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地獄世界のヘルヴェルト  作者: 生獣屋 芽怠
第三章 マギサという女
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絶氷空間

 

 蠢くそれらには可愛さなど微塵も無く、ただただ醜悪なフォルムが悍ましさを駆り立て汗を吹き出させる。

 闇夜に浮かぶ複数の赤い点、それが奴等の目だ。その全てが一か所に集中して対象を囲む。

 蟲と呼ばれる醜い生物が逃げ場を遮った。蟲の奥に佇む少女はこの光景が滑稽だったらしく嘲笑う。


「キヒヒヒヒ! どうかな、まったく動けなくなった感想は?」


「ちっ、しくじった」


「キヒヒヒヒ! どうやって苦しめてやろうかな~、ただ殺すだけじゃつまらないし。どうして欲しい? 自分で決めてみる? 自分の死に方って奴」


 耳奥に疎ましい声が入り込み苛立たせる。

 どうする、このままではなぶり殺しになるのは時間の問題だ。

 現実逃避をするかの様に少しだけ視線をずらしマギサを眺めた。動態視力に追いつけない程のスピードで走り回る女を相手に粒子で応戦している。マギサは決してあの女に劣ってはいない。

 突然目の前に現れても動揺をせず、冷静に対応する。反射神経が異常に良いんだ、それがあるから女のスピードに対抗出来るのだろう。

 さて、現実に戻るか。

 ロゼリアを睨む、相変わらず癇に障る笑みだった。それに似たのか蟲共の顔も同じように見えてしまう。


「どう? 良い方法は思い付いた? ワタシも考えたんだよ。蟲達を1匹ずつ1囓りさせてちょっとずつ崩していく、とかね。キヒヒヒヒ」


「……おいチビ」


「チビって言うなだし! もう死にたいのかその他!」


「さ、佐波くん!」


「ふふっ、マギサ、よそ見は命取りじゃなくて?」


「くそ、待ってて、こいつを片付けたら必ず助けるから!」


 マギサの震えた声が届く、それを面白がるロゼリアがニヤリと頬を歪める。


「へぇ、そうなんだ。ふ~ん……キヒヒヒヒ、おいその他、お前とマギサはデキているんだろ? もうマギサとはやらしい事したぁ? キヒヒヒヒ」


「何を言っている、マギサとはそんな仲じゃ無いぞ!」


「嘘だぁ、どう見たって恋する乙女みたいにマギサはお前を心配してるんだよ? キヒヒヒヒ……“酷いよしゅー、私がいない間に浮気してたなんて!”」


 血液が引く、一気に全身へと血液が送り出された気分だった。

 今の声は可愛らしくて、愛らしいく、懐かしい声だ。顔が分からなくても覚えている皆川真の声、奴はまこちゃんの声を出しやがった。


「“浮気者! 私の事あんなに好きだって言ってくれたのに、あんなに抱き締めてくれたのに、それなのに……しゅーなんか嫌い、大っ嫌い! 死んじゃえ馬鹿! 蟲に食べられれば良いんだ! あははは! 死ね、死ね、死……”」


「や、止めろ! まこちゃんの声を汚すな! チビ! お前は、お前はぁ!」


 愛らしい声を醜悪に汚し、犯したあいつが許せない。

 結晶の碧を発動させる、右手から冷気を放出する。


「キヒヒヒヒ! 無駄だよ、氷の弾を作ったって避けられるし、結晶の碧は手に触れた物しか凍らせられない! だから無駄! お前はワタシの気が済むまで苛め抜いて殺すんだから! キヒヒヒヒ! あ、そうだ、皆川真との最後の電話、どうだったかな?」


「な……に?」


「あれはね、ワタシなんだよ。キヒヒヒヒ! “どうだったかな、ちゃんと皆川真だったかな? しゅー、もし分からなかったんなら、貴方に私を愛する資格無いんじゃない? だからしゅーなんか大っ嫌い”」


 最後の電話が、まこちゃんとの最後の会話が偽物。待ちわびた優しい声が……偽り。

 お前達は彼女の顔では飽きたらず、声すらも俺から奪い取ろうと言うのか。


「キヒヒヒヒ! 楽しい、楽しい~! お前の怒りの顔が見れて楽しい~! もっと見せて! もっともっと歪ませてだしぃいい! キヒヒヒヒ、もう1個教えてあげる。皆川真に関する記憶を操作したのは……ワタシだし! キヒヒヒヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒ!」


「……そう、か。お前だったのか。お前が彼女の優しい顔も、安らぐ声を……彼女の愛する家族を傷付け、彼女の心を深く傷付けたお前が憎らしい、俺はどうやら怒が頂きまで来たらしい。お前は俺が倒す!」


「出来るものならどうぞだし! キヒヒヒヒ!」


 ロゼリアの声を遮る形で閃光が視野を削る、それをさせたのは俺の冷気だ。

 一瞬で俺を包み込み、姿を冷気が隠した。


「キヒヒヒヒ、悪足掻きする男は女々しいし! 仕方ない、ちょっとお仕置しちゃおう、蟲達、そいつの足を食いちぎれ! キヒヒヒヒヒヒヒヒ! …………あれ? ちょっと、なんでいうこと効かないんだよ! 一体どうし……なんだこれ」


 冷気の隙間から蟲達が顔を覗かせているが、あれだけ気色悪く蠢いていた黒はぴくりとも微動だにしない。

 周りを囲んでいた蟲共はオブジェの様に固まり、無言を貫いていた。


「な、凍ってる? ワタシの蟲が? 馬鹿な、あいつは蟲に触れて無かったのに! 何をした!」


「……ようやく“条件”が調った、“(ぜっ)(ひょう)(くう)(かん)”を発動させる」


 手を天に掲げ、冷気を放出させる。青色の冷気が一気に駆け抜ける。

 部屋全体が冷気に包まれ気温が低下、壁、床に霜が生まれた。


「なんですのこれは!」


「寒っ! これってまさか佐波くんが?」


「なんだこれ、その他、お前何をしやがったんだ!」


「……これで俺は戦える。本気でな!」


 冷気がうっすらと空気と同化し、視界がクリアとなる。

 目の前には驚愕したロゼリアの間抜けな顔が浮かぶ。


「ふ、ふんだ。何をしたって無駄だし! 足元の蟲をどうやって凍らせたかは知らないけど、まだまだ蟲はいるしぃ!」


 ゴソリとロゼリアのズボンが波打つ様に動く。それは蟲が中で蠢いていた。足元から出た蟲が這い出し、飛び付いて来る。

 が、俺に触れる前に結晶化し、そのまま地面に吸い寄せられて粉々に砕け広がる。


「……は? なんだこれ、ワタシの蟲がいきなり凍ったし。お前が触れてもいないのに……凍ったし」


「言ったろ、今ここは絶氷空間だと。この部屋の空間全てを俺の意思で凍らせられる」


「なんだそれ、一体何をした!」


 絶氷空間、それは結晶の碧の最終技と言っておこうか。

 元々結晶の碧は手に触れたものを凍らせる力と、触れた氷を自在に操る力だ。手はいつも空気に晒されている、つまりその中に散らばる水分は必ず手に触れている事になる。

 冷気を手から放出し、この部屋のあらゆる場所に氷を作れる。これが絶氷空間だ。

 だが、これを使うには特定の条件がそろわなくてはならない。

 まず一つは氷を多く作るため湿気が多い場所が好ましい。ここは最初からそれをクリアしていた。

 二つ目、氷を素早く作るために気温が零度以下である事。俺は攻撃するのと同時に氷の弾を撃った後、壁や天井、あらゆる場所に張り付かせ、この部屋を冷やしていた。見回せば壁、天井、床、氷だらけでそれらが部屋を急激に冷やし、零度以下にしたのだ。

 最後の三つ目、それは密室である事。冷気を逃がさず、気温を一定に保つ為の密室が必要だった。別にこの条件が無くても発動は出来るが直ぐに冷気は逃げ、温度が上がりやすい為数秒しか使えない。

 だが、密室なら長時間戦える。


「この空間なら悪魔だろうが何だろうが負けはしない!」


「は! ふざけるなだし! こんなのが障害になるもんか! 行け! 蟲達!」


 掛け声の刹那、ロゼリアの足元から大量の蟲が飛び出し襲いかかる。黒龍の様に伸び、俺を標的に捕らえた。

 だが。


「無意味だ、そんな攻撃」


 部屋全体に漂う水分はミクロ単位で結晶となっている為、指を動かさなくても操れる。命令を出す、すぐさま手の平に集まっていた結晶は次々と俺の意思を乗せて疾走。黒龍の周りに漂う固体がそれを受け、結晶を巨大化させた。

 一瞬の文字が良く似合う。あっという間に龍の彫刻の完成だ。

 絶氷空間内では俺の意思一つで全てが決まる。


「な! なんだよこれ、馬鹿な! ふざけるなだしぃ!」


「お前の声は癇に障る、閉じろ!」


 命令を下しロゼリアの口周りが瞬時に結晶化となり黙らせた。

 許さない、まこちゃんを傷付けた報いを受けさせなければ気が済まない。


「むぐぅ! むぐーー!」


「楽に結晶に成れると思うなよ? 次はそこだ!」


 両目を氷結させる、それは激痛を伴いロゼリアは悶え苦しむ。


「むぎぃいいいい! ひぎいいいいい!」


「ロゼリア!」


 マギサが戦っていた相手が標的を俺に定めた。小指を口に運ぼうとしている。

 させると思うのか?

 奴の両手を固め、氷に封じる。指を噛み切れなくなった。


「な、何ですのこれは! こんな馬鹿な……そんな……」


「よそ見しちゃダメなんでしょ!」


 鈍い音が響く、女はマギサの攻撃をまともに受け壁に激突した。歪なヒビが壁を浸食して行く。


「がはっ! ぐっ……油断しましたわ」


 吐血、女の血はどす黒い。やはりこいつも悪魔なのか。ロゼリアはどうだ? 嫌、確認するまでもない。あいつの言動は悪魔そのものだった。


「蟲はズボンから出て来ていたな、どんな仕掛けかは知らないが、こうしたらどうなる!」


「むぎぃいいいい!」


 下半身全てを氷に詰め込む、床に固定されもう移動する事は無理だ。

 蟲を封印出来た訳だ。


「まこちゃんは何処にいる? この奥か? ……ああ、喋れないんだったな。じゃあそっちの女、まこちゃんは何処だ?」


「……ふふっ、言うと思いまして?」


「ならこうするまでだ!」


「ぐっ、あああ、ひぎい!」


 女の爪先から徐々に凍らせて行く、這う様な痛みは辛いだろう。


「まこちゃんは何処だ、何処にいる! 答えろ!」


 尋問していると後ろの壁が突然壊れ、宙を舞う。

 中へ進軍する男が目に映る、こいつはリーゼス!


「佐波くん!」


 猛進し、力の塊と化したリーゼスは真直ぐ俺に迫り、拳を今にも放とうと構えていた。瞬時、壊れた壁の穴を結晶で覆い、氷の壁を生む。これで冷気は逃げる事は無い、あの時は苦戦したが、今の俺は強い。

 一踏み、一踏み激しい音を投げ付けながら走りよる。その一踏みを固定化させる、すると地と奴の足に氷の柱が完成する。

 空いているもう一つの足にも同じく結晶をくれてやる。


「ぬ、妙な真似を!」


「俺はまこちゃんを助けるまで、負ける訳にはいかない!」


 動きを止められたリーゼスは腕を延ばし、手の平から左腕、右腕を生やす。蛇の如く俺に迫る奇怪な拳、だが、そんなのは無意味だ。延ばされた腕を凍らせた、顔面のスレスレで止まるリーゼスの攻撃、だが、第2波が待ち受けている。


「むん!」


 奴の胸から何かが高速に飛び出す、それは歯だった。奴は体のパーツを肉体のあらゆる場所に生み出せる、歯を胸から生成し高速で飛ばしたのか。

 慌てるな。絶氷空間内では思いのままだ。白き弾丸の軌道上に分厚い氷の壁を作る。鈍い音が壁にめり込んで行く、凄まじいスピードで。だが、貫通は免れた。


「ぬぅ、地の利か」


「ああ、この空間に入ったのは間違いだ!」


 放たれた命令はリーゼスの体を飲み込み、固定させる。頭だけ残した、訊きたい事があったからだ。


「問うぞ、まこちゃん、皆川真は何処にいる?」


「……知りたいのか?」


「当たり前だ!」


「……後悔しないな?」


 後悔だと? 何を後悔すると言うんだ。最愛の彼女を助ける為なんだ、後悔するはずは無い。妙な事を言いやがって。


「そんなに知りたいなら教えてやる。お前の読み通り奥にいる。だが、お前では助け出す事は出来ないだろう」


「負け惜しみとして受け取ってやる。必ず助け出すさ!」


 完全に氷牢の中に沈めてやる、気が付けばマギサが戦っていた女も凍りに全身を持って行かれていた。

 その間、激痛に悶えるロゼリアが侘しく視界に飛び込む。


「本当はもっと苦しめてやりたい。だが、早くまこちゃんを助けに行きたいんだ。もう凍れ!」


 ここに三つの氷の結晶が生まれた。部屋は凍えそうな程寒く、息を白に変色させている。

 歩き出そうと一歩進めたところで視界に上映されていた映像が乱れた、膝をつき、肩で息を始める。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「佐波くん! 大丈夫!?」


 駆け寄るマギサが同じ視線にいた、心配そうにこちらを伺っていた。


「はぁ、はぁ……ぐっ、この絶氷空間は大量に体力を消耗する、ま、人間離れした技だからな……ぐっ!」


「あ、まだ立たない方が良いよ、ふらふらしてるのに」


「だ、大丈夫だ。俺は倒れない。まこちゃんを助けるまで倒れる訳にはいかない……行こうマギサ、奥に……」


「ふむ、あの夜より面白くなったな矮小」


 突然、新たな声が聞こえる、これはマンションの屋上に現れたあいつだ。


「お前は……レイス!」


「ほぅ、我の名を知ったか。マギサから聞いたのか」


 そいつはいつ現れたのか、何処から入って来たのか。

 部屋の隅に赤く光る目が浮いていた。



 

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