

 焦燥する我が心は急かし、冷静さを失わせて行く。早く、早くと己が身を焦がす。

 痛みなど構うものか、そんなものに私は負けない。


「にゅ~! まってよ~!」


 はっと気が付くとネリスちゃんは遥か後ろを足って追いかけて来ていた、どうやら早足であの子を抜いたらしい。

 それすら気が付かないとは、落ち着け、落ち着くんだ。


「ごめんネリスちゃん! 私考え事していたから」


「にゅにゅ、おねえたんあしがはやいよ~! わたちをおいてっちゃヤダよ! つぎはきおつけてね」


「ええ、気をつけるわ……」


 今度は手を繋いで行く事にした、これなら置いて行く心配は無いだろう。小さな手だ、まるでお人形みたいで力を込めるだけで壊れてしまいそう。

 こんな風に手を繋いで歩いているとネリスちゃんが妹みたいに感じる。


「とりあえずおねえたんは、おようふくをかえなきゃね!」


「そうだね、こんな姿だと男共が欲情しちゃうもんね」


「うん、えっと……おねえたんはセ、セクシーだからたいへん!」


「あはは、私はセクシーか」


 こんな会話を楽しいと思う自分がいる、そして安らぎを感じていた。

 私は悪魔なのに、こんな感情に浸って良いのだろうか?

 罪人なのだ私は。

 己が望みを叶える為に破壊を行って来た、この手で……。


「おねえたん、まちがみえてきたよ!」


「……ああ、本当ね。じゃあまずは服を買わなくちゃね」


 いの一番に洋服店へと駆け込む、店員や他の客がボロボロな私を驚愕しながら見ていたがそんなのは構わない。白いシャツを購入し、試着室で素早く着替え店を後にした。

 夜の街はネオンが浮かびここが闇だと忘れさせてくれる。

 さて、肝心のエティオくんは何処にいるのか。


「さあネリスちゃんの出番よ! エティオくんを見つけるの!」


「にゅにゅ、まかせて!」


 上下左右を交互に眺め、忙しなく頭を動かし街を視界に納めてピタリとある一点で止まった。

 そこは直ぐ目の前に聳え立つビルの頂。


「あの上?」


「にゅ~おかしいな、たしかにあそこからエティオをかんじたのにな、もうかんじないの……」


「それって建物の上を飛び回って移動してるんじゃないの?」


「にゅにゅ! そうかもしんないよ! どんどんはなれていくのをかんじる!」


 これは空から探した方が早い、直ぐに人気がない路地裏へと走った。誰も居ない事を確認してからシュバルツミストを発動させ、腰の辺りから一粒一粒魔力で出来ている粒子を集めて固め、翼へと形を模す。

 羽ばたかせ空へと。それに続きネリスちゃんも背中から漆黒の翼を出現させて同じく天へ。

 誰かに私達を発見されたら後々面倒だ、数メートル上昇し肉眼からは確認出来ない程舞い上がる。


「にゅ~……たぶんあっち!」


「あっちね!」


 滑る如く闇夜を進む。

 もう少しだから待っていてね佐波くん、必ず助けてあげる。

 そしてレイス、お前は必ず私の手で殺してやる、必ず。

 守護と殺傷、相反する二つの感情を纏いながら空を駆け抜けた……。

   






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