異変の兆し
「こら! ちょっと待ちなさいよスミス! この間は良くも脅かしてくれたわね! 許さないんだから!」
「うるさいな、ちゃんと謝っただろ? なんだよピリピリしやがって」
「あんなの謝った内に入らないんだから! あたしはね怒ってるんだからねスミス!」
行き交う死神達がオレ達を何事かと視線を集めたが、ああいつもの奴かと何事も無く通り過ぎて行く。
そんな死神達を羨ましげに見ていたが目の前には怒りに身を焦がす厄介者が。皆川の精神体に取り付いた悪魔との戦いから一日が経過した死神の箱庭では、憂鬱な出来事に悩むオレがいた。
ポニーテールのぐるぐる頭、ポニーロールとでも言おうか。そんな髪型をした死神フェイロットがオレに突っ掛かって来ていたのだ。
全く、暇人め。
この間フェイロットを脅かした事を根に持っていて、朝から謝れと迫って来るのをうざったく思って謝まれば、気持ちがこもって無いと迫る。勘弁して欲しい、ソフィーネオからやられたお仕置が糸を引いているのか体が怠い。
皆川はまだ目覚めてはいないが、今はソフィーネオの部屋に佐波と一緒に置かせて貰っている。人間がヘルヴェルトにいるだけで大事件なのだが、ソフィーネオの心優しい(?)計らいで黙っててくれる事になった訳だ。
そこは本当に有り難く感謝するがあのソフィーネオが皆川をいやらしい目で見ていたのが気掛かりだ、多分あいつは皆川の胸を狙っているだけなのでは? と勘ぐってしまう。
「ちょっと話を聞いているのスミス!」
「うるさいな、聞いている聞いている、お前の可愛い声が耳にこびりついて忘れられないくらいにな!」
「え? 可愛い声? えへへへ~嬉しいわね~」
嫌味を言ってやったのだが、言った事を何でも信じる奴だったのを忘れていた。
はあ、気が重い。
今からソフィーネオのところに行くところなんだが、こいつがいたら佐波達が見つかる恐れがある、適度に話してあしらうか。
「フェイ、お前仕事は?」
「今日はお休みの日! だから暇なの……って、そうじゃないわ! 早く真心をいっぱいに詰めて謝りなさいよ!」
「はぁ、……ごめんなさい、許して下さい」
「えへへへ~、あの暴れん坊スミスがあたしに頭を下げて謝ってる! 気分良いな~」
物凄く顔面を殴りたい気持ちになったがまた纏わりつかれたら迷惑だ、ここは我慢だ我慢。
「それじゃオレはこれで……」
「待ってよスミス、暇だから遊ぼ?」
「あのな、オレは仕事中だ!」
「うっそだわ、ひねくれスミスが真面目に仕事するなんて思えないわよ! どうせまた人間界に行ってサボろうと…………ごめんなさい、謝るから、だから鎌をこっちに向けないで……」
こいつは休みを取った日は決まってオレにちょっかいを出しに来やがる。今の様に遊ぼうとか、この実美味しいよとか、無邪気化する。
仕事をしている間は真面目で仕事熱心なのだがな。はめを外しているのだろう。
「ねーねー、遊ぼスミス!」
「あのなフェイ……」
適当な事を言って黙らせ様と試みた最中、見知った顔が近付いて来るのに気が付く。
それはリリリだった。何やら慌てている様な気配だが?
「あ! 居た居た、見つけましたですよう先輩!」
「ん? どうしたんだリリリ、慌てているみたいだが?」
「た、たた、大変なんですよう! ここ死神の箱庭に、地獄の住人共が大群を成して向かって来ているんですよう! 多分、ランクAばっかり!」
「なんだと!」
ここに住人共が向かっているだと? それはおかしい。
死神の箱庭に今まで住人が来る事は無かった、何故ならランクA以下の奴等は死神を嫌い、近付こうともしない。死神の鎌から出ている微弱なオーラが奴等は嫌いなのだ、圧倒的な力の差を瞬時に理解する為、近付こうとしない。
だが現に今、奴等は大群を成して向かって来ている、死神がたくさんいる箱庭に。
妙だな……。
「と、とにかくソフィーネオ様が先輩を先頭にそれを阻止し、群れを元の場所に帰す様に命令を出したんですよう!」
「分かった。リリリ、他の死神達で仕事に支障が無い奴等を集めてこい!」
「あいあいさーーですよう!」
何が起きているのかは分からないがとりあえず群れの進行を止め、元の場所に帰さねば。
「丁度良い、フェイ、お前暇だって言っていたよな? だったら手伝え!」
「言われなくてもやるわ! 全く、あたしに頼るなんてスミスは甘えん坊さんなのね!」
「……お前この場で切り裂いてやろうか?」
「じ、冗談を言っただけじゃない……だから鎌を首に付けないでくれる? 怖いわよ……」
なんて馬鹿をやって無いでさっさと行くぞ。一階に降りた頃には数十の死神達が集まっていた。
これくらいいたらなんとかなるだろう。
「きゃ! スミス様だ!」
「スミス様と戦えるなんて幸せだわ!」
「いっぱい活躍してスミス様にお褒めの言葉を貰うんだから!」
「うううーーっ! 先輩はリリリのものですよう! 絶対に渡さないですよう!」
誰がお前のものだと頭を殴ってから出発した。
全員背中から漆黒に染まる翼を生やし、空へと飛翔。
赤き空を飛び迫る大群を探すと遥か彼方の地平線からそれらが地響きと共にこちらを目指していた、数はざっと見ただけでも百は軽く越えるだろうか。
「うううーーっ! 超大群ですよう! 何が起きてるんですよう!」
「さあな、とにかくあいつらを箱庭に近付ける訳にはいかない! フェイ、部隊の半数を任せて良いか!」
「誰に言ってるのよスミス、あたしに不可能な事はきっと無いわ!」
と叫んで己が鎌を出現させた。棒の先に直角に伸びた長い刃が生まれ、その下に二枚目の刃が縦に連なる。
計三枚の刃を持つ鎌を装備し、やる気を出す。
「それじゃあ半分は任せて! 後の半分任せたわよスミス!」
「お前に言われなくても分かってる!」
フェイロットと数名の死神が大群へと進む。
良し、こっちも行くか。
「リリリはオレの援護だ! 戦闘経験が浅いからな、オレからはぐれるなよ?」
「はいですよう! 絶対先輩から死んでも離れませんですよう!」
各々の死神が鎌を出し、オレとリリリも出現させ、大群へと進行を開始。住人達は様々な形状なものばかりだった、巨大なカマキリに似た奴や上半身が骸骨で下半身が馬の様なもの。更に巨大な蠍に毒のある針が獅子頭の人間だったりと異形ばかり。
「良いか! 絶対に殺すな! 痛め付けて元の場所に帰すんだ!」
「了解ですよう!」
一斉に飛び掛かり、絶命を避ける様に攻撃を。遠距離攻撃を放つ死神や、接近戦と中距離を混ぜる者が活躍する。
オレの場合は接近戦も接近戦、ただ敵を切り裂くのみ。だが殺す訳にはいかず、致死を免れる場所を切り裂き苦痛を与えた。
青白い光の弾をリリリが放つ、フェイロットは鎌を振り下ろすと刃がまるでブーメランの様に飛び、敵にダメージを与える。オレは視界に映る奴等を接近し切り裂くのみ。
他の死神達も様々な個性を持つ鎌を駆使し、戦う。しかし何か違和感があった、いくら切り付け傷付けても奴等は怯む事を忘れたかの様に向かって来るのだ。
ここでようやく理解をした、こいつらは正気では無いのだと。
痛みを恐れていない、死を恐れていない、どうなってる?
「せ、先輩! なんかこいつらおかしくですよう! いくら痛め付けても引き上げませんですよう!」
「ああ、確かにおかしい……何がどうなっているんだ?」
「スミスーー!」
フェイロットが急いでこちらに近付いて来る、多分オレ達が感じている違和感のせいだろう。
「こいつらおかしいわよ! 傷付けても全然怯まないし、逆に向かって来るし!」
「落ち着けフェイ、向こうが怯まないなら気絶させるしかないだろう。他の奴等にそう伝えろ、弱音を吐くな!」
「うううっ、先輩がたくましいですよう。良し、リリリ頑張りますですよう!」
やる気を見せるリリリ、対するフェイロットはなんだか気弱な。
とりあえず背中を叩いてやり気合いを入れてやった。
「痛! 酷いじゃないスミス!」
「弱気になってるんじゃない、お前はオレと対等な力を持ってるんだろ? なら胸を張れ!」
「む……わ、分かったわよ、頑張るわよ!」
涙目で大群へと舞い戻って行く、さてオレもやるか。鎌を返しお構いなしに殴り掛かった、しかしこんな事を長く続けられるだろうか。相手は大群、こっちは殺しちゃいけないというハンデと来たものだ。
時が過ぎるのは早い、もう一時間近くは戦っただろうか、さすがのオレでも疲れが体を蝕む。
約半分気絶させるのには成功したが、まだ半分残っている。
「はぁ、はぁ……」
「ううっ、せ、先輩、汗が凄いですよ……う」
「はぁ……オレは接近戦だからな、一番体力がいる……はぁ、はぁ……」
空を舞う他の死神達を視界に入れると最初の頃に比べ動きが鈍い。やはり疲れが蓄積している様だ。フェイは意外に体力があり、遠距離を主体の為まだ頑張っているが、いつまで続くか。
新たな住人へ向かおうと翼を広げた時だった、妙な感覚に陥った。それは何処かで感じた事のある感覚、気持ちが悪いもの。
何処で感じた? 記憶を検索し解答を探す為に潜る。その中から摘出し、吟味を。
そうだ、この感覚は……。
「……ああ、皆川だ」
皆川真の精神体に取り付き、操った悪魔と同じ感覚を近くに感じる。なんだこれは、一体どうしてこんなものを感じるのだ?
悪魔は倒した筈だ、それなのに。
「先輩危ないですよう!」
リリリの声に視野を全て覆う巨体が迫っている事に気が付いた、巨大な腕が潰そうとオレを狙っている、巨大なる猿人の体を持ち、その顔面は百獣の王たる住人が唸る。
しまった、気配を調べるのに集中仕切ってしまい、それにばかり気を取られた。避けるのは無理だ。
「まああら、情けない」
それは正に一瞬。迫る獣を蒸発させ、世界から退散させた。
それを可能にさせるのは死神王だけが持つに相応しい光の鎌のみ。
「ソフィーネオ!」
「わたしの事はお姉ちゃんって言わなきゃダメよ? そうしないとお仕置しちゃうわよ~?」
数えて六の翼を背から生やし、羽ばたかせて舞い降りる一人の女がいた、それこそが死神王ソフィーネオだ。
光の鎌を携え、威風堂々と地に足を着けた。
「ソフィーネオ様ですよう!」
「いつも元気ねリリリは。可愛らしい……さてと全死神は下がりなさい、後はわたしが対処します」
「ち、ちょっと待てソフ……お姉ちゃん! 罪を犯していない住人を殺して何を考えて……」
「スミス、良く見なさい。あの大群全て……とっくの昔に屍となっているのですよ?」
全て屍だと? 馬鹿な、現に今動いているじゃないか。
「何かが屍に取り付いて操っているだけの話しよ。さっき別部署の死神から連絡が入ったの。この大群の様な事態がヘルヴェルト中で起きているって話しを聞いたわ」
この大群はここだけでは無く、ヘルヴェルト中で起きているだと? しかも奴等はもうとっくに死んでいて、何かが操っている。
そしてこの気配はまさか……。
「さ、皆下がりなさい。ここにいるのは言うなれば生ける屍、されど屍は屍……死してもなおこの子達を苦しめるとは許しがたいわ。今、わたしが楽にしてあげます」
「ま、まさかソフィーネオ様はあれをする気では! ですよう」
「全員下がれ! 巻き添えを食らうぞ!」
全死神が後退し、ソフィーネオが前進を開始、その手には光の鎌を握り締めて。
気絶させた筈の住人がいつの間にか起き上がりこちらに進軍を開始する。
「可哀相に……安らかな眠りを貴方達に戻してあげますからね」
と、述べた瞬時、光が増幅を始めた。
光で構成されたヘルヴェルト唯一にして最強なる死神の鎌は更なる光を放ち、眩しさが視界を遮る。眩し過ぎて目が開けられない。だが何とか手で影を作りながら注目せずにはいられない。
鎌を水平に構え、両の手が光を握り、大群を待つ。数メートルまで接近を許したところでソフィーネオの瞼が動き、鋭き瞳が前を見据えた。
「激しき生を断絶し、安らかな死を……」
そして切り裂く。
水平に鎌を振り抜く、するとその軌跡を主張するかの如く光が走り、巨大化を果たした。それは何もかもを飲み込む津波、全てを食らう口、異界なる扉の様な亀裂。
広範囲に広がる光は波紋を模す刃だった。
それに触れた住人達は一瞬にして蒸発し、消滅を味わう。数秒、たったそれだけであれだけいた大群を全て無へと帰した。
あまりの絶大なる力に言葉を発するのを忘れてしまう。何度見ても固唾を飲む。瞬時にそこはただの地平線へと変化を果たし、光の鎌は静かに消えゆく。
「ふぅ、疲れましたね。この技はお腹が直ぐに空いてしまうわ……まああら、みんな何をぼーっとしているの? 帰りますよ? あ、それとスミスとリリリに話があります、フェイロット、みんなを箱庭へ連れて行って指示をお願いねえ?」
「分かりました、ほらみんな帰るわよ!」
フェイロットを先頭に死神達が箱庭へと戻って行く。
それを見送った後、ソフィーネオは難しそうな顔を表す。
「困りましたわねえ、さっき王宮からも連絡があったのですけど、この大群はヘルヴェルト中で起きているのはおかしいって話でね? 三王会議をするから王宮に来いって言われました」
三王会議、それは地獄王、獣王、そして死神王の三王が王宮に集まり重要な会議を行うものだ。この三王会議は滅多な事では開催されない、前に行われたのは佐波に話した悪魔との戦争の時以来だ。
つまり、只事ではない事が起きているのだ、このヘルヴェルトに。
「で? オレ達に話しってなんだ?」
「実は……地獄王にあの人間を会わせようと思うのだけど、どうかしら?」
「アトラにあいつらを! それはヤバいんじゃないのか!?」
人間がヘルヴェルトにいるだけで大事件だって言うのに地獄王に会わせるだと? ソフィーネオは一体何を考えているんだ。
「確かに人間がここにいるのは大罪……しかし今回は自らの意思で来た訳では無いでしょう? それを引き起こしたのは悪魔……そして今回の一件、大群から微弱ながら悪魔の気配がしていました、わたしは無関係では無いと思ってます。その悪魔をまじかで見たのはあの人間、現状況で一番敵を知る彼を処罰するのは得策ではない。それならば敵の情報と引き換えに今回は見逃す……なんて事になるんじゃないかな? そう思うの、だから会わせてみましょう?」
「……もし会わせて処罰される様な事になったらどうする? そうなったら……オレはお姉ちゃんを許さない」
あいつらはオレの仲間で友達だ、人間だが大切な事に変わりはない。あいつらが苦しむ姿は見たくない。
だから、あいつらを危険な目に晒すなんて考えられないんだ。
「そう、そこまであの二人が大切なのねスミス? ……結果、処罰になる事になったらわたしがそんな事をさせないわ。妹が必死になる人間、ちょっと興味が出ましたし……それにわたしは貴女のお姉ちゃん、母様から妹を頼むと任されたんだもん、わたしは貴女の味方よどんな事になろうと……」
「お姉ちゃん……」
「では戻りましょう。明日、王宮に行きますよ? 護衛にスミスとフェイロットを連れて行きます、リリリはお留守番」
なんて言うとリリリがぐずる。その姿が可愛らしくソフィーネオの心をくすぐった。
「まああら、リリリは本当に可愛らしい。仕方ない、一緒に行きましょう!」
「やったですよう! 先輩と一緒だーー! ですよう」
こうして王族が住む王宮へ行く事になった。
果たして何がこの世界で起きているのか、それを確かめに行く。




